第6話 無能な師匠と有能な弟子

セフィリヤさんとの試合が終わり、一応病院に行けと養護教諭の先生に行けと言われたので、病院に行った後、腕の感覚がないにも関わらず、オレは高級住宅街のタワーマンションにきていた。

「はぁ~。場違い過ぎて行きたくないけど、あいつに銃も預けてあるしな」

 このタワーマンションの最上階にいるやつに用がある。

 笹目知恵。

 誠心高校一年生でオレの同級生で同じクラスだった。

 ランクは驚愕のランクA。

 電波や電気信号という電子情報を視覚で捉え、電子機器がなくてもその電子情報を書き換えられる『電子掌握』という能力を使える、高ランク能力者だ。

 現在の情報社会において、これほどまでに便利で有効な能力はないだろう。

さて、一年生である知恵がなぜ二年であるオレが同じクラスだったかというと、理由は単純で、知恵が留年したからだ。

 高能力者の知恵がなぜ留年したかというと、理由は単純で出席日数が足りなかったのだ。

 そもそも、あいつは一回も学校に来ていない。

 学校に来ないだけならまだしも、家から出ない。

 あいつの世界はこの高級タワーマンションの最上階で終わっている。

 そんな極度の引きこもりである知恵がなぜ、誠心高校に在籍しているかというと、理事長である三葉先生に頼まれたからだ。

 三葉先生が理事長としての業績を挙げようとない頭を絞って考えついたのが、教育者としては当たり前のエリートを誠心高校から輩出することだった。

 そのエリートに選ばれたのが、当時からランクAだった笹目知恵だった。

 知恵は誠心高校入学の条件を一つ出してきた。

 学校には行かない。

 この条件が飲めるなら入学しても言いと言い切ったそうだ。

 普通ならこんな条件を出されたら、話は白紙になるだろうが、三葉先生はまさかのOKを出した。

 そして三葉先生は知恵の世話をオレに丸投げしてきた。

『変わり者同士気が合うでしょ?』

 オレだって自分が変わり者である自覚はあるが、あそこまで変わり者じゃない。

 つーか、学校に来ないやつの世話をどうすればいいんだよ!

 色々な葛藤があったが、誠心高校の入学時には便宜を払ってもらった手前断り切れず、たまに知恵の家に顔を出している。

 マンションに入り知恵に持たされた、鍵で入り口の自動ドアを開け、エレベーターに乗り、エレベーターにも鍵を挿して最上階である三十階を押す。

「一階一階が丸々部屋って家賃いくらだよ」

 知恵はエンジニアとして、数多くの特許を持っており何もしなくても大金が毎月入ってくるらしい。

 それをゲーム感覚で株やら電子通貨やらで更に増やしているから資産は何百億になってると自慢されたこともある。

 まあ、いくら金があってもこれじゃあね。

 エレベーターが開くとゴミ、ゴミ、ゴミ。

 二週間前に掃除してやったというのに、玄関までゴミで溢れていた。

「おい! 知恵! 汚していいのはリビングまでっていったろ!」

 オレが叫ぶと、奥からゴミを掻き分け知恵が現れた。

「こんちわちわわ! 真ちん! 予告なく来るなんて珍しいじゃん」

「来たくなかったんだが、急用ができてな」

「急用って橘愛梨のことかなぁ~? 弟子に取ることにしたんでしょ?」

「なんで知ってる。つい一時間ほど前の話だぞ」

 愛梨を弟子に取ることにしたことは、まだ誰にも話してないし、保健室にいたのもオレと愛梨だけだったはずだが。

「愚問だねぇ~。壁に耳あり、障子に目あり、世界に僕ちんありだからね。現代においてチエりんに隠し事はできないのであ~る」

 ニコニコと褒めて褒めてとじゃれついてくる、知恵をオレは振り払う。

 足元まで延びた、ボサボサの長い黒髪。触れれば折れてしまうんじゃないかと思う程、細い手足。日光を浴びていないせいか病気じゃないかと疑いたくなる白い肌。

 これだけ聞くと、不細工な女性だと思う人がいる人がいるだろうが、実物は違う。

 アイドルやモデルが知恵を見たら、恐怖を覚えるかもしれない。

 体と顔のパーツ一つ一つが整っており、まるで少女漫画から出てきた少女のようだ。

 極め付けは服の上からでもわかる巨大な胸。

 なぜか家だというのに着ている誠心高校の制服が弾けんばかりに張っている。

 たぶん、愛梨のFカップ以上はあるだろう。

 家から出ないという不摂生が産んだ、奇跡の体。一言でいうと残念美少女。

「ん? なんだい? チエりんの体をジロジロ見て? 胸の大きさなら愛梨ちゃんより少し大きいGカップだよ~?」

「聞いてないし。しかもなぜ愛梨のカップ数まで知っるんだ?」

「欲情したぁ?」

「してない」

「じゃあベット行こうよ! 確かこの辺にベットが」

 そんな事をして何かの間違いで律さんの耳に入ってみろ。体中の骨一本一本折れちまう。

 ベットをゴミの中から見つけようとする知恵を押さえつけ、オレは本題に入った。

「オレの銃、メンテできてるか?」

「『テイパー』のこと? できてるよぉ」

「人の銃に勝手に名前付けるな。テイパーって動物のバクだろ?」

「そうだよぉ! 夢を食べるバクちゃん! 真ちんにぴったりの銃だねぇ!」

 銃に名前付けるってどんな中二病だよ。

 そもそもバクって鈍くて、いいイメージがないんだが。

「はい! これ! 防水・防火・防電に加え、トリガーを引いてから弾が出るまでのスピードを三倍に上げたよ! グリップの下の部分にワイヤーが付いてるから落とす心配もないし、もし敵に取られても引っ張れば戻ってくるよ! 連射のバーストも二発出るのと三発出るのを選べるようにしといたし、指紋認証オートロックは登録しといた人しか打てなくなるよ。それから弾も、『拡散』『爆発』『電撃』『ゴム』『毒弾』『眠弾』を二十発ずつ作っておいたからね!」

「す、すげーな。正直ちょっと引いてる」

 オレが使ってた銃の原型が微塵もないな。

 ってか、これ相当金かかってない?

「これ造るのにどれくらいかかったんだ?」

「時間なら三日ぐらいかな? ついつい熱が入っちゃって寝ずにやってたよ!」

「少しは寝ろよ。ぶっ倒れるぞ? ……金はいくらかかったんだ?」

「お金はちゃんと調べてないけど、たぶん三十億ぐらいじゃない?」

「さ、さ、三十億ッ⁉」

 三十億ってあの三十億? 日本銀行券で? ああ、ペソとかの間違えかな?

 やばい、急にめまいがしてきた。

「……オレそんな大金持ってねーぞ」

「ん? いいよぉ~。真ちんはお友達だし付けにしとくよぉ~」

「いいのかよ? 三十億だぞ?」

「別にぃ~。お金にあんまり興味ないしねぇ~。口座にまだまだいっぱいあるしぃ」

 三十億を興味がないの一言済ませるってどんな金銭感覚だよ。

 まあ、とりあえずよかった。この年で三十億の借金はきつい。

「はい! この『テイパー』をチエりんだと思って大事に使ってね☆」

 そんな、ラブレターを渡す感じでゴツイ銃渡されてもな。

 でも大事にしよう。……でも経済面でやばくなったらこいつを売って普通の銃を買おう。

 これが、笹目知恵の一つ顔。スーパーエンジニア。

 機械類ならどんなものでも、造れる天才技術者。

 そしてもう一つ笹目知恵には顔がある。

「銃ありがとな。大事に使うよ。それで今日来た用件はもう一つあるんだが」

「『橘製薬会社』と『エンジェル』それと『橘愛梨』についての情報でしょぉ? 真ちんが調べてると思って軽く調べておいたよぉ☆」

「その情報力に恐怖を覚えるよ」

「こっちきてぇ~。仕事部屋に資料おいてあるからぁ~」

 知恵に連れられ、仕事部屋に入る。目に入るのは360°液晶の画面。

 学校の教室ほどの広さの部屋一面に液晶の画面が貼り付けられていた。

 そして、この部屋だけは塵一つ落ちてなく綺麗だった。

「いつ見ても目がチカチカする部屋だな」

「なれればそうでもないよぉ~」

「画面には1と0のプロトコルしか表示されてないけど? これで本当にわかるのか?」

「うんう~。逆にこっちじゃないとわかりずらいかなぁ~。チエりんの能力はまず目に見える情報をプロトコル化するところから始めるからぁ~」

 オレには1と0が並べられてるだけしか見えないが、知恵には違って見えているらしい。

 知恵は机に置いてある封筒をオレに渡してきた。

「へいお待ちぃ~。これがさっき言ってた情報だよん~」

「サンキュー。ってこれ読めないんだが?」

「え? なにがぁ?」

「何がって」

 渡された書類には1と0しか記載されていなかった。

 これはあれか? 透かしたら文字が見えてくるとか、水に塗らすと文字が浮き出てくるとかそういうやつ?

 試しに透かしてみたが、やっぱり1と0の数字しか見えない。

「えぇ~。これ読めないのぉ~? 真ちん遅れてるうぅ~」

「いや、お前が進み過ぎてるだけだと思う」

「うぅ~。日本語に直してあげるけど時間頂戴ぃ~」

 これが、笹目知恵のもう一つの顔。情報屋。

 ありとあらゆる情報機関にハッキングをし、情報を盗み出す凄腕のハッカー。

 本来は逮捕しなきゃいけないんだが、捜査協力ってことでいいだろ。

「で、情報の報酬は?」

「またお部屋の掃除お願い~。あと晩御飯作って! カレーがいいなぁ~」

「毎度毎度そんなでいいのか?」

「いいよぉ~。真ちんはこの世でただ一人のチエりんのお友達だがらねぇ~。だ・か・ら」

 知恵は首から吊るされている左腕を指さしながら言ってきた。

「あんまり無理しちゃダメだよぉ~。頑張り屋さんだから言っても無駄だろうけどぉ~」

「善処するよ」

「あんまり無茶するとガオーガオーだよぉ~☆」

 知恵は猫だかライオンだかのポーズをとって可愛らしく威嚇してきた。

「それは怖いな。ガオーガオーされる前に、掃除と晩飯の支度をしますかね」

「チエりんも手伝う☆」

                     ◆

 そして次の日の放課後。

 昨日の今日で愛梨が修行を付けろとせがんできたので、とりあえず校庭を走らせていたのだが、三十分ほどした所で愛梨がさっそく文句を言ってきた。

「はぁはぁ。ちょっと! いつまで走ればいいの───ってなに寝てんのよッ!」

「ふぁ~あ。ん? 何だよまだ三時じゃねーかよ。あと二時間後にまた起こしてくれ」

「了解。二時間後ね───ってバカ! どんだけ寝んのよあんた! 朝、学校にきてから授業中も休み時間も寝てばっかじゃない!」

「バカにすんなよ。休み時間は起きてるぞ。ただ友達がいないから寝たふりしてるだけだ」

「それならそれで悲しすぎるわ!」

 クラスでオレの悪口を言ってろ、一語一句逃さず聞き取ってやるよ。

「そもそも、私は強くなりたいのよ? こんな運動させないで能力の扱い方を教えてよ!」

「能力の使い方? おいおい、それをよりにもよってオレに聞くか? いいか? お前、それは翼がないやつに飛び方を教えて下さいって言ってるようなもんだぞ?」

 こっちはなんてったって、世界でただ一人の『 』ランク。

 能力の『の』の字も知らないからな。

「能力や神力を教えられないの⁉ じゃあ、あんたは何を教えてくれるのよ!」

「何って強くなる方法だろ?」

「だからそれには能力を鍛えるのが一番────」

「今、お前が弱いのは能力が弱いんじゃない愛梨自身が弱いんだ」

 オレの話を愛梨は黙って聞いていた。

「お前は強くなりたいと言うが、お前の言う強さってなんだ? 腕力のことか? 知力のことか? 財力のことか? 魅力のことか? 世界には色んな強さがある。その中で愛梨、お前が目指す強さってなんだ?」

「そ、それは……」

 愛梨はうつむいて、考え始めた。

「考えろ。今、自分が何ができて何ができないかを。そしてちゃんと理解しろ。それが強くなる第一歩だ」

弱者であるオレ達にできることなんて考えることしかないんだから。

数分考えて、結論が出なかったのか、愛梨は不満を隠そうとせず、最初の質問に戻った。

「……考えるのはわかったけど。それとこの走るのと何が関係あんのよ?」

「まあ、オレに弟子入りを志願したってことは、とりあえず武戦には出るだろ? だったらまずは走れ。オレがいようがいまいが、とにかく走れ」

「走って体力を付けろってこと? それよりも能力を鍛えた方が早いんじゃないの?」

「はぁ~。この現代っ子が。いいか。能力や神力っていうのは言ってしまえば掛け算だ」

「か、掛け算?」

 元の自分の力が『1』だとして能力が『×2』。

 つまりこの場合はイコール2になるのだが、自分の力を『2』にしておけばイコール4。自分の力を増やしておけば、必然的に総合的な力何倍にも上がる。

 それを愛梨に説明したのだが、理解させるのに5分以上かかった。

「わかったわ! じゃあ、走ってくるわね!」

「おう。しっかり走ってこいよ~」

 流されやすい弟子で助かる。

 おっとその前にっと。

「ちょっと待て愛梨。走る前にお前の現状を確認しておきたい」

「現状? 現状って例えば?」

「色々あるが、まずお前の能力ってなんだ?」

「そ、それは……」

 オレみたいな例外を除いては、自身にどんな能力があるかはわかっている。

「……私の能力を教えるのはいいけど、じゃあ、真矢の能力も教えなさいよ。そうじゃないとフェアじゃないわ」

「なんで教えてもらう方がそんなに偉そうなの?」

 こんなやつが弟子だなんて本当に悪夢だ。

「オレの家にきた時も言ったが、オレには能力がないんだよ」

「嘘よ! 不良と戦った時やアルベルンドさんとの戦いの時も、真矢は相手がどう動くのか知ってて動いてるみたいだったわ! 絶対に隠してる能力があるんでしょう!」

「能力じゃなくて単純な技術だよ」

「技術?」

「やってみせた方が早いか」

 愛梨から1メートルほど離れてから、カンフー映画のように手招きをした。

「オレに攻撃してみろよ。全部避けてやる」

「ほんとに? 言っとくけど私けっこうあんたにムカついてるから手加減しないわよ?」

「いいから早くこいよ。どうせ当たらないし」

「言ったわね!」

「右拳のストレート。狙いは顔」

 オレがそう宣言すると、愛梨の右拳がオレの顔をめがけて飛んできたので、顔を少し曲げてギリギリでかわす。

 愛梨は驚いていたようだが、すかさず次に攻撃に移っていた。

「左足の蹴り。狙いは左足かな?」

 言った通りに左足を狙った蹴りがきたので、それも最低限の動きでかわす。

「なんで、攻撃方法と狙った場所がわかるのよ! やっぱり能力を使ってるんでしょ!」

「違う。言ったろ。これは技術だって。経験からくるただの予測だよ」

「経験と予測?」

「オレは人より負けた経験が多いんだよ。その負けた経験から次に相手がどう動くか予測してるだけで。能力でもなんでもない。誰でもできる技術だよ」

「えっ? 誰でも? それって私でもできる?」

「……ごめん。誰でもって言ったけどお前にはまだ無理」

「なんでよ!」

 とにかく、戦いの経験が足りなすぎる。

 殴り方なんて、その辺の小学生以下だ。

 なんで殴る時、殴る方向と同じ方に下半身も捻って勢いを殺すの?

「といあえず、殴り方を教えてやる。いいか。殴る時は腕だけの力を使うんじゃなくて、体全体を使うんだよ」

「体全体? 叩くのは拳でしょ?」

「腕の力だけだと腕力がだけの力になっちゃうだろ。見てろ。イメージは後ろ足を蹴ってその反動を拳に乗せる感覚。後ろ足で地面を蹴って、体重を前足に移動させながら腰と肩を回転させ、最後に全体重を拳に乗せ突き出す」

『スンッ!』

 実際に虚空を殴って見せ、愛梨に殴り方を教える。

「すごい」

「これが殴り方だよ。まずはこれと体力を付けろ。話はそれからだ」

「わかったよ! とにかく走ればいいんでしょ! 走れば!」

「わかればいいんだよ。……ってちょっと待て。で、お前の能力は?」

 人の話を聞くだけ聞いて何走りに戻ろうとしてんだよ。

 愛梨はもじもじとしながら、小声で自分の能力を言った。

「…じゅ…力…操」

「はぁ? もっと大きい声で!」

「だから、『重力操作』!」

愛梨が唐突にオレの肩に手を乗せてきた。

 すると、肩が急激に重くなった。

「すげーな。肩に一瞬、鉛が乗ったかと思ったぜ」

「……でも持続時間が短いのよ」

「持続時間? どれぐらいだ?」

「5秒」

「短っ!」

 ま、まあ、足を重くしたりすれば相手をこけさせたりできるし、使い方によっては──

「それに私が触れたものしか重力操作できないの」

「触れないとダメなのか? でも自分の体を軽くしたりすれば動きが早くなるだろ?」

「私にできるのは私が手で触れているものだけ」

 要約すると今できるのは触れたものを、5秒間重くしたり軽くしたりすることだけ。

 重さを付与できるのは三十キロぐらいで、軽減させられるのは元々の重さの半分ぐらいらしい。

 まあ、ものは使いようだと思うんだけどね。

                   ◆

 愛梨はオレの言いつけ通り、再び走り出した。

「おい。隠れてないで出てこい。竜」

「おっ。気付いてたのか? 一応、顔は変えといたんだけどな」

「あれで隠れられてると思ったのか? あと隠れてるのに顔変えても意味ないだろ」

 オレと愛梨を盗み見している竜には気付いていたが、愛梨がいたのでほおっておいた。

「いやー、真矢が噂の美少女転校生を弟子にしたって聞いてさ。気になって見に来たはいいんだけど。いい雰囲気だったから隠れて見てたんだよ」

「いい雰囲気ってなんだよ。ひたすら走らせてるだけだ」

 ニヤニヤしながら見てんじゃねーよゴリラ野郎。

 お前が考えているような浮ついたことはねーよ。

「まあ、転校生を弟子にした経緯はまた聞くとして、お前それ『純白の帝』と戦った時の怪我だろ?」

 竜がオレの包帯に巻かれている右腕を指差しながら言ってきた。

「よく知ってるな。学校側はあの戦いを秘匿するって言ってたぞ」

「律さんから聞いてな。それはもうお前のことを褒めちぎってたぞ」

「律さんの話は話半分ぐらいで聞いとけよ。だいぶ美化されてると思うし」

「だろうな。それで真矢これだけは聞かなきゃと思ってきたんだ」

 急にまじめな顔をしだした竜にオレもまじめに答えた。

「『純白の帝』は綺麗だったか?」

「すげー綺麗だった」

 数秒の静寂のあとに竜が叫びだした。

「いーなー! オレも呼べよ!」

「そんな余裕ねーよ。見ろこの怪我、腕がもげたんだぞ」

「それに真矢。お前あの『純白の帝』に触れたんだろ? 羨ましいなおい!」

「いいだろ。触れてやったぜ。あの凄まじい胸をな」 

 正確には切れて吹き飛んだオレの右腕がだが。

悲しいな。あれだけ頑張って触れた感触皆無ですよ。

「で、どうだったんだ?」

「ん? 胸の感触か?」

「そこじゃねーよ! 世界最強と戦ってどうだったかって聞いてんだよ!」

 オレは包帯を巻かれた右腕を上げ竜に見せながら苦い笑いでいった。

「死ぬほど手加減してもらって右腕切断され触れるのがやっとだったよ」

「それでも、あの『純白の帝』に触れるなんて誰にでもできることじゃねーだろ」

「まあ、いい経験にはなったよ」

 腕を犠牲にしても余りある経験になった。

 右腕も全治一カ月と言われたから、オレなら二週間もあれば完治するだろう。

「で? いったいどうゆう風の吹き回しだ。お前が弟子を取るなんてよ?」

「ただの暇つぶしだ。右腕が治るまで暇だしな」

 オレが答えると、竜はニヤニヤしだした。

「暇つぶしね~。どうせ体目当てだろこのスケベ野郎。見ろあの胸すげーゆれてる」

「お前と一緒にするなゴリラ野郎」

 ……確かに凄い揺れてるけども。

 体目当て? バカ言え。……まあ、2、3回ほど裸は見たけど。

「はぁー。こっちも好きで弟子にしたんじゃない。成り行きと玄さんとの賭けで仕方なく弟子にしたんだよ」

「玄さんが関わってんの? まあ、深くは聞かないけどさ。走らせてるあれ意味あんの?」

「さぁ? それっぽいこと言って走らせてるだけ。とりあえず体力はつくだろ?」

 鍛えろ鍛えろうるさくて寝れないから走らせてはいるが、あまり意味はない。

 一日走って強くなれるなら苦労しない。何日も継続して走れば効果はあるだろうが、日頃運動してないやつが一日走って得られるものなんて、次の日の筋肉痛ぐらいだ。

 でもまあ、そろそろいいだろ。

「おい! 愛梨ちょっとこい!」

 オレの呼びかけに愛梨はヨロヨロとした足取りでやってきた。

「はぁはぁ。なに? あ、隣に居るのはこないだ真矢の家を教えてくれたやつじゃない」

「おう! 竜ってんだよろしくな!」

「ふーん。よろしく。で、なんの用なの真矢」

 愛梨は竜にさほど興味がないのか簡単なあいさつだけで済ませ、オレに詰め寄って来た。

「あー、そうそう特訓特訓。これはオレが玄さん───師匠にやらされた特訓の一つでな。修業№⒗『灼熱アイス』だ」

「灼熱アイス? 熱いのか冷たいのかはわからないけど、凄そうなのは伝わってくるわね。でその内容は?」

 期待の眼差しを向ける愛梨にオレはある物を投げた。

「なにこれ? 百円玉? くれるの?」

「やらん。それでカリカリ君買ってこい」

「カリカリ君ってアイスの? 特訓付けてもらってるし、買ってくるのはいいけど、先に特訓内容教えてよ」

「いや、だからカリカリ君を買ってこいって」

「……はぁ?」

 さっきから修業内容を言ってるのに理解しないやつだな。

 間抜けな顔をしてポカーンとしていた愛梨の顔が怒りの表情に変わった。

「それただのパシリじゃないのよッ!」

「そうだよ? だって弟子なんて師匠のパシリじゃん?」

「なのよそれッ! 私はあんたのパシリになるために弟子になったんじゃないわよ!」

「最初に言ったろ。オレの言うことには絶対服従だって。それともあれか? その歳になって買い物も一人でできないのか? 動画に撮ってはじめてのお使いに投稿しようか?」

 オレが挑発すると、愛梨は顔を真っ赤にし血管がブチ切れるんじゃないかと思うほど、顔に額に血管が浮き出ていたが、なんとか感情をコントロールできたようだった。

「ふぅー。落ち着きなさい愛梨。挑発に乗ったらあいつの思う壺よ。あいつは人間のクズでペテン師で最底辺の人種でうざくていんけんで嘘つきで────」

「聞こえてるぞ。ん? おい。どこいくんだ?」

「どこってカリカリ君を買いに行ってくんのよ」

「違う違う。どこで買ってくるのかってことだよ」

「え? そこのコンビニだけど?」

 そう言って愛梨は学校から一番近いコンビニを指差した。

「そこじゃダメだ近すぎる。そうだな。オレとお前が始めてあったマッグあるだろ。その隣のコンビニで買ってこい」

「はぁッ⁉ あそこ電車で三駅も離れてるじゃない! なんでそんな遠い所でどこでも売ってるカリカリ君を買わなきゃなんないのよ!」

「遠くなきゃ修業になんないだろうが。あー、言い忘れてたけどちょっとでも溶けてたら買い直しだからな」

「ちょっとでも溶けてたら買い直し? 無理よ! ここからあのコンビニまでどれぐらいかかると思ってんのよ!」

「だいたい走って三十分ぐらいじゃないか?」

 四月になってきて気温も暖かくなってきている。その暖かくなった気温の中で氷菓の中でも溶けやすいカリカリ君を三十分もかけて運べば普通は溶けてしまう。

「大丈夫だって。さっきからお前、走りまくってるじゃん? 今お前の体は走ったことにより、なんやかんやの影響を受けて、うんたらかんたら細胞が活性化し、通常の三倍速く走れるはずだ」

「えっ? ほんとに?」

「ほんとほんと。ほら、だから早く行って来いって。あっ、ちゃんと領収書もらってこいよ。もし足りなかったらあとで清算してやるから」

「わ、わかったわよ。なんだか今の私ならいける気がしてきたわ!」

 ほんとバカは騙しやすくて助かる。普通こんなわけわからん理論に乗せられるか?

「言っておくが領収書には店名が入ってるから別の所で買ってもすぐわかるからな」

「そんなことしないわよ。今の私は三倍のスピードが出せるのよ。そんなことしなくても余裕で買ってこれるわ!」

 どうして三倍のスピードが出せると本気で信じているんだろうか?

「それじゃあ行ってくるわね!」

「あ。うん。気を付けてな」

 愛梨は元気よく学校を飛び出していった。

 三倍のスピードどころか、ずーと走って疲労が溜まっているのか三倍鈍かった。

                     ◆

 愛梨を見送ったオレはまた寝ようとしたのだが、隣にいるやつがジト目で睨んでくるので寝れなかった。

「なんだよ竜? その目は」

「なんだよじゃないだろ真矢。愛梨ちゃんが行くまで黙ってたけど、これどんなに速く走っても溶けず持って帰ってくるのは無理だろ?」

「無理だろうな普通」

 たとえ、身体能力向上の能力者であったとしても、この距離を溶けずに持ってくるのは難しいだろう。まして、さっきまで走りに走っていた愛梨じゃ絶対に無理だ。

「いいのかよ? こんな無理ゲーを女の子にやらせて」

「おいおい、無理ゲーじゃねーぞ。オレはこう言ったんだ。普通はなって」

「ん? どうゆうことだ?」

「そもそもなんで走って行くことが前提なんだ? バスとか電車とか使えばいいだろ」

「はぁ?」

 竜のアホ顔がもっと凄いアホ顔になった。

「いやいやいや。お前走って三十分ぐらいの距離だって言ったじゃないか」

「走って三十分とは言ったが走って行って来いとは一言も言ってないぞ」

「そ、それはそうだけど。普通、走って三十分って言われれば走って買ってこいってことだと思うだろ」

「普通にやって買い直しをくらうぐらいなら、普通なんて使う意味あんのか?」

 これは人間がよくやってしまう思い込みだ。

 さっきまで走らされてたからとか、走って三十分と言われたからとか、情報を勝手に解釈して、間違ったことをしてしまう。

「大体、五十円ぐらいのカリカリ君買うのに百円渡して、不足分は清算してやるっておかしいだろ? あれは交通費を清算してやるってことだよ」

「そんな細かいことまで気にしないだろ」

これが『灼熱アイス』。アイスを溶けずに持ってくる体力ではなく知力を試す特訓。

本当はもっと暑い、夏にやると考える時間が減って更に効果的なんだが。

「なあ、真矢? これクリアしたやついんの?」

「オレは七歳の時には普通にクリアしたぞ。最後の方は条件がかなり厳しくなって、交通機関も禁止されてたっけ」

「お前それどうやってクリアしたの?」

「ん? 指定された場所でアイスを買ってそれを食べながら歩いて帰って、最寄のコンビニでアイスを買って渡した」

 指定された店舗の領収書とセットで渡せば、これで問題ない。

 その為にどこにでも売っているカリカリ君にしてるわけだしな。

「お前は暗黒面に落ちた一休さんみたいなやつだな」

「誰がダークイッキュウさんだ」

 一休みじゃたらん。十休みとか百休みぐらいしたい。

「まあ、ほどほどにしてやれよ。じゃあ、オレはもう行くわ」

「ん? 何か用事でもあるのか?」

「ああ、これから集会があるらしいからな。ちょっと絞めてやらないと」

「……まだ、あいつらとつるんでるのか? もう、面倒みてやるぎりはないだろう」

「乗りかかった船ってやつさ。また、明日な」

 そう言い残して、竜は走って行ってしまった。

「……乗りかかった船ね。お前のそれは、船長が沈没船に最後まで残るのと同じだろうに」

「はぁ、はぁ、な、何か言った?」

「いや、別に。それよりも思ったより早かったな。愛梨」

 竜と無駄話をし過ぎたせいか、愛梨が帰ってきてたようだ。

 案の定、渡されたカリカリ君は溶けて柔らかくなっており、指で少し押しただけで崩れてしまった。

「はい。やり直し」

                    ◆

 それから、愛梨は五回ほどカリカリ君を買いに走ったが、買って来たカリカリ君はどれも溶けてしまっていた。

 そして、ついに愛梨が切れた。

「もう! これ溶けずに持ってくるの無理なんじゃないの」

「五回目にしてやっとかよ。気ずつくの遅すぎ。待たされるこっちの身にもなれよ」

「はぁ⁉ どうゆうことよ!」

 本当は自分で気がつかなきゃダメなんだが、あまりにも見込みがなさすぎて教えやった。

 オレが竜にしてやった説明と同じ説明をすると、見る見る顔を赤くし、愛梨が激怒した。

「そ、そんなのただの屁理屈じゃないの!」

「そうだよ。屁理屈だよ。それが何か?」

「な、なにがって」

「走ったお前は溶けてしまった。屁理屈を使ったオレは溶けずに持って来れた」

 結果は結果だ。屁理屈だろうがなんだろうが、これが勝負ならオレの勝ちだ。

「納得がいかないのはわかる。お前にはオレと違って才能があるんだ。その才能で勝ちたいんだろ? でも選択肢は多い方がいいだろう?」

「そうだけど」

「はぁ。じゃあ、うさぎと亀って童話知ってるか?」

「うさぎと亀? うさぎと亀が競争する話でしょ」

『うさぎと亀』。うさぎと亀が走って競争をするお話。うさぎが競争の途中で余裕を見せ、昼寝を始めてしまいその隙に、頑張って走っていた亀に負けるという有名な童話だ。

「愛梨、お前この話を聞いてどう思った?」

「頑張った最後まで走った亀がすごいなとか、最後まで気を抜いちゃダメだなとか?」

「ちなみにオレは、絶対に亀が睡眠薬を一服盛ったと考えたけどな」

「あんたらしいわね」

 もしそうじゃなかったら、むしろウサギを尊敬するね。

「冗談はさておき。この話の味噌は、亀が自分を弱く、全力を出すに値しない、取るに足らないやつだと最後まで思わせたことだよ」

「……」

「普通に競争したら勝てないから、相手に手加減させる。これだって立派な戦術だ。ちなみにオレが昨日、アルベルンドさんとの戦いでやったのこれだ」

 ……まあ、昨日のはオレのこの性格でも勝ちと言っていいか微妙だけど。

「ただもう、今日は帰って休め。どうせ明日は筋肉痛で動けなくなるんだからな」

「筋肉痛? 運動したら体が痛くなるってやつよね。私それなったことがないのよね」

「はぁ?」

 筋肉痛になったことがない?

 どこまで温室育ちなんだ。どんなやつでも筋肉痛にはなったことがあるんだろう。

 いや、待てもしかして。

「ひゃっ! なにすんのよあんた!」

「黙ってろ」

 愛梨の体を触って確認する。

 ……やっぱりか。この筋肉はオレと同じ質。

「ね、ねえ」

 オレが長い年月をかけて鍛えぬいた筋肉と、運動もなにもしてない女の筋肉が同じだと。

「うぅ、ち、ちょっと」

 生まれ持っての天性の体、これで神力の量が人類最高クラスってどんなチートだよ。

「ねぇ、ってば!」

「なんだよ! 天才! 今、この世の理不尽を突きつけられて泣きそうなんだよ!」

「私も泣きそうなんだけど!」

「ん?」

 気がつくと、オレは愛梨の胸をわしづかみにしている状態だった。

「ふぅー、まあ。落ち着いて聞け。今回は邪な気持ちは一切なかった。医者が患者を診察するようなもんだ。実際に性的興奮とかは一切なく───」

「それはそれで嫌よ!」

「ぐはッ!」

 今日、教えたパンチがここで活きた。

                    ◆

「はぁー、デカイ屋敷だな。……死ねばいいのに」

 能力もルックスも肉体も金も持ってるなんて、どんだけ神様に愛されてるんだ愛梨は?

 オレに唯一あった悪知恵さえ神に愛された愛梨に簡単に屈がえされた。

 そもそも昨日の特訓は、愛梨を筋肉通にする為だけにやった。

 一日走らせるなんて体によくないし、スポーツを少しでもかじっていたら絶対にしない。

 それをなぜやらせ、愛梨を筋肉痛にしたかったのかというと、愛梨の家に潜入する為だ。

『昨日は無理をさせて悪かったな。見舞いに来たぜ☆』

 これをやるためだけに走らせた。

 それを愛梨のやろう。天才的な計画を何も知らずに天性の肉体だけ乗り切りやがって。

 しかし! オレはこんなことで挫けはしない! 

『ピーポン』

『はい。 えっ? 真矢? な、何しに来たのよあんた!』

「遊びにきました!」

 エベレストのような壁? すいません。よく見たら、板に描いてあった絵でした。

                ◆

 ゴチャゴチャ言ってる愛梨をなだめ、なんとか屋敷に入れてもらった。

「本当に何しにきたのよ? アポもなしに来るなんて失礼よ」

「なんで弟子の家に行くのにアポ取らなきゃならんのだ。ほら、土産も持ってきたぞ」

「え? あ、ありがとう。────ってこれ昨日私が買いに行かされたカリカリ君じゃないの! しかも! 全部溶けちゃってるし!」

 持参したおみあげは、昨日のカリカリ君。

 スタッフがおいしく頂ました? バカ言え。本人が全部自分で食べろ。

「それを見て己の未熟さを噛みしめろ」

「あんた本当に何しに来たの⁉ 嫌がらせ⁉」

「いけませんよ。愛梨様。淑女がそんな大声を出しては」

 愛梨を叱りながら現れたのは、なんと執事だった。

「初めまして。神崎様。橘家で執事をさせて頂いてます。瀬尾大樹と申します」

「あ、初めまして。神崎真矢です」

「本日は、橘家へお越し頂きありがとうございます。神崎様。ささ、立ち話もなんですし応接室へご案内いたします」

「ち、ちょっと! 何、勝手に決めてるの瀬尾! こんなやつさっさと追い出しちゃってよ! 聞いてるの! ねー! ねーってば!」

 オレと瀬尾さんは、屋敷の主である愛梨を置いて応接室へ向った。

                    ◆

「いやー、本物の執事なんて初めて見たわ」

「瀬尾のこと? 私が産まれる前からお父様に仕えてくれてるのよ。お父様がお忙しいから、この屋敷こともほとんど瀬尾が管理してくれてるの」

「はぁー。お前にはもったいない人だな」

「どうゆう意味よ!」

 愛梨と言い争いをしていると、瀬尾さんが飲み物を持ってやってきた。

「ですから、愛梨様、女性がそんな大声を出していけないといつも言ってるでしょう。ああ、神崎様お飲み物をお持ち致しました」

「ありがとうございます────ブッ⁉」

「だ、大丈夫真矢ッ⁉」

 渡された飲み物を無警戒で飲んだところ、飲み物が溶けたカリカリ君だった。

「ちょっと瀬尾! 何を出してるのよ!」

「愛梨様、お教えしたでしょう? お客様から頂いた物は即座にお出しするものなのです」

 くっ。油断した。

 まさに因果応報。驚いて咄嗟に噴出してしまった。

 しかも、この執事───

「申し訳ありません。神崎様。若者の飲み物かと思いお出ししたのですが違ってしまったようですね」

 そう言ってニヤリとほくそ笑んでいた。

「やりますね。瀬尾さん」

「いえいえ。神崎様ほどでは」⁉

「何がッ⁉ むしろ瀬尾がやらかしちゃったんだけどッ!」

 一人だけ状況を理解していない愛梨が騒いでいる。

 そっちが、そうゆう対応をするなら乗ってやろうじゃないか。

「橘さん宅で出てくるのがこんな安物だと思わずつい噴出してしまいすいません。いやー、もっとヴィンテージコーラとか期待してたんですか、買いかぶりすぎましたかね」

「そういった物がご所望でしたか。察せず申し訳ございません。ただ今お持ち致します」

 部屋を出ていった瀬谷さんは、三分ほどで戻ってきてオレにある飲み物を差し出した。

「どうぞ。こちらビン・デ・デキタコーラです」

「それただの瓶コーラしょッ⁉」

 嫌味で言ったヴィンテージコーラだったのに、ビン・デ・デキタコーラを出してくるとは。こやつできる。

「まあ、美味しいからいいんですけどね瓶コーラ」

「ちなみに中身は溶けたカリカリ君コーラ味になります」

「ここでもカリカリ君ッ⁉ せめてコーラ味じゃなくて本物コーラ出して下さいよ!」

「いえいえ、愛梨様がお師匠とされてる方に、普通のコーラなどとてもとても。他にも梨やみかん、ぶどうなど様々なフレーバーをご用意しております」

「それも溶けたカリカリ君でしょう!」

 この人なんかオレに恨みでもあるのか?

「いや、愛梨様はここ最近、神崎様のお話ばかりされるんですよ? 昨日も修業を付けてもらったと言ってはしゃいでおられたので、その修業の内容を聞くと一日走らされたやら、カリカリ君を何回も買いに行かされたなどとおっしゃるので私卒倒しかてしまいました」

 あるね。オレを恨む理由。

 子供頃から世話をしている愛梨がそんな目にあわされたらそりゃあ、こうなるわ。

「神崎様は昼食をお食べになりましたか? もし、まだであれば私の手作りで恐縮ですが、フルコースをご用意しております」

「昼食はまだですけど。フルコース? 因みにお聞きしますが、メニューは?」

「はい。本日のメニューは前菜にシャーベット状のカリカリ君。スープに溶けたカリカリ君。メインデッシュにカチコチに凍ったカリカリ君をご用意しております」

「それ全部同じものです!」

「デザートにカリカリ君もお付けしますよ」

「もう一品カリカリ君が増えたッ!」

 これはあれか? 料亭でお茶漬けをだされたら帰れ的なあれか?

 たぶんそれだな。だって露骨に帰れオーラ出てるもん。お腹冷やして壊す気満々だよ!

「ありがたい申し出なんですがお昼はもっと高くて暖かい物が食べたいなと思ってまして」

「そうでしたか。では、リッチで暖かい物をお出し致しますね」

「と、言うと? メニューは?」

「暖めた、カリカリ君リッチコーンポタージュ味をご用意しようかと」

「はい! 気付いてました! リッチって単語で気付いてましたから!」

 なんなのそのカリカリ君に対してのその執着?

 買いに行かせたからか! カリカリ君を何度も愛梨に買いに行かせたからなのか!

「さて、おふざけはこの辺りに致しまして、私はお茶をお持ち致します」

「カリカリ君にお茶味なんてありましたっけ?」

「いやはや、すっかり信用されなくなってしまいましたな。申し訳ございません。愛梨様が初めてお連れになられるご友人でしたので、私もすっかり舞い上がってしまいました」

 舞い上がってあの対応なの? オレ以外のやつなら怒って帰ってるぞ。

 瀬尾さんは一旦、部屋を後にし3分後に今度は本当に暖かい紅茶を持ってやって来た。

「それでは神崎様、私は失礼させて頂きます。どうぞ、ごゆっくりなさって下さい」

「ありがとうございます。瀬尾さん。後でデザートのカリカリ君をお願いしますよ」

 皮肉に言うと、瀬尾さんはニヤリと笑みを浮かべながら、映画やドラマで見る執事の様に深々と頭を下げた。

「畏まりました」

                  ◆

 トイレに行くと言ってオレは怪しい部屋の物色を開始する。

 さて、ここからが本題。玄さんからの依頼を遂行する。

 トイレに行くと出てきたから制限時間は五分ほど。

 迅速に素早く静かに部屋のドアを開け、いちべつし、目視と直感でないと判断したら閉めて次の部屋へ。

 6番目の部屋で鍵のかかった部屋があった。

 鍵は簡易な物で、ピッキングで簡単に開けられた。

 壁の周りには本棚がつらなっており、部屋の奥に一つ机と椅子が置いてあってあとは照明とソファがある程度の部屋だった。

 入ってすぐに違和感を覚え、一度部屋の外に出る。

 確認を終え、再び部屋の中へ。

やっぱり、この部屋だけ間取りがおかしい。

今まで調べた部屋は部屋から次の部屋までの距離は一定だったが、この書斎は違和感がないように隠されていたが、他の部屋より距離がある。

愛梨の家に入ってから特殊な部屋、広間や応接室などを除き、造りが一定になるように造られているのは、歩幅と部屋から部屋の時間を計って確認済みだ。

 外に出て確認した所、机の後ろの棚の後ろにスペースがある感じだ。

 机の後ろの本棚を確認していると、他の本は1年は動かしてない程度の埃が積もっていたのに、一冊だけ埃が積もってない本があった。

ビンゴぽいな。他の部屋の掃除は完璧なのにこの部屋だけあまり掃除がされていない。

執事の瀬尾さんもこの部屋には滅多に入れてもらえてない証拠だ。

埃が積もってない本を取ってみると、本を取った本棚にボタンがあった。

どうする? 押すか。

本来であれば、じっくり時間をかけてトラップじゃないと確信してから押すんだが、この時点ですでに時間が五分を過ぎている。

次回もすんなりこの部屋まで入れる保障はないし、こうしてる間もドラッグ『エンジェル』の被害が増えている。

はぁ。これで隠してあるのが、エロ本とかだったら怒るぞ。

 意を決して、ボタンを押すと、『ボシュ』と音がし本棚が動くようになった。

 本棚を動かしてみると金庫があった。

 ここにきての金庫⁉ しかもダイヤル式⁉

 デジタル式であれば、知恵に連絡し一分もせずに開けられるのに!

 ダイヤル式の開け方も玄さんに習っているが、少なく見積もっても五分はかかる。

 ……ふぅー。仕方ない。やるか。極力、無駄遣いはしたくないんだけどな。

 『 』発動。

 ───一分後。

 無事に金庫を開けられた。

「はぁはぁ」

痛ッ。やべぇ。どっと疲れた。

頭痛を我慢して、金庫の中を確認するとそこには資料があった。

『ANGEL』

 資料の題名にはそう書かれていた。

 当たってほしくないことだけは当たるんだよな。

 資料をめくってみると、専門用語ばかりでいまいちよくわからなかったので、あとで知恵に調べてもらおうと、ひとまずスマホで写真を撮ることにした。

 写真を撮りながら、ページをめくっているとあるページで腕が止まった。

「なっ」

 思わず声が漏れてしまった。

『被験者№1 橘愛梨』

 まだ、かすかに残っている能力ので脳内をフル回転させ情報をつなげる。

玄さんが言っていた『体の中の神力神経を狂わせて、一時的にとはいえ能力が使えなくなる』も────

アルベルンドさんが言っていた『神力の流れが不自然すぎますね』も────

 そして、愛梨本人が言っていた『私は神力がうまくコントロールできないの』も───

 これで全てつながる。

「はっはっ。なるほどそうゆうことかよ」

 愛梨が能力を使えない理由は───

「自分の娘を生態実験に使ってたのか」

 証拠はこれで十分。

 ……でも、これを玄さんに渡していいのか?

 愛梨はたぶん自分が生体実験に使われていたことを知らない。

 耐えられるだろうか? 父親にモルモットとして使われていたことを。自分が生み出してしまったかもしれない薬が沢山の人を傷つけてることを。そして何より、自分が能力を使えない理由が父親にあることを。

「……」

 考えがまとまらず、ひとまず愛梨のもとに戻ったのはそれから十分も後のことだった。

                       ◆

 橘宅でドラック『エンジェル』の資料を見つけてから一週間が経過した。

 オレは持ち帰った資料と、知恵から送られてきた資料を自宅で性差していた。

 資料をめくる、右腕に

 アルベルンドさんとの戦いで、切断された右腕も完治し、一週間前と遜色ない動きができるようになっていた。

 一週間で傷は治ったというのに、橘宅で見つけた資料をどうするか、結論が出せない。

 ……いや、本当はとっくに結論は出ている。

 知恵に頼んで、資料を調べてもらった所、製造元は橘製薬会社で間違いないとのこと。

 こうしてオレが悩んでいる間も被害はどんどん広がっていく。

 資料を玄さんに渡して、事件を解決してもらう。それが最善。

 玄さんに無理やり組まされた、愛梨との面倒な師弟関係もそれで終わる。

 それと同時に愛梨も終わる。

 自分が自分でなくなる。

 全てを失う────かつてのオレのように。

あー、やめやめ!

 どうしてオレが他人なんかを気にしなきゃならないんだ?

 オレは自分のことで精一杯なの。

 武戦だって明日に控えているんだ。

 他のことで悩んでいる余裕ねーってぇの。

 まったくとんでもない悪夢だよ。

「おーい! 真矢いる! 愛梨だけど、修業つけにもらいにきたわよ!」

 ったく、人がドラックだの武戦だので悩んでるっつうのに本人が来るなよな!

「インターホンを知らんのかお前は! 近所迷惑だろうが!」

「あ、やっぱりいた。仕方ないでしょ? だってあんた居留守使うし」

「……武戦を明日に控えたオレをそっとしといてやろうとかないわけお前」 

「武戦? ああ、真矢の武戦明日だっけ? でもそれ私には関係ないし」

 なんで、オレこいつのことで悩んでんだろ?

「お邪魔しまーす。こんにちは。ルナ」

「おい! 勝手に入るな!」

 悪夢だ。これは居座られる感じのやつだぞ。

 素直に帰れと言っても帰るやつじゃないし、適当に付き合って帰らせよう。

「ねぇ真矢。あなた最近何かあったの?」

「……どうしてそう思うんだ?」

「家に来てから修業に熱が入ってないし、真矢が何か思いつめてる感じがするのよね。まぁ、カンなんだけど」

 女のカンって怖いな。

 実際、愛梨の家に行ってから、愛梨の修業に身が入らなかった。

 本来であれば、うまく神力を使えオレのふざけた修業を受ける必要がなかっただから。

「それで明日武戦があるのに、私のせいで何か悩んでるならちょっと悪いかなと思って」

 今日、愛梨が来たのはオレを心配してのことだったのか。

「愛梨。お前にはちょっと辛い話かもしれないが、話たいことがある」

「な、何よ急に改まって」

「ちょっと、席に座って待ってろ。お茶でも入れて来てやるから」

「わ、わかったわよ」

 本当に愛梨を思うなら、愛梨に真実を告げるべきだ。

 それでショックを受けるなら、それを支えてやるのが師匠の役目だ。

 オレが師匠達やみんなの様にうまくできるかわからないけど、精一杯やろう。

 無理矢理、組まされたとはいえ、オレの初めての弟子なんだしな。

 オレがそう決意すると、リビングから『バッタン!』と何かが、倒れるような音がした。

 台所から見ると椅子が倒れており、玄関に向って走っている愛梨の後ろ姿が見えた。

「何あいつ。オレの家をスタート地点にして走り出すのが好きなの? 溢れでる青春が押さえられないの?」

 オレがあっけに取られていると、血相を変えてルナが怒鳴ってきた。

「真矢! 急いで愛梨を追いなさい!」

「なんだよルナそんなに慌てて」

「このバカ! あんた机の上!」

「ッ⁉」

 机の上に置いてある物を確認して、オレは慌てて愛梨の後を追う。

 クソッ! バカかオレは! 資料を置いた愛梨を家に入れちまった。

 9飛び出した愛梨は泣いていた。

 それの涙はまるで、愛梨が初めてオレの家を飛び出したあの日の雨の様だった。

                  ◆

 愛梨を追いかけるのはこれで二度目だ。

 一度目は大雨が降っていたから環境的には今回の方がマシだが、状況は今回の方が悪い。

「待て愛梨! 話を聞いてくれ!」

「……」

 返事すら返してくれない。

 愛梨と出会ってから数多く怒られた経験はあるが、無視されるのは初めてだ。

 全力で走れば追いつけるだろうが追いついて何を話す?

 それ以前に、愛梨を止めないと話もできない。

「止まれって言ってんだろうが!」

「うごぅッ!」

 止めれと言って止まらなかったので、後ろからドロップキックをくらわせました。

 ドロップキックをくらった愛梨は道脇の芝生に倒れ込んだので、すかさずオレは愛梨を羽交い絞めにした。

「捕まえたぞ愛梨! 話を聞くまで話さないからな!」

「ち、ちょっと、どこ触ってんのよあんた! 離しなさいよ! ち、ちょそこはダメ! わかった! わかったから! 話聞くから!」

 愛梨がオレの説得(強制)のかいあってなんとか、話を聞いてくれる気になったらしい。

「ふぅー。やっと話を聞いてくれる気になったか」

「言っとくけど何を言っても無駄よ。さっきのドロップキックと強制猥褻も含めて、出る所出たっていいんだからね」

 話は聞いてくれる気にはなったが、聞く耳はもたないらしい。

「ち、ちょ、何してんの⁉」

 手を地面に付き、頭を地面に擦り付ける。

愛梨に対し、最大限の謝罪を込めた土下座だった。

「ふ、ふん。あんた、この場所で不良に襲われた時にも土下座してたじゃない。あんたにとって土下座なんてたいしたことないことじゃないんでしょ」

 愛梨に言われて、ここが不良に襲われた場所だと気付いた。

「確かにあの時は面倒だなと思って、土下座でなんとかなるなら別にいいかと思ってやったが、今回の土下座はあの時は重みが違う」

「重み?」

「オレは誰に対してでも頭を下げるし、場合によっちゃ土下座だって簡単にする。けど心を込めて謝ったり、お願いすることはあまりない」

 謝ったり、お願いするのに心なんていらない。

 形だけ見せればたいがいどうにかなった。

 だけども今回ばかりは───

「今回は全面的にオレに非がある。謝って許してもらおうなんて思ってない。殴るなり蹴るなり好きにしてもらってかまわない。なんだった銃を貸すから、銃で気が済むまでオレを撃ってもらっていい」

「銃で撃つって、何もそこまでしなくても」

「たとえお前に殺されたってオレは文句は言わない」

 それだけのことをオレはしたんだ。

 信じてついてきた弟子を裏切ってしまった。

 無理矢理組まされた師弟だろうが、愛梨はオレを信じてオレについてきてくれた。

 それなのにオレは弟子を探り、弟子の家族を探り、修業すらも適当にやっていた。

 もし、オレが玄さんや師匠にこんな扱いをされたら壊れてしまうだろう。

「本当にすまなかった。許してくれるならオレはなんでもする」

 愛梨は土下座するオレを睨んでいたが、次第に呆れた顔になっていった。

「はぁー。わかったわよ。とりあえず頭を上げて。話ぐらいは聞いてあげるわ」

 オレは全てを愛梨に全てを話した。

 玄さんに橘製薬会社について調べる様に言われたこと。愛梨を弟子にして探ろうとしていたこと。それが原因で修業に身が入っていなかったこと。

 オレが話してる間、愛梨は何もせず黙って聞いていた。

 一通り話終え、殴られることを覚悟していたが、愛梨は何もしてこない。

 泣いているかと思い、愛梨の顔を恐る恐る覗いて見ると、愛梨は笑っていた。

「ありがとう。素直に話してくれて」

「な、なんで、笑ってんだよ。オレはお前を騙してたんだぞ」

「でも、騙し続けなかったわ。真矢だったらこのまま私を騙し続けることもできたでしょ?」

 今まで通り、口からでまかせを言い嘘に嘘を重ね、人間として地に落ちればできる。

 けれどなぜだろう? 愛梨をこれ以上裏切る様なマネをしたくなかった。

「それに真矢は私を強くしてくれようとしたじゃない。玄さんだっけ? その人に命じられて偽りの師弟だったとしても、私に失望せず鍛えてくれたことは本当に感謝してるのよ」

「……それもオレは最近、手を抜いていて」

「それなんだけど、なんか私を心配してくれてた感じがするのよね。勘だけど」

 心配というよりも同情していたんだと思う。

 もし、実験台になっていなければオレなんかの弟子にならずにすんで、歴史に名をのこす人物になっていたかもしれないと、思うと修業に気合が入らなかった。

「だからありがとうね。気遣ってくれて」

「謝罪して礼を言われたのは、初めての経験だよ」

 こんなやつをオレは騙してたんだな。

 師匠としていや、人として恥ずかしくなってくるよ。

 悲壮感を覚えていると、いきなり愛梨がオレのほっぺをつねってきた。

「ただ、私を調べてたことは許せないわね。女の子に秘密が沢山あるものなのよ」

「ふ、ふいまへぇん」

 愛梨は一分ほどオレのほっぺをつねっていたが、何かを思いついたのか嫌な笑みを浮かべ、ほっぺから手を離した。

「ねぇ真矢。本当に悪いと思ってる?」

「い、痛てて。あ、ああ。オレにしては珍しく悪いと思ってる」

「じゃあ! 真矢の秘密も教えてよ!」

「はぁ? オレの秘密?」

 オレの秘密を知ってお前になんかメリットあんの?

「例えば、強さの秘密とか! 強くなる秘訣とか! 必殺技とか! 好きな食べ物とか! 好きな物とか! 好きな女子のタイプとか! 色々あるでしょ!」

「お、おい。前半はわかるが後半おかしいだろ」

「チッ。謝ってる身分でゴチャゴチャうるさいわね。 今のあんたに人権なんてないのよ」

「人権ないんだオレ」

 犯罪者だって人権はあるのに、愛梨裁判官、判決厳しすぎない?

「それじゃあいいわ。せっかくの機会だし、とりあえず私が一番聞きたいことを聞いておくわね」

「なんだよ。一番聞きたいことって?」

「なんで真矢は戦ってるの?」

 その質問は初めての修業の際に、愛梨にオレが質問したものと同じだった。

 オレは話すか迷ったが、今の立場じゃ言わざるをえないな。

「誰にも言うなよ」

「うん」

「金がいるんだよ。母さんの病気を治すために」

「えっ? 病気? 真矢のお母さんが?」

 愛梨はこういう理由とは思っていなかったのか、驚いていた。

「未知の病気でな。原因がまったくわからないが、日に日に衰弱していってる。治療法がわからないから、色々試してもらってるんだが、それに莫大な金がかかるんだよ」

「……お金の為に働くならわかるけど、それと真矢が戦うのって関係あるの?」

「ある。国立学校の序列十二位からは色々な特典がもらえるんだよ。その中に学校・国・民間から依頼を受けれるものがある」

 依頼を完了することにより、それに見合った報酬をもらう。危険度が上がれば上がるほど報酬は高くなっていく。

 国際警察の一員である玄さんがオレに仕事を斡旋してくれたりもする。今回の愛梨の調査がその依頼だった。

「真矢が序列一位にこだわるのは、高難易度の依頼を受けられるからってこと?」

「それもあるけど、あと一つ序列一位しかもらえない特典があるんだ」

「一位だけ?」

「国立武総大学の推薦だよ。オレはあそこを一般入試受けられないからな」

 日本一の大学と呼ばれる国立武総大学。通称、国武。

 日本の有力者のほとんどを輩出する超エリート学校なのだが、国武を受験するには、資格として最低Cランク以上の能力者に限られる。

『』ランクであるオレは当然、受験資格はない。

「逆立ちしたって、オレじゃ国武を受験できない。けれど、序列一位で国立高校を卒業した生徒は、無条件・学費免除で国武に入学することができるんだ」

「国武に入るのが、真矢の目標なの?」

「そこはただの通過点だよ。まあ、大学に入ってから何をするかはまだ決めてないけど、良い職について母さんを楽させてやりたいんだ」

 愛梨がうつむいて、暗い顔をしている。

 軽い気持ちで質問をして後悔しているようだった。

「ごめんなさい。私なにも知らずに真矢をバカにしてた。ちゃんとした理由があってあんなに勝ちにこだわってたのね」

 愛梨が謝ってくるので、軽く手を振って返す。

「気にするな。今考えて理由にしちゃ上出来だろ?」

「ありがと────え? 今なんて?」

「今考えたにしちゃ上出来だろっていった」

 少しの間、無言だった愛梨がいきなり、顔を真っ赤にして怒りだした。

「あんたって人はどこまで人を騙せば気が済むのよ! 私の謝罪を返しなさいよ!」

「当店では返品を一切行っておりません! 大体、オレは一軒家に住んでて、ルナも飼ってる。金がないなんて嘘だってすぐわからない方が悪い」

「なんですってッ!」

 騙された方が悪い。昔の人はなんて偉大な言葉を残してくれたんだろう。

 オレの挑発に、愛梨は更に怒りを増大さ喚き散らしてくるが、オレは頭の中で明日の模擬戦闘を行い、それを完全にシャットアウトする。

 五分間ほど、ピーチクパーチク肩で息をしながら怒鳴っていた愛梨だったが、オレが話しを聞いていないとわかると、やっと怒鳴るのをやめた。

「ん? 終わった?」

「はぁはぁ。お、終わったじゃあないわよバカ! こっちはすごく疲れたわよ!」

「そいつはなにより」

 愛梨を黙って調査していた件を愛梨は怒ってはないと言っていたが、実際は悲しかったし、怒ってもいたはずだ。

 たぶん、オレの為に色々飲み込んでくれたのだろう。

 けれど、人間は怒った時に怒鳴るし、悲しい時には泣く。嬉しい時には笑う生き物だ。

 怒りを納める方法は、他に怒りの矛先を変えること。

 オレに裏切られた悲しみが、少しでも和らげばいいと思ったんだが少しやり過ぎたかね。

 愛梨の方を見てみると、目にうっすらと涙が浮かんでいた。

 愛梨の為を思ってやったが、少し罪悪感があるな。はぁー。しゃあない。

「期待に応えたいんだよ」

「はぁはぁ。何? また、お得意の嘘?」

 愛梨が疑ってくるが、構わずオレは話した。

「竜っているだろ? あいつゴリラ顔のくせに人望があってな男女問わず人気があるんだ」

「へぇー。以外ね」

「だろ。すごいお人好しでさ。周りからオレとつるむのをやめろって言われてんのに、オレを気にかけてくれるバカなんだよ」

 竜の無邪気さに何度助けられただろうか? あいつが友達でいてくれたことでどれほど救われたことだろう。

「律さんっていうオレの姉みたいな人がいるんだが、その人、文武ともにできたすごい人なんだが、唯一の欠点って言われてるのが、時間の無駄使いって言われててな。オレの修業に時間を費やすのは時間の無駄って言われてんのに、未だに付き合ってくれるんだ」

 厳しくも優しい律さんの笑顔を何度支えられたことだろうか? 律さんのおかげでどれほどの窮地を切り抜けられただろう。 

「他にも、ルナや理事長先生に知恵に玄さん、師匠。他にもオレなんかの為に頑張ってくれる人達がいる。オレと関わらなければ、もっとすごい事をなしえたかもしれない人達だ。だから、オレは少しでもその期待に応えたい」

 愛梨はオレの話を終始、黙って聞いていた。

 どうして、オレはこんな話をしているんだろう?

 今まで、誰にもこんなこと話してこなかったのに。

 戸惑っていると突如痛みが顔を走った。

「ぐぅをッ⁉」

 愛梨に殴られたとわかるのに数秒かかった。

 しかも、グーで。

「なにすんだいきなり!」

「これは、さっき名前をあげた人達の分。そんでこれが私の分!」

「うげっッ⁉」

 また、殴られた。またグーで。

 なんだろうこの感覚。痛いのに痛くない。この感覚前にもどかかで。

「ばッーーーーーかじゃないのッ! あんたそんなこと考えてたの? 殴ったのが私で感謝しなさい。こんなことみんなが聞かされたらフルボッコにされてたわよ」

「は、はぁ」

 気の抜けた返事しか出てこない。

 なんだこれ、なんで殴られてんのオレ?

「なんで殴られたかわからないって顔してるわね」

 今、オレはどんな顔をしているのだろう? 相当なアホ顔に違いない。

 戸惑ってるオレをよそに、愛梨はオレの目を真っ直ぐに見て告げた。

「いいよく聞きなさい! 誰も真矢の為なんかこれぽっち思ってないわ! 全員、自分為に動いてるに決まってるじゃない! 全員、自分が真矢をすごいと思って、真矢が活躍する姿を見たくて応援してるに決まってるじゃない!」

 何を言ってるんだこいつは?

「それにね。この世に意味のないことなんか一つもないの。全ての出会い事柄には全て意味があるものなのよ」

「お、お前その言葉どこで」

 それは、母さんの────。

「やっぱり覚えてないか」

 消え入りそうな小声で愛梨が何かいった様な気がしたが、オレにはよく聞こえなかった。

「愛梨様!」

「ん? あれ? 瀬尾?」

 三十メートルほど離れた場所から瀬尾さんが愛梨を呼んでいた。

 話の途中で気になったが、オレも確認して見ると確かに瀬尾さんだ。

 ん? 誰か一緒に歩いてる?

 二メートルを超える長身。服から溢れ出そうな筋肉、そして何よりあの雰囲気は。

 まずい!

「愛梨ッ! 走れ! 逃げ───」

 オレが言い終わる前に、右腕に激痛が走り、一メートルほど吹き飛ばされる。

 瀬尾さんと一緒にいる男がものすごいスピードで接近し、オレを蹴り飛ばしたのだ。

「え?」

 何が起こったかわからず、困惑している愛梨に、愛梨の家に行った時と変わらない笑みを浮かべ瀬尾さんが近づいていく。

「お迎えに上がりました。愛梨さま」

                   ◆

「げほっげほっ」

「ほぉ~。やるなガキ。殺す気で蹴ったのに右腕でオレの蹴りを受け止めただけじゃなく、後ろに飛んで衝撃を減らしやがった」

 オレのことを蹴り飛ばした大男が、見下ろしてくる。

 とっさに右腕で防御したのにもかかわらず、吹き飛ばされたうえにダメージが大きい。一般人がくらったら本当に死んでいたかもしれない。

 蹴り方や体格、雰囲気。そして人を壊す事を何とも思っていない態度。

 こいつプロの殺し屋だ。

 どうしてこんなやつと瀬尾さんが一緒にいるんだ?

「真矢! 大丈夫⁉」

 愛梨がオレのもとに駆け寄ってこようとするが、それを瀬尾さんに止められた。

「おっと、愛梨様そちらに行かれると危険ですよ」

「離して瀬尾! 真矢を蹴ったやつを止めないと」

「おお、そうですね。クラッシュ。攻撃をやめろ」

「へぇーい」

 クラッシュと呼ばれた男は、瀬尾さんの命令を素直に聞いた。

 そうゆうことか。

「あんたが黒幕か! 瀬尾!」

 オレが今まで瀬尾に使っていた敬語やめ叫ぶのを、瀬尾はニヤニヤしながら眺めている。

「お怪我はありませんか真矢様? まったく、クラッシュにはくれぐれも怪我をさせないようにと言ってあったんですが」

「よく言うぜ瀬尾さん。生死は問わんからガキを排除しろって言ったのはあんだだろ?」

「おや、そうだったか」

 エンジェルを製造していたのは瀬尾だったんだ。

瀬尾なら、金庫の中に愛梨の父親が犯人であると思わせる書類を忍ばせることもたやすくできるだろう。

「いやー。真矢様が家を突然訪問されたのには正直焦りました。真矢様が伊藤玄造の使いであることはわかっていたので」

「そこまでわかっていて詮索させたのかよ。じゃあなんであんな資料を残しておいたんだ」

「玄関での愛梨様と真矢様のやり取りを見て、真矢様が愛梨様を大切になさっているとわかり、金庫の資料を隠すのでなく取り替えることにしまいた」

「取り替える? なんでそんなことを」

 オレの質問に瀬尾は遂に笑いが我慢できなくなったのか、笑い出した。

「はっははっは。なんで? そんなのあなたを信じたからに決まっているじゃないですか」

「オレを信じる?」

 なんで玄さんの手先であるオレを信じる必要が―――まさか。

「気が付きましたか? そう、あなたはあの資料の内容を報告できない。報告すれば愛梨様があなたのように不幸になると思ってしまったから。優しいあなたのことださぞ悩んだじゃないですか」

「この野郎ッ!」

「クラッシュ」

「ほいよ。ほら、小僧今度も防いでみろよ」

「ぐっはッ⁉」

 今度は腹にもろにくらってしまった。

 瀬尾を殴りかかろうとしたオレを、クラッシュはいともたやすく蹴り殴りとばし、倒れているオレの上に座って身動きが取れないようにしいる。

「クソ、が。どけ」

「そいつはできねーな」

 クラッシュは更に体重を乗せてきて、ダメージも相まってオレは完全に動けなくなった。

 やられた。完全に瀬尾の手の上で踊らされた。

 単純に資料を隠しただけなら、捜査はまだ続くが証拠が出てきたらその証拠に目が行く。

 そして、報告者のオレが勝手な推測をしてしまいその証拠は玄さんまで届かない。

「真矢!」

「おっと。ですから愛梨様、そちらは危険ですよ」

「離して瀬尾! この離しなさい!」

 オレを助けようと、愛梨は瀬尾を振り払おうとするが振り払えない。

「ダメですよ愛梨様。折角、真矢様があなたのことを救おうとしてくれたのに」

「真矢が私を救おうとしてた?」

「そうですよ。あなたの父上がドラックを製造しているという情報を、報告しないでくれたんですよ」

「お父様はそんなことしてない!」

 暴れ怒る愛梨を押さえ付けながら、瀬尾は衝撃的なことを愛梨に告げる。

「いいえ。今広まっているドラックは確かにあなたの父上が作ったものです。愛梨様あなたの為にね」

「私を為に?」

 そういうことか! まずい、これ以上瀬尾を喋らせたら愛梨が。

「おい! 愛梨は関係な――うぐッ」

「ちょっと黙ってろよ。小僧。今いいところなんだから」

 クラッシュに肺を圧迫されうまく喋れない。

 そんなオレを横目に見ながら、瀬尾はいつものニコニコ顔で愛梨に優しく語る。

「真矢様は気づかれたようですね。まあ、気づかれにくいように資料には本当の情報も入れておいたので真矢様なら当然でしょう」

「私の為にお父様がドラックを作ったってどうゆうことよ」

「言葉通りの意味ですよ。あなたがうまく神力を使えないのを不憫に思ったお父上は、あなたのその体質を直そうと薬を作った。その過程で出来上がったのが、ドラック『エンジェル』なのです」

「そ、そんな」

 告げられた事実に愛梨はショックを受けたようだった。

 オレは勘違いしていたのだ。

 薬の為に愛梨を実験体にしたのではなく。愛梨の為に薬を作ろうとしていたのだ。

「まあ、お父上は薬が失敗に終わったと思い、エンジェルを廃棄するように私に命じました。しかし、私はエンジェルの価値に気づいた。これは無限の富を産む、まさしく天使だと。あなたのおかげですよ。愛梨様」

「私のせいで沢山の人が」

 愛梨の目から涙が溢れだした。負う必要のない罪意識が出てきてしまったのだろう。

「あ、愛梨! そいつの話に耳を貸すな! お前の父親はドラックを作るつもりで作ったんじゃないし、廃棄するように命じてもいる! 悪いのは全部そいつだ!」

「おお、流石は真矢様。自分と似ている愛梨様をほっとけませんか」

「私と真矢が似てる?」

「おや、ご存じないのですか? 真矢様はあなた同様、天才として産まれてきたんですよ。なんせ真矢様の父親は――――」

 こいつはオレのことを調べているならあのことも。

「黒羽真牙。『超越者』の一人にして世界最強のお一人なんですから」

 黒羽真牙―――『黒重の帝』と呼ばれる能力者で、現警視総監。

 そして、オレの元父親だ。

「真矢様も随分ひどい目にあわれてますね。才能がまったく遺伝してないどころか、史上初の『 』ランク。失敗作と言われ親から捨てられるとは」

「おお! こいつ黒羽の息子かよ! なのにこの弱さ。そりゃあ親も捨てたくなるな」

「クラッシュ失礼ですよ。彼は、あの誠心高校の序列一位なですよ」

「マジで⁉ いやー親のコネってすごいんだな。こんな弱くても序列一位になれるなんて」

 二人はオレをバカにして笑い出した。

 なんてことはない。いつも言われ続けたことだ。失敗作、出来そこない、恥さらし。そういった言葉はオレの為に、あるのではないかと思っている。

『パンッ!』

 何かが破裂するような音が響き渡った。

 愛梨が瀬尾の顔をビンタしたいた。

「真矢のことを何も知らないのに笑ってんじゃないわよッ!」

 よほど強く叩いたのだろう。瀬尾の口元が切れて血が出てきている。

 血を手で確認した瀬尾は、愛梨を見てにこやかに微笑みながら愛梨を殴った。

「キャアッ⁉」

「小娘がッ! 調子に乗りやがって! 私がお前みたいな小娘の面倒を見るのにどれだけ我慢してきたのかわかってんのか!」

「愛梨ッ!」

 瀬尾は余程頭にきたのか、倒れている愛梨を蹴りを入れた。

 オレはそれを見ていることしかできなかった。

 なんだこれは。

 勝手な推測で玄さんに報告せず、一人動いた結果がこれか?

 自惚れてたんだ。序列一位になれたから強くなったと錯覚したんだ。

 弱いままなのに。失敗作なのに。無知無能なのに。

 愛梨を蹴り、落ち着きを取り戻した瀬尾は、オレの方に近づき肩に手で触れながら弁解してきた。

「いやいや。お恥ずかしい所を見られてしまいまいた。私も愛梨様には色々溜まっておりまして、大切なモルモットを傷つけてしまった。まあ、いいでしょう。生きてさえいれば研究は続けられることですし」

「オレも人の事言えないが、あんた最低だな」

「なんとでも言って下さい。それよりも真矢様。あなたに聞きたいことがあります。エンジェルのことを誰かに話しましたか?」

「話してねーよ。だからこんなことになってんだろ」

「おい。クラッシュ」

『ゴキッ』

 何かが折れるような外れるような音が頭に響き、右肩に激痛が走った。

「ッ⁉」

 言葉にならない痛みが襲い掛かる。

「嘘はよくないですよ。真矢様」

「安心しろ坊主。折ってねーよ。骨を外しただけだ。折っちまうと一回しか使えないしな」

 なるほど、拷問して情報を聞き出す気か。

「はぁはぁ。ひ、一人には情報収集の為に話した」

「それは本当のようですね」

 本当のよう? なんらかの能力を使って調べてるわけか。

 記憶操作? 思念読取? 違うな。これらの能力なら『よう』なんて曖昧な答えは出ない。ということは。

「あ、あんたの能力。嘘発見器か?」

「素晴らしい。今のを一目見ただけでわかるのですか? 『ダウト』と私は呼んでいます」

 本当か嘘かを見破る能力。これはオレに―――ペテン師にとって最悪な能力だな。

「理解早くて助かります。では時間も押してますし、本当のことだけ話して下さい」

 どうする? 身動きはクラッシュって大男に封じられてるし、仮に動けたとして、こいつに戦って勝てるか? いや、今の俺じゃ無理だ。それに愛梨をどうやって逃がす? さっきあいつは愛梨を使って研究とすると言っていた。たぶん、愛梨をどこまでも追ってくるだろう。二人で助かるにはどうすれいい?

 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。

 痛みがなんだ。思考を止めるな。お前に考える以外に何ができる。

…………………………………あ。

 考えに考え辿り着いた答えは、どす黒く絶望的で最悪の答えだった。

 二人で助かるのは無理でも―――――――

――――――オレ一人なら助かる。

「う、うおぉーーーーーーーーーー!」

「なんだこいついきなり力が」

 渾身のちからで、上に乗っているクラッシュごと立ち上がる。

 バランスを取るためにオレから降りたクラッシュの目めがけ地面から取った砂をかける。

「くそ。こいつ目を」

 目つぶしでプロの殺し屋を足止めできるのは、2~3秒程度だろう。

 でも、その時間ががあれば十分。

 オレはまず外れている肩を無理矢理、入れ直し愛梨の元に走った。

 肩を入れ直した激痛で走るのもままならなかったが、なんとか愛梨の元まで辿りついた。

 愛梨は気絶してるらしく、揺すっても起きない。

 愛梨を起こそうとしていると、膝裏に衝撃が走りまた倒れてしまう。

「いいガッツだったぞ小僧。オレ流の膝カックンだ。跪きな」

 クラッシュに膝を蹴られ、倒れたオレをクラッシュは再び拘束した。

 そこに、瀬尾もやってきてオレの肩に手置き称賛の言葉を言ってきた。

「あの状態から脱出できるとは。しかし、無駄なことはするものじゃありませんよ。愛梨様を抱え、そのダメージでクラッシュから逃げ切るのは不可能です」

愛梨を連れて逃げられないことなんて知っている。

 だからオレは――――愛梨を見捨てることにした。

「逃げられないみたいだ。じゃあ、取引だ。愛梨はくれてやるからオレを見逃してくれ」

 オレの提案に一瞬、キョトンとしていた瀬尾だが、その直後大爆笑し始めた。

「ふははっはっは。いや失敬。つまりこうゆうことですか? 自分だけを助けて下さいと。あなたはそう言っておられるんですか?」

「そうだな。これ以上、傷つけられると明日の武戦に響きそうで嫌なんだよ」

「ふふ。ここにきて武戦の心配とは中々に肝が据わっていらっしゃる。しかし、できない相談ですね。あなたが、逃げた後に警察に駆け込まれたら面倒だ」

「別にそれは大したことじゃないだろう? 真昼間から殺し屋連れて少女誘拐なんかしようとしてんだ。警察にコネでもあるか、国外に逃げる準備が整ってなきゃこんなことおおっぺらできない」

 今更、オレが玄さんに連絡を取ったところで事態は好転しない。それだけの準備期間をオレは与えてしまった。

 ただし、瀬尾は焦っている。

 本来なら、家に帰って睡眠薬か何かで愛梨を攫えばいいものをこんな強引な手にで出るんだ。たぶん、オレとは別件で決定的な証拠でも見つかったんだろう。

「確かにあなたがどこかに駆け込んだ所で、今更どうということはありませんが、あなたを見逃す理由にはなりませんね」

「じゃあどうするんだ? オレを今ここで殺すか? いやそれはないな。さっきオレを拷問しようとしてたろ。何か聞きたいことがあるってことだ。拷問なんかしなくても見逃してくれるならなんでも喋るぞ」

「ほう。それは助かりますね。しかし、真矢様本当にそれでいいんですか? 愛梨様を見捨てて、自分だけが助かるなんて、私が言うのもなんですが、相当なクズですよ?」

「当然。どうせ二人ともは助からないんだ。なら片方だけでも生き残った方がいいだろ?」

 だから、オレは生き残る道を選ぶ。たとえ愛梨を見捨ててでも。

「オレは人間が嫌いだ。自分が同じ人間だというだけで死にたくなるほどに。だからオレはそんな人間がどうなろうとどうでもいい」

「はっははっは。素晴らしい。君は嘘を言っていない全て本心でそう思っている」

 嘘を見抜く能力があるんだ。嘘を言っても仕方ない。だから真実のみを、オレがいつも思ってることを正直に言った。

「はは。このガキいい感じで壊れてんじゃねーか! 気に入ったぜ」

「うるさいぞ。筋肉ゴリラ。ああ、言葉が分かるか? すまんがゴリラ語は喋れないんだ」

 オレの言葉を聞いたクラッシュは倒れてるオレを無理矢理立たせ、腹を殴ってきた。

「ぐふっ⁉」

 殴られた反動で体が2~3メートル吹き飛ばされる。

 狙い通りに。

 地面に倒れれる際に受け身を取り、殴られた勢いを利用して素早く走り出した。

「おい! クラッシュ何をしている! 真矢が逃げたぞ!」

「お? やべ。ついムカついて殴り飛ばしちまった。はぁーん。狙ってやがったなあのガキ。いい感してるぜ。どうします瀬尾さん? 追いますか?」

「……いやいい。今は時間が惜しい。愛梨さえ確保できれば後はどうにでもなる」

                  ◆

 追ってきてないな。

 襲われた場所から五分ほど走り、ようやく足を止めた。

 読み通り、瀬尾達は時間がないようだ。

 安心し、緊張の糸が切れたのか、疲労が一気に体に出た。

「げっほげっほ」

 咳こむと地面に血が付いていた。

 血の色が赤黒いので内臓にまでダメージがいっているようだ。

「くそ。意識が」

 視界がかすみ出してきて、遂には立っていられなくなりその場に倒れ込んでしまった。

 ポケットから携帯を出し、震える指で何とか連絡をとる。

 連絡を取り終えると同時にオレは完全に意識を失った。

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