私の偽らざる本心

「みなさん、今日は軽音部のライブに来てくれてありがとう! 緑一色の仁科和馬です」


 和馬が舞台上に立って挨拶を行う。それを私たちは舞台横から眺めていた。一応総合司会は和馬と麻希が担当ということになってる。一番見栄えがするのがそこだし。私は今足ギプスだからね。

 一番最初が新野先輩たちのところ。確か、グループ名は『モーニンググローリーズ』だっけ。ちなみに時間は5分の1くらいです。


「和馬、固くなってない?」

「確かに」


 麻希の言う通りだ。ちょっと活を入れてきてやる。というわけで麻希からマイクを奪う。舞台の端っこから思いっきり叫んだ。


「和馬! 何固くなってんだ! 真面目にやれそこのシスコン!」

「俺はシスコンじゃねえ!」


 観客が笑う。うわ、すごい人数じゃん。これじゃ固くなるのもわかるかも。まあ、舞台の上で私はいじり役に徹することにしよう。


「まあ、和馬がシスコンかどうかの議論はこの際後でやるとして、ほら、さっさと紹介する。そうじゃないと和馬の恥ずかしい話ばらす」

「おおい!? それはまじでやめろって。わかった、わかりましたから。それじゃあまず1組目はモーニンググローリーズの皆さんです、どうぞ!」


 和馬の声に合わせて新野先輩たちがわらわらと出てくる。それを確認する前に私は舞台袖へ引っ込んだ。和馬の調子も元に戻ったっぽいしね。それじゃあその間に私は調律をやっておこう。しかし、すごい人数だな。一杯というわけじゃないけど小さめのライブハウスが結構人の熱気で暑い。空調聞かせてもらうように頼まないとね。



 *****



 その後は、特に何事も問題がなく進んでいく。あ、いや、問題がないこともなかったか。悪ノリした麻希が曲紹介の時に『妹賛歌』なる架空予告をして和馬が俺はシスコンじゃねえと絶叫していたとか、それくらい。


 ラストの私たちの曲が終わる。sqollさんの昔の曲だった。しかし、麻希ってかなりいい声してると思うんだ。彼氏いないことは置いとくとしても結構かわいいし、ギターも弾けるし、ボーカルとして貴重だよね。

 ライブハウス全体が熱気に包まれていた。興奮した観客があげる声援のせいで麻希の声が聞き取れなかったくらいだ。正直、深雪のドラムが上手く聞き取れなくて最後の方適当だった。

 ああ、気持ちいい。バイオリンの発表会みたいな厳かな場所で演奏するのも楽しかったけど、こんなロックな感じでみんなで一つになって騒ぐのも楽しい。その中心は間違いなく私たちだ。そう思うと、体がかッと燃え上がる。

 アンコールを呼ぶ声が聞こえる。はてさて、どうしようか。麻希と頭を寄せて相談する。ちょうど和馬が司会をしていた。時間もあることだし、やるか。私がマイクを握る。


「よし、それじゃあリクエストにお答えしてアンコールと行きましょうか!」


 おおおー、という感じで観衆がどよめく。それを、うん、うんと言った感じで私は抑えつけた。


「ラストはシスコンボーカリストを迎えて、ちょっと雰囲気を変えようと思います。和馬! 準備はできてるか!」

「シスコンいうな!」


 チッ、この機会に和馬=シスコンという恒等式を擦り込んでやりたかったのに。

 しかし、バイオリンケースを持ってきておいてよかった。和馬をゲストボーカルに迎えるときは麻希がベース兼ハモリで私がバイオリン担当になる。ここまでは1度も使ってなかったが、ラストは華々しく行くとしようか。


「こっちは準備オッケーだ。そっちはどうだ」

「こっちもオッケー」

「それじゃあ行くぞツンデレ!」

「ツ、ツンデレいうな!」


 和馬のバカ。ツンデレとかいうレッテルを張りつけやがって。いや実際ツンデレなのかも知らんけど。


「ラスト、『5つの果実』!」


 和馬が叫ぶと、柚樹のきれいなイントロが流れ出す。それに合わせて、私と和馬で観客たちにゆっくりケミカルライトを振るように指示していった。バイオリンの出番はまだだからね。

 『5つの果実』は、私作曲、麻希作詞のオリジナル曲だ。ゆったりとしたバラードで、私たち5人で弾くことを前提に作られている。その名の通り、私たち5人をモチーフにした楽曲だ。5人で弾くのはこれしかない。だから、和馬が来るとなればこの曲になる。

 弓を構える。私の出番だ。静まりつつある嵐に身を任せながら、バイオリンの美しい旋律に耳をゆだねた。




 ライブは大成功だった。大成功だったと言っても問題ないんじゃないだろうか。あれだけ盛り上がったし、お客さんもすごく入ってたし。またライブハウス借りてやりたいな。


「ねえ、咲。次はお金取らない? 500円くらい」

「それは私も考えてた。そしたらもうちょっと大きなところ借りられるもんね」


 今回借りたのはごく小規模なライブハウスだったからね。それに、次回は私らと和馬の2つだけのバンドでやりたいしね。新野先輩がいるとあんまり空気がよくないから。まあ、個人的に嫌ってるだけってのもあるけど。一番の盛り上がりは私たちだっていう自負があるしね。


「オッケー、こっちの片づけはほとんど終わったし、ドラム返してきて」

「了解」


 ドラムが大きな台車に乗ってる。学校よりもよっぽど大きい。おかげで一往復で済みそうだ。コードとかその辺の片づけは機械音痴な私がやると絡まるのでこういうことを担当することが多い。後は、交渉事とか。


「あ、咲ちゃん。すごかったよ。特に一番最後のやつとか。バイオリン弾けたのは知らなかったよ」

「実は、コントラバスも弾けるんですよ」


 このライブハウスの人とちょっと言葉を交わす。借りようって話をしてるうちに仲良くなった。聞いてたんだ。でも、聞きなれてる人に褒めてもらえるのは素直にうれしい。ただ、ここはちょっと小さいから、次やる時はもう1つ大きなところを使うんじゃないかなあって思って見たり。


「上手い子たちはすぐ大きなところに行っちゃうしね。また来てくれてもいいんだよ」

「それじゃあ、機会がありましたら」

「はは。でも、咲ちゃんたちならすぐ有名になるって。あれオリジナルなんでしょ。オリジナルの曲をあのクオリティでできるのは少ないし」

「だといいですね。それじゃあ、この辺で」

「またねー」


 まあ、たぶん、おだててるだけだとは思うけど褒められて悪い気はしない。さて、それじゃあもう時間も遅いし帰ろうと思ったところでだった。


「……それで、その」


 廊下の奥から真琴の声が聞こえる。角から首を出して様子を見ていると、真琴と柚樹がいた。

 隠密の気分になる。さて、どうやってこいつらを祝ってやろうか。まずは盛大に冷やかすとして、後はどんなサプライズを用意しよう。


「あ、咲、こんなところにいたんだ」

「し、静かに!」


 後ろから和馬が寄って来たので手のひらで口をふさぐ。そして無言で見ろとばかりに角を指さした。

 というかやばいじゃん。私ファインプレー。事前に和馬の告白を潰しつつ、自然に柚樹と真琴を祝う流れに持っていける。


「ね、見た?」

「見たけど、これ何?」

「たぶんだけど、真琴が柚樹にこくは……」

「えうぇ、むぐっ!」


 危ない危ない。口を覆う。その時にちょっと和馬の顔に近づいてしまってドギマギしてしまう。


「こういうのは静かにしなきゃ。見るよ」

「あ、うん」


 そうして再び真琴たちの方を見やる。真琴は後ろ姿だけで顔がよくわからないけど、身振り手振りで何か必死になっているような。柚樹は顔を赤らめて少し恥ずかしそうにしている。たぶん、真琴も相当赤くなってるんじゃないだろうか。見てるこっちまで赤くなる。あ、いや和馬のせいだ。


「……それで、そういう所ってすごくいいなって思ったから。その、俺と、付き合ってください!」


 そう言って真琴が頭を下げる。もうクライマックスだったみたいだ。しかし、いかにもオーソドックスな告白だったね。真琴ならもっとふざけるとも思ったけど、こういう時は真面目だった。


「はい、喜んで」


 柚樹がほほ笑む。思わず小さくガッツポーズをとって和馬に視線を向ける。


「咲、その」

「静かにしてって」


 っ! 前の和馬の告白を思い出しちゃったじゃないか。バカバカ! あ。



 ガッシャーン


 足が滑ってまたこけそうになって、詰まれていた何かのケースを蹴飛ばした。私を支えようとした和馬が、私に手を伸ばして……


 ……そのままこけた。ぐえ。重いって。

 うつぶせにこけたからラッキースケベはなし。残念だったね、和馬。そうおちょくろうと思った時だった。


「いつから、いたの」


 顔を羞恥で染めた柚樹が立っていた。あ、そりゃバレるよね。あれだけ大きな音したんだし。さっと和馬が立ち上がる。重いから助かったんだけど逃げるなよ?


「いや、その、ついさっき」

「聞いてた?」


 和馬と顔を見合わせる。聞いてたって言ったらなんか後ろめたいし、かといってどうやって誤魔化せばいいのかわからないし。


「聞いてたんだね」

「あ、はい、そうですすいません」


 ここは、素直に謝ったほうが得と見た。真琴も柚樹もこんなことで怒るような人じゃないって信じてる。うん、そう信じよう今から。


「まあ、別に秘密にするつもりはなかったんだけど……」

「それじゃあ打ち上げで盛大にお祝いだね!」

「祝わんでいい!」


 あいた。別に頭を叩かなくてもいいじゃないか。あんまり避ける気はないけど。それに、私も麻希もお祝い事好きだし。あとついでに麻希が嫉妬によがる姿を見たい。


「まあ、それは置いとくとして、2人ともおめでとう」

「あ、おめでとう」


 和馬がすごく居辛そうだ。こういう時は騒ぐに限るよ。そうして羞恥心をすべて押し流すのだ。


「それより、さっきの柚樹めっちゃ可愛かったよ。羞恥に身もだえしてる姿とか。赤くなっちゃってかわいいぞこのこの」

「っー!」

「もう俺の嫁にしてお持ち帰りしたいくらい。ああやってよが……」

「お・ま・え・は! アイアンクローを食らいたいか!」


 ちょっ、ストップストップ柚樹! あおり過ぎたのは謝るから手を放して! 柚樹の握力はシャレにならないから頭トマトになっちゃう。


「ごめんなさいごめんなさい! 謝るから許して柚樹様! 本当はすごくかわいくてお似合いだといてえ!」

「ちょっとは反省しろ!」


 痛い痛いです、やめてください。

 完全に柚樹が切れちゃった。うう、煽り過ぎた自覚はあるんだよ。それに、もうしないからこれで許してくれない。だめ?


「まあ、でも、お似合いだって思ってるのは本当だよ。これからいろいろ大変なこともあるかもしれないけど頑張ってね」

「うるさい。そんな簡単に分かれる気はないから」

「わかってるって」


 真琴が意地を張る。まあ、一応これでも彼氏いたことありますから。

 まあでも、今だけは柚樹と真琴の中を祝福してあげることにしよう。私はカップルを嫉妬して冷たく当たるほど嫌なやつのつもりはないし、麻希もたぶん嫉妬してるポーズはしても祝福はしてくれるだろう。本当にお似合いだと思うし、反対する理由もない。上手くって欲しいなって思ってる。それは私の偽らざる本心だ。

 それに、何と言ってもからかいがあるしね。まず手始めに打ち上げで吹聴することにしよう。


「今、不埒ふらちなこと考えなかった?」

「イ、イヤ、カンガエテナイヨ」

「咲はすごく顔に出るんだけどなあ」

「ごめんなさい」


 いったあ。まったく、乙女に対して何たる仕打ちなのさ!

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