第二百三十三話 人間として
『お前は……』
「私はこの大聖堂を預かるユーティリア。話は全て聞きました、ここから出すわけには行きません」
『ほう、私を信仰するデヴァイン教の聖女ではないか。完全覚醒ではないとはいえ私を閉じ込めるとは、その力悪くない』
アウロラが空からユーティリアに向けてそんなことを言う。対するユーティリアは泡を出しているルルカに声をかけた。
「私が作った結界ならルルカさんの魔法を解除しても魔力が吸われることはないでしょう。破壊神をここから放つわけにはいきません……勝手なお願いで申し訳ありませんが、カケルさん達が動けるようになるまで私を守ってくれませんか?」
ユーティリアがリファやルルカ達にお願いをすると、一行は無言で頷きそれぞれ武器を構えてアウロラを睨む。するとアウロラはゆっくりと降下し――
『勇者や魔王が勝てなかった私を人間のお前達が止められるとでも?』
「やってみなければわからんじゃろ。この結界内なら魔力吸収はできまい……それに、ルルカの回復魔法でカケル達を復活させられては困るのじゃろう? だからカケル達を背に降りて来たのではないか?」
『……』
口元を歪ませメリーヌを見るアウロラの目は笑っていない。
「そういうこと。アニスとチャーさんは聖女様と下がってて」
「トレーネも下がってなさいよ……」
「私はルルカを援護する。へっくん行くよ」
「~!!」
弓を構えるエリンとトレーネの肩から降りて剣と盾を生成してカチンカチンと威嚇するへっくん。そして前衛にはグランツ、リファ、芙蓉が立つ。
「私とグランツさんで仕掛けるわ。リファさんは無理しないで。ルルカさん隙を見てお願い!」
「任せて! ちょっと頭がくらっとするけど」
『世に絶望した人間が勇者として無敵の強さを得、英雄として扱ってもらえたのは私のおかげなのに剣を向けるか芙蓉よ』
「それが女神の言うことか!」
ダン!
「おっと、合図無しで行っちゃう!? 援護するわ!」
「メリーヌさん、魔法もお願いします!」
芙蓉が全力で踏み込むと、エリンが矢でアウロラをグランツが後を追いながら後衛に指示を出す。すでに芙蓉は交戦に入っていた。
「はあ!」
『あくまでも抵抗するか。魔力が勿体ないが、お前達を倒してここから出るとしよう』
キィン!
光輝く槍を作り出し、片手で芙蓉のダガーを受けると、チラリと横を見るアウロラ。そこにはグランツが得意の大剣を水平に薙ぎ払う姿があった。
『お前は囮。本命は――』
「気づかれた!? でもこのままいく!」
グランツは剣を当てるふりをして角度を変え、ガードを誘うつもりだったがそれは看破され芙蓉の陰から出てきたリファに向けて魔法を放つ。
『苦しまず一瞬で消してやろう≪蒸発≫」
「――とみせかけて!」
『なに!?』
リファが攻撃を止め、前方へ飛び込むように転がっていった! アウロラがリファに気をとられた瞬間、顔面に炎の魔法が炸裂した!
『チッ』
「頑丈じゃのう!」
「メリーヌ師匠とは相性がいいからやりやすい。兄貴、芙蓉、今!」
「ルルカ、走って!」
「うん!」
特大の魔法を受けたアウロラは流石にバランスを崩し、鍔迫り合いになっていた芙蓉への力が逸れる。その瞬間、芙蓉がアウロラの首を狙う。その隙にアウロラの脇を抜けてカケルの元へ走るルルカ。
「貰った!」
『小娘が粋がるな!』
「そっちだけじゃないぞ!」
『雑魚共め! 散れ! ……ぐぬ!?』
ドゴォン! ザシュ! ズブシュ!
「きゃあ!」
「リファさん! くあ!?」
芙蓉が右に回り込んで首を、グランツが左肩から袈裟がけにバッサリ斬り裂くも、アウロラは槍を振るって二人を弾き飛ばす。
だが、グランツが叫びリファが攻撃の終わりを狙う!
「ああ! ”剣舞”」
高速でリファの長剣が無防備になったアウロラの体を網目状に斬りつけていくと、アウロラはそれを嫌がって光り輝く槍を消し、剣を素手で掴んでリファの剣技を止めた。
「素手でだと!」
『見た目は派手だがこれくらいで私は倒せん。そこだ!』
ガキィン!
「流石に二回目は無理か……!」
リファの剣を掴んだままメリーヌの魔法を弾き飛ばし、その手を手刀へ変えてリファの胸元へ伸ばす。
ボギン……
「くっ!?」
「させないわ! リファ、剣を一旦捨てて!」
「! 分かった!」
ブン!
リファの鎧にヒビが入った瞬間、芙蓉の体当たりでリファへの攻撃が逸れてリファはアウロラを蹴飛ばして間合いを離す。
『おのれ……芙蓉!』
「そんな攻撃が!」
ゴキ、ゴキン
無理な体勢からの攻撃を回避しようとする芙蓉。だが、アウロラは有り得ない角度に関節を曲げて芙蓉の肩に手刀を刺す!
「きゃああ!?」
『次はお前だ!』
「!? まずい!?」
アウロラが手を翳した方向を見てグランツが慌てて走る。その先には――
「カケルさん、しっかりして! ≪ヒー……≫」
ゾブリ……
「ぐあ!?」
「きゃあ!?」
ルルカがヒールをかけようとした瞬間、アウロラの光の槍が、咄嗟に出たグランツの左手を貫き、ルルカの肩に刺さり消えた。
「くうう……」
『頭を狙ったのに余計な邪魔を……しかし、その怪我では集中して魔法は使えまい』
肩を抑えている芙蓉を無視してルルカの元へ移動するアウロラ。それにエリンとメリーヌが反応する。
「グランツ! 『凶風の矢』!」
「いかん! トレーネ! アウロラを止めるぞ!」
「うん! ……行け! へっくん!」
むんず、と剣と盾を構えたへっくんをトレーネが掴んでアウロラへ投げた!
「~!? ~!?」
さらにエリンが放った凶風の矢の風に乗り、へっくんはとんでもないスピードでアウロラの後頭部に突き刺さった! ちなみに必殺の矢は肩に刺さっていた!
『がっ!? おのれ……! だが、回復の魔王は渡さん……!』
「あ!」
自身とグランツにハイヒールをかけて治療したルルカの横を、目を回したへっくん落としながらアウロラがカケルを抱えて空中へ浮いた。
『人間共め、乗り返るとはいえよくも傷つけてくれた。しかし、レベルも勇者達には及ばぬお前達がこれほどの力を出すとは』
「わしらは弱い。間違いなくそこに倒れている魔王達よりもな。じゃが、弱いからこそ力を合わせて何とかしようとするのが人間じゃ。産み出したお前がそれを分からんとはのう。もしレベルだけで決まるのであれば、魔王を倒して新しい魔王になるなど無理の二文字であろう? ほれ、カケルを返さんか」
『……』
なるほど、とアウロラはメリーヌの言葉に目を細める。確かに創意工夫と、傷をつけられたことについては賞賛せねば、と。
『……だが、結界が破れ、魔力が注がれれば傷を回復する。聖女も限界のようだしな。こうしてこの男を持って空中で待っていればよかろう……』
「逃げる気? 女神ともあろうものが情けないわね」
『安い挑発だぞ。それよりいいのか?』
アウロラが指さす先に、ユーティリアが脂汗を滲ませながら膝をついていた。
「……た、確かにこれ以上は無理ですね……で、ですが……人間を舐めてもらっては困ります……」
「おねえさん、無理しないで」
杖を取り落とし、倒れそうになったところをアニスが抱きかかえて地面に倒れることは免れた。
パァァァァァン……
『結界が消えたか。では、お暇させてもらうとしよう。……お前達を皆殺しにしてな』
魔力を吸収する為、血だらけの片手をあげてニヤリと笑う。
しかし、すぐにアウロラの顔色が変わる。
『……!? 魔力の吸収が遅い、だと?』
アウロラが自分の手の平を見て呟いた次の瞬間、遠くの方で地鳴りのような音が響いて来た。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
『まさか……柱が破壊されたのか……!』
<その通り! 地面とキスしなさいアウロラ!>
『なんだと!?』
「その声、ナルレアさん!?」
<気を失っているカケルさんの体を借りました!>
芙蓉が見上げているカケルの首が動いたのを見て驚愕の表情で叫に、ナルレアが即答する。見開かれた目は青。さらに両肩から黒い手……『生命の終焉』がアウロラの体を締め付ける!
『これは……ケガのせいで動かせないだと……』
<あややや……これ難しいですー>
<頑張ってミニレアちゃん! ナルレアさん、OK?>
<やっちゃってください!>
『なにを……うお……!?』
ズゥゥゥン……
アウロラとナルレア(カケルの体)が地面に墜落した。
一方その頃――
<エスペランサ国>
「やっと壊れたねぇ」
「そうねぇ。これもわたしのお・か・げねぇ?」
「格闘家のネーベルさんはともかく、破壊神の力が無くなって応援しかできなくなった人の言うことか!?」
「ギルドラうるさい」
「はあ……はあ……な、何とかなったか……」
元クリーレンの封印されていた神殿に、起き上がったネーベル、クリーレン、ギルドラ、そしてジェイグ達騎士団が粉々になった柱にぐったりと座りため息を吐く――
<ヴァント王国>
「別荘の近くにこんなものを落とされてはたまらんな……う、力が抜ける……」
「おじい様は無理しないでください。どうもカケルと長く関わった人間以外は急激に魔力を吸われるようです」
「レリクス王子、これは何だったのでしょう?」
動ける騎士団を連れて海底洞窟の柱を破壊しつくしたレリクス達。ソシアが不安げな顔でレリクスに尋ねると、すぐに返答があった。
「分からない。けど、封印のあった場所にこんなものが出来たんだ、いいもののはずはないよ。現におじい様は少し顔色が良くなったし」
チラリと砕け散った柱を見ると、レムルが柱の上で高笑いをしていた。
「おーっほっほっほ! こんな柱、わたくしにかかれば造作もありませんわ!」
「レムルったら……」
「でも、彼女と君の特大魔法のおかげで早く壊すことが出来た、ありがとう」
「レリクス……」
「見せつけないでくださいよ王子」
「ペリッティ!? そ、そういうんじゃないさ」
「そうですか? ……それでは、休息のお茶でも♪」
さっとメイド姿になtったペリッティが、スカートからテーブルとティーセットを取り出しウインクをした。
<エリアランド王国>
「ふん……他愛ない」
ドラゴンのチューズディやワイバーンの一斉攻撃で柱は間もなく破壊され、クリューゲルは肩に槍を預けながら鼻を鳴らす。
「……クリューゲル隊長はどうしてそんなに元気なんですか……」
魔力を吸われた騎士達が体調不良の様子でクリューゲルに疲れた声で言う。
「知らん! 鍛え方の違いだろう。お前達も精進するのだぞ?」
「やぶへびだよ……」
「(カケルよ、これでお前の力になれただろうか……? 何が起こっているのか分からんが、死ぬなよ?)」
<常闇と獣人の国 ジェイド>
ズゥゥゥン……
「やっと壊れましたか……」
「しっかりしてくださいドルバッグ殿! ……戦闘力が無いのに無理するから」
「だまらっしゃい! 王がやれといったのだ、それを遂行するのが宰相というものだ!」
犬耳をぶるりと揺らせて心配してくれた鹿角獣人につばを飛ばすドルバッグ。だが、彼の的確な計算の末に柱は根元から横倒しになっていた。
「帰ったら少しだけ頑張ってくれた皆に少し酒をふるおう」
少し、という部分にブーイングが飛ぶが、すぐに咳払いをしてドルバッグが言う。
「……王が戻ってきたら大宴会だ、それまで、な?」
「ひゃっほーい!」
「うひひ、今日は飲めるぜ……」
魔力を吸われていても強靭な体力を持つ獣人達は酒のためにいそいそと帰り支度を始める。その様子をみながらドルバッグは胸中で呟いていた。
「(そういうわけなので無事で戻らねば許されませんぞ、王よ……)」
<火山の国 フエーゴ>
「……」
「……」
「……」
「やった」
「うん、そうね……」
ブルーゲイルの面々が粉々どころか粉塵レベルにまで砕かれた柱を見下ろし絶句していた。いや、サンだけはぐっと拳を握り、喜んでいた。
どうしてこんな微妙な表情ををしているかというと――
「ぺっ! なんだこりゃあ、根性のねえ柱だぜ!」
「まったくだ、でかいだけで中身が無い。お前みたいだな」
「うるせえ!? やんのか、ああ?」
「拍子抜けして力が余っているところだ、かかってくるがいい!」
「あ、ちょ……ニド、止めないと!」
「うーん……いいんじゃないか、元気そうだし……」
「あ、ニド諦めたな」
「まあ仕方ないよ、オレ達ここに案内した以外はなんもしてないし……」
ニド達はグリヘイドを見送った後、すぐに城の兵士たちを集めて柱へ向かった。グリヘイドは偉そうではあるが粗野ではない。それしか知らなかったニド達だが、城の兵士は血気盛んな者達ばかりで、到着するなり危険があるかも、といった警戒もなく柱を文字通り叩き潰したのだった。
「……あの人達ワイルド。アルもあれくらいあるとわたしは好きになるかも?」
「マジで!?」
<極北>
「ガー?」
「ヴェー」
……極北に落ちてきた柱を無数のペンギンたちが取り囲む。すでに柱は横倒しになり、倒れた衝撃で割れていた。
柱が落ちて来たとき、禍々しい気配を感じたペンギン達が、今は不在の主人であるラヴィーネに害があるのでは? と、氷の下に潜り一斉に棒倒しの要領で体当たりをして倒したのだ。
「べー!」
「べ!」
ひときわ大きいトサカを持つペンギンが一声鳴くと、ババッっと他のペンギンが整列して休めの態勢を取る。
「ベーベー! ベッ!」
「ガ!」
タシン、とトサカのあるペンギンが右手を上げて一度だけ足踏みすると、整列していたペンギン達がぞろぞろと解散していく。どうやら仕事は終わったのだと、告げられたらしい。
「ヴェ」
「べー」
一羽のペンギンがトサカペンギンにイワシを持って来る。だが、トサカペンギンは首を振り、お前が食べろと鳴く。自分は主人が帰って来るまで我慢すると。
「ヴェ!」
すると、イワシをもってきたペンギンはごくんと目の前でイワシを丸のみし、ぺこりと頭を下げてげっぷをしながら去っていく。
「べー……」
そこは置いていくだろ……トサカペンギンはそんな感じの寂しい声を上げていた。
……こうして魔力吸収の柱はすべて破壊されることとなり、地面に叩きつけられたアウロラは――
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