[部屋から出ない]異世界生活
@atosima
第1話 透明の魔女
1
「……カンストだ」
まるで砂漠であえぐ木乃伊のような声が、オレの喉から引きずり出されてきていた。
……色々と、ヤバい。
あとちょっと、あとちょっと……とやり続けて、ついに来てしまった。
ステータス999……の数字が、どれだけ並んでいるのやら。
もはや、達成感すらない。
ただ、この日々が終わったのだと……機械と化した一連のボタン操作がもう必要ないのだと……懐かしむようにギュッと手を閉じるのみである。
もう限界だ……。
なんだか暑いし……ひんやりベッドが、オレを呼んでいる……何曜日の何時か知らんが、倒れたら、もう起きられんな……。
「……やられたわね。あの糞王子が……!」
……なんだ?
オレの部屋に、若い女の声……?
女か……家族以外では、小学生のときに班の連中に貸したときに来た二人しかこの部屋に入れた記憶がないが、ステータスカンストのご褒美としてメーカーがサプライズプレゼントしてくれたということかな?
なんて、妄想してみたりして……。
……だから、疲れているときに限って、余計なことを考えてしまう癖をやめろって。
どうせ、アニメだろ……アニメしかないしな。
……いや、変だな。
テレビを消したが……イヤホンジャックは挿しっぱなしだし、テレビではないのか……。
だったら、なんだ? 電波の混線……か?
Wi-Fi……Wi-Fi……。携帯ゲーム機は、電源オフだし……スマホもオフだな。あとはラジオ……?
「なんの呪文か知らないけど、あたしの声は聞こえているみたいね」
……気になるな。
音源がないのに、空間のこの辺から、たしかに声がする。不思議な現象だ――
お? お? お?
フニョってする……なんか柔らか~い……透明な感触が~……。
ズパァン!
うおぉ……!?
なんか破裂音がして、視界が90度くらい回った!
「どこ触っているのよ!」
頬が熱いし……ひどい目眩だ。
あぁ、そうか……。
オレは、限界だったんだっけ。
試行錯誤をくりかえし、ついに効率の極限にたどりつき、その興奮から徹夜をしてしまい、その成れの果てがこれなのだ。
ゲーム疲労のピーク――
オレは、貴重な体験をしているのかもしれない。
それで、女の声に、破裂音に、頬の熱さに、首の向きって……。
死ぬな、これ。
ベッドにいく前に、倒れて頭打つパターンだ。
……さすがに、死にたくはないそ。
せっかくのカンストデータも、疲労のピークでは達成感も薄いし、これを反芻するには、やはり元気なときでないと無理だ。
生きるんだ……! 藁に縋ってでも、生き延びるんだ……!
……そうだ! さっきの柔らかいやつ……あれに凭れかかればいいじゃないか!
「ちょっとちょっと! なに抱きついているのよ!?」
抱きつく……?
あぁ、抱き枕か……これで安全、安心だ。
しかし、オレって抱き枕なんて持っていたか?
……む? 抱きしめた裏側に、穴が……?
こ、この衝動は……!
あぁ、指を入れたい……そんなことをしたら広がってしまう……でも、破けたところに指を入れたい……ダメだって、絶対にダメだって……あーも~……セイッ!
「ぴきぃぃぃぃ!?」
おぉ……? この指に伝わる感触は……?
あれは確か、小学校のときのことだった――
『先日、禁止した浣腸ですが、前からの浣腸もダメです』
あの日の朝礼で、オレたちの必殺技は封印されたんだった。
しかし、この感触が、オレに語りかけてくるのだ。今やらねば、いつやるのだ、と……校長先生……いや、老師よ! 今やらねば、いつ、やるというのです!
「きにゃぁぁぁぁ!?」
おぉ……! この、すぼみ感……まさか、ホールド技か!?
侵入を防ぐのではなく、あえて誘いこんでから固定する自滅技。この技にかかれば、浣腸指を骨折させることも可能で、その死なばもろともの精神こそが、あのブームに終止符をうったとも言える禁断の技。
どうしているかな……人差し指を骨折した安達くんと、尻の手術をした我孫子くん。
……と思ったら?
抱き枕が鰻のようにオレの腕からすりぬけていく……?
そして――
「……この、この、この、この!」
床に倒れこんだオレの頭が、足の裏のようなものに踏まれはじめたのだった。
▽
「あんた、ちょっと、わかってんの?」
いまだに、女の声が部屋のど真ん中から出ていた。
あらゆる電子機器が閉じているのは確認済みである……にも関わらず、オレの部屋から若い女の声だけが聞こえてくるのだ。
この現象をどう表せばいいのか……?
妖精……? 妖怪……? 幽霊……?
どれも現実的ではない。
幻聴……? 幻……? 耳鳴り……?
どれもヤバい病気である。
もしもそれが真実だとしても、おそらくオレは受け入れないだろう。
オレが欲しいのは、今だけの答えなのである。
そうなると、答えは一つしかなかった。
とうとう来た、ということだ……。
「とうとう? って、まさか、あんた……」
ゲームというより指の運動。遊びというより作業。考えるというより脊髄反射。
「ウソでしょう? いや、でも……だからこそ、この場所が選ばれて?」
それらの後遺症が、とうとう来てしまったのだ。
「だったら、あたしに勝ち目なんて……って、後遺症? ……予言かと思ったわよ」
落ち着け。まずは、事実確認からだ。
オレの名前は、前島五郎。高1の16歳。
風邪をひいたのは、今年の三月くらい。その後は花粉症こそあったが、体調を崩すことはなかった。
「自己紹介、ご苦労様。これからは、ゴローと呼ぶから」
……女の声が、そう言っている。
オレは喋っていないのに、オレの思ったことに、女の声が返答してきているのだ。
やはり、そういうことか……。
「そういうことって……すごいわね。魔法のことも察するなんて」
魔法、か……設定まであるとは、とんでもないことになってきたな。
「ん……? 設定?」
すべて読めたぞ……。
こいつは、オレの頭が生み出している女なのだ。
しかも、魔法で心を読むなどという設定までついているとは……よほどゲームに浸りきった末の症状なのだろう。
例えば、無人島や雪山などで、たった一人で生活をしていると、あまりの人恋しさから、他人がいるような錯覚を起こすという。
そういえば……しばらく、他人と会っていなかった。
ゲームに熱中するあまり、家族とも顔を合わせていない生活を送っていたのだ。
……今、思い出したのだが。
旅行に行く、とか家族に言われていた気がする……。
……それくらい! だれとも会っていなかったということだ! 置いて行かれたとかは今度考えることにして! 今はこっちを先に処理してしまわねばならない!
……とにかく!
オレは、ゲームにのめり込みすぎた。
むしろ、この境地に達せられたのは、幸運なことだったのかもしれない。
まだ、やり直せる。
オレは十代だし、落第してもいないし、家を追い出されてもいない。
この女の声が、オレに気づかせてくれたのだ。
ゲーム依存の末期、とね……。
「いや……面倒ね、あんた」
とはいえ、このまま済ませていい問題ではない。
オレの身が危ないのだ。
なんとかして、この声を消さなければならない。オレの頭に、錯覚であることを認識させなければならない。
なにかないか……? なにか……。
そうだ。ボイスレコーダー。これで声の有無が確かめられる。
しかし……。
もし、これでなにも録音されていなかったら……オレはその事実に耐えられるのだろ
うか?
いや、そう思ってしまうことも頭の誤作動による弊害か? それとも、ここにもホラ
ーゲームの影響が効いているということか?
恐い……。
それでも、やらねばならない。
このボタンを押せば、すべてが明らかになる。押せ……! 勇気をだせ……! 一歩を踏み込め……!
な、なんだ、このプレッシャーは……!? 押せない……!? まさか、オレの指までもが、脳の異常に犯されて……!?
待ってくれ! オレは悪くないんだ! 誰だってそうじゃないか! 落ち着くんだ! 話せばわかり合えるはずだ!
あぁ、わかっているさ。ここがオレたちの墓場だってな。それでも探すのかって……?当たり前だ……だって、そうだろう? オレにはもう、ここしかないんだぜ?
これが運命か……それでも、オレには希望が見えてならないんだ。
どこを見ているのかって? せめて、もう一度……あの歌が聞きたかっただけさ。
それはそうと、こんなこともあったよな……。
「はよ、押せや」
スパーン!
……やはり、脳がおかしいらしい。
オレの後頭部に、平手打ちされたような衝撃が走った。
▽
カチカチ、カチャカチャカチャ……ターン!
「これがインターネットねぇ……魔法なしでも使えるってのが気に入ったわ!」
パソコンが勝手にうごいている……。
これ……乗っ取られているわけじゃないよな?
ウィルス感染で、モニター上のカーソルではなく現物のマウスが動き、キーボードが物理的に押されている。……まあ、自動ピアノとか、無人で鍵盤が叩かれるのがあるし、それの類だと思えば納得できるというものだ。
しかし、物理的なことは置いておくとしても……インターネットの検索内容に関しては、どういう理解の仕方をすればいいのかわからない。
書き込まれていく言葉が、兵器、戦争、ミサイル、エネルギー資源、等々……。
どうしよう……マジで恐くなってきたぞ?
とにかく、落ち着かなければならない。
こういうときは、ゲームしかない。
さっきのカンストしたデータで、散歩でもしてゆっくりしよう。
「……なにが楽しいのよ?」
女の声が、オレに向けられている。
見られている気配もするし、落ち着かない……。
答えれば、どっか行くかな……?
ゲームの楽しさ、か……。
ただの趣味に、理由など必要ない。
……どうよ?
「だって、目的もなく繰り返しているように見えるけど……そういう遊びなの?」
このゲームの目的は、たしかに無くなったが……どう言えばいいんだ?
そもそも、ステータスのカンストは果たした。その余韻に浸っていることが今の状態だからな。物思いに耽るというか、それが目的というか、なんというか……。
「カンスト……カウンターストップ。数値の上限?」
このゲームの限界値に達した、ってことだ。つまり、このゲーム内では最強になったわけだな。
「へ~……」
だから、なんだ……ってことなんだろうけど、手が届きそうだったんだよ。
登れそうな崖があったら、登れるか試したいものだろう?
そういう子供染みた発想で、暇をつぶしていただけだよ。
「癖みたいなもの?」
癖って……。
そう言われると否定したくなるけど、だからといってこれに相応しい答えも、咄嗟には出てこないけど。。
そうだな……。
生き様……かな?
……いや、いや、いや。
なんだ、この恥ずかしさは……?
妄想なら当たり前のことも、それに返事がくるとなると、まったく意味合いが変わってくる。
いや、違うんだ。本心ではないというか……これがオレかと言われると、ちょっと間違っているというか……。
オレは、オレなんだが……ゲームがオレか、と言われると違うというか……いや、好きなんだけども、そこまで言い切れないというか……。
「ところで。あんた、なにか秀でたものは? 他人よりも、って意味で」
空気読んだのか……? それとも、飽きた……?
まあ、いいや。秀でたものねぇ……。
遅生まれで背も低く、体格で負けていたから、同級生には劣等感しかないが……。
まあ、ゲームは得意なほうだから、運動神経が悪いわけではなさそう……などと自己分析してみるが、どうなんだろうな?
「ふうん……でも、このゲームには運動神経が発揮されているとは思えないけど?」
このゲームは、データを集積していくようなもので、これまでのプレイ時間というか戦った回数によって強くなるタイプのやつだから。
「そのデータとやらは、どこ?」
データ? セーブデータのことか? それなら、ゲーム機のなかに保存されているが……?
「じゃあ、消えたりもするわけ?」
そりゃあ、昔はそういうこともあったらしいけど……今はほとんどないぞ。自分から消さない限り。
「あ。自分で消せるのね。オッケー。わかったわ」
……。
……おい。
「ん?」
いや……どうする気だ?
「あんたは知らなくてもいいのよ」
……危機感しかないのだが。
いいか、よく聞け。
このデータは、思い出のアルバムのようなもので……このデータを覗くたび、オレは昔を懐かしむことができるわけだ。それを破くことの意味がどういうことなのか、わかっているのか?
……というか、これはなんだ?
オレは、なにに対して説教しているんだ?
データ破損の予兆が、幻聴になっているのか?
そういうサービスというか、ウィルスを仕掛けた愉快犯による遊びが、この女の声ということなのか?
「あたし、魔女のメイよ。よろしく」
聞いていないし……。
……っていうか、魔女のメイ?
それがウィルスの識別記号かなにかなのか?
透明で、形があって、声を出せる。そして――
……。
……オレは、なにを見ているんだ?
椅子が前脚をもちあげて揺れているわけだが……。
「すぐに消えるだろうけどね~。あんたが寝ている間とかに~」
メイがしているであろうその不安定さを、オレには見ていることしかできないらしい。
▽
嫌な予感はしていた……。
セーブデータの消去。
ウィルスでもなければ、オレのミスタッチでもない。
明らかな故意による操作が、何者かの手によって行われたのだ。
「これで、こちらの鍵は潰せたはずよ」
メイの声がなにやら言っているが、こっちはそれどころではない。
カンストしたのなら、もうやらないとか、そういう問題ではないのだ。
子供の頃のアルバムは、持っていることに価値があるのであって、例え、今後見ることがなくとも、そこに保存されてあるという想いこそが宝なのだ。
それを……それを……。
「もう一回、その苦行とやらをやったら? 男の生き様なんでしょう? 勝手にやったらいいのよ~。あっはっは!」
簡単に言ってくれる……!
二週目の辛さがどれほどのものか知らないから言えるのだ……しかも、強くてニューゲームでもなく、レベル1からはじめなければならないのだ。
……ここまでコケにされて、黙っているわけにもいかないな!
ネット対戦でどんなに煽られようが大仏になりきってやりすごしてきたオレだが、怒りの仁王像しかイメージできなくなるとはオレ自身驚いているよ……!
しかし……。
四肢に力が入らない……。
まるで魂が抜けてしまったように、オレの体にエネルギーが戻ってこない。
息を吸うことすらできなくなるほどに、オレの中からあらゆるものが抜けきってしまったように思えた。
そこにメイがいるのなら、掴んで殴らなければいけないのに……オレのすべてが床に伏してしまっていっていた。
カンストデータの仇はとれないのか……。
チクショウ……チクショウ……。
「では、さらばよ」
……行ったか。
メイの声は、その気配すら無くなってしまっている。
人災なのか、天災なのか、わけがわからない……。
もう、立ち上がる気力もない……。
はぁ……。
……。
……まて、よ?
サーバに預けておいたセーブデータって、あったっけ? 憶えていないけど、無意識にやっていたりしてないか……?
意外に、すんなりと立ち上がれたことに、自分でも驚いているわけだが、そんなことよりネット接続してっと……。
えっと、自動セーブとか、そういうやつ……。
あ。やってたわ。
……じゃあ、戻すか。
――
「なんで……? なんで……?」
また来やがった……。
メイの声だ。
成仏したと思ったら、生き返ったようだ。
「あんた……なんかやったわね?」
メイが、オレを疑っているようだ。
心を読む魔女か……。
だったら、隠せないな。
……しかし、オレには秘策がある。
いくらでも教えてやるよ。いいか。よく聞けよ?
セーブデータを余所に預けた。
……それだけだ。なにか質問は?
「それは、どこ?」
サーバだ。場所という意味では、オレにもよくわからない。どこかのビルにでもあるのだろう。
あと、そのサーバには、もうオレのデータはない。さっき移動させたから。
「そっちの消し方は?」
ふっ……そう来ると思ったよ。
無駄なことだ……。
このデータ消去には、オンライン解約手続きほどのハードルの高さがある。
ミニゲームのクリア――
しかも、ゲームの練達者でも、相当調子の良いときでなければ困難なほどの難易度に設定してある鬼畜仕様だ。
つまり、オレ自身でも、正気になっていなければ消去することは不可能なことになっているのだ。……ありがとう、変態管理者さま。
「じゃあ、あたしはどうなるのよ?」
知るか。帰れ。
「そのデータが、帰るための鍵になっていたかもしれないのに!」
知らんて。そもそも、オレのデータだ。勝手に鍵にすんな。
「協力しなさいよ! 帰れないじゃないのよ!」
義理がない。利益がない。それに、迷惑がかかっている。……これだけ揃って、よく協力してくれると思うよな?
せめて、金でも支払ってくれれば考えなくもないぞ?
金くれ、金。ほら、よこせ。どうだ? ん? ん?
「くそくそくそくそくそくそくそくそ……」
あー、うるさい。
……しかし、イイ気分だ。
声が聞こえだして、どうなるかと思ったが、上手くやれれば、害もないようだ。
こうして、オレの部屋に、なぜだか魔女が居つくことになった。
2
メイがやってきて、数日が経った。
はじめはメイのことを自身が生みだしている幻想かとも思っていたオレなのだが……。
さすがにここまで来ると、オレとしても、メイが人間であることに気づきはじめてきた。
まあ……透明であることや、心を読むことなど、とんでもない現象があるがために、どう理解すべきなのか、未だに迷っているというのが事実だったりするのだが。
そんなこともあったりもするが……。
それにしても――
慣れたなぁ……。
人間というものは、どんなに不可思議な現象でも、それが自室にあるというだけで、溶け込まそうという心理が働くのだろうか?
つまり、どうやらオレは、メイという超常現象を部屋の一部として受け入れようとしているらしい。
部屋だけでなく心まで常に覗かれているこの状況も、受け入れてしまえばかえって好都合なことに気づいたりもする。
というわけで――
へい、メイ。
「あによ?」
明日の天気、教えて?
パソコン、カカカ……。
「曇りだってよ」
……うむ。
オーケー、メイ。
「だから、なに?」
彼女がほしいの。
「童貞は、右手ティッシュがお似合いよ」
口が悪い……。
メイクサー。
「へいへい~……って、だれが臭いってのよ!」
今日のパンツの色は?
「透明に決まっているでしょ……って、なに言わせんのよ!」
想うだけで、答えてくれる――
そんなデバイスがやってきたと思えば、この状況も悪くはないというわけだ。
ただ……。
スマホは、取られた。
パソコンも、オレが学校にいっている間は、メイのやりたい放題になっている。
それらの履歴をみれば、軍事関連やら、民族性やら、歴史やら……。
機械が自我を持ちはじめて、なにかを企てようとしているようで恐くもなってくる。
さらに、ゲームだ。
メイは、自分でデータを消したそのゲームをやっているのだ。
「あんた、よくこれカンストしたわね……変態じゃないの?」
痛いところをつくようになったな……。
しかし、なぜに自分でプレイするんだ?
「これが鍵になっているのよ。間違いないのよ……」
また、鍵か……。
帰還への試行錯誤らしいが……まあ、そんなに迷惑でもないし、好きにさせておきますか。
「まったく……なんでこんなところで、ゲームばっかりやんなきゃいけないのよ!」
相変わらず、メイは文句ばかりを垂れ流しているわけだが……ゲーム画面は、しっかり進んでいっていたりする。
……。
……そこ、裏取りすると楽に倒せるな。
効率を考えれば、端から倒したほうがいいか……。
あー違う。そこは一旦離れてから、釣り野伏で囲えば簡単に……。
「うっさい! あたしのやり方でやってんの! 邪魔しないで!」
う~ん……オレは思っているだけなのだが、メイには注文をつけているように聞こえてしまうのか……便利だと思っていたけど、こんな弊害もあるとは、上手くいかないものだな。
ネタバレも誘発しそうだし……オレはオレで別のゲームをしますか。
まあ、でも……。
長短あるのは、物事の真理のようなものだ。これから上手く調整していけば、長所だけを拾い上げることも可能だろう。
さて、なににしようかな~……。
「……ちょっと。ちょっと。こっちも見なさいよ」
……なんでだよ。寂しがり屋か。
「攻略サイト開くのめんどいのよ。ここの選択肢って、どっちがお得なの?」
……これが一日の長というやつか。
オレがメイ便利なデバイスにするはずが、オレのほうがメイに使われてしまっているじゃねーか。
オレがメイを使いこなす側にまわるのは、まだまだ先のことのようだ。
▽
え~……。
おはようございます……。
オレは今、自室から離れたところにいるわけですが……。
メイは今、オレの部屋にいるはずです~……。
どこまでいけるかわかりませんが……これにはやってみる価値はあるかと思いまして、こうしてスタンバイしているわけなのです~……。
では、今から突入していきたいと思います~……!
……アハハ!
は~ひ~。む~にょ~。
ガチャ――
あー、ぱかー、はー。
「……あんた、なにやってんの? すっげぇアホっぽいけど。……眠いの?」
あー?
すん、すん、すん……。
おめぇ……風呂とか、入っているのかぁ?
「風呂? なんで?」
いや、臭いとか気にならないのかな~って……。あはは~。
「え? におい? ……うそ?」
べつに臭くないですよ~? ええ、もう、臭いわけないじゃないですかぁ。ちょっとだけよ~?
「……お風呂、入る」
は~い。いってらっしゃ~い。
ガチャ……パタン――
……さて。
出ていったな……?
念のため、蠅を追い払うように素振りをしてみて……っと。
さらに扉に耳を当てて……風呂からの音を確認して……よし。シャワー音がしはじめた。
オレは、ここでやっと一息ついた。
メイが家の風呂まで離れれば、自室にいるオレの心を読めなくなるのはすでに実証済みである。
あとは、風呂で考えた計画のことをオレ自身が思わないようにすることだったが……なんとか耐えられたようだな。
これで、思う存分、思考できるというものだ。
メイの形状、さらし計画――
さっき思いついたことである。
風呂にはジップロックに入れたスマホを用意した。
釣り餌だ。
やつは、ゲーム中毒になりかけている。例え風呂でも、ゲームができるとわかれば、耐えることなどできないはずなのだ。
お湯に浸かっている間、手持ち無沙汰になったメイが、ジップロックに入ったスマホに手を伸ばす姿が容易に想像できる……。
そして、パスワードを解こうとすれば――
カシャア!
「ぎゃっ……!」
風呂のほうから、おもしろい音がした。
あ。そうだそうだ~。パスワードをかえたこと、言ってなかったっけ。いやー、うっかりうっかり。
三回失敗で、自撮り機能作動――
そんなアプリもあったとかなかったとか……。
そして、撮られた画像をパソコンに転送すれば――
ほほぉ……?
濡れた肢体かと思いきや、湯船のほうですか~……。
透明の穴があいて、なんかエロいな……。
胸か、腹か……?
水面しか映っていないから判断できないが……太くはないことだけはわかる感じだな。
まあ、いいや。ともかく……。
実験は……大成功だ!
やりましたね~、博士ぇ~……。
苦節……何年だ? まあ、なんでもいいや。とにかく、長かった~。
男の夢が、これで叶いましたよ~、博士ぇ~。
……あ。そうだった。
オレはここで重大な欠点に気づいてしまった。
メイは、魔法で心を読む――
だからこそ、アホの振りで計画を察知されないようにしたわけだが……。
結局、バレるじゃん。
「あんた、なんかやったでしょう!」
……もう来ているし。
オレは、さっさとその画像を外付けハードディスクの端の端にしまいこみ、風呂からわめきながら近づいてくるメイを迎えるべく、素知らぬ頭の準備をするのだった。
▽
「あんた、なんなの!?」
いや、まあ。すいません……。
メイがご立腹のようだ。
……といっても、風呂の件ではない。
あのことは、なんか許してくれた。
めっちゃエロい体でした――
……と素直に思ったら、なぜか静かになった。
そのことはいいのだ。
今回は、こうだ。
寝ている間に、抱き枕と間違えた――
そのことに、メイは怒っているようなのだ。
これのジャッジには、困るところがある。
オレには透明であるためメイの姿を見ることはできないわけだし、そもそも触っただけで女を把握できるような経験もオレにはないわけだ。
つまり、寝ぼけたオレがメイにどこまでしたのか、オレ自身では判断のしようがないのだ。
そんなオレの考えも……現在進行形でメイには伝わっているはずなわけで……。
もしも、オレのやらかし度合いについてを、メイがその胸のうちにしまっておくとなると……これはもうアウトという意味合いになってしまうわけで、つまりは男女の股間についているアレとソレが、あーなってこーなってそーなって……。
「あるわきゃないでしょう!? なにもなかったわよ!」
メイは否定しているものの、その声が裏返っているということは、やはり……。
「違うっつってんでしょう!? いい加減にしなさいよ!?」
まあ、これはオレのやらかした現実というより、オレの妄想のほうに慌てているといった感じだな。
とりあえずは、なにもなかったということか。
なんだぁ……。
ちょっとは期待したのに。
「期待……って?」
……ん? なんかメイの声がトーンダウンしたような……?
いや、責任問題になるのなら、それはそれでいいかと。あの抱き心地が毎晩つづくのは、こちらとしても嬉しいことなので。
「あ……そうなんだ。ふ、ふ~ん……ま、まあ、あたしが寝ぼけて、そっち行っちゃったわけなんだけど……」
……え?
オレのやらかし度合いも大したことがなかっただけでなく、原因までもがオレには全く非がなかったということか?
なんだ、そりゃ……。
だったら、もういいや。メイの怒りはおさまったようだし、オレもメイを怒るつもりはないし、どちらも怒っていないということで、決着でいいんだな?
「まあ、いいわよ別に。許してあげなくもないわ」
それなら、良かった。
それにしても……昨日はよく眠れた。
まず間違いなく、あのことがあったからだろうな。
抱き枕なんて商品があるくらいだから、男は女を抱きながら寝ると落ち着くようになっているのだろう。
二度目はないことはわかっているが、それでも記憶を反芻するだけならば罪にはならないはずだ。
いや~、最高の抱き心地だったな~。
「ほ、褒めても、なにも出ないんだからね!」
褒めて……は、いないけど?
ただ、ナイスバディのエロい体の抱き心地は最高だったと……。
「それが褒めているんでしょう!? わかんないかな、も~~」
なんか床がドタドタ鳴っているが……地団駄というやつかな?
それにしても、セクハラ案件かと思っていたけど……メイ的にはアリというのが意外だったな。
この反応は、女全般に言えることではなく、メイならではのことなのだろう。
魔女であるが故のこと。つまりは、心を読む魔法の有無だ。
声を聞くのと、心が読めるのとでは、意味合いが違ってくるということだ。
男がエロい妄想をすることなど、鳥が空を飛ぶくらいに当たり前のことである。
日頃からそれを読みとってしまうメイとしては、ほかの女とはズレた基準でもって男を判断しているだろうし、だからこそ怒るきっかけも許すきっかけも独特のものになっているということなのだろう。
……まあ、いいや。
昨日はラッキーだった、ってことで、丸く収まってよかったよかった。
せめて掛け布団丸めて、感触の反芻をこうやって……。
「やめてったら! 褒めすぎだって!」
ドタドタドタドタ。
▽
「信じてないわね……?」
うん。
「飛んでるのにぃ……! どこでも行けるのにぃぃ……!」
自称魔女がくやしがっているようだ。
事の経緯は、5分前にさかのぼる――
メイは「魔女」と言っているが、心を読むこと以外に、どんなことができるのか?
そんな話題になったのだ。
それについて、メイが答え、オレが感想を言うのだが……。
「空を飛んでいるじゃない」
いや、見えんし。
「ほらほら。ペンが宙に浮いている~」
背伸びして持ち上げているだけかもしれないだろう。
「……あんた、面倒ね」
……と、こうなった。
問題は、メイが透明であるため、その証明ができないところにあるわけだ。
この解決には、天井のない外に出ればいいわけだが、そこまでしてこのやりとりを続けたいとも思わないし、近所の人に見られるのも避けたいところだった。
そこで、オレはこんな提案をしてみた――
空を飛べるなら、オレも飛びたい。持ち上げてよ。
「おぉ!? いいわよ! やったろうじゃない!」
意気揚々と、メイの気配がオレの背後にまわり……。
しかし、そこまでだった。
服は引っ張られるが、体がもちあがらない。
「お、おぉ……このぉ……! うぉぉぉぉ!」
もう、ええわ。
――というわけだ。
それから、5分くらい経ったが……。
メイは、未だにその話題を引きずっているのだ。
オレには、もうどうでもいいことなのだが……メイは、あとには引けなくなっているらしい。
「あたしの体だけじゃなくて、ほかのことにも興味もってよ!」
誤解を招くような言い方をするな。
「心を読めるのよ? すごいと思わないの?」
まあ、便利だよな。声の出し方、忘れるけど。
「それ、あんたのことでしょう? ……あと、透明はどうなのよ? 男だったら、羨ましがったりしないの?」
どういうことだ?
「透明になれたら、覗き見し放題とか、女子更衣室に入ってやろうとか。だれもで考えているじゃないの」
そういうことを言い出しはじめたか……。
ふん……舐めてもらっては困る。
オレは、自分の部屋が好きなのだ。透明になったところで、部屋から出なければ意味がない。
ゲームなら、そりゃあ、やりたいさ。
しかし、現実の女子更衣室も、風呂も、ここから遠すぎている。
透明など、腹の足しにもならんわ!
「マジじゃない……あんた、それでも男なの?」
……なんだと?
「ずっと部屋にいたいだとか、男らしくないって言ってんの」
言ってくれるじゃねぇか……!
「言ってやるわよ! 男だったら、あたしの魔法を認めなさいよ! うじうじ文句ばっかり言ってないで、男はスパッと頷いていればいいのよ!」
……もういい!
もうわかった!
そんなに認めてほしいのなら……金でも稼いだらどうだ!
「……え?」
所詮、現世は資本主義。
金がなければなにもできず、人殺しさえも厭わないのが金!
オレに認めてほしければ、お小遣いでも恵んでみせろ!
「……」
なんか言えよ!
「……。サイテー……」
なんとでも言え! 言えぇぇぇぇ!
オレの顔芸が、虚空にむかって炸裂した。
3
「はい、どうもー。……ということで、本日も実況していきたいと思いますけども」
今日も、はじまったか……。
ゲーム画面。コントローラ。パソコン。マイク。等々が稼働している。
いわゆる、ゲーム実況の生配信である。
きっかけは、先日のオレの発言だった。
金を稼げ――
心の声だから、嘘ではない。
部屋に居候されるほうの身として、いい加減にしてほしいという感情も、当然のことながら起こりうるわけで……。
だからって、ゲーム実況かぁ……。
透明というハンデを抱えては、これくらいしか合法的に稼ぐことなどできないわけで、それは仕方のないことだと思うのだが……。
それで、ゲーム実況ってねぇ……。
もちろん、それをするのはオレの部屋になるわけで……いまや部屋の一角はスタジオとして完全に占拠されてしまっていたりするのだ。
しかし、ゲーム実況とかさぁ……。
そもそも、オレの部屋にそんな設備などあるわけがない。なのに、メイは自信満々に言うものだから、てっきり魔法でなんとかなるのかと思いきや、結局はオレに頼ってきやがったのだ。
メイは、鼻息を(たぶん)荒くする。
「まずは、初期投資の分よ」
配信機材一式は、オレの貯金で賄った。
つまり、これを返済することが、メイの最初の目標であるらしい。
果たしてそんなことができるのだろうか?
……と、まあ、そんなこんなで数日経ったわけだが。
「しばり内容は、こんなものですかね? なにかあったら、コメントくださいね~」
しばりプレイするのか……。
早い方針転換だな。昨日までは普通だったのに……。
生配信であるため、視聴者からコメントが届いてくる。
メイは、それらを読みつつ、ゲームをつづけていくわけだが……。
傍から見ているオレには、悪い予感しかしなかった。
だって……メイって、心を読めるじゃん? つまり、いつも本音が聞けるわけじゃん? でも、ネットのむこうの心は物理的に遠いから読めないじゃん? だから、相手の嘘を見破れないじゃん? これ……ダメなやつじゃん?
……と、そういうことだ。
早速、視聴者からコメントが寄せられたようだ。
メイの声が、マイクを通してそれに答えていく。
「ラック全振り? オッケー。それでやったるわ」
……いや、意味、わかっているのか?
「セーブは、一ヶ所だけ? いいよー、それも入れようじゃない」
いやいや、追い詰められているぞ。
「攻略サイト見ずに、生配信のみで? もう~、仕様がないわね~」
いやいやいや、だれも褒めてねぇって。
……案の定、いきなり壊れてしまった。
閲覧者も、からかい半分で提案したのだろうが、まさか本当に受け入れられるとは思いも寄らなかっただろう。
もはや、このゲーム実況に、未来はなくなった。
あとは、配信者の阿鼻叫喚の叫びを待つのみである。
そして、メイは鬼畜縛りへと旅立っていった……。
「ふざけんな! こんなので勝てるわけないじゃない!」
「誰よ! ラック全振りとか言った奴! 言い訳聞いてあげるから、コメントしなさいよ!」
「セーブ戻したい! セーブ戻したい! やりなおさせてぇぇぇぇ!」
「つぎ、どう進むのよ? どう進むのって、早く……だれか教えろや!」
「もう、やめていいですかねぇ……? ……え? なにこれ……根性ナシ? 暇人? 引きニート? ……あんたに言われたくないわよ! 名前さらせや! 出てこいや!」
「おぇぇぇぇ……もう、やだ。やんない」
ブツ――
モニターが切れ……床に置かれている毛布がふくらんだ。
失踪したか……。
しかも、二日連続で……。
おそらく、メイは明日もまたやるだろう。
配信も、失踪も。
つまりは――
オレの部屋あの一角も、あのままということだ。
オレにとってのしばりプレイは、まだまだ終わりそうもなかった。
▽
「伸びない……」
なにもない空間から、謎のつぶやきが聞こえてくる。
これが地縛霊なら、生前はどんな悩みがあったのだろうか?
……ちょっと想像してみようか。
小学生のチューリップの観察で一人だけ生育が滞っている鉢植えにむけての担任の先生の声か……もしくは、大した考えなしに眉毛を整えようとした中学生の鏡にむかって言った声か……あるいは、好きな女子の理想のタイプが高身長であることを知った小学生が柱の傷にむけて言った声か……。
……どれも死ぬような悩みではないな。
まあ、いいや。
そんな声のことも、動画配信で生計を立てている人のことも、どうでもいい。
失ったオレのおとし玉も、勉強代と思って諦めているし……。
心底、どうでもいいのだ。心底。
違う球根がまぎれこんだのは業者の責任であって担任の責任でないし、墨汁が汗にながれてパンダになろうがだれもそいつのことなんか見ていないから気づかれないし、身近なイケメンのスペックに近づいたところで位置のあがった顔面の偏差値は変わらんわけだし、そもそもてめぇのセンスの無さなんざ学生の段階で知っとけやボケェ。
……さて。
思いたいことも思ったところで、オレはオレのやりたいことをやるだけで……。
ゲーム、ゲームっと。
……。
「……」
……。いや、オレには関係ないし。
「……」
やめて。マジ、やめて。
「……」
え~と……。
オレの目の前に、コントローラが浮いている。
これが心霊現象であっても、オレには怨まれる覚えなどまったくない。
なのに、コントローラは、楽しげな踊りを披露するように揺れたり、回転したり、挙句、オレの頬にグイグイ押しつけてきていたりしている。
なんか言え、地縛霊。
「……だって、マジ、面倒くさいんですけどぉ~……」
知らんがな。
「つづかないんですけどぉ……」
だから、どうした。
「あいつら適当なことばっか言うし~……」
コメントがつくだけマシだろう。
……って、しつこいな。
この地縛霊には、ちょっと説教が必要なようだ。
いいか、よく聞けよ……?
人の時間は、有限なのだ。
いくら長寿を約束されようとも、無駄にしていいものなど一つもない。
どんなに金を積まれようとも、人生の目標を見失ってはならないのだ。
今まで見てきた夢の大きさも、いつかは、失っていくものの大きさに潰される。
オレは、寄り道なんかしない。
なにを言われても、この信念を曲げるつもりはない。
オレにとって、なにより大事なものとは、この決意なのだ。
これさえ失わなければ、他のなにを失っても生きていけるだろう。
信念とは、そういうものだ。
……聞いたか? どうなんだ?
「部屋とか燃やしたら、再生数伸びそう……」
失うものが大きすぎるわ。
……いや、待って。やめてよ? ねぇ? 聞いている?
「……」
嘘でしょ? バレるよ? ねぇ? 火事になったら、オレの部屋だって、バレちゃうよ?
「……」
恐いって……あんた、恐すぎるよ……! ありえないって……! こんな地縛霊、ありえないって……!
「……」
いやぁぁぁ! お願い! 待って! 恐い恐い! いやぁぁぁ!
――次の日から。
「……ということで、本日もやってまいりました」
メイの実況する声の傍らに、コントローラを持つオレがいるようになった。
▽
オレは、ゲーム生配信に参加するようになった。
オレがプレイして、メイが実況する。
しばらくは、この体制で上手くやっていたのだが……。
「やる方もそうだけどさ~、あんたたちもこんなやりこみ動画を見るとか、人生無駄にしていると思わないの?」
メイが、やさぐれてきた。
やはり、コントローラを離すべきではなかったのだ。
することが減れば、暇をもてあますこととなり、そうなれば当然、余計なことをすることになる。
車のオートマチックとマニュアルのようなものだろうか? もしくは、電車の運転手もそれに当たるのかもしれない。
あえて、することを増やして、事故を防ぐという手法である。本来なら全自動も可能であるが、それだと眠気などの弊害が出てくるため、わざと面倒にしているらしいのだ。
メイの場合、ゲーム以外のところに気が散ってしまってきていた。
ただでさえ、雀の涙の閲覧者数だというのに、これでは、目も当てられない結末になってしまいそうだ。
そんなオレの忠告なぞ、メイは聞く耳ももたないらしい……。
「こんな生放送、なんで見てるの? バッカじゃないの?」
おまえの動画の閲覧者は、マゾ限定なのか?
どんな女王様の調教か知らないが、いくら変わり者の閲覧者たちでも、性癖まで似通うわけではないだろう。
それどころか……。
「あたしだったら見ないわね。TAS動画のほうにするわ」
自分から切腹してどうする?
チャンネルを変えることを勧めるなど、自滅しようとしているようなものだぞ。
オレまで巻き込んでおいて、身勝手にも程があるだろう。介錯人まで殺そうとするんじゃない。
で、こうなった……。
「アハハ。バッカじゃないの、このアニメ。アハハ」
ゲームに集中しろ。
テレビに目をむけるまではいいとしても喋りの内容まで引きずられたら、動画を見ながらおまえの声を聞いている人が訳わからなくなるだろう。
迷惑のかけ方が、異次元すぎている。
……と、まあ、ここまでは、メイだけのことになるのだが。
そこに、追い打ちとなるのが……。
「今の作画、良かったわね。カメラワークが、神がかってたわ」
動画の閲覧者が増えていることだ。
……これは、どっちだ? オレには、判断がつかない……。
閲覧者たちは、オレのゲーム画面につられているのか、それとも、メイのアニメ批評のほうにつられているのか?
書き込まれたコメントを見てみれば――
『主、よく見てるね』『これの作画の人、前作も神がかってたよ~』『つぎ、映画つくるって噂、マジ?』『このアニメ見ていると、時間が経つのが早いよね』
……オレの立場も考えてくれませんかね?
だれもゲームについてのコメント、してねーじゃねーか。
オレは、だれに対してなにをやっているんだ?
しかし、そんなメイの快進撃も、徐々に勢いがなくなってきて……。
「……眠くなってきた」
やりたい放題か。
いくらなんでも、節操がなさすぎる。
横でゲームをしているオレだけでなく、いっしょにアニメを見ていた視聴者まで置き去りにするつもりか。
そして、マイクの前に、寝息がしはじめた頃……。
閲覧者数が、過去最大になった。
こいつら……。
オレの動かしているゲーム画面をどういうつもりで見ているんだ……?
閲覧者がいるなら、止めるに止められないし……。
つづけるしかないのか……。
――3時間後。
マイクの前が、ビクッ、と震えた。
メイが起きたようだ。
「……ヤベ。寝てた」
……おはよう。よくお眠りで。
「あー……集中してたわー。喋るの忘れてたわー」
いや、自白していたぞ。5秒前に。
「結構、進んだわね。さすが、あたし」
矛盾のスパンが短いわ。
「もうこんな時間か。テレビもないし……動画でも漁るか」
今まさに、おまえが作っているのが、それだ。
こんな調子で、メイの生放送はつづけられていった。
もちろん、金なんか稼げるわけがない。
▽
「あぁ~ん。うぅ~ん……イヒヒ……くぅ~ん」
そっち、行っちゃったかー……。
メイの声が、艶っぽくなってきた。
エロ方面は、需要がある。
だからといって、エロ本しか置かなくなった本屋には、これまで来ていたお客さんも寄りつかなくなり、結局は売り上げが落ち込む結果になってしまうのだ。
ゲーム目的の視聴者がどれだけいるのか知らないが、その人たちが離れていく姿が手に取るように想像できた。
ネットで、今日のおかずを探している輩は多い。しかし、目的を果たせば動画は閉じられることになる。そして、飽きれば二度と戻ってこないだろう。
それでも、メイはやめようとしない。
「うぇふ~ん。ひひゅ~ん……ップ! いぇひ~ん」
おそらく、先日の寝息だけで閲覧者数を稼いでいたことに味をしめてのことだろう。
そこからエロに飛躍するという発想は、正直わからなくもない。
しかし、あのときのことは偶然の産物であったからこその伸びだったのかもしれないし、その偶然性こそが人を惹きつける要因だったのかもしれないのだ。
台本のある作られた笑いと、本物のハプニングが違うように、本物の寝息に釣られた客が、演技のエロに喰いつくわけではない。
なのに、この体たらくである……。
「ええっつ~ん。いえ……ヒハハ……! ぷる~ん。あえっと~ん」
失敗例はいくらでもある。
エロという安易な手段によれてしまい、絡んだ糸を解けなくなった作品のどれほど多いことか。
だったら、はじめからやれよ――
すべてのファンが思うことである。
人気回復のために仕方のないことだというそっちサイドの言い訳もわからなくもないが、それでも、不人気のなかでも付いてきてくれていたファンのことも考えてくれてもいいのではなかろうか?
せめて、章を変えるとか、タイトルに一筆付け足すとか、そういう気遣いのことだ。
変容した前後を、同じものとして提供されることの戸惑いが、なぜわからない?
しれっと元に戻せるとでも思っているとしたら、とんだ御笑い種である。
一度、ついてしまったイメージなど、それを払拭するのにいくら労力をかけようとも、その跡が消えることなど絶対にないのだから。
「ぷるって~ん。よきゅもきゅ~ん……うひひひひ! どめっときょ~て」
視聴する側だけのことではない。
制作側にも言えることである。
自分の将来が大事でない者などいない。
作品とは、それそのまま制作側の顔となる。
エロだけでなく、ブレることもまた、評価となってしまうのだ。
あなたはそういう人間なのに、作品内では信念謳っているのか?
そう言われて、どう答えるというのか?
それでも遠くを見ようとしないのならば、そいつは想像力が欠如しているか、破滅願望者のどちらかなのだろう。
過去より、未来より……現在こそが、そいつの宝か。
「えぷぷ~ん。いえいえっぺん~。は、は、は……あは……! あははは……! いぷぷ~へん」
おそらく、こういう女が再生数のために服を脱いだりするのだろう。大して金になるわけでもないのに世界中に乳首をさらして、その金でどれほどのブラジャーを買えるというのか。
なににせよ、メイが透明でよかった……。
下手すれば、全裸にでもなろうとするところを、オレが止める役として苦労する羽目になっていたことだろう。
……まあ、いいや。
ちょっと、メイ。コントローラ代わって。
トイレ、行きたい……。
すると、なぜかメイが喰いついてきた。
「なになに? なにしに行くのよ?」
いや、だから、トイレに……。
「もしかして……アソコ大っきくなっちゃった?」
ちがうわ!
つーか、声が大きい。マイクにも入っているぞ。
「マイクをどこに入れるって?」
言ってねーよ!
エロワード、やめれ。
「いいから、ちょっと見せてみなさいよ!」
しつこいな!
テンション下げろ! 面倒くせぇ!
「ここでしてみせなさいよ! ねぇねぇ!」
できるか!
つーか、そっちじゃねーっつってんだろ!
「見ててあげるから、オナニーしてみなさいって」
このとき、生配信の視聴者数は跳ね上がり――
その瞬間に、運営からBANされた。
4
メイのことが、気になってきた。
……といっても、恋愛の対象という意味ではない。
当たり前だ。なにせ、メイは透明なのだ。
声優に恋するアニ豚・声豚もいるが、あれもキャラクターが透明では、恋愛感情起きないだろう。
断じて、恋愛ではないのだ。
しかし……。
気になるという意味では、認めざるを得ないところだった。
「もったえぶたわね~。なになに? あたしのことが気になるって? も~、やだな~」
うれしそうだな……。
「恥ずかしがらなくたっていいわよ。あたしらの仲じゃない。うっへっへっへ」
おっさんに肩をバシバシ叩かれたような衝撃を感じつつ、オレはメイの姿を想像してみる。
う~ん……。
メイって……魔法使いなの?
「……今さらね」
なんか、呆れられているようだ。
トーンダウン甚だしいし。
……というか、異世界っていうのは、どこに存在しているの?
「……さあ? どこか近くじゃないの?」
わからんのか……。
まあ、オレもサーバの場所はわからなかったし、そういうものかもしれないな。
異世界って、どういうところ?
「こっちが石油と電気なら、むこうは魔法ってだけよ。暮らしを便利にするために、動力をなにに依存するか、が違うだけ」
これは悪くない答えだな……。
さすが、ネット依存だけはある。
異世界って、パッと見、こっちと変わらんの?
「格差はあるけどね。あたしの住処と比べると、この家は快適だわ」
ふむ……。
ここまで質問をしてみたわけだが……。
……全体的にオレの質問が悪かったのだろうか?
オレの知りたいことは、もっと生活に根差したものというか、人間の価値観の違いというか……。
……そういうやつなんだが?
「そう言われてもねぇ……答えようがないわね」
まあ、そうだよな……。
オレのほうも、どう質問していいのかわからなかったりしているわけだし。
異世界がどんなところなのか、オレが興味をもったのには理由がある。
きっかけは、メイの実況での話題の内容だった。
なにせ、メイときたら――
「前に、行った村で、病気が蔓延しているからって祈ってばっかの奴ら、頭下げている全員の後頭部、踏んで歩いていったの思い出したわ」
とか。
「力自慢の男ども、全員ぶっ飛ばしたら、祟りじゃー、ってことになって、ぶっ飛ばさなかったヒョロガリが勇者に選ばれたのには笑ったわね。ついでに隠れながらヒョロガリを手伝ってあげたら、英雄にまでのし上がっちゃって。でも、下賜された鎧の重さにつぶされて、腰いわしてリタイヤして……おなか痛かったわー。どうでもいいけどね」
とか。
「日照り続きで、井戸もカラッカラになった村で、その井戸を酒であふれさせたら、村人一人残らずアル中になって、仕事もしなくなっちゃって、結局、みんなで山賊になっていたわね」
とか。
「隕石が落ちてきたから、火山を爆発させて迎撃したら、村が三つ潰れた」
とか。
「代々、優秀な男系王族だった城があったんだけど、なんかムカついたから、雇っているメイド全員を鍛えてムキムキにしたら、王族全員、鬱になって笑った」
とか。
「国家事業で道路の建設していたんだけど、その完成間際に、それより便利な裏道をつくってあげたら、みごとに表通りのほうが廃れていたわね」
とか。
「日照り続きだったけど、雨じゃなくて、熱湯を降らせてみた」
とか。
「豪雪地域に、雪じゃなくて、綿アメを降らせてみたら、肥満が凄いことになった」
とか。
「砂漠地帯に植林しまくったら、虫が大量発生して災害レベルになった」
とか。
「求婚してきた王子を振ったら、その婚約者が逆恨みしてきたので、王子の性欲をおかしなことにして、浮気させまくって、子供を産ませまくったら、国の財政が破綻した」
とか。
……興味をもたない方がおかしいだろう。
とりあえず、オレにわかることは一つだけだ。
メイって……常識ないの?
「……失礼すぎると、怒るよりもビックリするものなのね。はじめて知ったわ」
この辺のリアクションは、普通のようだった。
▽
「じゃあ、そっちは大丈夫なのね? まあ、それが目的だから、大事にするのはわかっているけど……いい? 目的を忘れるんじゃないわよ?」
メイがどこかに電話しているように聞こえているな……。
……といっても、スマホは通話状態ではないし、浮いてもいない。
魔法なのだろうか……?
ともかく、電話しているような感じなのだ。
「徐々に、監視が緩くなっているか……機会をみて、こっちから接触してみるわ。学校は教えた通りよ。なんとか近づけて」
会話の内容はよくわからないが、なにか、できる人間のような口ぶりである。
なんというか、サラリーマン風というか、ビジネスマン的というか……。
普段が普段だけに、メイの意外な一面を知ったような気がした。
……本当かな?
同窓会に出席したおっさんがニートを隠すために架空の商談相手と通話するようなこともあると聞くし、むやみに評価をあげるのは後々のためにも良くないことのように思える。
「こっち? どうもゲームらしいけど、これといって変化がないのよね……手段を選んでいる場合じゃないわよ? なんでもいいから見つけるの。いいわね?」
しかし、なぜ急に……?
メイが残念女子であることは、今さら確認する必要もないことだが、それだけに評価をあげようとする意図が見えてこない。
なにか、やらかしたか……?
無駄遣いをした夫か、学校で怒られた子供か、悪戯をしでかした犬猫か。
普段とちがう行動をとるなど、後ろめたいときくらいしかないだろう。
なににせよ、一人芝居をつづけるメイを、オレは見守ることしかできないわけだ。
ボロを出すまで。
「挨拶……? こっちの住人と? あんたって妙なところで律儀よね。名前? なんとかゴローとか、なんとか……」
どうやら、電話の相手がオレと話をしたいらしい。
……っていうか、前島五郎だ。
それにしても……いいタイミングだな。
メイは、電話の最中も、オレの心を読んでいたはずだ。
……そのプレッシャーに耐えきれなくなったか?
後ろめたさがあるとすれば、やはりなにか隠し事があると見るべきなのだろうか?
「ちょっと待って。このモニターに映すから」
すると、モニターに見慣れない映像がうつしだされた。
……手の込んだ演出だ。
事前にどれだけの準備をしてきたのかによって、哀愁のようなものが増していく気がしないでもない。
モニターのスピーカーから、メイとはべつの声が聞こえてきた。
『異世界から通話しております。メイの使い魔をしております、ポチと申します』
ポチ……。
……ぬいぐるみ、だな。
メイは、ここでは引きニートである。知り合いなど当然のようにいないし、だれかに頼み事をすることもできないわけである。
だからこそ、電話の相手は、ぬいぐるみ、であると……。
『前島五郎さま、ですね? うちのメイがお世話になっているとかで。そちら様には感謝しきれないほどのご恩を賜っているかと存じ上げます』
フルネームを知っているな……さっきのメイは知らなかったのに。
これで、録画の線が濃厚になったというわけだ。
ぬいぐるみを映しつつ、声色変えてアテレコする……。
どれだけ手の込んだことをするのやら。
それにしても、抜かったな。台本では憶えていた名前を、本番で忘れるとは……。
オレが、わざわざ心で思うとでも思ったのだろうか?
不憫なことだ。
『さすが、ゴローさま。現在、心を読む魔法による情報が、メイから送られてきておりますので、答えを知ったという次第でございます』
ほぉ……都合が良いことだな。
しかし、事前の録画では、その返しはできないはず……。
つまりは、これが録画でないという証拠にもなるわけだな。
……とでも思うと思ったか?
バカめ。騙されるか。
一度、失敗したように見せかけてから、成功させて信じ込ませるなど、詐欺の手口そのものではないか。
それを知っているオレには、そんなものなど通用しない。
疑いの可能性を、あえて詐欺師のほうから提示してやる――わざわざ、それをすること自体が、詐欺の暴露のようなものになるのだ。
『あの、ゴローさま……?』
これで、ハッキリしたな。
そもそも、メイが透明である以上、オレにはどこから喋っているのかわからないわけで、ポチの声もモニターから聞こえているようで、その実、モニターの前でメイが声色を変えて喋っているだけかもしれないし、それに加えて、ポチの存在定義の立証ともなれば、それはもう膨大な――
「さっきから、うっさいのよ! 異世界からの通話じゃ! 信じろや!」
……はい。
モニターのぬいぐるみが、なぜか申し訳なさそうにしていた。
▽
ポチは、異世界にいるらしい。
そこからオレの部屋のモニターへと通話しているというのだが……。
姿がぬいぐるみなのは、どうして?
『私は、そういう姿で生み出されましたので、はじめからでございます』
通信専用アバターとかではないわけか。
異世界では、ぬいぐるみでもまかり通れるというわけだ。
こっちでもロボットが開発されているし、それと似たようなものと思えば、それほど不思議でないのかもしれない。
それで、ポチとメイは、どういった関係で?
「ポチは、あたしの使い魔よ。まあ、召使いのようなものね」
召使い……。
つまり、異世界では、ポチはこのメイと行動を共にしてきたというわけか。
このメイと……。
ちょっと、話をしてみたくなったな。
「珍しいわね。あんたがゲーム以外に興味をもつなんて」
意外か……そうかな?
先人の知恵のようなものが、メイとポチとの関係から引き出せるかと思ったまでだが……。
歴史はくりかえすというか、なんというか……。
企業での引き継ぎというか、学校の部活でも伝統とかあるし、そういやつのことだ。
そんなオレの考えに、メイとポチが反応した。どちらもオレの心を読んでいるとのことなので、会話も相応の理解のうえで成立したものになるようだ。
「あたしとポチの関係? まさか、あんた……」
『いかがなされましたか?』
「ポチに嫉妬している……?」
『そういう美徳は、声にだすものではございませんよ?』
……なるほど。
今のやりとりで、大まかなところは伝わってきた気がする。
それで……使い魔は、ポチだけなのか?
『他にもおりますが、常に出現しているのは、わたくしのみになります』
ほかの使い魔も、ポチと似たような性格なのか?
『様々でございます。その中でもわたくしは、皆をまとめる係を仰せつかっております』
まとめ役か……。
使い魔たちを兄弟のようなものとすれば……メイとは親子のような? それとも、姉のような感じなのかな?
『姉という表現は、的を射ているかと存じ上げます』
そこへ。
「あんた、妙に、兄弟にこだわるわね……」
またもや、メイの声が割り込んできたと思えば、ポチとの会話がくりひろげられることになった。
「まさか、ゴローはあたしを……姉のように感じている?」
『えぇ、えぇ』
「姉ってことは、つまり……」
『つまり?』
「じつは、あたしに甘えている?」
『どうして、そうなるのでしょうねぇ。不思議ですねぇ』
手のかかる姉のようだ。
それはそうと、メイには知り合いとかいないの?
『おりますが。それはもう、数えきれないほどの知り合いで』
それは、良い意味で? 悪い意味で?
『私の口からは、申し上げることは憚れますが……』
あぁ、そうなんだ……。
なんか、わかったわ。
友達ではなく、知り合いってことか。そっか~……。
ここで、またもや、メイが口を挟んできた。
「なによ。それじゃあ、あたしが嫌われて……まさか!」
『どうされました?』
「こっちの世界でいう……ツンデレっていうやつ?」
『ほぉ、そのようなものが?』
「わかっているのよ……こいつは、あたしの声に癒されているって。あたしがちょっとでも黙ると、不安がるって」
『それは、それは……』
「時々、だれもいないのに、あたしの名前を連呼したりするし……常にあたしの声を聞きたいのよ。返事しないと怒って叩こうと素振りするし。つまり、心の中までツンデレが――」
『鏡に目を向けるようになる魔法薬でもお飲みになればいかがでしょう?』
それで思い知れ、か……。
話のわかる奴のようだ。
▽
『調査の結果なのですが、どうやらゴローさまにも、ご協力していただかなくてはならないようなのです』
……ということで、オレもポチの報告を聞くことになった。
ただ、オレはそれ以前に知らないことも多い。
ポチの報告を聞くこともやぶさかでもないが、それをスムーズにするためにも一つ、そちらにもやってもらわねばならないだろう。
手短でいいから、あらましを教えてくれないか?
『もちろんでございます。では……メイは、罠にハメられ、そちらに飛ばされました』
ほぉ……それは初耳だな。
異世界召喚は、望んでのことではない、と。
たしかに、メイは不自由そうにしているからな。
『透明化も、その副作用です』
なるほど。それでやっと辻褄が合ったような気がする。
異世界でのメイは、透明ではないのか。
だとすれば、踏んだり蹴ったりだな。異世界に飛ばされて、とうめいにまでさせられて……酷い話もあったものだ。
『敵対者は、メイに監視をつけているつもりですが、私のことは把握できておりません』
敵対者に、監視か……。
不穏な気配が漂ってくるようだ。
まあ、異世界に魔女を飛ばすくらいなのだから、普通の相手ではないのだろう。
『この通話も、監視の目を盗んでのこと。そして、通話には、ある魔法球を仕様しております』
魔法球?
専門的な用語のようだが、オレに理解できる範囲での解説を頼む。
『異世界召喚につかわれたもので、現在も稼働中です。マジックアイテムという呼び名もございます。この魔法球を起点に、異世界との行き来を可能にしているのです』
ふむ……。
まあ、よくはわからないが……そういうものとして納得するしかないな。
『二つの世界をつなぐ橋のようなものがあるとしまして……こちらの世界では魔法球がそれの片側を支えておりますが、そちらの世界にもその橋を支えるなにかを設けなくてはならない「はず」なのです』
はず……というと?
『異世界召喚の際には、両世界それぞれに空間の一点を定める必要がありまして……今回の場合は、運悪くゴローさまの部屋のなにかが選ばれたようなのでございます』
ふむ……。
崖をつなぐ吊り橋が想像できるな。はじめの一本のロープを渡すとき、適当なものに引っかけるような感じか。
『お早いご理解のようで』
それで?
『はい。現時点では、メイさまを戻すことは不可能になります。ですが、これからの展開次第では、それも可能になってくるかと思われます』
展開次第……。
こちらの起点が見つかれば、ということか?
『あくまで、手順の一つ、ということで』
来るべきときには、協力しろ、か……。
なるほどねぇ……。
とりあえず、ここまでは、わかった。
それで、だな。
ここから、大事なことなのだが……。
オレが、メイを異世界に帰還させることに協力するとして――
オレに、メリットは?
『メイが、異世界に帰ります』
それだけ……?
『残念ながら……』
そうか……。
……わかった。やろう。
『男でございます。ゴローさま。見返りを求めないとは。さすがでございます』
メイがオレ部屋からいなくなるだけだけど……やろう。
『すばらしいご判断。このポチ、感服いたしましてございます』
メイがいなくなるだけ……よし、やろう。
『よ! 日本一! あんたが大将! 大統領!』
「途中から、あんたら……」
心を読まれている以上、茶番にしかならないのはわかっていた。
それでも、オレの心は止められない。
協力しようではないか。
メイを帰すために。
だれも損をしない未来のために。
今こそ!
「……うっさい!」
今こそ~!
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