第二百二十九話 表裏



 髪の色は違うが、あれは俺が見たアウロラ……いや、エアモルベーゼと全く同じだった。違うのはあいつは白い衣装だったがこっちは深い紫の衣装だということくらい。俺が顔をまじまじと見ていると、アウロラが目を細めて尋ねてきた。


 『どうした、回復の魔王? 私の顔になにかついているか?』


 「どうしたもこうしたもあるか! って、俺を知っているのか?」


 『当然だ。この世界にお前が降り立ったころから知っている。それこそリンゴ泥棒だったころからな』


 「リンゴ泥棒……」


 「カケルさん、そんなことを……?」


 ティリアとエリンが「マジで?」といった顔を向けてくるので、俺は慌てて弁明をする。


 「あれは不可抗力だったろうが!? 風評被害はやめてください! それよりもお前の顔だ。どうしてあの世にいるエアモルベーゼと同じ顔なんだ?」


 『それは――』


 ぺっぺれっぺー♪


 「なんだこんな時に!?」


 と、アウロラが口を開こうとしたところでポケットに入れてある俺のスマホが高らかに鳴り響く。取り出して電話を取ると、陽気な声が聞こえてくる。


 『お元気、カケルさん?』


 「おま……!? エアモルベーゼか!?」


 『その通りよ。悪いけどスピーカーにしてもらえる?』


 珍しく真面目な声色でそんなことを言うので、俺は戸惑いながらスピーカーに変える。


 「これでいいぞ」


 『ありがと。さて、お久しぶりねアウロラ』


 『……お前か。私の体を奪ってあの世から高みの見物とはいいご身分になったものだ』


 『そりゃあ産み出された者としては簡単に滅ぼされたくないじゃない?』


 ちょっと待て。今、聞き捨てならないワードが出たぞ!? それは芙蓉も思ったようで、慌てて俺のスマホに話しかけていた。


 「どういうこと生み出されたって。あんたは世界の破壊をするためにどこからともなく現れたって……」


 『それがそもそも、アウロラの嘘だからよ。私はアウロラの悪意から産まれた言わば片割れ。この要らなくなった世界"ペンデュース”を破壊するためだけに生み出された道化。それがエアモルベーゼ、私の正体』


 『……』


 エアモルベーゼからとんでも発言が飛び出し、俺達は押し黙って唾を飲みこむ。だとしたら、世界の崩壊を望んだのは創造神自らと言うことになる。


 「い、要らない世界ってどういうことですか?」


 ティリアがやっとのことで渇いた喉から壇上に居るアウロラに尋ねると、彼女はゆっくりと、真実を語り出す。



 『そのままの意味だ。この世界を創ったものの、私の思い描く世界にはならなかった。だから壊そうと思ったのだ。だが、現在あの世にいるエアモルベーゼがそうであるように、自らがこの世界に手を出すことはできない。それは世界を創る権限を与えられた神全てがもつルールでな。変化の起こらない世界を見て私は苛立ちを感じていた……破壊したくてもできないそのジレンマに。だが、ふと気づいたのだ。私以外の何者かにやらせればいい、と』


 「こいつぬけぬけと……何が女神だ! ぶった切っても気が済まねぇぞ!」


 「待ってくれ師匠、こいつにはまだ聞きたいことがある……! ……それで、どうしたんだ?」


 フェルゼン師匠が激昂して剣を抜いて前に出ようとするのを制してアウロラに再び訪ねると、少しだけ微笑んでから真顔に戻り話を続ける。


 『私は自らの中に産まれた負の感情からエアモルベーゼを生み出し世界に解き放った。そこは私の分身のようなものだけあって、あっという間に混乱の渦に巻き込んでくれたよ。全てを消し去るまで恐らくそれほどかからないだろうと、私は喜んだ』


 「なら世界はその時消え去ったはずじゃ? それにどうして芙蓉さん達、勇者を呼んだのかが分からない……」


 グランツの疑問も尤もだ。壊してしまうなら芙蓉たちは一切必要ない。というか、エアモルベーゼを止める手段を用意する必要などないはずだ。


 だが、そこまで黙っていたエアモルベーゼが忌々しいとばかりに口を開く。


 『本当なら私が大暴れし、世界が虚無を迎えて、はい終わり。となるはずだったんだけど、こいつは……人間達に助けを懇願されて思いとどまったのよ』


 「どういうことだい?」


 「破壊するのを止めたの?」


 クロウとアニスがスマホに話しかけると、くっくとアウロラが笑い出し、先程までの陰鬱な雰囲気とは違い、愉快そうに話し始めた。


 『そう! 破壊が始まった途端、人々は私に縋ったよ! 『アウロラ様お助けを』と。そこで私は気付いたのだ、世界が進歩しないこともそうだが、世界を創った私に対する敬意が無いことに腹が立っていたのだと! そこで私は世界を破壊することを思いとどまり、異世界……いや、地球から『神の遣わした勇者』を召喚したのだ』


 そういうことか……


 「それで、芙蓉たちに倒させておいて、お前の信仰を保たせようとした訳か。なら300年後の芙蓉たちを召喚したのは何故だ?」


 『それは世界の進歩を促すためだ。未来の地球……科学の発達した場所にいた人間なら何かしら思いつくだろう? お前の好きな『ラノベ』とやらではそういう風に変化をもたらしてくれるはずだ。……しかし、思ったより世界は変わらなかったのが残念だ』


 「全部……アウロラの筋書き通りだったわけなの……一緒に召喚されたミハイルさんや光一さん、キッカにヨハン、真美……そんなことのために……」


 「芙蓉!」


 がくりと項垂れて膝から崩れ落ちる芙蓉を支え、俺はアウロラを睨みつける。するとメリーヌが怒りを露わにしてアウロラへ言う。


 「デヴァイン教もとんでもないクズ女神を信仰させらたものじゃのう。芙蓉に作らせたこのアウグゼストも信仰を切らさないための措置だったのじゃな」


 『……口が過ぎるようだが、答えてやろう。もちろんだ人間よ。お前達は私に創られたのだ、そのことをいつまでも感謝し続けなければならない』


 「勝手なことを言う。私達は私達。世界を創ってくれたことは感謝する。けど、私達は道具じゃない」


 「~!!」


 トレーネが抗議の声をあげ、へっくんが怒りを露わにしてトレーネの肩で手を突きあげていた。今までの理由はこれで分かった。だけど後一つ、気になっていることがあった。


 「アウロラはあの世、エアモルベーゼは地上。なのに、どうやって入れ替わったんだ?」


 『いいところに気付いたわね。説明しましょう! あの最終決戦の時、全勇者が私を拘束して封印を施すその瞬間、こいつは夢枕に立つかのごとく精神体を飛ばしてきた――』


 『あれは失策だった。よもや魂を入れ替える術を使えるなどとは思ってもいなかった』


 『生み出された時点で私とあなたは別物になった。私を道化に仕立て上げようとしたとき、いつか復讐するつもりで色々考えていたのよ』


 『道化は道化のまま死んでいれば良かったものを。だが、私はここに蘇った。その体、返してもらう時だ』


 『地上に居るのに? はは、ここまでおいで! バーカ!』


 エアモルベーゼが子供じみた挑発をするが、動じることも無く淡々とアウロラは俺達に目を向けて口を開く。


 『さて、真相はここまでだ。これで思い残すことは無いな』


 「ふえ?」


 ティリアが可愛い声を出すが、それをかき消さんばかりの、恐ろしいことをアウロラは語り出す。


 『エアモルベーゼから体を取り戻す為、魔力を回復するためお前達の命をもらう。魔王に勇者……吸い尽くせばあの世に還る力の足しになろう。後は世界中の人間の魔力を回収して終わりだ。待っているがいい、エアモルベーゼ』


 「そのために俺達を集めたのか!?」


 『その通り。一カ所に集まってくれればこれほど楽なことはあるまい? 真相を知りたいお前等なら、食いつく。それに魔力吸収柱を破壊される恐れも減る』


 やっぱりあの柱はそうだったか……ジェイグ達が近づいて死なないといいけど……


 『ここからが正念場よ。私は手を出せない……全世界を死滅した後こっちにアウロラが来れば何とか出来ると思うけど、それは嫌でしょ?』


 スマホからエアモルベーゼの真面目な声が聞こえてくる。そりゃ、その通りだけど――


 「お前は本当に破壊神なのか? 実はお前が本物のアウロラってことはないよな?」


 『残念だけど破壊神様よ』


 『大人しく私の力となれ≪愚者への慈悲≫』


 女神らしからぬセリフを吐いてアウロラの魔法が放たれた!

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