いつかこの気持ちが嘘になれば
理彩からメールがあった。夏の大会で早々と敗退したから明日一日空いたって。その日に言ってたようにプールにでも行こうって誘いだ。オーケーと返しておく。ギプス取れたし。
プールということは当然水着。中学生のやつはさすがに胸が苦しいから新しいの買わないとね。それに、和馬に買わせるって話だったからかわいいのを選ぼう。ちなみに実際は水着試してない。だって中学生の入ったら怖いじゃん。
早速和馬に電話をかける。今日は部活も何もないから、まだ寝てるかもしれない。モーニングコールをかけてやろう。
「もしもし」
「あ、和馬? 起きてたんだ。ならちょうどいいや。今から時間ある?」
まあ寝てても直接家に訪ねて起こすつもりだったけど。
「まあ、あるっちゃあるけど」
「前に水着選びに行くっていう話をしたでしょ? これから行かない? ちょうど暇だし」
「ちょっと待って。流石に今からは無理。1時間待って」
「んー、それじゃあお昼食べてからにしよっか。2時に駅前でいい?」
「ああ、それなら大丈夫。それじゃあまた」
電話を切る。お昼外で食べるのも作ってくれる母親に悪いしね。
「母さん、昼からちょっと出かけてくる。あと明日も一日中出かけるからお昼いらない」
「わかった。あとそうだ、私と透さん、土日透さんの職場の
「ん、了解」
メイクをするために自室から洗面台へと向かう。女の子の準備には意外と時間がかかるものなのです。日焼け止めも塗らないといけないし。というか、今からって我ながらないな。遅れていくのも和馬に悪いし。
父親と母親は職場結婚だ。今は母親が主婦兼バイオリンの先生をしているけど、父親の職場にも結構知り合いがいる。なので、毎年のように慰安旅行に参加していた。小学校の内は私も参加してたし。
しかし、土日いないのか。別に私生活能力が皆無なわけじゃないしある程度は料理もできる。でも1人はちょっと寂しいよね。せっかくだから和馬と神楽ちゃんを家に呼ぶか。ゲームし放題だななんてことを考えてみた。
「お待たせ。早かったじゃん。ちょっと待たせちゃった?」
「ん、いいや」
5分前に来たはずなのに既に和馬は駅前で私を待っていた。
「よし、それじゃあかわいいのを選ぶぞ。和馬のおごりだしね」
「いや、俺そんなこと一言も言ってない」
「チッ」
バレたか。あわよくば買わせようと思ったのに。まあ、仕方ない。自費で買おう。バンドやるようにお年玉貯金をちょっと崩したから少しは余裕あるし。
「言ってたのは、俺に選んでもらうところまでだろ?」
「まあね。あわよくばって思ったんだけどバレてたか」
「咲は企みが顔に出過ぎ」
和馬にまで言われる。そんなに私悪そうな顔してたかな。まあ、麻希にも柚樹にも言われてることなんだけど。
「それはともかくちゃんと選んでよ」
「わかってるって」
改札口へ向かう。今日の格好はワンピースの上に日焼け止め対策に白いレースの長袖を上に羽織ってみた。麦わら帽子か日傘でもあれば完璧なんだけど、持ってないものは仕方ない。一応これでも和馬と2人きりでお出かけだからね。さて、
恋人関係というつながりさえなければ、和馬と一緒にいるのは理想的ともいえるのだから。
*****
ショッピングモールはどっちかというと高校の方が近い。高校からなら1駅だし、歩ける距離だ。でも、定期で行けるので交通費がかからないってのはいいよね。気軽に行ける。
その中に水着を売ってる店は3軒。そのうち1軒はスポーツ用品店だから除外する。だって、競泳用のとか来て誰が得するんだって話だし。残る2軒のうち、どちらかと言うと布地の面積が多い方へ向かってみる。え、どうしてかだって? 皆まで言わせんな。
しかし、漠然としたイメージしか持ってないとどれにしようか悩む。私も高校生になったことだからある程度は大人っぽいものがいいけど、妖艶なものより清純っぽさを残したいかなあ。
普通のワンピースタイプのはやめとこうかな。今はちょっと背伸びしてみたい気分だ。
「こんなのどうかな」
「却下」
和馬が出してきたTシャツが最初からついてるタイプのは却下だ。だって、それ白色じゃん。透けるじゃん。そしたら内側の水色の水着とか後その辺に目が言っちゃう。だから却下。
出来ることなら、スレンダーな体形を生かしたやつがいい。あ、コレとかかわいいかも。
「和馬、これとかいいんじゃない?」
青と白のフリルのついたトップス。これ結構かわいいし、私にも似合いそう。完全な黒じゃなくてちょっとブラウンの交じった髪だし、母親がクォーターだってのもあって肌は白い方だし。ちょっと外国人ぽい感じの美少女になるんじゃないだろうか。
「うーん、これとかどう?」
「却下」
まったく聞いてないし。それから布地が小さすぎるのも却下。流石に恥ずかしすぎる。麻希は悩殺してやるって息巻いてたけどそれでも恥ずかしくて流石に着られないんじゃないかな。あ、とりあえずこれはキープで。
ううん、なかなかイメージにバチッと合うものがなかなか見つからない。保留してるものと比べてこっちの方がいいかなって2つのうち1つを選んでいくんだけど全部及第点なんだよね。
なんてことを考えていたら一組の水着に目が留まった。ダークグレーのオーソドックスなトップス。デニムはジーンズみたいな生地のショートパンツ。これ、いいじゃん。私にぴったりだ。私のために作られたんじゃないだろうか。流石に言い過ぎだけど。これにしようか。
「和馬、どっちがいいと思う?」
離れたところにいた和馬に近寄って見せてみる。2つ持ったのを交互に掲げて見せた。これぴったりだと思うんだ。
「ええ? どっちだろう?」
優柔不断。そんなんだからヘタレって言われるんだ。私が言ってるだけだけど。
「よろしければ、試着してみますか?」
店員さんに見つかってしまった。まあ、仕方ない。
「それじゃあ、してみようかな」
「彼氏さんも見てみたらどうですか? 着てみるとわかることもあると思いますよ」
やっぱり来た。だから店員さんを避けていたのに。高校生くらいの男女2人組。社交辞令として付き合ってるっていう話は出るよね。それくらいの自覚はしてる。まあでも、こうなればプランBだ。一応考えてある。
「私たち、カップルに見えます?」
「えっと、付き合ってないのですか?」
「彼氏ですよ。イケメンでしょ?」
照れたら負けだ。社交辞令をうまく受け流す。そうすれば、特に問題は起こらない、はず。
「今日も奢ってもらおうと思って」
「いい彼氏さんですね」
「ええ。自慢の」
そう言ってにっこり笑ってみる。ちょっと小悪魔系に見えたのかな、なんて。
「いや、ちょっと待って。違うから、一応恋人じゃないから」
「あれ、そうだったんですか?」
「もう、和馬ったら。別にばらさなくてもいいじゃん」
見かねた和馬がちょっと慌てる。それを待っていた。恋人です、なんてふざけてみるのは意識してない相手にしかできないんじゃないか。そんな心理を逆手に取ってみようと思って。
「そうなんですよ。ただの幼馴染です。今日は荷物持ちにでもさせようかなって。ついでに和馬が好きそうなのを選んでやろうかとも、ね」
「えっと、はい」
和馬の背中をバンと叩いてやる。まったく意識してない幼馴染と、ちょっと気になりかけている男子という構造が作り上げられたんじゃないかな。店員さんも笑ってるし。こうやって起点を制しておけば大丈夫、きっと。
「それじゃあ、試着室借りてもいいですか?」
「どうぞ、こっちです」
店員さんに案内されて試着室に入る。さて、2つ持ってきちゃったけどどっちを先に着ようか。よし、気に入った方を後にしよう。
「どう、似合ってる?」
「ええ、よくお似合いです」
「結構かわいいと思うよ」
店員さんの視線が一瞬自分の胸に落ちたのは見逃さない。もういいよ、事実だからさ。それよりどんなトップスが似合うか教えて欲しい。
「やっぱりこれだと胸が気になるかな。別の着てみるね」
そう言って再びカーテンを閉める。さて、本命のやつは似合うかな。
「どんな感じ?」
「そうですね、こっちの方がお似合いかと。ちょっとボーイッシュな雰囲気が素敵ですね」
「うん、よく似合ってる。俺もこっちの方が好きかな」
やっぱり、これがなんか一番しっくりくる。正直一目惚れだったし。
「しかし、肌白いですね。羨ましいです」
「実は、母親がクォーターなんです」
「うわあ、羨ましい。よく見たらちょっと目も灰色っぽいですね。ひょっとして、トップスは目の色に合わせたんですか?」
「そうなんですよ、よく気づいてくれましたね」
「これでも店員ですから」
店員さんが軽く笑う。和馬は気づかなかったけどね。
「あ、でもちょっと肌寒いかも」
「それじゃあ、ちょっと待っててください」
店員さんが何かを思いついたのか走っていく。まあ寒いのは店内だからっていうのもあるかもしれないけど。人前に行くんだったら上に一枚羽織れるのがあってもいいかもしれない。
「ねえ、それより和馬、これ、どう?」
「ああ、すごく似合ってるぞ」
「どこがどこが?」
くるくると回ってみる。店員さんがいないうちにちょっと和馬に恥ずかしい台詞でも言わせてやろうと思って。
「その、なんだ。肌白いからすごく映えるし、ちょっとボーイッシュなとこも
「例えるならどんな感じ?」
興味津々という体で前傾姿勢を取ろうとして……、やめた。このポーズでも和馬を悩殺できないし。
「その、て、天使みたい……」
「バカ!」
……んんんっ! 思った以上に恥ずかしかった!
「お待たせしました、これなんてどうでしょう」
店員さんが絶妙なタイミングで戻ってくる。さっきの台詞、聞かれた?
「オレンジ色のラッシュパーカーです。お客様は肌が白くてきれいだからよく映えると思いますよ。この色だとまずパーカーに目線が行くと思いますし、グレーの瞳にも合うかと」
「ちょっと来てみますね」
前をはだけさせたまま羽織ってみる。なかなかかわいいのではないだろうか。さりげなく店員さんが胸のことも気にしてくれたみたいだし。
「これ、いいかも。よし、せっかくだから和馬に買わせちゃおっかな」
「お、彼氏さんの奢りですか。羨ましいですね。お会計は別にしましょうか?」
「彼氏じゃないけどね」
店員さんも調子に乗ったみたいだ。パーカーの値札を見てみたけど結構安いし、和馬に買わせちゃえ。
「ここは男を見せるチャンスですよ」
「そうですね、えっと、じゃあそのパーカーは俺が出します」
「ありがとう、和馬!」
それじゃあササっと着替えちゃうとしましょうか。あ、パーカーは先に和馬に渡しとこ。
それにしても天使みたいって。和馬は私のことなんだと思ってるのか。でも、まあ。
素直に褒められたのはとっても嬉しい。
*****
そのまま帰るのもアレだったので、メロンパンアイスを和馬と一緒に食べて帰る。初めて食べたけど私これ結構好きかも。あ、こぼれる。
「あれ、和馬、私何かついてる?」
「いや、改めて肌白いなって」
「ま、まあ、8分の1ロシア人だし。ロシア語喋れないけど」
ロシア人っていうのは適当だ。実はよくわからないんだよね。曾祖母が外国の人だったらしいんだけど出自がはっきりしてないっていうか。なので何となくロシア人がかっこいいかなと思ってる。って、母さんが言ってたことにしよう。
「そういや、電話かけたとき何やってたの? あと1時間待ってって言ってたけど。作曲?」
「いや、宿題やってた。今日で全部終わった。咲は?」
げっ。完全に忘れてた。いや、だって夏休みって部活とか友達と遊びに行ったりとかいろいろ忙しいじゃん。それに、記憶喪失っていう設定だしさ。
「毎年最後まで手を付けてないからそうなんじゃないかとは思ってたけどやっぱりか」
「だって、最終日だけで何とかなるじゃん」
「俺の写して、な」
そうです、ごめんなさい。毎年最後まで手を付けられないタイプの人間です。それに、毎年のように和馬に迷惑かけてます。
「そうだ、勉強会やろうよ! というか勉強教えて!」
「いいけど、いつやるんだ?」
「んー、土日にでもやろっか。ちょうど両親旅行でいないし」
一人でいるっていうのもさみしいからね。和馬に来てもらえてしかも勉強も見てもらえばいい。一石二鳥だ。
あれ、なぜか和馬ちょっと困ってる?
「それはいいが……、咲はいいのか? 俺とお前2人きりだけど?」
な!? いや、それは、その、ともかく落ち着け。
「ん、何が? ひょっとして神楽ちゃんも一緒に来るの?」
「いや、そういうわけではなかったんだが」
平静平静。ひきつった笑顔だけど何も考えていないように笑う。そうすれば、気づいてないと思われるから。そうしてメロンパンアイスに目を向けた。
ただの幼馴染だと思われたい。恋心を抱いてるんじゃなくて、親愛なんだって。そのためにいろいろアピールしてる。告白を潰したり、嘘を吐いて私を装ってる。
だけど、自分の気持ちは知ってるんだ。私も和馬のことが好きだって。恋してるって。親愛の仮面をかぶらなきゃならないけど、和馬によく思って欲しいってのも嘘じゃないから。
「まあ、何も考えてないならそれでいい」
「ねえ、和馬」
「ん、どうかしたか?」
クスっと笑う。他愛無く、楽しかったとでもいうように。ダークグレーの瞳には和馬はどう映ってるんだろう。ちょっと気になった。だから、さ。
「また来ようね」
いつかこの気持ちが嘘になれば、きっとまた和馬とこんなふうに他愛なく笑い合えるよね?
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