自分が歩むべき道の先は

もりもりもりっち

第1話 気が付いたらTS転生してた自分



 本当に人生ってのは、何時なにが起こるのか分からない。



「うむむ……」



 そう考えさせられる事が自分の身に起きればうなりたくもなる。

 今の体はプラチナブロンドといわれる金色のさらさらとした美しい髪に、ぱっちりとした可愛い目元にサファイアの様に綺麗な瞳、ハッキリとした鼻筋に加えてぷっくりとして形の良い唇、黄金比と言って良い位にバランス良く理想的な形が配置された将来は美人となるのが約束された幼児の姿。



「はぁ……」



 目の前に映る麗しの幼児の姿は本当に将来が楽しみになる程に、美というものを詰め込んだ容姿をしており本当ならば、美しさに見とれての溜息は出ても憂鬱さを出しているものは出るはずが無い。

 ないのだが、そんなため息も吐きたくなろうという現実が自分には襲いかかっていた。



「車に轢かれて死んだら、性転換して幼女に転生してました、とかなにさ……」



 シンシア・ヒューリエ・ユニ・バルデシオ、御歳6歳にしてリンガイア王国筆頭公爵家であるバルデシオ公爵令嬢。

 それが今の自分の名前と年齢に身分だ。なんと前世で平民と言える立場から一気に貴族、それも最上位にいる人間に生まれ変わるとかプレッシャーが凄い。


 このファージアと呼ばれる異世界に現代日本から転生した事を自覚したというか、自分の意識が浮上し始めたのは3歳ごろだったと思う。

 その後から前世と言える30代の日本人男性だった記憶が徐々に戻り始めて行き、つい先日に6歳の誕生日を迎えた時に全てを思い出したという訳である。

 まあゆっくりと記憶が戻ってくれたし前世の人格と言えるものは戻らなかったので、恐らくは今の自分と前世の彼が上手いこと混ざり合ったのだろうと、オタクと言われていた前世の己の知識から持ってきて考えていた。



「さてっと、前世で良く読んだ異世界ものなら定番と言えるのは……」



 まあ性転換して女になってしまったものの、異世界転生というのを現実に経験して心が躍らない筈はない。

 この世界には魔法があり剣などもあるが、中世から近代辺りの世界なのか魔石を利用した蒸気機関などが存在しているので、色々と勉強してみたいという欲求が浮かんでくる。


 だけどこういう時に定番のNAISEIとかしてみたい!なんて思いながら、机の上にある我が家の書庫からメイドさんに手伝って貰って持ち出して来た本を開くと、己の目がハイライトを失っているのではないか? と思う位にテンションが下がっていく。



「農業も工業も魔法があるから色々と進んでんな……」



 読んでいるのはこの国の主要な産業や物品が網羅された本であり、農業や畜産関係等が書かれた本もあるのだけど進んでいく毎に、自分の知識が生かせる様な物はないと分かっていく。

 なにしろ合成ゴムに加えて化学繊維なども普通にあるのだ、自分が着用している下着類にもそれらの技術が使われていると分かるしね。後は農業も連作障害といった障害についても魔法を使うものと使わないもので完全に対策が確立されているから全く問題ない。


 むしろ前世日本より進んでいるのではないかと思わされる面が多い、都市部のインフラも魔法を使って上下水道が整備されていてスラム街であっても衛生面は問題なく、治水に関しても堤防や水路に水門などで行われている。

 更には金属加工については大規模な加工工場が整備されていて、そこから出る有害物質に関しても魔法と科学技術を合わせて行う事で浄化する技術を百年前には確立しているので、大気汚染も水質汚染もとっくに過去のものとなっているのが特に目についた。



「輸送に関しても鉄道網が30年前から本格的に整備されてる」



 今世の自分が生まれたリンガイア王国は、前世の地球の一つの国家であるオーストラリア大陸を2回りほど大きくしたような地形をしている。

 気候は全ての地域で温暖であり川や湖が豊富で肥沃な大地に恵まれているけど、各地を繋ぐ鉄道インフラが30年ほど前から本格的に整備され始めていて流通も充実しているのだけど、自動車やそれに類する乗り物はないけどサスペンションを含めた関連する部品はあるので、いずれは誕生するのは間違いないだろう。


 結論、自分がNAISEIチート出来る様な余地が全く見当たらないというか、今は見つからないといった方が正しいかという状態だった。







 そんな感じに転生した自分の状況を確認したのが3年前になり、今は9歳となった。

 やはりというべきか今の自分はすんごい美少女になるのが良く分かる顔立ちになり、女の子としての体つきとなるにはまだまだ時間がかかろうというのが分かるけれど、スタイルも良くなる可能性を示唆する様な性徴が見られるので、今までの通りに気を付けて生活しないといけないだろう。


 なんて考えている自分が何をしているのかと言えば。



「お嬢様!そこで顔を俯かせないでください!足元を見ずにステップを踏む事!」


「は、はいぃ!」



 ヒィヒィ言いながら夜会等で必須技能であるダンスのお稽古中で、あまりにも厳しいので現実逃避したいからだ。

 教えてくれるのは普通ならば家庭教師が来るのだろうが、バルデシオ公爵家の家令であるレディン・デュオシムによって厳しく鍛えられている。


 兄が2人と姉が1人という貴族にしては子沢山なバルデシオ公爵家だけど、他の勉強に関しては家庭教師がやってくるが何故かダンスに関してだけはレディンが私達に教えているというのが気にはなる。

 まあ全員が彼によって厳しく鍛えられたと聞くし、この前にレディンがお兄様達を連れてこようとしたら彼らは本気で逃げ出したので、私にされているのと同等かそれ以上の稽古を受けているのだと察せられるのは当然だった。



「返事ははいと一度だけ!」


「はいっ!」


「よろしい!この手拍子に合わせてステップを繰り返して腕の振りを繰り返して下さい!」


「はい!分かりました」



 確か今年で44歳になるとか言っていた彼、白髪が少々混じった黒い髪をオールバックにして切れ長の鋭い瞳と、冷淡とか冷酷とか付きそうな眉目秀麗なロマンスグレーといえる紳士だ。

 前世で彼に出会っていた場合、間違いなく目標としていたと言えるほどの初老に差しかかったイケメンで普段の態度も紳士の中の紳士と言って良いお人なのだが、ダンスの訓練では一切手を抜かずお嬢様だろうとお坊ちゃまだろうと厳しくブートキャンプの如き訓練となる。


 ダンスのお稽古が始まって既に1時間が経過していて、そろそろ終わるだろうかという時間になるけれど、ここで気を抜いたらお稽古の時間が延長となる事もあるので油断はできない。



「ここまで!」


「お、おわったぁぁ……」


「本日のお稽古は終了です、お疲れさまでしたお嬢様」


「はぁい……」



 前世ではとんと縁の無かった社交ダンスだけど、やってみると意外に面白くてレディンの教えに必死で食らい付いて行こうというやる気にもなるんだけど、厳しいのは勘弁してぇ、と言いたくはなる。



「お嬢様、レモン水をお飲みになって下さい」


「ありがとう、ジェシカ」



 汗をかいてフラフラと近くにある椅子に座った私に専属侍女の【ジェシカ・ラベール】が、スライスされたレモンを浮かべて心地良い冷たさのレモン水が入ったグラスを手渡してくる。

 ジェシカは5歳年上で去年から私専属のメイドとなった女の子なのだけど、ジェシカとレディンは共にバルデシオ公爵家に代々仕え続けてきた使用人の家系という共通点がある、我が家は国防の特に海軍関係の機密情報を扱う事が多いという関係で専属の家が当主や家族に仕える事になっているのだと思う。

 なにしろ今のリンガイア王国のある大陸は統一されていて、敵に武力で攻められるとしたら海からしかないのだから必然的に海軍が重要視されるのは当たり前というべきだ。


 ただジェシカはたまに私を危ない目というか、なんか貞操の危機を感じる色というか艶を含んで見つめて来るのは気のせいだろうかと思いたくはなる。



「ぷはっ、ご馳走さま~!」


「はしたないですぞ…… お嬢様」


「あぅぅ…… ち、ちょっとくらい良いかなって思って」


「我々しか見ておりませんでしたから良いのですが、他人の前でそんな事をしてはいけませんぞ?」


「はぁい」



 1時間もの間ずっと動き続けていた為に、体は水分を激しく求めていてついつい水を勢いよく飲んでしまうのだが、貴族のご令嬢のマナーとしては失格なのだというのは当たり前だった。

 幾らリンガイア王国は男尊女卑も女尊男卑の思想などが無いと言っても、貴族としての令息や令嬢のマナーやルールに関してはうるさいのだ、他人の前では完璧なネコを被っておかないと付け入られるという面倒な状況は世界が変わっても、上流階級の間では当たり前に存在している事なのだと理解させられる。


 平民の間でもかなり面倒なルールがあると他のメイド達から聞いているので、前世の事を考えれば人間って奴の面倒さは変わらないのかもしれないと考え直していたりはする。



「ジェシカ、この後のお嬢様の予定は任せたぞ」


「はい、心得ております」



 この後は何かあったっけ? と考えていたけど、お昼御飯の時間を挟んだらすぐに歴史とかの勉強の予定が詰まっていた事を思い出した。

 だけど前世の地球とは全然違う歴史を歩んできた世界の事は、本当に興味深くていつも家庭教師の先生に質問ばかりしてしまってついつい時間をオーバーしてしまう事が多く、学習意欲が旺盛なのは構わないが予定を守ってほしいとレディン達に怒られるのが日課になってしまっているので、ジェシカに確認するように問いかけているのだと分かってしまう。


 そんな事を考えながら、転生してからの日常が穏やかに過ぎて行く、そろそろ侯爵令嬢としての社交もお兄様やお姉様達に付き添われてこなさないといけないと考えながら、転生した自分がやれる事がなんなのか、答えの出ない事に頭を悩ませながらも今は自分を磨くのが大事と思うのだった。


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