第33話

「陛下、オーウェン王子より報告書が届いています」

「うむ」


 ここはアルトの父である、カインド・ディオング・ミルフェルトの執務室。

 近衛兵から手渡されたのは、開拓町で働く息子のオーウェン・ディオング・ミルフェルト第1王子からの報告書だ。


 そのオーウェンの町での仕事は多岐にあり、アルトの補佐から各作業指示に、建築物の図面と開拓の企画を担当と言った所だ。

 初めは決済もアルトと同じくやっていたが、仕事が回らず外れることになった。


 また、その時のアルトの顔は一日中暗かったらしいが……。


「ふむ……またか……」


 カインドは報告書を読むにつれ、その表情は優れない。

 そこには開拓町の様子から、ある人物の内情が書かれている。

 そしてカインドは報告書を読み終わり、深い溜め息をつく。

 そして、心の中では


 どうなっているのだ?


 と一言を思い、机にある呼鈴を鳴らした。

 直ぐ様執務室のドアがノックされ、カインドは「入れ」と言い、入ってきた執事に対し


「2日後、アルトの所に視察に行ってくる」


 と告げる。

 執事も「はっ、御準備を致します」とそれだけで退出していった。

 その後に扉越しに「宰相のローザ王妃入ります!」と、言われ「うむ」と返事。


「陛下?オーウェンからの報告書が届いたと連絡があったのですが?」


 オーウェンから届いた報告書はローザにも連絡が行くようになっているので、気になりこうしてカインドの執務室にやって来たみたいだ。


 それが分かったカインドはローザに報告書を渡し、呼鈴を鳴らす。

 再度入室してきた執事に二人の紅茶を頼み、二人は執務室にあるソファーに対面するように座る。


 どうやらローザは読むにつれ、表情は固くなっている。

 紅茶の用意が終わり、二人の前にお茶菓子と共に出された頃。


「どうだ、ローザ」


 とカインドから話しかける。


「全く持って、謎が深まる一方ですわ……」

「だよな……」


 二人はそう言って天井を見つめ


「2日後、アルトの所に行ってくる」

「ええ、そうした方が良いでしょう。早いに越したことはありませんわ」


 宰相のローザからも了承を得、本格的にアルトの領地の視察が決定した。




「で、どのような人選で行かれるのですか?」

「そうだな、セルゲと騎士団の一部だな、馬車は15台で人数は……騎士団が45名、俺とセルゲ入れて47名だな」


 馬車1台辺り3名の騎士で、アルトの町へ行くみたいで、カインドは自信たっぷりにそう言う。


「それでは足りません。人数はそれで宜しいでしょうが、馬車は20かと」


 人数はそのままで馬車の台数を増やせば、1台辺りの人数もとうぜんへってしまう。


「20!いや、それでは馬車の護衛が追い付かなくなる!それなら騎士団は60名は居るぞ」


 そうなれば、馬車が何かあった際に取り返しがつかなくなるので、カインドは騎士団の人数を増やす。


「……仕方ありませんわね……ですが、余り騎士団を使うと、演習や訓練に支障が出ます。……やはり、58名で大丈夫じゃないかしら?」


 騎士団は普段鍛練や、連携強化の訓練を常日頃から行っている。

 だが、視察をするためには騎士団も連れていかなくてはならなくなり、当然訓練もその間ついていく騎士は出来なくなる。

 それを宰相のローザは心配していた。


「なっ!それは俺やセルゲも馬車の人数に入ってしまうではないか!」

「何か?」

「っつ!……何でもない……その人数で向かおう」


 どうやらこの交渉はローザが勝ったようだ。

 オーウェンからの報告書に、急なカインドの視察。

 何かアルトが納める領地で何かあったらしい。と、家臣一同心配をする。



 ◇◇◇


「アルト、今日の朝一に父上に報告書を上げておいたぞ」


 そう言ってきたのはオーウェンだ。

 オーウェンは朝一に昨日の夜まとめた報告書を使いの者に渡し、王城に居る父上に提出したみたいだ。


「えっ?報告書ですか?」


 だが、何か報告が必要なことが在ったか?とアルトは悩む。


「父上の事だから、直ぐに視察に来ると思うぞ?」


 それはオーウェンの悪い顔を見たアルトは、1人嫌な予感がし、そのままオーウェンは去っていく。


「報告書……一体、何が書いてあったんだ?」


 と、オーウェンが去ったあと1人呟くアルトだった。

 その後のアルトは立入禁止エリアにその姿はあった。


 そこで働く奴隷達とどうやら話しているみたいで、もし、回りに人が居りその光景を見たら、誰もがこう言うだろう。


「領主と奴隷達が、悪い顔でお互いに不気味な笑いをしていたと」



 ◇◇◇


 それから2日が経ち、アルトの元にカインドが視察に来た。


「アルト、やってくれたみたいだな。しっかりとオーウェンから報告書が上がってきている」


 ここは領主ビルの接待室だ。

 その接待室にはアルトやカインドの他にも、報告書を上げたオーウェンの姿だけではなく、シャルラの姿もあり、カインドはこの部屋で他に近衛兵を数名待機させている。


「父上……いえ、陛下、私には何の事かさっぱり分かりません……」


 結局、オーウェンが上げた報告書の内容は分からずじまい。

 アルトはただ何の事があって、このようなことになったのか分かっていない。


「なに?シラを切るつもりか?」


 カインドのその表情は、今までに見たこともないような表情で、アルトは背筋に冷や汗をかく。


「では、オーウェンが上げた報告書を見てみろ」


 カインドはそ言うと、懐から一通の報告書を出し、アルトに手渡す。

 アルトもアルトで、若干手が震え、緊張しその報告書を受け、読んでいく。


 次第に、アルトにもその内容が分かる。


 報告書に書いてあった内容は、農作物の販売状況に建築の進みよう。

 先日面接を行い、入った者に対しての報告に、アルトがこの町をより良くするために、新たに開発した物たち。


 それは普通の報告書だった。

 あんなに緊張し確認した報告書だったが、普通の報告書にアルトは更に意味が分からなくなる。


 何だ!暗号か?……もしや、縦読み……違うな…何でもない報告書に見えるが……。


「どうだ。その報告書に偽りはないな?」


 報告書を何度も読み直している所で、カインドから声をかけられた。


「はい……間違いはありませんが……?」


 本当に何なんだ?全く話が見えないんだが……。


「なら、どうなっておる?」


 アルトはカインドが聞いてくる内容が分からず、報告書に目をやる。

 それを見て、追加で書かれてない内容を報告する。


「はい?えっと……あぁ、農耕地では、地領と比べ作物の収穫する日数が4分の1と言う……」

「そこではない!何を言っているのだアルト?」


 ち、違ったようだ……なら、この前の人事の事だろうか?


「えっ?違いましたか、申し訳ございません!ええっと……今回の新規で雇った職員ですが、己の職業やスキルに見あった人選配置をし、今までにない効率が……」


 そう、今度雇った新人たちは適材適所で使い、作業効率が伸びまくっていることか?


「そこでもないぞ!大丈夫かアルト?私が聞いておるのは、生活家電の最新設備だぞ?報告書には温水便座にトイレットペーパーに芳香剤なる品だ!実際に使った感想も書いているではないか?どれだ!その物は!直ぐに購入し、王城に設置するのだ!」

「そこかよ!」


 暇してんな!マジかよ!めっちゃビビって損したわ!

 あー……なんか、どうでも良くなったわ……。

 俺、物凄く忙しいんだけど?

 仕事溜めてここに来たんだけど?

 何?オーウェン兄様、こうなるの分かってたのか?


 オーウェンをアルトが、見るがどうやら首を傾げている。


「父上?農耕地の件で来たのではないでしょうか?」


 どうやらオーウェンは農耕地の件でカインドが来たと思ったってことだよな?


「いや、違うぞ?」


 いや、そう真顔で答えなくっても……。


「ええっと……」


 流石に、オーウェンも困り顔で俺を見てくるが、正直困ると言うものだ。


「父上?何故に温水便座にトイレットペーパーに興味が?」


 ので、直接聞いてみた。


「お前らな……このビルがどんだけ、すごい生活が出来ているか知っているか?えぇ?知っているか?」

「ここの設備は確かに便利ではありますね、ですが……」

「クーラーや暖房にコタツに扇風機……冷蔵庫に冷凍庫……電気コンロに水道……言えばキリがない。ほら、この照明もそうだ……それに引き換え王城ではこの中の一部しか無いのだぞ?一度でもここに泊まれば、もとの生活が嫌になるほど辛いんだぞ?」


 それは仕方がない、俺は前世の記憶もあって常日頃から不便であったから。

 だから、神書の力を借りてここまで再現できたのだ。


「……まぁ、それは分からないでもないですが……」


 だが、父上が欲しがる温水便座だが、残念ながら今すぐには取り付けすることが出来ないのが残念である。

 まず、王城には水道が通ってないし、発電機は作って置いたが、残念なことに電力が足りない。

 その事を申し訳なさそうに伝えると、酷く落ち込んだ状態になった。


「そこをどうにか出来ぬのか?水道を通したり、ここみたいな発電所を建てたりとか……」

「かなりの予算が掛かる上に、こちらの開発がかなり遅れますが?それは宜しいので?」


 それを言うと、流石に父上も諦めた様子だ。

 激しく落ち込んだが……。

 流石に可愛そうなので


「温水便座は無理ですが……ただの便座なら付けれます。それならば今のトイレと入れ替えるだけですから」


 本当に何しに来たんだ?

 視察って……開発品の視察かよ……町じゃなく……。


「便座……とな?」

「はい、温水は出ませんが、今のトイレよりは遥かに便利でございます。それなら、トイレットペーパーも芳香剤も使え、便座の冷たさ防止のための、便座カバーも付けることは可能です……それなら、職人が二人から三人位の出張で行けますから」


 まぁ、問題はそれにも水が必要だけど、職人が開発した魔道具なら問題も解決するだろう。


「……見本はあるか?温水便座もだが、それに他のトイレットペーパーや芳香剤も見てみたい」


 見本と言われても、水道から水を引っ張ってくる訳じゃないから……まぁ、いいか。

 それならこの領主ビルの一階にあるトイレがそうだし。


「分かりました。では……オーウェン兄様、後は頼んでも宜しいでしょうか?」

「何?アルトは行かないのか?」

「すみません、行きたいのも山々ですが、クナイが緊急で呼んでいるもので、そちらに向かいます」

「それは心配だ。分かった、任せてくれ。」


 そうだな、残念だな。

 行きたかったのに、クナイが呼んでいるし仕方がないよな?



 ◇◇◇


「で、主様はここに来たと」

「そうだ。前に言っていた裏ダンジョンにはどうやったら行けるんだ?」

「あのですね、主様。主様みたいに八つ当たりや、ストレス発散のために裏ダンジョンにいく人居ないですよ?普通……」


 そう言って、ダンジョンマスターでダンジョン妖精のNo.971事クナイは、ダンジョンコアがある方に飛んでいく。

 俺もその後に着いていき


「そもそもずるいです主様……」

「何がずるいんだ?」


 クナイはふくれているように飛んでいき、俺がそう返事をすると、こちらを向き両腕を組む格好になる。

 何やら怒っている様子だが、背丈も20㎝あるかないかの妖精が、そうやっていても可愛く思えてしまい、プッと笑いを吹き出す。


「主様!わたしは怒っているのですよ?」

「あー、すまない、すまない。クナイどうしたんだ?」


 確かに従魔になり、お互いがフランクに話せるようになっていたが、相手が怒っているところに笑うとは失礼だったかもしれないと、気を取り直す。


「ここはダンジョン。しかも、再奥のコアルーム。つまりダンジョンにとっては心臓部。そんな大事な場所に、ポンポン転移出来る能力が有り得ないわ……」


 なるほど、確かにそれは謝らないとな。

 来ることは伝え転移してきたが、確かにここはダンジョンの心臓部。

 もし、俺がクナイの立場なら嫌だろうな……


「あー、それはすまん。次からは正規のやり方で来ようか?」

「むーっ……それは嫌……このままでいいです……」


 俺が正規のやり方……このダンジョンの場合、他のエリアに行き再奥の転移魔石に全て魔力を通す事で、11階層のコアルームがあるところに来れ、更にコアルームを守る魔物を倒す必要がある。

 少し面倒だが、それがコアルームに来れる正規のやり方だ。が、クナイは落ち込んだように、このまま転移で来ても良いと言うが。


 ……ふむ、分からん。

 良いのか悪いのか、結局どっちだ?


「……主様、裏ダンジョンはこのコアに一定量の魔力を流すと、転移階層が出てくるわ……選べる階層は、ダンジョンの入り口と裏ダンジョンの1階よ。裏ダンジョンは通常のダンジョンよりも強い、魔物が出るわ。その魔物はわたし以外が来ると襲ってくるから気を付け……って、必要ないか……あの、スパローとゴブリンやコボルトに数多くの魔物を従える主様ですものね……そうね……」

「大丈夫か?とりあえず、魔力を流すんだな?」

「もう……そうよ。流すだけよ」


 徐々に魔力を流すと、少ない魔力で入口に戻る選択肢が脳内に浮かんできたが、俺が目指すのは、裏ダンジョンと呼ばれるエリアだ。

 クナイが自慢気に、その存在を教えてくれたので、これを気に行ってみようと思う。

 で、引き続き魔力を流していくと、大体初級の魔法が10発は打てるかどうかの魔力を使い、裏ダンジョンへの選択肢が増えた。


「出たな。じゃあ、クナイ行ってくる」


 そうしてアルトはクナイが言う、裏ダンジョンへ転移していった。


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