Rの時代

中川 弘

第1話 タモリのアプリ


私、悩んでいるのです。


たった、960円のものを買うのに、この数日、頭を悩まし続けているのですから、嫌になってしまいます。


いやねぇ、わたしのiPhoneでつかうアプリのことでなんです。


 アプリにそんな大金を使うなんて、そう思っているんです。

 だいたい、アプリなんて、無料と相場が決まっているものなのです。

 私だって、精魂込めた自分の作品を無料で配布しているのですから、そんなのに、大枚をはたくなどあり得ないと、そんなことに悩んでいるのです。


 で、何のアプリかって言いますと、あの「ブラタモリ」でも使っていると言う地図アプリなんです。


 いやねぇ、ブラタモリでも使っていると銘打たれていて、それで目がいったのです。

 でも、実際、どう使われているのかなんて、知っちゃいないんです。


ブラタモリという番組は、私が楽しみにしている唯一のテレビ番組なんです。

彼は、知性があって、おとぼけがあって、おふざけもあって、それがいいのでしょうね。


私、最近のお笑い芸人さんの知ったかぶり、こまっしゃくれた様子にかなり辟易しているのです。

 そりゃ、あの人たちは、頭の回転もいい人たちでしょう。

 そうでなくては、あれだけポンポン言葉が出てくるはずもありません。

 

 頭のいい人間が、バカをやって、人を笑わすんですから、彼らの中に何か悟りのようなものがあるんだと、私など思っているんです。


 そう言えば、亡くなった祖母が、昔、言っていました。

 テレビばかり見ている私を見て、利口がやって、馬鹿がそれを見るって。


 でも、このタモリと言う人の芸のありようは、私、大いに好んでいるのです。


彼が出たての頃です。

九州から出てきて、本当にバカをやっていたのです。でも、それが面白くて、もう一度でいいから見たいって、そう思うほどの芸だったんです。


実は、タモリと私は、同窓なのです。

 ですから、こいつ、早稲田の名を貶めているのではないかと、いっ時は、真剣に考えたこともあったのです。


でも、実に、面白かった。

 あのニワトリの真似なんか、今でも思い出すと、ニヤリとしてしまいます。


最初は、多少とも眉間にシワを寄せていた私でしたが、ほどなく、彼のもつ知性に気がつくのですから、人が持っている才能というのは、その人を裏切らないというのは確かなことだなどと御託を並べているのです。


若い頃、現役で一旦入った大学を、私は中退して、銀座のレストランでコックさんの真似事をしたり、人形町の浴衣屋さんで配達の仕事をしたりしていました。


どちらかと言うと、私は、レールから外れた、あまり感心できない青年であったのかも知れません。


友人が大学を卒業するので、そのあとがまで、とある新聞社の宣伝部で下働きをすることになったのは、二十歳をいくらかまわっている年頃でした。

そこで、ポスターを張ったり、荷物をちょっと離れた大手町の本社に届けたりしていたのです。そのうち、こいつ漢字をよく知っていると言われ、ならば、文章を書いてみろと、室長からお言葉を賜り、書籍の宣伝文を書くようになったのです。


宣伝部には、週に一回、新聞社が発行する週刊誌の中吊り広告の仕上げに、編集長が部屋にくるのです。

この編集長がえらくかっこよかったのです。


室長は、慶應義塾出身で、編集長は早稲田出身です。

その会話を聞いて、私ももう一度大学にでもいくかって、そんなことを思ったのです。


思えば、しゃにむに突っ込んでいく性格ですから、そこから猛勉強に入ります。

働きながらでは、合格はできないと、それで、仕事を一切やめて、二十代前半のいい歳をして、自室にこもって、合格のためにひたすら勉学に励んだのです。


 いうならば、積極的かつ展望的ひきこもりというやつです。

 ひきこもりが話題になる前に、私はそれを体験していたと、ちょっと、自慢をしていた時期もあるんです。


もちろん、ひきこもって、わたしが目指したのは早稲田です。

あの編集長のように、物事をさっそうと仕切りたいとそう思ってのことからです。

ひきこもりのあまり、気が滅入ると、電車に乗って、茅場町で東西線に乗り換えて、早稲田まで行きます。そして、ブラブラと歩き、絶対にこの大学の学生になってやると気合を入れたのです。


ですから、人一倍、思入れが早稲田にはあるのです。


そうした中で、あのタモリが、サングラスをかけて、ニワトリのまねをするのですから、いやになってしまいました。


しかし、ある時、彼のデタラメな中国語を聞いた時です。

 実に、それらしく聞こえるではないですか。

 中国文学科に席を置くことを志していた私は、それもあって、このタモリに断然魅力を感じたのでした。

 

当初、それらしくとそう思っていたのですが、実際はそれらしくではなく、本当にそれができる人ではないのかなと、ある時思うようになったのです。

 素養というものがあって、それがベースになって、そして、デタラメな言葉をしゃべくりまくる。

 だから、頭からそれはデタラメだと言えないのではないか。

 ニュアンスだけでも出せるということは、それなりの教養がなければ出てこないことだからです。


 だって、どこのだれだか知りませんが、頭のあまり良さそうではない、ちょっと下卑た大臣がいました。

 あまりにひどい言い方をして、自分でも何で、そんな風に人のことを言うのかと反省をしているらしいのですが、あの方、きっと、人の良い、努力家のおじさんだと思うのです。


 が、しかし、根っこに「それ」がないから、何をしても、それが本物に見えなかったに違いない、だから、マスコミのちょっと小賢しい記者の餌食になってしまったと、そう思っているんです。


 そんなことを思うと、タモリのそれは本物がベースになっていると思ったのです。


 以来、この同窓のコメデイアンは、単なるコメデイアンではなくなり、人と人の付き合いの仕方を教えてくれる先輩になり、今また、あの番組で、その知性のありように感服をさせられていると言うわけなのです。


 そうそう、そんな話ではなかったですね。

 私がiPhoneとiPadにインストールしたのは、「スーパー地形」というアプリなんです。

 

 これが何故便利かといえば、本を書く時、そこに行くことは容易ではない私にとって、これは、まるでそこに行ったからのような感じを与えてくれるアプリだったからなのです。


 昨日も、今書いている作品で、比叡の北西にある大原という土地のことを描写しなくてはならない場面があったのですが、あのアプリを見て、それらしい雰囲気を手にしようとしていました。

 しかし、書くよりもそのアプリの地図を見ることに夢中になってしまい、小一時間を費やしてしまったのです。


 そのアプリ、iPhoneに入れた当時ですが、開く度に、あと三日です、あと二日ですと表示が出るのです。

 無料で使えるのは、あと一日、それ以後は、機能は使えなくなると警告が出るのです。


 そして、その都度に、960円かって。

 

 なぜ、私は、こうもケチなのか、昔から、そうなのです。

 結局、買うのに、それまで、優柔不断の権化になるのです。


 ああでもない、こうでもないと心に納得を得んがために、理屈をこねるのです。

 

 でも、何万もかけて、現地に行かなくてもいいんだと、それが、この時の決め手になるのですから、真にケチな私ではあります。


 960円をカキーンと音させて、このアプリを、iPhoneに、「正式」に入れた私は、早速、ロードバイクでこのアプリを使って走ります。


 GPSというのは、結構、電池を食うななんてほざいたりして、楽しんでいるのですから、まったくもって単純なことです。

 つくづく、おのれのありようを見て、新しい時代になるのだから、少しは、お前さんも進歩しなさいと激を飛ばしているところなのです。

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