第8話 最弱な最強

目が覚めると見知った天井───ではなく。

「真矢さんッ⁉ よかった! お目覚めになられたんですね!」

「……近いです。律さん」

 律さんの顔があった。

 というか律さんしか見えなかった─────いや、口説き文句とかじゃなく実際に。

「起きていただいたのはうれしいのですが、もう少し寝てて頂ければよかったのに」

「何をする気だったんですか?」

「ヒント白雪姫」

「言ってる! 答え言っちゃってる!」

 クソ。もう少し起きるのが遅ければ───ってそんなこと言ってる場合じゃない! 早く愛梨を助けにいかないと。

 寝ていた体を起こそうとすると、激痛が走ったが、我慢をして立ち上───れなかった。

「あ、あの律さん。……これはなんですか?」

「手錠ですね」

「……なぜ?」

「もちろん真矢さんを拘束するためですよ」

 ん? ってかまずここどこ?

 家でも病院でもない? 音の反響からして地下か?

「ここは道場の地下にある、地下室です。主に不始末をやらかした弟子を幽閉する監獄として使われていたようです。まあ、使われていたのは私が産まれるずっと前ですが」

「そこになぜオレがいて、ベットに手錠でつながれてるんです?」

「言ったでしょ? 不始末をやらかした弟子を幽閉する為です」

 不始末。思い当たる節が多すぎるが今回は流石にわかる。

「その怪我プロにやられましたね」

「この手錠外して下さい律さん。オレは愛梨を助けに行かなきゃいけないんです」

「行かせません。真矢さんを死なせるわけにはいきませんから」

 律さんと話してを注意をそらし、気付かれずに手錠を外そうとしていると、律さんに手を背中に捻られ、ベットに押さええつけられてしまった。

「ッ⁉」

「行かせないと言っているでしょう。手錠を外そうとするなら腕を折ります。それで止まらなければ腕を切り落とします。それでもダメなら四肢を全て切断してでも止めます」

「怖ッ⁉ 四肢切り落とされたら死んじゃいますって!」

「安心してください。直に止血をしてその後の世話は全て私がやってあげます。ご飯を食べさせたり、お風呂に入れたり。ふふ。それはそれで楽しそうですね」

「全然楽しくないから!」

「それが嫌なら事が済むまでおとなしくしていて下さい。2、3日もすれば開放してさしあげますから」

 律さんらしい止め方だ。

 まったく、なんて優しいのだろう。

 事情を知ってオレを危険に巻き込まない様、にこんなことをしてくれている。

「ふふ」

「何がおかしいんですか? 言っときますが、私は本気ですよ」

「知ってますよ。……ありがとうございます。オレのことを心配してくれて」

「……」

「ただ、申し訳ありせん律さん。あなたの優しさをこのバカな弟弟子は踏みにじります。弟子が───愛梨が待ってるんです」

 弟子を守るのは師匠の仕事。

 それをオレは律さんの父親の師匠や、玄さんに教わった。

「オレがピンチになった時、師匠や玄さんは文字通り命を懸けてオレを救ってくれました。そして、オレも師匠や玄さんのようにありたいと考えています」

「……手足が切り落とされてもですか」

「はい。手を切り落とされれば足で。足を切り落とされたら這って。どんな状況になってでもオレは愛梨を助けにいきます」

「そこまでしてッ! ……そこまでして助けに行くほど愛梨さんは大切なのですか?」

 オレは愛梨を一度見捨てた。

 それは逃げて、形成を立て直せば愛梨を救える可能性があると思ったからだ。

 もし、助けられる可能性がなかったとしたら───。

「死んでしまうかもしれないんですよ? それでも行くのですか?」

「構いません。愛梨を見捨て帰った時、愛梨が死ぬならオレも死ぬと決めています」

 まがいなりのもオレは愛梨の師匠だ。

 師は弟子を育て、弟子は師を育てるもの。ならば運命は常に共にある。

「それにね律さん。もし助けに行かなくてもオレは死んでしまうんですよ」

「どうゆうことですか?」

「愛梨を助けに行かなかったら、オレはあの時の───部屋に閉じこもっていた時のオレと同じになってしまう。それは神崎真矢が死ぬということ。もうオレじゃなくなてしまう」

 オレがオレであるために、オレは行かなきゃならない。 愛梨の元へと。

 オレの目を見つめていた律さんだったが、ついに呆れた様にため息をついた。

「はぁー。決心は堅そうですね。わかりましたわかりましたよ。行く事を許可しましょう」

「本当ッ⁉ 手足無事のまま行っていいの?」

「但し、条件があります。私も同行します。妻は夫を3歩下がって見守るものですから」

「えッ⁉ い、いやでも律さんを危険な目に合わしたら師匠に合わす顔が」

「手足切り落とされたいんですか?」

「……はい。宜しくお願いします」

 目がマジだった。目がマジだった!

 折れてくれた律さんは、最後にこんなことを言った。

「そ、その真矢さん。もし、私が窮地になったら真矢さんは駆けつけてくれますか?」

 そんなの答えは決まっている。

「律さんの為なら地獄へでも」

                 ◆

「おっ。よく出てこれたな真矢」

「ん? 竜か? どうしてここにいるんだよ?」

「おいおい。ここにお前を運んだの誰だと思ってるんだよ」

 地下室から地上の道場に上がってみると、そこには竜が待っていた。

「なら助けてくれよ。危なく手足切断されるとこだったぞ」

「無茶言うなよ。そんなことしたらオレの手足がなくなっちまう」

「だろうな。で、今何時だ? オレはどれぐらい寝てた?」

「う~ん。今は深夜1時だ。だから十二時間ぐらい寝てたんじゃねーか?」

 十二時間か。大体、予想通りの時刻だ。

「で、オレは何をすればいい?」

「お前まで首を突っ込んでくんのかよ。これはオレの不始末だ。オレがケリをつける」

「本気で言ってるんだったら、殴るぞ」

 まったく、律さんといい竜といい、本当にオレはいい友達をもったよ。

「なら存分にこき使ってやる。途中で死んだら殺すからな」

「任せろ」

 よし。竜が手伝ってくらるなら手段が広がる。あとは。

 オレはポケットから携帯を取り出しある番号にかける。

「おい。知恵。愛梨の場所は特定できてるか?」

『バッチリだよぉ~。真ちんが仕掛けた発信機はちゃんと作動してるよぉ。なんせボクチンが造った発信機だからぁ! 愛に不可能はないのですことよぉ!』

「なら、部屋から出ろよ」

『愛に不可能なことあったねぇ★』

 知恵の話によるとまだ愛梨は日本にいるらしい。

 良かったよ。海外まで足を運ばずに済む。

「で、作戦はあんのか真矢?」

「星の数ほどあるさ。じゃあまず手始めに───」

 よし、勝利に必要なピースは全て揃った。

 反撃開始と行こうか!

「映画撮影でもやろうかね」

「『はぁ?』」

                    ◆

 真矢は私に始めて会ったのは、私が不良に絡まれていたマッグだと思ってるけど本当はその前に会っている。

 真矢が武戦高校の序列一位になったあの日に。

 橘愛梨。

 私は、明治から続く製薬会社・橘製薬会社の一人娘として産まれた。

 お父様とお母様には取り立てて優れた神力があったわけではなかったのだけれど、なぜか私には世界最高レベルの神力が備わっていた。

『天才』とは私の為にあることばだと思った。

 けれど私にはその力は荷が重すぎたみたい。

 Sランクという最高位のランクで能力も『重力操作』という高能力だったけれど、どちらも私にはうまく扱えなかった。

 お父様は私を恥じたのか、私がSランクであることに秘匿するように手回しをした。

 それが私には少しショックだった。

 お父様の薦めで色々な治療を受けたり、評判のいい能力者の先生に教えをこいたりしたのだけど、一向に力をうまく扱えはしなかった。

 学校だって名門高校を転々とした。

 自分でも自覚している気の強い性格も相まってか、友達なんて一人もできなかった。

 今回、入学する学校、誠心高校もそうなるのだろうと思って、学校見学にきた。

「如何でしたか? 橘さん誠心高校は?」

 理事長先生、自ら学校案内をしてくれたのだけれど、正直言って転校してきたいままでの学校とあまり変わらないという印象しかなかった。

「その様子じゃあまりいい印象じゃないみたいね」

「いえ。そんな。いい学校だなって思いました」

 顔に出ていたのかしら、注意しないと。

 気を引き締め直していると、理事長先生の口から驚きの言葉が出た。

「別に構いませよ。私も今のこの学校があまり好きじゃないですし」

「えっ⁉」

「理事長っていうのは名前だけでね。この学校の実権は能力主義の権力者達が握ってるのよ。さしずめ私は可愛いマスコットとこかしら」

「そうなんですか」

 能力主義者が実権を握った学校か。

 私には生きやすいのだろうか、それとも生きにくいのだろうか。

「まあ、私もこのまま黙って見てる気はないの。わからずやな無能権力者達と一種の賭けをしてね。それの賭けに勝てば来期からの実権は私が握れる」

「賭けですか?」

「そう。誰が次の高校の序列一位になるかっていうね」

 序列戦。確か能力者同士を戦わせて、順位を付けるってやつだったかしら。

 つまりこの学校で一番強い人は誰か賭けをしてるの?

「ちなみに偶然にもその賭けの最終日」

「えっ⁉ そんな大事な日なのに私の案内を?」

「そうでもないわよ。だって私が賭けたあいつが絶対勝つし」

「理事長先生が賭けた人って、そんなに強い人なんですか?」

 理事長先生が自身満々なだから、さぞ強い人なのだろうと思っていると理事長先生はげんなりした顔し矛盾した回答が返ってきた。

「全然。だってあいつ弱いしおまけに性格も最悪」

「そんな人に賭けて大丈夫なんですかッ⁉」

「平気よ。だってあいつが勝つし」

 訳がわからない。弱いのに勝つ? どうゆうこと?

「橘さん。あなたの抱える力の問題はご両親からお聞きしています」

「……」

「あいつに会ってみなさい。そしてあいつが戦う姿を見て。きっとあなたの為になるわ」

                   ◆

 理事長先生の薦めで、その人に会うことした。

 理事長先生のはからいで特別に試合前にその人に会えることになったのだけれど、理事長先生とはぐれ、道に迷ってしまい選手控え室がわからなくなってしまった。

 迷ったあげく私は手当たり次第に部屋を覗き調べていると、埃っぽい倉庫のような場所に行き着いた。

「ここでもないか。どこなのよ。選手控え室は」

 諦めて試合だけ見ようかと思い、倉庫にあったマットに座るとそこに人がいた。

「うわっ⁉ なんだ!」

「きゅあっ⁉ なにっ!」

 驚いて立ち上がり、確認してみるとそこには一人の男子生徒がいた。

「ビックリしたなもう。なんだよ。人がせっかく気持ちよく寝てたって言うのによ」

「ビックリしたのはこっちよ! なんでこんなとこで寝てんのよ」

「お気に入りの場所なんだよ。人は来ないし、昔閉じこもってた部屋に似てるからな」

 その男は白髪で目に生気がなく、神力をまったく感じない不思議な男だった。

 この学校でいわゆる落ちこぼれの生徒なんだろうな。

「お前こそどうしてこんなところにいるんだ? その制服うちの学生じゃないだろ?」

「そうだったわ。ねぇ、あんた武戦出場者の控え室ってどこだかわかる?」

「選手控え室? どうしてそんな場所に行きたいんだ?」

 私はその生徒に理事長先生との会話を話し、理事長先生に挑戦者の選手に会うこと勧められたことを話すと、なぜかその生徒は嫌な顔をした。

「まったくあの人は何を考えてるんだ。試合前の大事な時だっていうのによ。まあ、それでこの場所までたどり着いたこいつもたいしたもんだけど」

「なに一人でブツブツ言ってんのよ。それより、選手控え室ってどこにあるの?」

「行っても意味ないぞ。試合ギリギリまでどこかに行っちまう癖があるやつだからな」

「へっ? そうなの?」

 じゃあ、どこを探せばいいのよ! せっかく、ここまで来たんだから一目会っておきたかったのに! ……あっ、そうだ。

「ねぇ、あんた。その選手について詳しい?」

「……まあ、他のやつよりかは詳しいだろうよ」

「本当! じゃあ、その選手について知ってること全部教えて! 戦い方とか性格とか特徴とか色々!」

「よりのもよってそれをオレに聞くのか」

 最初こそグダグダ言ってた生徒だったが、最終的には諦めた様で色々教えてくれた。

 試合はいつも卑怯な手ばかり使い、観客席からはブーイングの嵐。性格も最悪らしい。

「なにそれッ⁉ 全然強そうに聞こえないんだけど! そいつ人間のクズじゃない!」

「クズは言い過ぎだろうが! 自分で言うのはいいけど他人から言われると心にくる!」

「なんであんたが怒ってんの?」

 こいつ熱狂的なそいつのファンかしら?

 まあ、なんにせお期待はずれみたいね。

「あーあ。また違うのか」

「勝手に探しといてその言い草かよ。はぁー、悪夢だ」

「なによ。辛気臭いわね」 

「ほっといてくれ。口癖なんだよ」

 悪夢が口癖って大丈夫かしらこいつ。

 まあ、もういいか。こいつの話で私には必要のない人間だってわかったし。

 諦めて帰ろうとしていると、今度はその生徒から質問があった。

「なあ? なんでお前はそいつに会いたかったんだ? 理事長が勧めたっていうのもなんかひっかかるし」

「あんたに話す理由はないんだけど、色々教えてくれたしね。実は子供の時から───」

 そうあれは私が産まれてすぐに─────

「タイムッ!」

 話そうとしたら止められた。

「な、なによ。人がせっかく話してやろうっていうのに!」

「え? 何? 過去の回想とか入っちゃう系の理由? ごめんごめん。ってきりワード二行ぐらいで終わる理由かと思ってた」

「私の人生がワード二行で終わってたまるかッ!」

「人生振り返るのッ⁉ 悪い無理だわ。聞いてやりたいのは山々なんだけどこっちも時間が迫ってまして、後で気が向いたら読むからワード一ページぐらいにまとめといて」

「一ページでも足りるかバカッ!」

 なんて失礼なやつなんだろう。

 こんなやつにまじめに話そうとした私がバカだったわ。

「まあ、たぶん、理由なんて生まれ付き神力がうまくコントロールできないとか能力がうまく使えないとかそんな理由だろ?」

「……なんでわかったのよ」

「ワード二行で足りるじゃねーか」

 ムカつく! ホントにムカつくこいつ!

 一発殴ってやろうかと思っているとこいつがとんでもないことを言った。

「それならその選手を探しても無駄だぞ。なんせ『』ランクの神力もなければ能力もない文字通り無知無能なやつだから」

「えっ? 嘘でしょ? なんでそんなやつが序列二位なんかになれてんの?」

「だから言ったろセコイ手ばっか使って勝ってる最悪のやつなんだってそいつ」

 いくら汚い手を使っても勝てるものなの? テレビとかで武戦を見たことあるけど、そんなのが通用する戦いじゃなかった。

私が納得できていないと思ったのか、生徒は天井を見上げながらつぶやいた。

「しいて言えば死ぬほど諦めが悪いやつなんだよそいつは」

「そんな理由で勝てるわけないでしょ! 神力も能力もなく勝てるわけないじゃない!」

「勝ち負けなんて実際はそいつはどうでもいいんだよ。そいつはただ知りたいことと果たしたい約束があるだけなんだけどな」

知りたいこと? 果たしたい約束? なんのことだろう。

私に足りていないことがそいつにヒントが。

「まあ、深く考えるなよ。なんにせお、そいつはお前に必要のないやつだぜ」

「そんなことない! わ、私には神力や能力がうまく使えなきゃいけない理由が」

「詳しくは知らんが、人間生きてれば嫌なことも悩むこともあるさ、ただな」

 こいつが言った言葉を私は生涯忘れることはないだろう。

「意味のないことなんて世界にはないんだ。全てのことには全て意味がある。だから必ずおまえが神力や能力がうまく使えない理由もあるはずだよ」

「……」

 何か言い返さなきゃと思っていたら、知らない女子がいきなり入ってきた。

「真矢さん! やっぱりここにいた!」

「り、律さんッ⁉ どうしてここが」

「そんなの知らないはずないでしょう。ほら行きますよ」

 その女子にそいつが連れていかれるので、私は最後にそいつ質問をした。

「ねぇ! あんたの名前は?」

「名前? そういえば言ってなかったな」

 その男の名は。

「神崎真矢。これから誠心高校最強になる男の名だよ」

                ◆

 その後、私は真矢の試合を見た。

 美しい試合とはとても言えなかった。

 ボロボロにやられ、ねじ伏せられ、死にかけていた。

 普通に考えれば絶対に勝てない。

 それでも何度ボロボロにやられても、何度ねじ伏せられても、何度死にかけても必ず立ち上がる。

 激闘の末、真矢は勝利した。

 私に足りないものがきっと真矢にある。

 そして私は誠心高校への入学を───神崎真矢の弟子になることを決めた。

                  ◆

「お目覚めですか? 愛梨様」

 いつも聞いていた瀬尾の声なのに、今では嫌気しかない。

「いい夢は見れましたか? この状況の中で寝顔が笑顔でしたよ」

「別に。昔の夢を見ていただけよ。それよりここはどこよ?」

 窓やドアが塞がれていて外の光が一切入らない一室で、私は手足を縛られていた。

 学校の体育館ほどの広さがあるのでどこかの倉庫だろうか。

「汚い場所で申し訳ありません。ここはある場所にある廃墟ホテルのホールでしてね。アジトの一つとして格安で買い取りました。ああ、脱走などしないようお願いしますよ。防犯機能は完璧にしていますから」

 そう言う瀬尾の後ろには、確かクラッシュと呼ばれていた大男と、銃などで武装した、男達がいた。

「真矢はどうしたの?」

「真矢様をお探しですか。それなら探しても無駄ですよ。真矢様は一人でお逃げになってしまいましたから」

「……」

「一皮剥けばあんなものです。自分さえよければそれでいい。それが人間の本質ですよ」

 確かにそうかもしれない。私もそんな人達を沢山見てきた。

 でも、真矢は違う。

 なぜなら、私のポケットには血で文字が書かれた紙が入っていた。

『まってろ』

 だから私にはなんの不安もなかった。

 だからこそ、瀬尾が見せてきたものには衝撃を隠せなかった。

「う、嘘」

「真矢様の助けを待っているなら無駄ですよ。なぜなら────真矢様は今戦っていらっしゃるんですから」

 瀬尾が見せてきたのは、テレビの一番組。

 真矢が武戦を戦っている映像だった。

「これは現在の番組ですよ。いやはや、真矢様は随分と肝が太いお人だ。弟子のピンチだというのに自身の試合を優先なさるとは」

「し、信じないわよ。だって真矢は」

 それから先の言葉が出てこない。

 映像に出てきているのは間違いなく真矢と、真矢から聞かされていた対戦相手だった。

 もしかして私は本当に見捨てられた?

 考えてはいけないのに、頭の中で考えてしまう。

 でもそれならそれでいい。これ以上真矢を危険な目に合わせないで済む。

「まあ、愛梨様。お気になさらず。私どもと一緒に海外旅行を楽しみましょう。もう少しで出発の準備が───」

『ゴアガッンンッ!』

 突如、ホール内に爆発音が響き渡った。

「な、何ごとだ!」

 瀬尾が後ろにいた、部下を怒鳴りちらし状況を確認している。

「し、侵入者です! あ、あのテレビに映ってるガキが正面玄関から進入してきました!」

「何ッ⁉ じゃあ今テレビに映ってるあいつはなんなんだ!」

 真矢が来てくれた! 

 一瞬の喜びはあったが、我に返った。

 なんで来ちゃったのよ! 私、あんたに迷惑しかかけてないじゃない!

「ど、どうなさいますか? 瀬尾様」

「舐めやがってあのガキ! おい! クラッシュ、あのクソガキを消してこい! 今度は手加減しなくていい! 殺してこい!」

「OK。おい! 十人ほどオレに付いてこい仲間がいたら面倒だ」

 クラッシュはそう言う後ろの男達を連れて真矢のもとに行ってしまった。

「やめてッ! 私がいればそれでいいんでしょ! 真矢には手を出さないで!」

「申し訳ありません。愛梨様。できれば生かして差し上げたかったのですが、降りかかる火の粉は払わなければなりません。さあ、ここは危険ですこちらに」

 瀬尾が私の体を引っ張って、無理矢理どこかへ連れて行こうとする。

「いや! 離して!」

「抵抗しても無駄に怪我を増やすだけですよ」

 抵抗しようにも力が足りない。

 私にもっと神力が使えれば。

私にもっと能力がうまく使えれば。

 悔しさで涙が止まらない。

「聞き分けねー女だな! さっさっと来い!」

 瀬尾は抵抗する私を引きずっていこうととする。

 でも瀬尾はそうすることができなかった。

「ぐはッ⁉」

 突如、瀬尾の体が吹き飛ばされる。

「触るな」

 声がする方を見るそこにはいたのは────

「オレの弟子に汚い手で触れるな」

 神崎真矢。私の師匠がそこにいた。

「悪い。愛梨遅くなった」

「お、遅いわよバカッ!」

 こんな時なのに憎まれ口しか出てこない私の性格が恨めしい。

 さっきまでどうして来たのと思っていたのに、今は嬉しさで涙が止まらない。

「き、貴様。どうやってここにッ⁉ クラッシュはどうしたッ⁉」

「あん? あのゴリラ入り口の方に行っちまったのか? なんだよ。オレがぶっとばしたかったんだがな。あっちのオレははずれだぜ」

「何を言っている? あっちのオレ? じゃあ、テレビに映っているのは?」

 瀬尾は困惑しているようだったが、数秒で落ち着きを取戻したようだった。

「ふう。なにやら小細工をしているようですが。私には関係ありません。おい!」

 瀬尾が言うと瀬尾の傍に男達が二十人ほど集まってきた。

「歓迎の準備はできております真矢様。クラッシュがいないのは残念ですが、ここにいる連中もれっきとしたプロの殺し屋。あなたを殺すなど造作もないことです」

 たぶん、本当だろう。男達の神力は学生の比じゃないほど洗礼されている。

「さて真矢様。今回は一体どういったご用件でお越しでしょうか? まさかこの人数に勝てるとでも? 殺されるのが落ちだと思いますが」

 その問に真矢は笑いながら答える。

「たいした用じゃないんだけどね。ただ、あなたに見せたいものがあって来たんだ」

「見せたいもの?」

 真矢の2つ名『深い夜に(ミッドナイト)』

 でも真矢と戦った人達は口を揃えてこう言っていた。

 深い夜なんてそんな生やしいものじゃなかったあれはまるで─────

「悪夢を」

────悪夢だったと。

 戦った者達は真矢を畏怖を込めてこう呼んでいた。

『悪夢(ナイトメヤ)』と。

                      ◆

「向こうも始まったようですね」

「律さん! 前! 前!」

 竜さんの呼びかけで前を向き直して見ると、男二人が拳を振り上げて向ってきていた。

「修業が足りませんね」

『グギッ』

 二人の拳を手で軽く弾き、そのまま拳を腹に叩き込むと骨が折れる感触と音が響き、3メートル程先の壁に叩きつけらていった。

「ひぇー、人間がボールみたいに吹き飛んでった。もしかして殺しちゃいました?」

「人聞きの悪い。殺しちゃいませんよ。まあ、骨や内蔵があちこち壊れてしまって死ぬほど痛いでしょうけど」

「よ、容赦ないっすね」

 向こうは殺す気できているのだから、これぐらいやってもいいでしょう。

 なにより真矢さんを傷つけておいて無傷で帰られると思っている方がおかしい。

「さて、これであなたが最後ですよ? えーと、クラッシュさんでしたっけ?」

「おいおい、とんでもねーな。こいつらも一応プロなんだぜ。後ろのガキも昨日のガキじゃねーみたいだし。こいつはいっぱいくわされたみたいだな」

 おや、真矢さんを知っている? もしかしてこの方が。

「失礼ですが、昨日、真矢と戦った方というのはあなたですか?」

「真矢? ああ、その後ろにいるやつの顔したやつか? まあ、それならオレだけどよ。戦いにすらならなかったぜそいつとは。最後はみっともなく逃げやがった臆病者だしな」

 現在、竜さんは敵をかく乱する為、真矢さんの顔をしている。

 ふふ。ということは、こっちが当たりですね。

「り、律さん。笑顔が怖いです。ダメですよ。もしそいつにあった真矢が戦うから見逃してって言われてたじゃないですか」

「ええ。ええ。わかってますよ。でもちょっとくらいのつまみ食いはなら真矢さんも許してくれるでしょう? なにより私が我慢の限界です」

 この方は真矢さんをなんと言いました? 戦いにすらならなかった? みっともなく逃げた? 臆病者?

 よっぽど私に殺されたいのかしら?

「こ、こりゃあ無理だわ真矢。おい、そこのあんた。逃げることを勧めるぜ」

「あん? 逃げる? オレが? 面白い命乞いだな。言っとくがオレはそこに倒れてるやつらの百倍は強いぜ」

「それはあんたの神力でわかるけど。でも律さんはあんたの千倍は強いぜ」

「はぁ?」

 ふぅー、本気出すのは久しぶりだけどちゃんとできるかしら?

 久しぶりに押さえていた神力を少し開放した。

「な、なんだその神力はッ⁉ 高校生が出せる神力じゃねーぞ!」

大げさですね。まだ少ししか本気を出していないというのに。

「竜さん止めてもむだですよ。もう臨戦体制に入ってしまったので」

「もう止めはしませんよ。その代わり、オレにも一発殴らせて下さい。オレもダチを悪く言われてムカついてたんで」

「ふふ。一発といわずに百発どうぞ」

 良かった。真矢さんはいい友達を持てたようですね。

「さて、クラッシュさん。弟弟子がお世話になったようですし、私がお礼をしないわけにはいきません。全身全霊、死力を尽くして挑んできて下さい。でないと───」

 真矢さんごめんなさい。この方は私が頂きます。

「殺してしまいますので」

                        ◆

「ハックシュッ!」

 なんだ。寒気がしたぞ。

 恥ず。カッコつけて登場しといてクシャミって。

「おやおや、風邪ですか? 私に悪夢を見せるのではなかったですか?」

「あん? 見せてやるよ。お化け屋敷もホラー映画も真っ青なやつをな。……でもその前にちょっとティッシュ持ってない? 鼻かみたいんだけど」

「ちょっと! 何しに来たのよあんた! 私を助けに来てくれたんじゃないの!」

仕方なくない? だって生理現象だよ。敵と相対したって出るもんは出るって。

愛梨に拘束を解くと同時にティッシュをもらい鼻をかむ。

 さてと、敵はざっと見て二十人……裏にいるやつも合わせると二十三人か。

「随分と小細工をしてくれたようで、下にいるのは影武者ですか?」

「影武者っていうか主戦力があっちかも。律さん一人でことが済むかもしれんし」

 クラッシュはあっちに行ってるるんだっけ? まずいな。律さんには倒さないように言ってはあるけど、きわどいぞ。

「テレビの映像はどうしました? あれを見て安心しきっていたんですがね」

「こっちには顔を変えられる能力者がいてな。そいつに対戦相手の顔になってもらって、オレとチャンバラやってもらったんだよ。あとは過去の武戦の動画と合成して流した」

 監督・主演オレ。敵役・竜。編集・知恵でお送りしまいた。

「映像はどうやって流したので?」

「あー、それなんだけど。テレビを受信してるならここだけ流すこともでたらしいんだけど、めんどくさいから放送局自体をジャックしたらしい」

「テレビ局をですか」

 オレじゃなくやったのは知恵です。逮捕するなら知恵でお願いしますお巡りさん。

「愛梨様のために無茶をなさる。まさかそのようなことができようとは。少々あなたをあなどっておりました」

「おいおい、こんなことで驚かれて困るぜ。今からここにいる全員を倒すんだからな」

「はっはっは。それは無茶と言うものです。なにせあなたはここで死ぬのですから」

 十、九、八、七、六────

「確かに普通の学生が戦ったら、後ろの殺し屋さん達に瞬殺されちゃうだろうよ」

 五、四───

「ただな悪いな、オレもそいつらと同じ───」

 三、二、一───

「プロなんだよ」

「はぁ?」

 零。

 オレが言い終わると同時に突如、電気が消える。

「なんだ! 停電か!」

 窓も扉も塞がれて光が入らないホールに、瀬尾の怒号が響く。

「ぐはっ⁉」

「ぶはぁ⁉」

「お、落ち着け! 神力を探ればやつの位置が───うぐっ⁉」

「な、なにが起こってやがる!」

 殺し屋達の戸惑いの声が一つ、また一つと消えていく。

 三十秒と経たないうちに電気が回復する。

「なんだとッ!」

「えっ? 嘘」

 瀬尾と愛梨が目の前の光景が信じられないというような声を出す。

 床に広がるのは人、人、人。

 その中で、オレだけが立っていた。

 倒れているのは殺し屋達。

「お、お前、ま、まさか『影(シャドー)』か」

 まだ意識があったのか、倒れている殺し屋のに一人が朦朧とする意識の中でつぶやく。

 腕が訛ってるな、一人意識を刈り取りきれなかったか。

 まだ、意識がある殺し屋のもとに行き、首筋を絞め意識を奪う。

「バカな! こんなガキがか! いいや、そんなはずはない『影』は死んだはずだ!」

 『影』とは世界一の殺し屋と呼ばらた人物。

 その人は誰にも悟れせず、どこまでもターゲットを追い、殺す。

 存在を気付けず、決して振り切れない自身の影のようだと『影』と呼ばれた。

 先生(・・)はこの名前嫌いだったな。

 先生はいつも言っていた。

『人は───刺せば死にます。撃てば死にます。絞めれば死にます。溺れれば死にます。焼けば死にます。電気を流せば死にます。毒を飲ませれば死にます。他にも色々な殺し方があります。だからね真矢君。人を殺すに特別な力などいらないのです』

 だからあなたは殺し屋に向いていますよと。

 褒め言葉だったのだろうか。

 人殺し以外てんでダメな人だったからな先生は。

 人を見る目もなかったし。オレなんかを弟子したのがいい証拠だろう。

 放心状態の瀬尾にオレは優しく語りかける。

「いかがかな? 悪夢の夢ごこちは? 安心しろよ。まだうたた寝程度だからよ」

                     ◆

 玄さんには知恵と武器の使い方を。

 師匠には武術と精神のあり方を。

 そして先生には人の殺し方と壊し方を。

『神力がない君には暗殺が向いている。だから力を求めるのではなく、力をより落とすやり方を学びなさい』

 先生の教え通り、存在感を極限まで落とす訓練をした。

 例えば、世界最強がいる教室でも気付かれないように。

 例えば、さらわれた弟子の元まで気付かれず侵入できるように。

 例えば、沢山の殺し屋を気付かれずに倒せるように。

 でも、オレは先生の期待に応えることができなかった。

 人を殺すことができなかったのだ。

「二十人だぞッ⁉ それが一瞬でッ!」

 瀬尾が驚き慄いていたが、オレはそれどころではなかった。

 あ、あぶねー。カッコ付けて誤魔化したけどギリギリだった。ほんとギリギリだった。

 一人、仕留めそこなってんじゃねーか。残ってたらアウトぞ。

「停電もお前がやったのか? あそこは人の出入りができないようにしていたはずだぞ!」

「ん? 人が入れなくても猫ぐらいなら入れたんじゃねーか?」

 グッジョブ、ルナ。文字通り、猫の手も借りたい現状だったんでね。

「……」

 取り乱す瀬尾とは対極に、愛梨は目の前の光景が信じられないようで呆然としていた。

「言ったろ。うさぎと亀だよ。瀬尾はオレの事を取るに足らないやつと見逃した。そう思わせた時点でオレの勝ちだ。あいつは昼寝をする愚かなうさぎになったのさ」

 実際、あの時オレ一人なら戦おうと思えば、勝てないまでも善戦ぐらいはできただろう。

 しかし、愛梨を庇いながらとなると、オレと愛梨どちらも生き残るの無理。

 だから、弱者に徹底した。

 攻撃を一つでも多くもらい情報収集をした。

 取るに足らないと、追ってまで相手をするやつではないと愚者を演じた。

 いや、演じたら『ダウト』でばれてしまう。

 なら簡単だ。演じる必要などない。オレは弱者で愚者だ。

 嘘がつけないなら、真実のみで騙しきれ。

「瀬尾。そろそろ終わらしていいか? オレはお前のせで武戦をドタキャンしてきたんだ」

「待ってッ! いや、待って下さい! ど、どうでしょう? 真矢様? こちら側に付くというのは? 報酬はお望みの額をご用意しますよ」

「プッ!」

 三流悪役の台詞が飛んできて思わず吹いてしまった。

「ああ、悪い思わず笑っちまった。まあ、オレとお前は同じ穴の狢なんだろうよ」

「そうでしょう! あなたは本心で言っていた。人間が嫌いだと。あなたが嫌いな人間からお金を毟り取れるなど最高ではないですか」

「確かに。オレは人間が嫌いだ。大嫌いだ。同じ人間だと思うだけで死にたくなるほどに」

「な、ならば───」

「それでもな、そんなふうにしか考えられない人間のクズなオレにも譲れないものがある」

 人を簡単に傷つけ、裏切り、蹴落とし、自分のことしか考えられない人間が嫌いだ。

 オレの周りにはそんな人間ばかりだった。

 支えであった母さんを失い、そんな人に会いたくなくあの部屋に閉じこもった。

 絶望しかなかった。

 だから、オレは玄さんに連れられ世界を見て周った。

 そして見つけたんだ。

 無知で無能なこんなオレを信じてくれる人達を。

 そして心に誓った。

 この人達は何があろうと裏切らない。オレを信じて不幸にはさせない。

 見せるなら最高の夢を見せよう。

「よくも───よくもオレの大切なものを傷つけたな」

「ひッ⁉」

 殺気を込めた、オレの回答に瀬尾は悲鳴を上げ後ずさる。

『バンッ!』

 突如ドアが破壊され、ボロボロのクラッシュが逃げる様に転がり入ってきた。

「は、はぁはぁ。どうやら無事だな瀬尾。逃げるぞ。あの女はやばい」

「お、お前までやられているのか! 逃げる? ふざけるな! あとちょっとで海外の要人と契約が成立するんだ! 高い金を払ってるんだからなんとかしろ!」

「だから、クライアントのあんたを助けにきてるんだろうが! 早く逃げるぞ!」

 駄々をこねる瀬尾をなだめ逃亡を図ろうとするクラッシュ。

 オレはそんなクラッシュの前に阻み立つ。

「なんのまねだガキ! そこを退け! 今、お前に構ってやる時間はねーんだよ!」

「よく生きてたなあんた。その怪我、律さんにやられたんだろ? まあ、オレが見逃すように律さんに頼んでおいたんだが」

「退けっと言っているだろうが! また、痛め付けられたいのか!」

「つれないこと言うなよ。オレはお前に会う為に来たんだぜ。でも急いでるならしょうがない寝かし付けてやるよ。さぁ。悪い子は寝る時間だ」

「寝言は寝て言えよガキが」

「山ほど寝たよ。だからこの夢はだけは起きて叶えさせてもらう」

「はぁー。面倒くせー。いいぜ、相手してやるよ。どっからでもかかって────」

『バンッ!』

「なぁッ⁉」

オレはクラッシュが言い終わる前に、拳銃を構え、クラッシュの足めがけて発砲した。

どうせ、どっからでもかかってこいとか言うんだろ? じゃあ、今撃ってもいいよね?

ももを撃たれたクラッシュは足をプラプラと振り、何事もなかったように歩きだした。

「痛てーじゃねーか。ひでーないきなり撃ってくるなんてよ」

「普通、痛いじゃすまないんだけどね」

「殺す」

「なんだ? 撃たなきゃ殺さないでくれたのか? なら早く言ってくれればいいのに」

「ほざいてろや!」

 クラッシュは一直線にオレにつっこんで来る。

 オレはクラッシュめがけ、三発発砲するも一発は避けられ二発は腕で防がれてしまった。

「わかってねーな! そんな豆鉄砲、痒いだけだぞ!」

「そうかよ!」

 勢いを殺さず、そのままラリアットをしてくるクラッシュの腕をスライディングでかわし、クラッシュの背中に五発打ち込む。

「きかねーって言ってんだろうが!」

 銃弾を撃ち込まれ、イライラしてきたのかクラッシュはオレを捕まえようと腕をのばしてきたので、その腕に早打ちで六発打ち込むが銃弾をくらっても手を伸ばし続けてくる。

 伸ばしてきた腕に蹴りを入れ、掴まれるのを回避し今度は七発弾丸をお見舞いする。

 しかし慣れてきたのか、今度は全弾避けられてしまった。

「下手糞だな。もっとよく狙って撃てよ」

「じゃあ、動くなよ」

 それからも何とかクラッシュの攻撃をかわしつつ、銃を撃つも次第には弾丸が当たらなくなってきた。

「ド素人が。避けるのだけは一丁前だが。銃の腕が酷いな。そんなでよく銃検通ったな」

「心配ありがとよ。でもおかげでやっと慣れてきたぜ。お前の強度に」

「慣れる? 慣れたってどうにもならねーだろ。ダメージにならねーんだからよ」

 空間の把握完了。クラッシュの動きも誤差の範囲内だ。

頼むぜテイパー。お前のデビュー戦だ。派手に行こう。

「掌握したぞ。この場にある全てを。残念だったなクラッシュ。今のがオレを倒せる最後のチャンスだったんだ」

「はん。銃も満足に扱えないやつが何言ってやがる」

「そうか? でもオレ一発も外しちゃいないんだがね」

「……負け惜しみだな。半分も外しといてよく言う───」

 オレはクラッシュではなく、何もない左方向に銃を構え、発砲する。

『ガンッ! ギンッ! バンッ!』

 銃弾は何度も跳弾し、最後にクラッシュのひじに当たる。

「うぐぅ! 跳弾だと。……ま、まさか外してた弾丸が全てこの跳弾の為にッ⁉」

「『踊る弾丸(ブレットダンス)』普通に撃ってもプロ相手なら避けられる。なら普通に撃たなきゃいいだけの話だ。それにほら」

 オレは今、当たったクラッシュのひじを指差す。

「ダメージがない? 嘘つくなよ。痛いだろそこ?」

 クラッシュの能力は筋力増加。筋肉を神力で増強させて銃弾すら通さない強靭な肉体を作っているんだろう。

 言ってしまえ筋肉の鎧だ。

 しかし、鎧であるなら絶対に死角がある。

「首やひじ、ひざ、手首、足首、など可動する部分はどうしても強度は落ちる」

「だからどうした。オレにダメージを与えられてそんなに嬉しいか? ダメージっていったてたいしたことないぞ!」

「今はな。予言しよう。お前は三分四十二秒後にオレの目の前に跪いてる」

「何?」

「シャルウィーダンス? ダンスは得意か? オレの弾丸達と共に踊ってくれ」

「クソガキがッ!」

 オレの挑発がきいたのか、今まで以上のスピードでオレに詰め寄るが、残念ながらオレには届かない。

 オレは自分の後方に二発、右方に一発、上方に三発、銃弾を撃つ。

『ギンッ! ガンッ! ガンッ! ギンッ!』

 銃弾が銃弾を弾き、弾いた銃弾が更に銃弾に当たり跳弾する。

 それはさながら銃弾達のダンスパーティー。

 踊っていた弾丸はそれぞれ、クラッシュのひじ・ひざ裏に当たり、膝かっくんの要領でクラッシュひじ・ひざを無理矢理曲げる。

そのクラッシュの姿はまるで踊っているように見えた。

「うぅ⁉」

 体制を維持できないクラッシュは、オレの目の前に倒れ込み、オレに跪いた形になる。

「いいガッツだったぞクラッシュ。オレ流の膝カックンだ。跪きな」

 その台詞は、クラッシュに初めて会った際に無理矢理跪かされ言われた言葉。

 オレって意外と根に持つタイプなんだよね。

「チッ。三分四十五秒か。三秒も誤差があるな。まだまだだな」

 倒したダメージはない。しかし精神的ダメージは大きかったようで、クラッシュはヨロヨロと立ち上がり悪態をつく。

「クソッ! 黒羽には未来を見通す目を持つ者がいると聞くがまさかお前が」

「残念ながらその才能は遺伝しなくてね。今のはよくペテン師がやる手だよ」

 予言したカードを相手に引かせるようなもんだ。

 自分が見た夢を実現させる。

 予知夢じゃなく実現夢って言ったところか。

「覚悟しろよクラッシュ。お前がどんなに強かろうがお前が見る悪夢は変わらない」

                    ◆

「すごい」

 驚嘆の声が口から漏れてしまう。

 圧倒している。プロの殺し屋であるクラッシュを真矢が。

「あら? 愛梨さんご無事なようで何よりです」

「あんたも来てくれたんだ律」

「本当は来たくなかったんですけどね」

 律はベロをチロリと出し、軽く笑う。

 男女問わず見たらくらっとくる仕草だろうが、私は殺意しか涌いてこない。

「真矢を助けに行かなくていいの? あんたなんでしょ? クラッシュを追い詰めたの?」

「助けに? 真矢さんを? なんでです?」

「な、なんでって」

 本当に意味がわからないといった感じで首を傾げる律。

「今は真矢が優勢だけど、真矢、能力も神力もないんでしょ? 一発でも攻撃が当たったら死んじゃうかもしれないでしょう」

 慌てて告げる私に律はため息をついた。

「はぁー。私はあなたのことが嫌いですが、一つだけ認めてる部分があったのですけど、買いかぶり過ぎましたかね」

「認めてる部分?」

 どこだろう? 見た目? スタイル? 性格とかかしら?

「真矢さんを師匠に選んだ点です。そこだけは見る目があると思ってたんですが」

 ああ、そこ。私は自分の目が若干、心配になることがけっこうあったけど。

 律は真矢が戦う姿を見ながら語りだした。

「真矢さんは、不憫な人なんです。どれだけ努力してもそれを人に認められることがない」

「……」

「幼少期から今まで青春という時間全てを費やし体を鍛え、徹底した食管理やトレーニングで骨格すら変わる修業をしても、まだスタートラインにすら立てない」

 それはそうだ。どれだけ体を鍛えても、肉体を神力で強化した人や、肉体強化系の能力者には勝てないだろう。

「で、でも、今は実際にあのクラッシュと対等以上に戦えてるじゃいない」

「……真矢さんはある条件が揃えば限定的ではありますが、相手が次にどう動くか予測することができます」

「やっぱり! あんな銃の技術、相手の動きがわかってないとできないわ」

「しかし、真矢さんがあそこに立つためには壮絶な代償を支払っているのです」

「代償?」

 それを語る律は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「相手の動きを予測する為には、相手と戦っている夢を見なければいけないのです」

「え? 夢? 相手と戦ってる? 予知夢ってこと? でも真矢には能力がないんじゃ」

「あんなものは能力ではありません。あれは呪いです」

「呪い? 予知夢が?」

「予知夢などではありませんよ。真矢さんが見るのは悪夢。自分が相手に敗れる様子を寝てる間ずっと見させられるです」

 寝てる間ずっと自分が負ける夢を見続ける。

 それはとても辛いことだろう。

 悪夢障害。

 れっきとした精神病の一種だと律は説明した。

「常人なら正気を保っていられないでしょう。私でも耐えらる気がしません」

「私も寝るのが怖くなっちゃうと思う」

「それでも真矢さんは笑って言ってました。慣れたと。自分が負けることに。自分が傷つけられることに。自分が死ぬことに。慣れてしまったと」

「そ、そんなのおかしいわよ⁉ 自分が死ぬことに慣れるなんて!」

 死なんて一回しか起こらないことなのに、それを何度も。

そんなの無理よ。絶対に耐えられない。

「今でこそ銀髪ですが、真矢さんの子供の頃は黒髪だったそうです。目もあんなに濁っていなかったと聞いています」

「そうなんだ。じゃあ、性格が悪いのもそれが原因で」

「あれは素です。でも、真矢さんは悪くありません! 全て玄さんが悪いんです!」

「そ、そうなんだ」

 あの性格の悪さは師匠譲りなんだ。私は気を付けよう。

 でも、体に症状が出てるなら心にだって。

 律は怒りに震えていた。

「私は許せません。一体、どんな目にあえば、安眠ができないようになるのでしょうか」

「……」

「それでも真矢さんは諦めなかった。悪夢すらも利用する戦い方を見つけ出した」

「悪夢を利用する」

真矢は何でもないことのようにヘラヘラと笑いながらこう言ったそうだ。

『負け続けるなら好都合。その負け方を次はしなければ、違う負け方が見れる。それを繰り返せばオレはもう負けない。まあ、ゲームのコンテニューみたいなもんだよ』

 それがどれほど辛いことか。

「真矢さんはたった一勝する為に何千、何万、何億と敗北を経験しなければなりません。それでも真矢さんは次こそは次こそはと立ち上がる」

「……」

「二十四時間、365日、真矢さんは戦い続けています。それは私達がする努力など努力に入らないほどに。夢を現実にする為にはそれだけ強靭な肉体と覚悟がいります」

「覚悟」

「あなたにできますか? 当たったら死ぬかもしれない電撃に突撃することが。あなたにできますか? 自分の腕が切られるとわかっていて自分の腕を差し出すことが。あなたにできますか? 負け続けることが」

 真矢はそれをいつもやっているんだ。

 敗北を誰よりも知っているからこそあんなに強かったんだ。

「皆さんは真矢さんのことをペテン師や卑怯者と蔑みますが、そんなもので勝ち取れるほど誠心高校序列一位の座は甘くないです。真矢さん────神崎真矢はただ純粋に強い」

「強い」

 そうかだからこそ私は────

「さて、最初の問にお応えしましょう。真矢さんの助けに行かないかでしたね。その必要はありません。私の序列は第三位。半年前に私は真矢さんに負けているのですから」

「そういえば。じゃあ、真矢はあんたより強いってこと?」

 律はその問に、自分の宝物を自慢する少女のように頬を緩め微笑み、真矢を指差した。

「そこで見ていなさい。あんな才能だけの人に、自分(あくむ)と戦うことをやめなかった真矢さんが負けるわけがありません」

 ああ、そうか。やっとわかった。

 真矢を師匠にした理由が。

 戦い方とか能力とか強さとかそんな理由じゃなくて単純にかっこいいと思ったんだ。

 この気持ちはきっと────

 私は真矢を見る。

 真矢を見ると不安や恐怖がなくなり安心する私がいる。

 だって真矢が負ける姿なんて想像できないのだから。

                       ◆

「クソがッ!」

 クラッシュが悪態をつきながら殴ってくる。

 しかし、オレはそう攻撃してくると知っていたので、それをかわし、肩、腹、右足、に一発ずつ弾丸を撃ち込む。

「合ってるか?」

「こ、こいつオレが当てようした箇所に攻撃をッ⁉」

 このパターンは肩、腹、右足に攻撃をしてくると夢で知っていたので、攻撃される前に先にその箇所に攻撃をしてみたが、クラッシュの言葉を聞くに合ってたらしい。

「張り合いがねーな。よし。次どっちから攻撃がくるか教えてやるよ」

「舐めるなガキが!」

 頭に血が上ったのか、考えなしに突っ込んでくるクラッシュに『踊る弾丸』で事前に跳弾させておいた銃弾が弾道を変えクラッシュの頭に着弾する。

「ッ⁉」

「人の話を最後まで聞けよ。そこに右側から攻撃来るって言ってやろうと思ったのに。あっ。右と左がわからないか。なら次はお箸を持つ手の方から攻撃が来るぜ。注意しな」

「誰がそんな話を信じるかよ!」

 口ではそう言っていたが、クラッシュは眼球だけを動かし右側を確認していた。

 しかし、今度は左側からクラッシュのあごに銃弾があたる。

「ひ、左ッ⁉」

「ああ、悪い。オレ左利きだった」

 あごに着弾したクラッシュは脳が揺らされ、軽い脳震盪のようになり、フラフラと足取りがおかしくなる。

 すかさず、オレはクラッシュを押し倒し、ある技をかけた。

「ね、寝技だとッ⁉」

「おいおい、あんまり暴れんなよ。寝技が決まったらそうそう抜け出せないぞ。なんせ力ない者が力ある者をを押さえ込む為に造られた技だからな」

 ましてや今こいつは軽い脳震盪中だ。ここ最近、律さんに寝技の稽古ばかり付けてもらってたのがここで役に立ったぜ。

「く、くそ。い、意識が」

「間接技、押さえ込みなど数ある寝技の中で、オレが今やってるのは絞め技だ。クラッシュ。お前の弱点を教えてやるよ」

「じ、弱点」

「お前が人間だってことだよ」

 筋肉人間であっても人間は人間。

人間である以上、大なり小なりの違いはあれど、構造は一緒だ。

 なら、脈はあるんだろ?

 それなら絞め落とすことだって十分に可能だ。

「オレは人間の壊し方、殺し方を熟知している。通常なら一秒もかからず締め落とせるが、流石はプロだな。オレでも五秒はかかりそう────」

『バンッ!』

 オレではない銃声がホール内に響きわたる。

「く、くそ」

 頭にあたりそうだった銃弾をギリギリでかわし軽いかすり傷だけで済んだのに体に力が入らない。

「真矢ッ!」

「真矢さんッ!」

 愛梨と律さんが悲鳴を上げる。

オレに銃を撃ってきたのは瀬尾だった。

「クラッシュ! 今だ! 『エンジェル』を武器に転用する試作の弾丸だ! そいつは今、能力も神力も使えない!」

「……悪いな。小僧。お前はあと一歩でオレを倒せいた。だが、これが戦場だ。オレはお前をバカにしたことを謝罪し、敬意を払う。だから一撃で楽にしてやる」

 脳震盪から立ち直ったクラッシュが、立ち上がりオレにそんなこと言ってきた。

 くそくそくそくそ─────

「じゃあな、小僧!」

 振り上げられたクラッシュの拳がオレの頭めがけ振り下ろされる。

「くそッ! 変な薬打ち込まれた! オレ薬ダメなんだよ! 子供用シロップだって飲めねーんだぞ!」

「ぐはッ⁉」

「「「えっ⁉」」」

 クラッシュにカウンターを叩き込むオレの姿に驚く、愛梨・律さん・瀬尾。

 瀬尾が信じられないものを見ているという顔でオレに疑問をなげかける。

「な、なぜ、動ける。お前の神力はむちゃくちゃになってトリップしているはずだ」

「あん? むちゃくちゃになる神力がないのにどうやってトリップすればいいんだ?」

「まさかッ⁉ 本当に神力も能力もなしで今まで戦っていたというのかッ⁉ そんなのできるわけがないッ!」

「それができるから、オレは今ここに立ってんだよ。……そんなことよりさっき打ち込んだ薬に変な成分とか入ってないだろうな。薬にはトラウマがあんだよ。おかげでぞっとして体の力が抜けちまったじゃねーか!」

 風邪もひいてないのに、薬とかかんべんだぜ。病院で注射とか打たれそうになったら逃げ出してんだぞオレ。

「小僧」

 振り向いてみると、クラッシュが立っていた。

「いやー、ダメだわ。絞め技で決めようと思ったけど、やっぱりちゃんと倒したいって欲がでちまった。そう思うとこれはこれで好都合だな」

「調子に乗るなよ小僧。もう油断はしない。お前とオレとじゃ潜ってきた死線の数が違う」

「死線の数が違うね。確かにオレとお前じゃ────死んできた数が違う」

 夢を纏て力と化せ。

『天衣夢縫(てんいむほう)』発動。

 発動と同時に視界が広がる。

 頭にいつもかかっていた靄が晴れ思考がクリアになり、体が羽の様に軽くなる。

「な、何をしているクラッシュ! あいつは突っ立てるだけださっさとやってしまえ!」

「黙ってろ瀬尾。何をしたか知らんが。今あいつはオレと同じステージ立った。気を抜いたらこっちが喰われる」

 オレの姿を見てクラッシュの目の色が変わる。

「わかるのか? サイヤ人と違って見た目が変わるわけじゃねーんだけどな」

「それがわからなきゃプロ失格だ。ところで小僧。お前名前はなんて言う。黒羽じゃないって言ってたよな」

「ん? そういえば名前を一度も言ってなかったな。神崎真矢だ」

「神崎か。それじゃ神崎もう一つ質問だ。お前なにもんだ?」

 その質問にはお決まりの返しがあるんだ。

「どこにでもいる最強を夢見る少年だよ。ちょっとばかし最弱なな」

「ふっ。そうかい」

 オレとクラッシュは向き合う。

「いくぞ」

「こい」

 クラッシュが、今までの倍ほど腕の筋肉を膨らませ殴ってくる。

 しかしオレはその攻撃を避けることしなかった。

 ただ、右手を前に構えその拳を受け止めた。

「なッ⁉ 片手で受け止めただとッ⁉ お前それほどの力いったいどこでッ⁉」

「夢の中にて」

 痛い痛い! 調子乗って片手なんかで受け止めるんじゃなかった!

 腕痺れちゃってるんですけど! ちきしょう、普通に避ければよかった。

「神力を使っていないッ⁉ ま、まさか腕力だけで」

「そんなもんに頼らなくても、人間頑張ればどうにかなんだよ」

 まあ、ずるはしてるんだけど。

「やめておけよ瀬尾。さっきは油断して当たったがもう当たらない」

「後ろを向かずになぜわかるッ!」

 オレは目の前のクラッシュから目を離さず、後ろを向いたまま瀬尾と話す。

「言ったろ。掌握したって。ああ、慄いて2歩後ろに下がると躓くから気を付けろよ」

「なッ⁉ うわぁ⁉」

 せっかく忠告してやったのに、瀬尾は躓いて倒れてしまった。

「おとなしくしてろよ。後でお前にはちゃんと役割を残してるんだから」

「い、いつから計画していた! 本当は私のことを疑っていたのかッ!」

「いつからって。お前らに捕まって倒された時ここまでのビジョンを考えた」

「あ、あの状況ここまでのことを⁉ 不可能だ! あんな生死を分ける状況で」

「生死を分ける状況? 悪いな。それはオレにとっての日常だ」

 考えて考えて。この現状を作り出すにはどうすればいいのかを考えた。

「さて、オレのプランだとクラッシュ。お前はそろそろ退場の時間だ」

「ふざけるな!」

 本気の一撃を片腕で止められ、焦ったのか凄まじい勢いでパンチを連打してくる。

 遅いな。いいのかな? こっちから殴っても。

 オレはスローモーションで殴ってくるクラッシュの攻撃全てにカウンターを合わせる。

 それでも、まだ時間が余っていたので、六発ほど多く殴ってやった。

 おまけの六発目を打ち終わるタイミングで、初撃のダメージがクラッシュを襲う。

 この間、わずか1秒。

 今まで、銃弾も効かなかったクラッシュの体がオレの拳でボロボロになる。

「ぐはぁ⁉ い、今オレは何をされた⁉ なぜ、攻撃したオレがダメージを」

「ああ悪い。早すぎて見えなかったか? 殴っただけだぜ。お前より二十倍ほど早くな」

「ははっ。そうか。攻撃されたのかオレは。……久々だ。殴られてダメージを受けるのは」

 今の攻撃で実力差が分かったのか、クラッシュは軽く笑う。

「……どうする? もう止めておくか? 流石に投降してくるやつをは攻撃はしない」

「バカ言うなよ。ここで逃げたら殺し屋は廃業しなきゃいけなくなるだろうが。それにせっかく楽しくなってきたところだ」

「そうかい。それじゃあ、次で決めようぜ」

 オレとクラッシュは無言で近づく。

 腕を伸ばせば相手に届く距離に。つまりお互いの拳が届く距離。

 お互いに構え名を名乗る。

「殺し屋 クラッシュ」

「誠心高校 序列第一位 神崎真矢」

 その言葉を最後に渾身の力で殴り合う。

『ゴウッ!』

 オレの拳とクラッシュの拳が激突し、交通事故の様な激音が響く。

「ぐあぁぁぁ⁉」

 悲鳴を上げたにのはクラッシュ。

 クラッシュの拳は砕け、腕もグシャグシャになっている。

「努力は才能より強し」

 腕がグシャグシャになっても、まだ挑んでこようとするクラッシュに最後の一撃を放つ。

 オレがもつ最強の技。

 いや、これは技とは言えないな。なんせ自分が持てる全てを拳に乗せ殴るだけ。

 一七年間、体を鍛え、知恵を鍛え、精神を鍛えて行きついた終着点。

 できることなら全てが夢であってほしいと祈り、振るう拳。

「『胡蝶の夢(オールドリーム)』」

『ゴオォー!』

 拳が当たると先ほどとは比べものにならない、音がホールを支配する。

 攻撃が当たり、吹き飛ぶクラッシュはホールの壁に激突するもその勢いは止まらず、壁を突き破り、そこから三十メートルほどの場所でようやく停止した。

「良い悪夢を」

                     ◆

吹き飛ばされたクラッシュを見て、私は絶句していた。

「な、何今の? 突然、強く」

「『天衣夢縫』。真矢さんの言わば禁じ手です」

 どうしてだろう? 真矢が勝ったというのに、律はあまり嬉しそうじゃない。

「人間の脳は全体の5%も使えていないという話を聞いたことがありますか?」

「聞いたことはあるけど、それがどうしたの?」

「真矢さんは脳を全体の2%しか使えてないそうです」

「えっ⁉ あんなに頭の回転が速いのに?」

 脳は睡眠によって休むもの。しかし真矢は睡眠時も脳は休むことなく働いている。

 専門機関で調べてもらったところ、真矢の脳は身体的ものなのか精神的ものなのか、わからないが、常人よりも劣っていたらしい。

「それでも真矢さんはその2%を最大限に活用し、100%以上の結果を出してきました」

 能力でも神力でもそして更には身体までもが真矢は劣っていることになる。

 でももし真矢に常人と同じだけの力があれば―――

「今、あなたは真矢さんに少しでも力があればって思いましたね」

「……どうしてわかるの?」

「わかりますよ。だって私も思っていますから」

 律は消え入りそうな悲しい笑みを浮かべる。

「真矢さんに少しでもなんらかの力があれば、『超越者』にすら届きえたでしょう。ですが、神様は真矢さんに何も与えないどころか全てを奪っていった」

 私も能力や神力が使えなくて神様を恨んだことがあったけど、能力・神力・体、全てを持っていない真矢は神様をどう思っているのだろう。

「でも、それを持っている私達が憐れむことは真矢さんに対する最大の侮辱です。私達が憐れんで過ごしている間にも真矢さんは精進し続けました。そして至ったのです」

 文字道理、寝る間を惜しんで鍛え続けて真矢の体は十七歳にして完成された。

「真矢さんは肉体を完全に操ることができるようになりました。それは脳にまで及びます」

「脳も?」

「はい。真矢さんは一定時間、人間の限界である5%を超えられるようになりました」

「それがさっきの『天衣夢縫』ってやつ」

『天衣夢縫』は脳を覚醒させる技。

 脳は体の指令塔。

 脳が覚醒することによって身体能力を極限以上のものにする。

「集中すれば、銃弾ですら止まって見れると言っていまいた。それほどまでに脳の稼働率を底上げします。それに『夢知夢能』による実現夢を合わせることで、真矢さんはその場全てを支配できるようになったのです」

「……すごい。まるで神様みたい」

「皮肉な話ですよ。無知無能と呼ばれた真矢さんが全知全能の力を行使するなんて」

 でもそれなら、なぜ律はこんなにも悲しそうな顔をしているのだろう?

 ―――――あっ。まさか。

「気が付きましたか? そんな力がなんの代償もなしに使えるはずがありません」

「……何を真矢は犠牲にしているの?」

「時間ですよ。つまり寿命です」

「えっ?」

 人間の体は消耗品。使えば使うだけ消耗する。

 つまり、脳を酷使すれば体全体を蝕む結果となる。

「そ、そんな、そんなのあまりにも酷い」

「真矢さんは時間を切り崩していると表現していまいた。未来で戦えるはずだった時間を今使っている。そんなずるをしないとオレは戦えないからと」

「どうして止めないのよ! そんな力使わせない方がいいに決まってるわ!」

 私の反応を見て、律はどこか懐かしんでいるように感じた。

「止めましたよ。半年前の真矢さんとの武戦で私は真矢さんを再起不能にしようとしました、金輪際、戦えないようにすれば真矢さんはきっと真矢さんは止まってくれると」

「……」

「しかし、私には止められなかった。私じゃ力が足りなかったのです」

 律のその言葉は自分への戒めか、あるいは懺悔の言葉だったのかもしれない。

 こらえ切れず、律は涙を流す。

「真矢さんは戦いの後に必ず、頭痛の発作を起こします。どれほどの痛みなのかは私には想像できませんが、真矢さんが歯を食いしばって、耐えている姿を私はもう耐えれません」

 それでも、そんな痛みを伴う力を使ってでも叶えたいものがあると真矢は言ったそうだ。

「ですが、殿方がそれほどまで決意されているのであらば、女が何か言うのは無粋でしょう。ましては私は敗者、真矢さんを止める資格は私にはもうありません」

 律が真矢の勝利を喜んでいなかった理由はこれだったのだ。

 律は心のどこかで願っていたのだろう『真矢の敗北』を真矢が止まってくれることを。

「ですが、私は挫けません! ここにこんなにもいい妻がいるのです。真矢さんがそれに気づいて自身を気遣って下さる日もそう遠くないでしょう!」

「そうね―――って妻って何よ! 妻って!」

「おほほほほ。言葉道理の意味ですよ。先日、お父様にも許可を頂きましたから。ですので、もう泥棒猫が入り込む余地など私と真矢さんの間にはないのです」

「ちょっと! お父様公認ってどういう―――」

「何、敵地の真ん中で騒いでんだお前は」

「うわぁ⁉」

 律との話がヒートアップしていたせいか、真矢の存在に全く気付けなかった。

「いきなり出てこないでよ! びっくりするでしょうが!」

「助けにきたのにその反応⁉ お前、オレがお前を助けに来るのにがどれほど大変だったかわかってんの? 見ろよ、あそこに転がってる殺し屋の山と筋肉ゴリラを。今日のMVPはオレだろ」

「自分で言うのそれ!」

「言うよ! だってこれ非公式の戦いだし! 言わなきゃ誰も言ってくれないもん! こうゆうの全面的に押し出していくよオレは。覆面ヒーローなんてクソくらじゃボケ!」

「あんた絶対に主人公無理ね!」

 さっきまであんなにかっこよく見えていたのに、今は見る影もない。

 でも、私を助ける為に大切な武戦を放棄して来てくれたわけで、それを踏まえた上で多少今を美化すればかっこよく――――

「えー。それで真矢君から重大発表があります。―――――もう限界です」

 そう言い残すと真矢は倒れてしまった。

 かっこいいかこれ?

「え? なになにどうゆうこと?」

「いやもう無理。力使い過ぎた。もう一歩も動けません。考えてみ、限界を超えて戦ってたんだよオレ? そりゃあ、燃費の悪さも限界超えるわ。例えて言うならウルトラマンみたいな感じ? そろそろカラータイマーが限界なんだよ」

「ウルトラマンは惑星に帰るまでもつわ!」

 あんたがウルトラマンを語るなんて100年早いわ。

「大きな声を出すなよ頭に響くんだから。なあ? バファリン持ってない? もしくはバファリンの半分を構成している優しさをオレによこせ」

「さっきまでの私の優しさを返しなさい!」

 私と真矢が言い争っていると、律が間にに入ってしゃがみこみ、膝を促す。

「私はちゃんとわかってますから。さあさあ、膝をどうぞ。地面は固いでしょうから」

「え? いいんですか? いや、でもここ敵地ですしTPOを弁えないと」

「私と真矢さんの間に時も場所も関係ありません! さあさあ!」

「い、痛い律さん! 頭引っ張らないで! あと逆! 膝枕は頭逆だから!」

 前代未聞の敵地で膝枕をされるバカがここに誕生した。

「ちょっと! ここんな所で何やってんのよ! ――――膝枕なら私の役目でしょうが!」

「邪魔しないで下さい。ピーチ姫。今いいところなんです」

「誰がピーチ姫よ! ピーチ姫なら尚更私の役目でしょうが!」

「いいえ。私が―――あっ。し、真矢さんそんなに息を吹きかかられたら」

「な、何、堂々とセクハラしてんのよ! この変態!」

「ふうぇのべいばの(おれのせいなの)⁉」

 律にセクハラをしている真矢を引き離そうとしていると、瀬尾が激怒してを出した。

「ふざけるんじゃないッ! 十年以上かけた私の計画をこんなガキどもに!」

 瀬尾の大声に今度は律がキレた。

「真矢さん。あの方ぶっ殺していいですか?」

「……ダメです」

「なぜです? 真矢さんとの甘いひと時を邪魔するなど万死に値します」

「あいつを倒すのは律さんの役目じゃないですよ。ましてやオレでもね」

 そう言う真矢は私をチラリと見てから瀬尾に提案をした。

「瀬尾さん。取り乱してるとこ大変申し訳ないんだけど、オレとゲームをしませんか?」

「ゲームだと?」

「もしあんたが勝てばこの場から見逃してあげますよ」

「真矢さんッ⁉」

「真矢ッ⁉」

 驚く、律と私を無視して真矢は続ける。

「まあ、提案と言ってもあんたに拒否権なんてないんだけどね。ゲームっていっても難しくないし、あるやつと戦ってほしいだけです」

「ははっは。戦う? 私が? 馬鹿げている。私は戦闘などできない」

「愛梨相手でも?」

「何?」

 真矢の言葉に戸惑いを隠せない私だったが、それ以上に律が慌てていた。

「し、真矢さん! まだ、愛梨さんには無理です! あの方は戦えないと言っても神力を使って肉体強化ぐらいはできるでしょう。やるなら私が────」

「ダメです。瀬尾と戦うのは愛梨です」

「な、なぜそこまで」

「この機会しかないんです。瀬尾が捕まれば愛梨が瀬尾に挑む機会はなくなってしまいます。愛梨が今回のトラウマを克服するチャンスは今しかない」

 私の成長? 私が戦う? 誰と? 瀬尾と?

 私の頭の中がぐちゃぐちゃになる。

「今、愛梨の頭は混乱しているからいいけれど。少し経てば何年も信じていた人に裏切られたという実感が涌いてくる。その恐怖はきっと計り知れないものでしょう。でも今なら、自分の手でそれを払拭できます。愛梨が瀬尾を倒すことで」

「……」

「オレや律さんなら一瞬で倒せるでしょうが、この戦いは愛梨の成長にとって必須です」

「……ちぇ。なんだ真矢さんちゃんと師匠してるじゃないですか。ちょっとだけ焼けてしまいますね。……わかりました。わかりましたよ。この場は愛梨さんに譲りましょう」

「ありがとうございます。律さん」

 律と話終えた真矢は今度は私に何事もないように言ってきた。

「という訳で愛梨行ってこい!」

「で、でも私は」

「大丈夫だって。ささっと行って倒してこい」

「簡単に言わないでよ! 私とあんたは違うのよ! 何も……私には何もないの!」

 頑張り続けてきた真矢とさいと何もしてこなかった私は違う。

 いくら才能があったて、今のままじゃきっと瀬尾には勝てないだろう。

「あん? 何もない? バカ言うなよ。オレがいるだろうが」

「え?」

「オレはまがいなりにもお前の師匠だ。お前を鍛えた期間は短くてもお前にはあいつに勝てるだけのことを教えたし、見せてきたつもりだぞ」

 何回かの修業でも今回の戦いでも、真矢は今まで私に教えてくれた人達が教えてくれなかったことを沢山教えてくれた。

「そ、それでも私は」

「はぁー。オレを無理矢理、師匠にした勢いはどうしたよ?」

「あの時は特別で」

「しょうがねーな。自信がないお前の変わりにオレが予言してやろう。お前が勝つよ」

「ほ、本当?」

「ああ、師匠の言うことは信じるもんだぞ────まあ、オレの場合は信じすぎるのもどうかと思うけど」

「はっはは。何よそれ。しかも、かっこつけても全然かっこよくないわよ。膝枕されてる状態じゃね」

「仕方ねーだろ。動けないんだから。それにこっちの方がオレらしいだろうが」

 なぜだろう。私自身にはまったく自信はもてないけど、真矢に言われると信じられる。

「さあ、お前をバカにしていたやつに見せつけてこい。誰にも負けない才能とオレから学んだ無能をな」

「うん」

 真矢に背中を押され、瀬尾と向き合う。

 今でもまだ信じられない。

 小さい時から私の面倒を見てくれた瀬尾が、私を利用して裏切っていたなんて。

 瀬尾を見ると色々な思い出が出てきてしまい泣きそうになってしまう。

 だから私は勇気が出るこの言葉を───

「瀬尾。今までありがとう。あなたには本当に感謝している。裏切られたからってその感謝は変わらないわ。だからこそあなたに見てもらいたいものがあるの」

「な、何を。───ま、まさか」

 真矢。決め台詞もらうわね。

「悪夢を」

                        ◆

「おい! ふざけんな! なに許可なくパクってんだ。ジャロに電話すんぞ!」

「うさっいわね! 少しぐらいいいじゃないの!」

 弟子のデビュー戦だというのに緊張感もクソもあったもんじゃないわ。

 けれども、私の台詞は瀬尾には聞いたようで戸惑っていた。

「や、やはり師弟ですね。ビックリしましたよ。しかし、本当にいいんですか真矢様? 愛梨様を私が倒してしまっても?」

「あん? 舐めんなよ。いずれこいつはオレを超える女だ───あー、ダメだ。師匠なって言ってみたい台詞言ってみたけど、オレ負けないよ愛梨に」

「それはそれは。では、よろしいということで」

「いいじゃない? 倒せればだけど。まあ、秘策は授けたし大丈夫だろ……たぶん」

 上げるか下げるかどっちかにしなさいよ! それに秘策って。

「し、真矢。まさか秘策ってさっきぼそっと言われたあれ?」

「そうだよ。まさか聞いてなかったのか?」

「聞いてたけど……マジ?」

「マジもマジ、大マジだ。逆に聞くけど、他になんかできんのお前?」

「……で、できないけど」

「だろ。じゃあ、ほらゴー」

 そんな犬みたいに言われても。

「あー! もうッ! 死んだら恨むからね!」

「大丈夫だ。死んだらお祓いしてもらう。ちゃんと成仏させてやるから安心して死ね」

「死ぬ前提なんだッ⁉」

 真矢とのバカなやりとりしていると、瀬尾が動いた。

 懐から銃を出してきて私に向けてきた。

「ダメですッ! 律さんッ!」

「な、なぜ止めるんです⁉ あの子にまだ銃相手は───えっ? 走ってる?」

「あいつ、あの視線、あの動きはオレの」

 ありがとう律。心配してくれて。でも私は大丈夫。

 そしてありがとう真矢。律を止めてくれて。信じてくれて。

 瀬尾が銃を出した瞬間、私は瀬尾に向って走った。

 思い出すのよ。愛梨。真矢が初めて教えてくれたことを。

『拳銃ってのは銃口から真っ直ぐに弾が飛んでくるんだ。だから注意すのは相手の指先』

 私は走りながら銃口と瀬尾の指先を見る。

 ───怖い。銃を見たら足がすくみ、逃げ出したくなる。

 ううん。でも逃げちゃダメ。真矢はこの恐怖以上の恐怖といつも戦ってるんだ。

 だから動いて私の足! この恐怖に打ち勝つために!

 自然と足は軽かった。

 ああ、ここ最近走ってばっかりいたからか。あんな泥くさいこと初めてやったわ。

「死ねッ! 愛梨ッ!」

 瀬尾と台詞ともにトリガーを引く。

『トリガーを引くタイミングに銃口を避ければ当たらないだろ』

 ごめんなさい。真矢。せっかく教えてくれたのに私には避けられそうにない。

 だから私は───

「うおぉッーーーー!」

 力一杯に拳を振りぬいた。

『ガンッ!』

 拳に銃弾が当たり、無理矢理にそれを殴り返した。

「えっ?」

 何が起こったかわからないという顔をしている瀬尾の懐に私は入りこむ。

 これが真矢が秘策。

『能力を拳に集めて全力で殴れ。それで勝てる』

 秘策とはお世辞にも言えないけど、今、私に出来ることはこれしかない。

 だから、もう一発ッ!

 ここで思い出すのは真矢との修業。

『イメージは後ろ足を蹴ってその反動を拳に乗せる感覚』

 私は地面を思いっきり蹴る。

『後ろ足で地面を蹴って、体重を前足に移動させながら腰と肩を回転させ』

 腰と肩を意識して回転させ

『最後に全体重を拳に乗せ突き出す』

 体重と全能力を拳に乗せ突き出す。

「うりゃぁッーーー!」

「な、舐めるな!」

 瀬尾が両腕を神力で強化し私の拳をガードしようとする。

 真矢が言ったんだ! これで勝てるって! だから私は信じる!

私の拳が瀬尾に当たる。

『ゴキゴキッ』

 骨が折れる音と手には何かを破壊した感触。

 私の拳が瀬尾の腕を折ったのだ。

 そして、腕を折っても私の拳は勢いを落とさず瀬尾の体を吹き飛ばした。

吹き飛ばされた瀬尾は壁に当たり、意識を失ったのか動かなくなった。

「や、やった。へへっ、どうだ───あれ?」

 足に力が入らず、目の前がぼやつく。

 体を支えられなくなり、倒れそうになると誰かが私を受け止めてくれた。

 ああ、この匂い安心する。

 薄れ行く意識の中でも声がはっきりと聞こえた。

「頑張ったな。愛梨」

                        ◆

 意識を失った愛梨を汚れないように、地面に自分の上着を敷いて寝かせる。

「わかってたんですか真矢さん? 愛梨さんがここまでできるって」

「いやいや律さん。オレだって銃が出てきた時は驚いたし、まさか銃弾を殴り返すなんて文字通り夢にも見ませんよ」

 愛梨はわかってないみたいだったけど、やったことが銃弾を避けるより遥かに難しい。

「最後の拳も見事でしたね」

「愛梨の能力は重力操作。まだ、触れたものを三十キロぐらい重くしたり少し軽くしたりしか出来ないって言ってましたけど、それだって十分脅威ですよ」

 力っていうのは重さ×スピード。

 銃弾は重さはないがスピードがあるからあれだけの威力がでる。

 なら、スピードはなくても重さを重くすれば?

 触れたものの重さを変えられるなら、常時触れている手の体重は変えられる。

 これなら愛梨の拳は威力が跳ね上がる。

 まあ、それだけじゃないだろうけど。

「律さん。オレには感じられなかったけど、もしかして愛梨は神力で肉体を強化してませんでしたか?」

「はい。一瞬ですが、拳にとんでもない神力を集め強化してました。他にも銃弾を殴る時には目も強化していたようです」

「そうですか」

今まで愛梨を教えてきた人達はこんな危険なことさせてこなかったんだろう。 

 命をかけた極限の戦いの中で片鱗が覚醒した。

 持って産まれた天賦の才が。

「いずれオレを超える女か。冗談で言ったんだけど本当になっちまいそうだ」

「うかうかしてられませんね真矢さんも。まあ、まだ色々学ばなければいけないことは多そうですが」

「それは他のやつに任せますよ。事件が解決したんだ。これで馬鹿げた師弟ごっこおしまいですよ」

「ふふっ。そうなればいいですね。まだまだ真矢さんも詰めが甘い」

「え? それってどういう────」

 律さんの意味ありげな台詞を問いただそうとすると、ホールのドアが勢いよく開いた。

「えー。警察だ。動いてもいいけど、動いたら撃っちゃうんでよろしく───ってあれ? 全員倒れてんじゃん。やったもうけ」

「やったもうけ───じゃねーよッ! 遅いですよ玄さん!」

「何言ってんだ主役は遅れて登場するもんだろうが」

「これは主役じゃなくてハイエナっていうんです。立憲できませんかねこの犯罪者」

 まあ、元から手柄は玄さんに上げるつもりだったしいいんだけど。

 この人には返しても返しきれない恩が────

「ほい。十時三十八分容疑者確保っと」

「えっ? オレ?」

 なぜか玄さんがオレに手錠をかけてきた。

「当たり前だろ。これだけのことをしたんだから」

「これだけのことって」

「じゃあ、聞くがあそこに倒れてるのやつらをやったのは誰だ?」

 玄さんが床に倒れている殺し屋の人達を指差す。

「……オ、オレですけど」

「だろ? 下の階で沢山倒れてたぞこいつら」

「いや、それはオレじゃなくて律さんが───ってあれ? 律さんはどこいった?」

「律なら倒れてる子を抱えて救急車に向ったぞ」

 えっ? マジ? 逃げたな律さん。

「他にもテレビ局の回線ジャックあれもお前? あ~あ。これは重罪だわ」

「ちょっと待て! それは知恵が───」

「いいよ。書類作るの面倒だし、全部お前に付けといてやるよ」

「職務放棄かこのダメ人間がッ! オレに言われるって相当なもんだぞ」

「はい。玄さん侮辱罪も追加。これは裁判なしで死刑」

「誰か弁護士を呼んでくれ!」

 こんな飲み屋で付けでいいよ。みたいな感じで罪を押し付けられてたまるか。

 日頃からこうやって冤罪を作ってないだろうなこの人。

「ったくこれだから国家の犬は嫌なんだ」

「お前もその一匹だろうが。さあ、犬小屋の取調べ室に連衡だ。おい! 誰かピザとか寿司とか出前をしこたま頼め。お代は全部こいつが持つから」

「オレッ⁉ 容疑者だぞオレ! 逆にカツ丼を出せ!」

「あっ。一応、死んでるかもしれないから手間省くために霊柩車も呼んでるけど、パトカーと霊柩車どっちがいい?」

「救急車だよッ!」

 はぁ~、悪夢だ。────でもまあ、今日はいい夢が見れそうだ。

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