39話 The “Fear” in sight/悪くない気分で

『The “Fear” in sight』

 見えている脅威にだけ集中しろ。それは、隻眼の男にとっては加護だ。


『The “Fear” in sight』

 ここに見えているモノは、脅威だ。歪な鎧を見る目にとって、それは、警告だ。


『The “Fear” in sight』

 それを目にした単眼にとって、それは………余りにも遅すぎる警告に他ならない。


『The “Fear” in sight』

 ――俺はお前の目の前にいるぞThe "Fear" in sight



 *



 ふと。

 月夜を見上げた竜の単眼がその瞬間に飛来した脅威20ミリによって吹き飛ばされ赤黒い液体へとなり代わり爆ぜ夜に散る――。


 その、身内が爆ぜて死ぬ音に、その周囲に何匹かいたトカゲ共が動きを止め、その脅威を目に焼き付けた―――。


 単眼、単眼、単眼、その全てに映りこむのは黒い、歪な、装甲と文字―――。

 左側に、分厚い装甲を。

 右側には、巨大な火器の束を。

 ハーフ………そんな意味でもつけたのか、オニのような角が頭の片側に付いた“”。


 を映したその単眼に、その単眼に映った“夜汰鴉”に、夜空へと跳ねた俺は、20ミリを叩き込んでいく――。


 一発撃つごとに月夜に紅い花が咲いては散っていく。

 体は宙にありながら――狙う腕には微塵の躊躇もブレもない。


 着地するころには、周囲を制圧し切り―――残る雑魚トカゲは一匹だけ。


『the “Fear” in sight』


 すぐ目の前、目と鼻の先に一匹だけ残った雑魚トカゲの単眼に、その、いまいち意味のわからないイワンの落書きが映っていた。

 どういう意味か、後で聞くか………そんなことを考えた俺の前で、雑魚トカゲは尾を振り回す。

 左側、死角側から奔る尾――。


 回避は間に合わない――見えない以上、紙一重でかわす、何て無理だ。

 だが、そもそも、回避する必要がないだろう。その為に、左側には馬鹿でかい装甲がある。


 左側死角全てを覆い隠すくらいに巨大で分厚い装甲だ。両目が揃ってる奴が使ったら自分の視野を狭めるだけだが、そもそも片目が使い物にならない俺には丁度良い。


 衝撃が襲う。オニの異能力だろうか、装甲の表面についた傷の具合が、緩い痛覚に似た色合いで、俺に知覚される。


 僅かに、引っかいただけのようだ。直撃だったはずだが、落書きが若干剥げただけで、装甲自体を貫かれているわけでも無い。


 使える装甲デッドウェイトらしい。信用に値する装備、だ。


 右手、20ミリのグリップを放る様に離し、別のグリップに持ち変える―――扇状に三つついた、持ち替えアナログで使い分ける複合火器。真ん中には、おそらく革命軍野営地、の残骸から拾ってきたのだろう20ミリ。上には、前使ってたのと同じ、ガトリングガン。そして、一番下についている―――今握ったグリップは、玩具バンカーランチャーだ。


 どうせ、長い夜になるだろう。弾薬を節約できる時は、そうしておくべき―――。


「ああああああああああああああああああああああああああ、」


 相変わらず馬鹿みたいな咆哮が俺の口から漏れ―――俺は、その玩具バンカーランチャーを、すぐ目の前の単眼へと突き立てた。

 杭が単眼を抉り血が撒き散らされる―――そのまま、俺はトリガーを引く。


 ―――擦過音。


 俺の放った杭が、目の前のトカゲの単眼を、首ごと頭ごと、

 

 首をなくした竜が、血を撒き散らしながら崩れていく。それを正面に、俺は、視界の隅のレーダーに視線を向ける。


 ……これで、周囲は制圧したクリアだ


 レーダーに映っていた、手近な竜の小集団を一つ、制圧した。

 トカゲの死体を踏んで、放った杭を拾いにいきながら、俺は、またレーダーに視線を向ける。


 ある意味、完全にノリで突っ込んでいるようなものだ。いまいち、状況を把握し切れない。将羅の警告からすると、多種族同盟連合軍基地は危機に陥っているらしいが………。


 考え続ける俺の視野の中、レーダー、この周囲を示すそれに、突然、赤い点が多数、現れた。


 そちらに視線を向ける―――竜の小集団が、そこに、現れていた。

 トカゲの死体は転がっている。再生、とか、実際似たような事やった俺が言うのもなんだが、そういうインチキではないらしい。

 となると、別のインチキ……。


「……瞬間移動」


 呟きながら、俺は現れ、殺到してきた竜の群れに、また持ち替えた20ミリの銃口を向けた。



 *



 毎日の様に現れる竜の小集団。

 それに、多種族同盟連合軍は日常的に兵を裂いていた。


 ある日、普段より多い竜が訪れても、ただ雨が強い日、そんな程度の奇妙に慣れたような危機感で兵を裂き。


 気付いた時には、寡兵が分断され各個撃破の危険に瀕している――。


 およそそんな所だろう。あの爺が事実上指揮権を放棄し、各部隊単位での判断を尊重すると言ったのだ。おそらく、多種族同盟連合軍は現在、その全体がとして機能してはいない。



 俺のすべき事は?

 方々に分断されているのだろう、いつもの殲滅に出た部隊を回収に動く事。

 だが、そのためには各部隊の位置を把握する必要がある。一人でそこら中探し回るのは流石に馬鹿すぎるし、無謀で無駄な時間を食う羽目になる。


 俺はそう運が良い方じゃない。ついさっきクソみたいな気分で確かに思い出した。理想論を元に行動するべきじゃないだろう。


 どうあれ、状況の確認もかねて、俺が速やかに向かうべき先は、拠点だ。

 多種族同盟連合軍拠点。ついさっき俺が後にしたその場所。


 その途中に孤立した部隊が居たら拾って行こう。


 そう考えて、俺は進んだ。いや、戻った、か?

 どちらだろうと大差はない。

 やる事は変わらない。

 ……そして、俺の運の悪さも変わらない。いや、考え様によっては、そこに関しては運が良いのか?


 とにかく、その途中の道すがら、だ。


 見たいようで見たくないような、そんな顔を、俺は見つけた。

 ………二つ、同時に。



 *



 黒い竜見たくない貌黒い竜猿真似野朗が混じった竜の集団と、オニの部隊が、戦闘を繰り広げている。

 ―――それが視界に入った瞬間に、俺はその戦場へと飛び込んだ。


 オニ味方の背後ではなく、の向こうへと。

 月夜へと跳ね上がり、空から、ガトリングガンをばら撒く弾丸の雨を降らす


 ガトリングガンの口径では、弱点でも狙わない限り竜の皮膚を貫通はしない。流石に頭上からばら撒いた上フルオートで竜の単眼に当てるのは不可能だ。


 結果として、降り注いだ弾丸の雨は竜を一匹も殺すことは無く……だが、その衝撃でもって、直下の数匹の動きを、数秒、


 数秒止めればそれで十分だ。元々、の奴らが使っていた戦術だ。

 生身で戦ったとき、確かに目にした。弾丸をばら撒き、竜の動きを止め、その間に……別の奴が単眼を狙撃する。

 あるいは、刀でもって竜を叩き切る。


 やはり、極めて練度の高い部隊なのだろう。


 俺が、その竜の集団を飛び越え、泥の上へと着地すると同時に、背後で銃声が響き渡った。

 まとめて足止めした何匹か、それらの単眼が、トマトを落としたように、弾け飛んだのだろう。


 振り返る必要は無い。視界の端のレーダーを確認する―――今ので竜を全部殺したわけじゃない。近くに着地した俺へと、背後で竜が歩み出している――。


 だが、そちら雑魚への対処は後だ。その前に、目の前でを―――それに絡んでいる黒い竜猿真似野朗を潰そう。


 再度、俺は跳ね上がる。背後で竜の尾が奔ったようだが、俺に命中はしていない。無視だ。背中の奴らが対処するだろう。


 それよりも、黒い竜―――空中でガトリングを手放し、玩具バンカーランチャーに持ち替え、黒い竜見たくない貌へと銃口を向ける。


 ―――黒い、半透明の皮殻に覆われた単眼が、こちらを向いた。その背にある、銃口も。


 杭を放ったのは、同時だっただろう。


「…………ッ、」


 俺の肩―――左肩に杭が当たる。空中では回避もクソも無い。対空時間の長い戦術は避けるべきだったか―――反省する価値はある。この、次に活かそう。まだ死んでない。

 左肩の装甲は、杭を受け止め、弾いた。その衝撃で俺の姿勢は崩れたが、俺自身は無傷なまま。イワン礼を言っとくべきだな。


 バランスを崩したまま、俺はどうにか着地する――その場所は、黒い竜の、すぐ真横だ。

 レーダーで、黒い竜の位置を把握する。そいつが居るのは、俺の左側死角だ。だから、真横に落ちた俺に対して、黒い竜がどう対処するのか、ができない。


 だが、何が起こるかはわかる。

 俺の放った杭は、確かに、黒い竜に命中していた。弱点である単眼やら首には当たらなかったが、その脚―――使えもしない翼のついたそれに突き刺さり、地面に縫いとめている。

 黒い竜が杭で俺を追撃してくる事は無いだろう。前戦闘したからわかる。その武装は、再構築リロードに時間が掛かる。連続発射は無い。


 となると、この位置の俺に対する攻撃は、刃―――鎌だ。


 ぶった切られる。それが、末路だ。ああ、見ずともわかる。それが、になると。

 体勢を整えると同時に、俺はガトリングガンに持ち替えながら、黒い竜に

 終わった脅威よりも、の方が優先順位が高い。


 飛び跳ねた俺を追ってきたのだろうか―――通常のトカゲが何匹か、こちらへと迫っている。

 単眼そちらへとガトリングを向け、放つ――。

 点射バーストの銃声に、背後からの、肉を切り裂く音が混じった。


 見ずとも、わかる。そのの間合いは知っている。その範囲に黒い竜が居るタイミングで、動きだけ止めれば良い。そうすれば、後の始末はがしてくれるはずだ。

 

 黒い竜に一人絡まれてイライラしてただろうが。


 そう思ったから、どこかに当たれば縫いとめれば確実に足止めになる玩具バンカーランチャーを選択した。


 背後の脅威は拭われただろう―――俺は振り返らず、目の前の竜へと弾丸を放つ。

 正確に単眼を撃ちぬかれた竜が、赤い花になって目の前で次々と倒れていく――。


 その騒がしい音に混じって、背後から、太刀を収める音と、溜め息の混じった声が聞こえてきた。


「……動きっぱなしで、流石に疲れたよ。30秒休ませろ」

「好きにしろ。なんなら、片付くまで休んでても良い」


 点射。空転管理。レーダーでの位置把握。視界内に迫る竜を入れ続け、対処する順番は合理的に―――特に何を考えるでもなく、俺は迫る竜に対処し、背後の声と言葉を交わした。


「言うねぇ……。あんた、なんで戻ってきたんだ?」

「用事が出来たからな」

「自分の女より竜退治、かい?流石、英雄」

「かなり待たせてるんだ。手柄一つ位、もって帰りたいだろ。それに、礼も言えずに恩人に死なれたら気分が悪い」

「はあ……。義理堅い話だね」


 煮え切らないような、呆れたような、そんな声が背後から届く。

 ……これだから、こいつも見たくない顔に数えたんだ。どうも、なり過ぎた。

 だが、それはそれだ。こいつが恩人である、と言う事実には一切変わりはない。

 

「礼だけ、言っときたかったんだ。俺のこと避けてただろ?世話になった」

「………それで全部はい、おしまい、ってか?」


 若干、苛立ったような声が背後から聞こえてきた。迫る竜を始末しながら、俺は溜め息をつきたい気分になった。


「他に、俺にどうしろって言うんだ?要望があるなら聞く」


 俺がそう言った途端、背後で、すらりと言う音が響く。太刀を抜いたらしい。

 背中で女が刃物を持っている。

 なんというかずいぶん………英雄らしい死に方が待ってそうなシチュエーションだ。正直、目の前のトカゲよりそっちの方が遥かに怖い。まったく、死に方ばっかり英雄だな。素晴らしい人生だ、反吐が出る。

 そんな冗談を思い浮かべた俺の横を――が駆け抜けた。


 紅地に金刺繍。見慣れたオニの女は、その手に太刀を持ち、迫ってくるトカゲ達へと正面から駆けていき………刃を躍らせる。

 ついさっき俺がやった無様な抜刀とは比べ物にならない。恐ろしく速く、恐ろしく鋭く……舞踏の様に美しい剣戟。


 幾つも、首が落ちる―――瞬く間、だ。迫って来ていた竜のことごとくを一瞬で切り殺した末に、オニの女――扇奈は死に化粧返り血を頬に振り返り、鋭い視線を、その太刀の切っ先を、俺へと向けた。


 と思えば、扇奈はすぐに、顔に笑みを浮かべ、太刀を下ろす。


「……馬鹿らしいね、」


 嘲るように、ヒトを小ばかにするような、……自嘲も混じっているだろうそれを浮べた末に、扇奈は言った。


「……なに、本気にしてんのさ、クソガキ。あたしは、からかっただけだよ?」


 それは、今この瞬間の話か?それとも、これまで全部まとめてって話か。

 ……どっちにしろ、扇奈ものは止めにするつもりらしい。


「それで全部はい、おしまい……か?」


 さっき聞いた言い回しをそのまま真似た俺を前に、扇奈は肩を竦め、からかうように目を細める。


「人のもんにいつまでも執着なんてしないよ。……鞍替えするってんなら話は別だ」

「いや。俺は用事が済んだら帝国に帰る」


 即答した俺に、扇奈は呆れたのか諦めたのか、そんな表情を浮かべた。


「そうかい。なら、さっさと用事済ませて、………さっさと帰ってやんな」


 それから、扇奈は軽く頭を掻き、……ポツリと付け足す。


「あたしも、そっちのが楽なんだよ。全部こっちの事情さ」


 ……………。

「……世話になったな」

「違う、鋼也。………用事が済むまでこの辺いるんだろ。なら?」

「……もう暫く、世話になる」


 言い換えた俺を前に、扇奈は満足げに笑った。


「それで良いんだよ、………クソガキ、」


 そう扇奈は笑って、部下のところへ――他の竜を始末しに駆けて行く。


 良い女……か。自分で言うくらいのことはある。なんとも……世話になってるし、迷惑も掛けてる。


 見捨てる選択肢を取らないで良かった。派手な背中を見て、俺は今更そんな事を思いながら………。


 ――ガトリングガンの銃口を、竜へと向けた。

 ……まったく。俺は、戦場で何してるんだかな。



 *



 俺が居て、扇奈が居て、そして、黒い竜はもう居ない。

 幾ら雑魚トカゲが無限に現れようと、扇奈の部隊が包囲を突破するのに時間は掛からなかった。


 多種族同盟連合軍基地へと向かいながら、その道中、簡単に状況の共有を行う。


 分断して各個撃破。機動力のある戦力を方々で足止めしたと同時に、竜の本隊が拠点を襲っている―――扇奈の予測も、それだった。


 将羅の最後の通信で、逃げろと言っていた、とも伝えたが……それで逃げようって気になる奴はこの部隊にはいなかったらしい。


 泥の中闇夜を駆け、軽口を延々垂れながら行動は早く。


 間もなく、俺達は多種族同盟連合軍基地に―――竜に吞まれたその場所を、目にした。



 *



 郷愁に雑多な利便性が詰め込まれた、もう見慣れたその基地の方々に、あるいはそこら中に、が居た―――。


 大群だ。パッと見、千………いやそれ以上の竜が、オニを踏みしめ基地を踏みしめ、ただただ濁流の様に前へ前へと進んでいく―――。


「手間取り過ぎたか……」


 思わず、俺はそう呟いていた。目の前にある光景は、それだけ明確で、見慣れただった。

 けれど、その俺の言葉を、扇奈がすぐに否定する。


「そんなやわじゃねえだろ」


 そう言って扇奈は指差す。竜に吞まれた基地。その丁度反対側―――天守閣の根元辺りで閃光がいくつか瞬き、ばたばたとトカゲが倒れていくのが見える。


 ……抗っている奴がいるらしい。向こう側半分はまだまだ建物の破損も少ない。

 基地を半分、捨てたのだろうか。

 ぎりぎり間に合う分の防衛線を、基地の中心近くに敷いて、その先に竜を踏み込ませないようにしているようだ。


 ……まだ、生きてる奴がいる。間にあわなかったって訳じゃないらしい。なら……いや、どちらにしろ。


「で、鋼也。どうする気だい?」


 問いかけてきた扇奈に、複合火器それぞれの残弾を確認しながら、俺は即応えた。


「俺は突っ込む。引っかき回して生き残りを支援する。お前らはお前らで、賢く動いてくれ。その方が良いだろ?」


 扇奈は状況が見える、指揮官クラスの能力がある人間だ。他人を使う事が出来る。使い捨ての兵士の延長線上に居るだけの俺とは、出来ることの質が違う。


 状況を見て、各自、最善の選択を―――この状況で見えている最善は、俺と扇奈では違うだろう。


「そうだな……」


 思案顔で呟いた扇奈の横で、俺は残弾のチェックを追え、基地―――目の前の戦場へと歩き出した。

 と、その背に、扇奈が声を投げてくる。


「鋼也」

「……死ぬのは無し、か?」

「ああ。やたら女泣かすもんじゃないよ?……桜の話な」

「わかってる。念を押すな。……未練でもあるのか?」

「背中に気をつけなよ、鋼也。戦場よりそっちの方が怖いかもねぇ」

 それはまったく同感だ。


 揶揄し嘲り……からかう様にそう言った扇奈を背後に、俺は肩を竦めた。

 ……とにかく、だ。


「平和な人生が欲しい、」


 心の底からそんな事を呟いて、俺は喜々として………トカゲの群れへと飛び込んでいった。



 *



 意気揚々と―――ずいぶん調子よさげな黒い、歪な鎧が、戦場へと飛び込んでいく。

 それを見送り、扇奈は頭を掻いた。


「まったく……」


 あの馬鹿も漸く吹っ切れたらしい。なら、それに越したことはない。

 基地の惨状を見る限り、少しでも戦力が欲しい状況だって事は確かだ。


 扇奈個人としても……なんとなく、完全に憑きモノが落ちたような気分でもある。

 軽く話したら存外すっきりした。それだけだ。


 と、そんな扇奈の横で、基地の向こう側を仰ぎ見ながら、部下の一人が声を投げてきた。


「あの位置に防衛線、って事は、酒は無事っすね、姐さん」

「そいつは朗報だ。もろもろ疲れたし、丁度一杯やりたくてねぇ………けどま、その前にお仕事だ」


 そんな事を呟いて、扇奈は戦場から視線を離し………すぐ隣の夜闇の中に視線を向けた。

 いつの間にやら、そこにオニが一人佇んでいた。闇夜に溶けるような、真っ黒な装束のオニ。


 将羅ジジイの子飼いの一人だ。扇奈が戻ってくると読んで……いや、あるいは、そう、伝令を一人置いておいたのだろう。


「ジジイからの指示は?」

「最善を尽くせ、と」

「……投げやがったのか、ジジイ」


 もしくは、詳細に指示を下せないほどに、余裕のない状況だった、と言う事か。

 同時に、扇奈の判断を尊重する、と言う……信頼なのか期待なのか。


 とにかく、判断するのは扇奈らしい。


 戦場を見る。

 一見、トカゲが基地に入り込んでむちゃくちゃなようだが、存外防衛線は安定している。

 そもそも、だ。、だ。入り込まれてもそう易々と落ちないよう、施設の位置やら何もかもが計算されている。


 無限には、もたないだろう。だが、ある程度はもつ。

 混乱の外に、扇奈が居る。この状況で扇奈がするべき最善は?


 ……兵法の基本だ。戦力の結集。頭数ほど重要な要素はない。だから、竜が脅威になっている。


 もろもろ考えた末、扇奈は黒装束に言った。


「………前線で孤立してる各部隊の位置は?把握してるかい?」

「はい」

「じゃあ全部教えな」


 黒装束は即座に羅列しだす。それを聞き、記憶していき、同時に戦力としてまだ生きている可能性が高い分と、距離的に集めるのが可能な位置かどうかを判断していきながら………さらに、別のことまでも同時に、錆の落ちた女は考える。


 やることは、それこそ、鋼也が前大規模戦で、戦域4-4でやったことと同じだ。それの規模も何も拡大したような、行動。


 扇奈は、笑う。


「賢く、ねえ………」


 その結果、やることは馬鹿の真似だ。まあ、……悪い気分じゃない。

 錆の落ちきった女は、戦場の片隅で、嗤っていた。

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