第二百十六話 償い
ズゾゾゾゾ……
俺の右腕と左腕の付け根あたりから黒いものが染み出す様に出てきた。それが少しずつ形を成し、それが『手』だということに気付く。
「これってまさか!?」
<その通りです! 行きますよ、逢夢様>
「もちろんよ、ナルレア! クック……まさか自分の手であの男に復讐できるとは思わなかったわ」
右の黒い手からナルレアの声がし、左の黒い手からはなんと――
「その声は姉ちゃん!? 消えたんじゃなかったのか!」
「話はあとよ、猫ちゃんを助けなさい」
「ぐおお……!? 何だ、これは……!?」
姉ちゃんがそう言うと、一対の手は月島をがっちり掴み拘束した。月島は抵抗を見せるが、ビクともしないようだった。
「お、おう……! チャーさん、こっちだ!」
「う、うむ……すまない、さすがに限界のようだ……それと、あのハニワ……ヘレを直してやってくれ……」
チャーさんがハニワを肉球で指しながら俺の前で力尽きる。
「任せろ。まずはチャーさんに」
『還元の光』をチャーさんにかけると、たちまち傷が塞がり真っ白なチャーさんに戻る。続けて転がっているハニワを回収して同様に治す。
すると、空洞だった目がぱちくりと動き、器用に手を使ってゆっくりと起き上がる。そして恐る恐る自分の頭を触った後、俺を見上げて万歳をしながらぴょんぴょんと跳ねた。
「~! ~!」
「何を言っているか分からないけど、嬉しそうだなコイツ……」
「クロウ、そいつは任せた! 俺は月島をやる! ナルレア、こいつは『生命の終焉』か?」
俺はハニワをクロウに託し、月島へトドメを刺すべく立ち上がりナルレアに声をかけた。
<そうです。残念ながら不老不死には効きませんが、こうやって動きを封じることはできます!>
「姉ちゃんは何なんだ……?」
「私は魂の集合体の一部として取りこまれたわ。でも、ナルレアが『スキル』として統括しているから私を取り出すことができるみたい」
とんでもないが、エアモルベーゼの影が消滅したなら魂が霧散しようとするだろう。となると『生命の終焉』というスキルも消える。だが、ナルレアが吸収して引き取り、スキルとして固定したなら有り得なくはないか?
「どっちにせよチャンス! 芙蓉、いいな?」
俺が芙蓉へ尋ねると、月島の近くまで歩き、顔を見ながら語るように俺に言う。
「……うん、兄さんは人に……いえ、カケルさんに迷惑をかけすぎたわ。すでに死んでいるのだから、元の場所へ還してあげて」
「芙蓉さん……」
ティリアがぎゅっと手を握り呟くと、月島が暴れ出した。
「芙蓉! お前はそいつに騙されているんだ! お前を幸せにできるのは同じ不老不死である私しか――」
月島が半笑いで焦りながら口を開くが、芙蓉に途中で遮られた。
「……可哀相な人、教祖なんてなれるくらいなんだからその力を私だけじゃなく、もっと別の方向にも向けてくれれば……カケルさん……お願い……」
「芙蓉! 待ってくれ! 芙蓉ーー!」
踵を返し、俺とすれ違う時ポツリと呟く芙蓉の目には、涙があった。
「……」
ザッ……
俺は無言で月島の前に立つと、俺を睨みつけながら喋り出す。
「ひ、ひひ……ど、どうせ私は不老不死だいくらでも攻撃するがいい……お前が疲弊するだけというのは目に見えているぞ」
するとチャーさんが俺の肩に乗ってきて助言をかけてくれた。
「カケル、首を刎ねれば死ぬそうだぞ。それでいいんじゃないか?」
「猫が余計なことを!」
「多分こいつの言い方が悪いだけだ。脳に血が行かなくなるイコール考えられなくなるから死ぬのと同義って意味だろう。くっつきさえすれば恐らく活動を再開できる、そうだな?」
「……」
「無言は肯定ととるぞ。それっぽいフェイクを出して目を背けさせるつもりだったに違いない」
「だとしたら私は死なないことになるな。フフフ、これは困ったな? 私をずっと置いておくか? どこかに幽閉するか? 私の力ならいつでも返り咲ける……」
なるほど、こいつの焦りは死ぬのが怖いからじゃない、芙蓉に去られるのが怖いから焦っていただけか。仮定ではあるが、俺は不老不死に対して一つの回答を導き出した。
<ふわ……おはようございます、カケルさまぁ……わ、どうしてミニレアは裸なんです!?>
今、立てこんでいるから引っ込んでなさい。なんでこのタイミングで起きるかね……
「不老不死、人間でしかも権力者ならだいたい憧れる能力だよな。芙蓉も死にたくないから貰った能力だ。なら、それ以上の寿命を貰ったらどうなるのかな?」
「……? 何を言っている……」
「お前も知っての通り、俺の寿命は1億近くある。そしてこれは俺にしか分からないことだが、寿命を相手に与えて若返らせたりするスキルがあるんだよ」
「寿命を……まさか……!?」
流石に教祖様だな、頭がいい。俺の意図がすぐ読み取れてくれたようだ。
「オーバーフローって言葉があるよな? お前や芙蓉に寿命を与えるとどうなるか……」
俺が月島に手を翳すと途端に怯えだし、手から逃れようともがきだす。だが、がっちりと『生命の終焉』に掴まれ逃れることができないでいた。
「や、止めろ!?」
「その反応だと、どうやらそれっぽいみたいだな。向こうに行って、騙したり自殺に追い込んだりした人に……詫びるんだな『魔王の慈悲』与える寿命は1000年だ」
月島の顔に手をかぶせ、スキルを使う。
「やめ――」
ドックン……!
月島の体から心臓の鼓動のような大きな音が鳴った瞬間、目を見ひらいた。そして血の涙がスゥっと流れた後……ガクンと体中の力が抜け、まるで俺に頭を下げるような感じで息絶えた。
「……二度も殺されてやるわけにはいかないんだ。芙蓉は俺達が幸せにする、安心しな」
「カケルさん……!」
<見えた!>
「うお!? なんだナルレア!?」
<あ、いえ何でもありませんよ? オホホ……ミニレア、逢夢さん、ひとまず我々は戻りましょう>
「分かったわ。それじゃ懸、夢で逢いましょう♪ なんてね」
<わかりましたー!>
シュルン、と両肩から出ていた『生命の終焉』が俺の体に戻り、三人の意識が消えた。
「終わったんだな」
「~! ~♪」
「みたいですね! 私、パワーアップしたけど結局カケルさんにいいところを持っていかれました!」
笑いながらティリアがそんなことを言う。パワーアップしたのか……なんか色々迷惑かけた気がするな。何かお礼をしないといけないな。そう思っていると、芙蓉が月島の亡骸の前でしゃがみ一言呟いていた。
「……兄さん、さよなら」
◆ ◇ ◆
「……はっ!? こ、ここは、どこだ? リビング……? 私は……助かったのか……?」
<いいえ、地獄の入り口ですよ>
「その声……カケルの……!?」
リビングのドアを開け、ナルレアが登場し、その後ろからまた別の女性が出てくる。
「はぁい、こうやって話をするのは二回目かしら?」
「お前は、カケルの姉……! 母親の脱会で抗議をしてきた……」
そして最後に小さい女の子が腰に手を当てて口をへの字にして叫ぶ。
<ミニレアもいますよ!>
「……こいつは……知らんな」
<ええー!?>
ミニレアが驚いているのをよそに、月島がソファの上で三人を見ながら呟いていた。
「……ここはなんだ? 私はどうしてここに来た」
「私達、正確にはナルレアだけど。少し話したいことがあってね。どうしてあんなことをしたの?」
逢夢が尋ねると、影人は悪びれた様子もなく答える。
「芙蓉のためだ。生きていくには金が要る。それを稼ぐ手段として、人の悩みや相談を受けていただけだ。その中にお前達の母親が入っていた、そういうことさ。別に強制はしていない」
「私がお母さんを抜けさせるように言ったのに動かなかったじゃない!」
「それはお前の母親が私の教団に依存していただけだろう? 結果私は君の弟に殺されたんだ、痛み分けといこうじゃないか。ここは住み心地が良さそうだ、悪さもできないし、置いてくれても構わないだろ」
<ミニレアを知らない人はお断りです!>
ミニレアがぷんすかしていると、黙っていたナルレアが微笑みながら影人へ告げる。
<それは叶わないかと思います。私がここへ呼んだのはあなたに会わせたい人からのお願いで、ね。どうぞ……>
「会わせたい人など居るはずないだろ―― な!?」
ナルレアが扉を開けると、リビングにとある夫婦が入ってくる。影人はその二人を見て驚愕した。
「見ていたぞ影人、芙蓉を大事にする気持ちは十分伝わっていた。だが――」
「だけど、あなたは……間違えてしまったのよ……」
「父さん、母さんだと!? ばかな! これは幻だ……!」
すると、父親が影人に頭に拳骨をお見舞いした。
「馬鹿者が! よそ様から奪った財産で生き延びてどうして芙蓉が喜ぼうか……だが、先程も言ったが、芙蓉を守ろうとしたことについては立派だった」
「……」
「だが、やはり人を不幸にしてまで手に入れるべきでは無かったのだ」
「さあ、行きましょう」
「行く? どこへ?」
「もちろん、謝りに」
ガチャリ、と母親がリビングのドアを開けると、無数の手が扉の向こうで待っていた。この後どうなってしまうのか分からないが、家族が第一である両親に逆らうことはできなかった。
「これは……!? 私は……僕は……!」
「私達も一緒に行くのだ、安心しろ……」
扉をくぐる影人達を無数の手が掴むと、ナルレアが背中越しに影人へ言う。
<あなた達は許されるまで、生命の終焉で苦しむことになるでしょう。それがいつになるか分かりませんが……>
「覚悟の上だ。なあ、母さん」
「ええ、私達の息子ですもの」
「……っ! 父さん母さん……ごめん」
ギィィィ……
影人達の姿消えかけるころ――
「ごめんね、逢夢。お母さんを許してとは言わない。懸をお願いね」
「え!? お母さん!?」
バタン……
逢夢が扉にかけよるが、扉は固く閉ざされてしまった。
<偶然、でしょうか>
「……かもね。でも、昔のお母さんの声だった」
<フフ、こういうのがあるから人間は面白いですね>
<ですねー!>
――こうして、月島影人を巡る戦いは終わりを告げたのだった。
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