第二百三十四話 不用意


 『馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 結界は消えた! なぜ魔力がこない! 柱はどうした!』


 地面に倒れてわなわなと手を空に伸ばし震わせるアウロラが、ついに焦ったように声を出して空に叫ぶ。だが、その声は虚しく響くだけだった。


 と、その時だ。


 

 ――ちゃーんちゃららら♪


 「あれ? ボクのスマホから? 誰だろ」


 ルルカがローブのポケットからスマホを取り出し通話ボタンを押すと、軽い声が聞こえてきた。


 『はぁーい! 破壊神でぇっす! あ、スピーカーにできる? カケルさんの通じなくなっちゃったから困ってたのよね』


 「あ、はい……ぽちっと……」


 結構干渉できるんじゃない? そんな訝しみをしながらルルカはスピーカーモードにすると、エアモルベーゼの声が聞こえてくる。


 『……アウロラ、あんたの柱は全て人間達の手で破壊されたわ』


 『なんだと……人間風情があれを壊せるわけが……それに近づけば魔力を吸われ続けるはずだぞ!』


 『あんたの最大の誤算は人間を侮ったこと。何の護衛もつけないで堂々とあんなものを置けば破壊されるに決まっているでしょうが。魔力が吸われる件はね、カケルさんと関わった人間には影響を与えにくいの』


 勝ち誇ったように言うエアモルベーゼに、いよいよ激高してアウロラが叫ぶ。


 『そんな訳があるか! 寿命 懸と関わったから何だと言うのだ!』


 『最初、カケルさんとウェスティリアが出会った切っ掛けは知っているかしら?』


 <まだ動くの? ミニレアちゃんしっかり押さえて>


 <んー!>


 <逃がしませんよ……!>


 生命の終焉を動かそうと体を動かすアウロラをカケルの体を使っているナルレアが押さえつけていた。もみ合いになりながら構わずに話を続けていた。


 『ぐぐ……当然だ、徐々に……マナが消えつつあるから全ての魔王を説得してことを解決しようと――』


 そこでハッとアウロラが何かに気づき口ごもると、代わりにエアモルベーゼが真面目な口調で答える。


 『そう、マナが減っていることを解決しようと動いた。世界の動きは私にも見えるのよ? 間違いなくあなたが復活するための魔力を少しずつ集めていると思ったわ。だからカケルさんに『魔王のフェロモン』を隠してつけていたわ、会話程度でもすればあなたの影響を受けないために。そしてウェスティリアと出会い、さらに色々な人と出会った。柱はちょっとびっくりしたけど、意味はあったわね』


 「え!? ちょっと待って! エアモルベーゼ、あなたはあの男を唆してカケルさんと戦わせたじゃない。体を乗っ取るつもりだったって……」


 『え? そうだけど? 月島 影人に負けたらカケルさんは地上で活動するための私の器になる予定だったわよ? 勝ったからプランAに戻しただけだし?』


 「最低」


 芙蓉が驚き、さも嫌そうにトレーネが口を開く。


 『ま、世界のためを思えばね? ちなみに月島が勝ってたら芙蓉を攫って言うことを聞かせるつもりだったわ!』


 「根はやっぱり破壊神、ってことか……」


 グランツが顔を顰めて呟くと、アウロラが力任せに生命の終焉を引きはがしながら立ち上がる。


 『馬鹿にしてくれる……! し、しかし魔力が少ない……衣も纏えん上にこの程度の魔力では勝ち目がない。口惜しいが今は生かしておいてやろう。各地を巡り直接補給してくるとしよう』



 「逃げる! ……とか、この後に及んで焦ると思う!」


 『ふぎゃ!?』


浮かび上がろうとしたアウロラの足を芙蓉がすかさず掴み引きずり倒す! 顔からべしゃりとアウロラが落ちて呻く。


 『月島芙蓉ぉぉぉ! だがそんなチンケなダガーで殺せると思うな!』


 「それもさっきので承知済み! ルルカさん今! ナルレアさん!」


 「うん! ≪ハイヒール≫」


 <カケル様、起きてください!>


 『しまった……!』




 ◆ ◇ ◆






 「ナルレア……後五分……」


 「起きぬか馬鹿者!」


 ベコン!


 「おお!? なんだなんだ!?」


 俺は頭に衝撃を受けて眠かった眼をばっちり開ける。目の前にはスカートがめくれて破廉恥な女神と、同じく胸元が避けてポロリまであと一息という芙蓉が組み合っていた。


 「ありがとうございます!」


 「むう、何か良く分からんがむっとするぞ……」


 メリーヌが腰に手を当てて口を尖らせているが、一体何が……


 「って、生命の終焉が出てるのか!? ナルレア―!」


 <おはようございます! かくかくしかじかです!>


 「そうか魔力の吸収が抑えられたか。さて、その前に――」


 俺は勇者達の下へ急ぎ『還元の光』で一気に回復させる。


 「う、うう……か、カケル……? 僕は……」


 「どうやらそろそろ終わりのようだぞ」


 クロウが頭を振りながら体を起こし、フェルゼン師匠、バウムさん、ベアグラートにグリヘイド、そしてラヴィーネとティリアがむくりと体を起こす。


 「いてて……俺ぁいったい……」


 「くっ……女神はどうなった!?」


 「グルル……バウム。どうやら俺達が寝ている間に形勢が変わったようだ」


 フラフラと芙蓉が組み伏せているアウロラへ近づいていく勇者達。


 「ふむ、ニド達といい人間達は侮れんな」


 「いえ、皆さんがダメージを与えてくれていたので何とかなりました。それと、外の人達も頑張ったんだと思います」


 グランツがグリヘイドへ笑いながら言う中、ティリアとラヴィーネがアウロラへ話しかけていた。


 「どうやらここまでのようですね。世界を崩壊させてまで復讐するのは止めにしませんか?」


 「我等に力を与えてくれた者であるなら、その辺りの道理も弁えられるのではないかや?」


 するとルルカのスマホからエアモルベーゼの声が聞こえてきた! 繋がってるのかよ……


 『……ラヴィーネ、ダメよ。その女神には『人間の理屈』は通じない。倒すか倒されるか、それしかないの』


 『そうだな……さすがは私の半身とでも言おうか……世界は創り直せばいい。だが、私という存在はただ一つ。私が消えることは……許されないのだ……!』


 「え!?」


 ぐるん、とうつ伏せだった顔が芙蓉の方を向き芙蓉が驚愕すると、腕の関節もおかしな方向に曲げて芙蓉の両手を掴んだ!


 「芙蓉さん!」


 『元・光の勇者の魔力をいただく!』


 「あああ!?」


 『いけない!? 不老不死でも魔力が無くなったらしばらく活動できなくなる! カケルさん救出を!』


 「こいつ!?」


 青白い光を放ち叫ぶ芙蓉を助けるため、俺は寝そべっているアウロラの頭へ槍を突きたてる。だが、アウロラの首がまたも動き、なんと口で槍を受け止めてきた!?


 『ふん』


 バギン


 「槍が!?」


 「馬鹿な!? 宝具ではないとはいえかなり高性能な槍なのに!?」


 「いいから攻撃しろ、まずいぞ!」


 フェルゼン師匠とグリヘイドの剣と斧がアウロラの腕を斬り裂き芙蓉が解放され、俺が素早く抱きかかえると、アウロラがゆっくりと立ち上がる。そこへクロウが攻撃を仕掛けた!


 「まだ終わりじゃない≪暗黒の指≫!」


 『こうか? ≪光の指≫』


 バチバチバチ……!


 クロウの技に合わせて同じような技を繰り出し、相殺するアウロラ。クロウの顔が苦痛に歪む。


 「くぅ……! 師匠の技を……!」


 『闇と光は表裏一体。少年にある闇と風の力も取り込んでおくか』


 「!? ≪ブラックウイング≫!」


 ドン!


 クロウが何かを感じ取り、ゼロ距離で魔法を使いアウロラから距離を取った。


 「宝具の力全開でえ!」


 『宝具か……私の創ったもので倒せるとでも? 勿体ないが仕方ない≪破砕せよ≫』


 「マジか……!?」


 バウムさんの弓、師匠のガントレット、ティリアの水晶、ラヴィーネのロッド、グリヘイドの斧、ベアグラートの爪が音も無く崩れ去った。


 『破壊神の体でなければ勇者の力も取り込むのだがな……』


 「くっ……でも魔法はまだ!」


 ティリアが魔法を使うが、パキンと触れる直前で弾かれた!


 「神の衣……」


 『芙蓉の魔力をいただいたから復活ができた。さて、武器も破壊した、魔法は効かん。どうするかな?』


 にやあ、と嫌な笑みを浮かべて俺達を見渡すアウロラ……万事休すか……俺達が歯噛みしているとクロウが再びアウロラにかかっていく。


 「まだだ! さっきは壊せたんだ、壊れるまで僕がやる!」


 『死に急ぐか少年。だが、私にはありがたいこと……』


 クロウの力が取りこまれたら本当に太刀打ちできなくなる! 俺は意を決し、槍を捨てて腰の錆びついた剣を握る。無いよりはマシだろう。


 「下がってろクロウ! ナルレア、姉ちゃん、援護を頼む!」


 <もちろんよ!>


 <お任せを>


 生命の終焉がアウロラを襲撃し、両脇から掴もうと手を伸ばす。アウロラは無駄だとでも言いたいのか、無防備で立ちつくし、あっという間に胴体を拘束する。


 『そんな錆びた剣で私を倒せるとでも思っているのか? 次はお前の魔力をいただく! エアモルベーゼへ至る道は見えた、待っていろ』


 『……』


 マズイと思ったのか、エアモルベーゼは何も言わない。そんな会話がされている中、俺の錆びた剣がアウロラの肩へと振り下ろされた!


 『フッ……』


 鼻で笑うアウロラ。そりゃ宝具ですら壊されるんだからそうもなるだろう。弾かれたらゼロ距離で魔法をぶっ放すと決めていた。


 「でぇぇぇぇい!」


 一か八か! そう思った瞬間――



 ザクン……!


 

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