青春っていうんだよ

 ちょっとトイレで時間を潰す。今更だけど柚樹じゃなくて麻希にすればよかった。だって、真琴と一緒にいたいだろうし。麻希と末広先輩は別ね。だって麻希だし。付き合いが長いからたぶん許してくれる。

 ふう、ちょっと落ち着いたかな。


「やあ、君たちかわいいじゃない。ねえ、よかったら俺たちと遊びに行かない」

「行こうぜ、なあ」


 典型的なナンパだった。まあ、自分で言うのもアレだけど私も柚樹も美人だし、柚樹は胸も大きいし、私も一部そういう性的嗜好の人には受けるだろうし。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。

 でも正直言ってそういうのはパスです。スカウトも別にいいです。そこまでデビューしたいって思ってバンドしてるわけじゃないし。まあ、曲作りはそこそこ真面目かもしれないけど、別にうぬぼれてるわけじゃないし。

 なので、この人たちには速やかにお引き取り願いたいと思ってるんだけど。


「いえ、いいです」

「というか、急いでるんでっ」

「おい、待てよ」


 うわー、邪魔だなー。どうしようとばかりに柚樹を見る。いざという時は柚樹のアイアンクローに頼ろうか。あとは急所狙えば隙は作れる。そんなことを考えていたら。


「いいじゃんいいじゃん」

「おーい、そこ。俺たちの連れに何してくれちゃってるわけ。まさかナンパなんて言わないよな? お前らみたいな軽薄けいはくそうなやつがこいつらなんて釣り合わねーもんな、アハハハハ」


 軽薄そうなやつはお前だと言いたいのを我慢しながらやってきた真琴の方へ寄り添う。これは柚樹にかっこいいところを見せたいんだね。でも、真琴って喧嘩弱そう。いや相手も喧嘩慣れしてるようには見えないけど。というかこの中じゃ柚樹が一番強いんじゃないかと疑ってみたり。

 どうでもいいけど前にあった唯一のスカウトは男装カフェだったな。くそくらえなんてことを考えてみたり。


「というわけなので、これにて」

「おい待てや」

「どうでもいいけど、さっさと消えてくれない? 目障りなんだよね」


 そして、和馬が登場。あの、さりげなく抱き留めるのはちょっと。目のやり場に困るっていうか。


「目障りだって言ったんだけど聞こえてないのか?」


 左腕で私を抱きしめながら、右手で相手の服を掴み上げる。あ、これちょっとBLっぽいかも。身長があと15センチ高かったら絵になったんじゃないかな。私腐ってないけど。ついでに言うと15センチも高くなるのは無理だ。


「いえ、し、失礼します」

「咲、大丈夫だった?」

「うん、和馬と、後真琴が早く駆けつけてくれたから。そ、それより早くみんなのところ戻ろうよ」


 これ以上一緒にいると、事故が起こりそうだし、なんて言葉を押し込みながら和馬を少し押す。するりと抜け出たところで、後ろからちょっと飛びついてやった。



 *****



「それじゃあ、また学校で」

「まったねー」


 麻希と手を振って別れる。ここから先は和馬と2人きりだ。2人きり、あ。


 私バカじゃん! 2人きりにならなきゃいいって、最初からこうなるのはわかってたじゃん。どうしてこうも考えが浅いかなあ。いや、馬鹿なのは確かなんだけどさ。

 ちなみに雨は上がっていた。西日がかなりきついです。


「咲、どうかしたか?」

「っー! なんでもない!」


 バッカ! 意識しだしたら顔赤くなっちゃったじゃないか。顔を見せられない。スーハ―スーハ―。深呼吸、よしこれで大丈夫。たぶん。

 あ、何話したらいいんだろう。気まずい。何の話題を振ればいい。


「そう言えばさ、もし、もしもの話だけど和馬はスカウトされたらどうする? あ、いやただのたとえ話なんだけど」

「あんまり考えたことなかったな。んー、どうだろ。末広先輩は結構ガチでやってるみたいだけど。真琴も賛成しそうだから、たぶん受けるんじゃない?」

「そっか。それじゃあ、和馬個人だったら? ほら、和馬って一応顔はいいし、モデル出来るんじゃない?」


 一応、という部分を強調しておく。そんなことをつけないと素直に賛辞も言えそうにない。


「一応って酷いな。でも、俺身長低いよ? あんまり向いてないし、1人はちょっと違うかな。それより咲はどうなの?」

「うーん、風花雪月は結構遊びでやってる人多いからね。あ、もちろん曲をほめられるのはうれしいんだけど。でも、たぶん受けないんじゃないかな」

「それじゃあ1人だったら?」

「よりパスだよ。やっぱり、麻希とかあと和馬もだけどみんなでやるのって楽しいし。あ、でもひょっとしたらsqollさんとか神な人達と共演できる? ならやるかも!」

「ちょっと静まれ」


 ちょっと、チョップしなくてもいいじゃないか。まあ、緩いし避けようと思ったら避けられるけど。


「まあ、ぶっちゃけやらないと思うよ。今結構楽しいし」

「確かに、楽しかったよな。また行こうぜ。今度は夏のライブ終わった後にでも」

「だね」


 一応軽音部の面々は夏休み入ってすぐライブを予定している。風花雪月も緑一色も初舞台だ。打ち上げでまた遊ぶのも楽しいだろうな。お金のやりくり大変だけど。

 そんなことを考えていたら無言になってしまう。ヤバイ、家まではあと徒歩5分以上あるのに。


「こうやって、みんなで遊びに行くのって、やっぱり楽しいよな。学生の特権って感じで」

「変なこと言わないでよ。進路とか頭痛いし」

「悪い悪い」


 和馬を軽くたたく。そうだよ、目下のところ和馬のことの次に頭の痛い考え事が進路だ。


「ジャネの法則って知ってるか?」

「いや、ぜんぜん、まったく。聞いたこともない」

「簡単に言うと、体感時間の長さは、自分の年齢に反比例する。つまり年をとればとるほど、時間の長さが速くなるってわけだ」

「そんな話があるんだ」


 和馬は物知りだ。でも、実際は幼いころより最近の方が体感時間は長く感じる気がするなあ。


「それによると、人生の半分ってのはかなり若くて19歳なんだって」

「そんなに!?」


 成人したらいろいろやりたいことあったのに。お酒飲む、タバコはいいから……、あれ、意外と少ない。あ、車の免許は取りたいけど。


「でも、昔より今の方が長い気がするけどなあ」

「それは、たぶん脳が発達途中だったからじゃないか? そういうことを考えるとさ、高校生って、一番体感時間が長い時期なんじゃないかと思うんだ」

「確かに、そうなのかもしれない」

「だから、俺は一日一日を大切に過ごしたいって思うし、高校生活はめいっぱい楽しみたいって思うんだ」

「そっか」


 やっぱり、いろんなことに頭を悩ませてても、バンド組んだり、和馬たちとバカやったり、あるいはもっと別のことしたりって、すごく楽しいんだな。今だからできるいろんなことがあるって。そんなことに気づかされる。はは、ちょっと夕陽がまぶしいや。


「それじゃあ、きっとそんな時期のことをさ、鮮やかな記憶のことを、青春っていうんだよ」

「青春、か。確かに、そうなのかもしれない」


 和馬の台詞を聞いてさっと血の気が引く。今自分すごい恥ずかしい台詞言わなかったか? 素面で言うなんて思わなかった。

 というか、この流れやばいじゃん。ぼーっと熱に当てられてたけど、これ完全に告白の流れじゃん。どうしよう。いや、わりとマジで。


「好きだよ、咲。その、俺……」

「私も好きだよ!」


 ええい、こうなったら、なすがまま! 演技をする!


「和馬は大切な幼馴染だし、すごく信頼してる。今日も色々助けてもらったし」


 顔が赤くなりそうなのを必死でこらえる。後ろ手で鞄をぎゅっと握り締めた。


「だから、ずっと、今みたいにいい友達でいてくれると嬉しいな!」


 和馬の前ではにかんで見せる。最後声が上ずっちゃったが大丈夫のはずだ。きっと、きっといい友達扱いだと嬉しい。


「俺は、その!」

「そうだ、ライブの打ち上げ、せっかく夏なんだから海行こうよ! それと、せっかくだし和馬も私の水着選ぶの手伝ってくれる?」


 ちょっと走り回りながら言う。顔から火が出そうだ。

 だけど、意味はある。普通、意識してる相手なら水着のデザインはギリギリまで内緒にしたいと思うはず。それを一緒にというのは、異性として意識してないっていう、アピールにもなるはずだ。


「いや、それは別に」

「決定ね。早く家に帰ろ! 家まで競争!」


 そう言うなり走り始める。20メートルくらい先行してるもんね。大丈夫、家までどうにかなるはず。

 和馬から離れておいてよかった。きっとすぐ近くだったら、私の胸の高鳴りが聞こえてしまってただろうから。だから、バレなくてよかった。秘密にさせてね。


 安全地帯の家の中で、和馬の余韻よいんをしっかりと抱き留めた。



 *****



 本当は、すごくときめいちゃったんだ。ジャネの法則はとてもロマンチックで。それを告白にさらりと絡めてくる和馬も夕陽も計算しつくされたみたいにかっこよくって。流されそうになって。大切な高校生活を一緒に送りたいって、そんな素直な和馬の気持ちはいとも簡単に私の腕をすり抜けて心臓に付き立っていく。


「反則だよ、もう」


 だからこそ、甘美な羞恥心と苦い嫌悪感に挟まれて、胸がつぶれてしまいそうになる。このまま和馬を傷つけちゃいけないなんていう心象が広がっていく。だけど。


 だけど、もう少しだけ。この甘酸っぱい感覚を楽しんでいてもいいよね?

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