第二百十三話 生命の終焉
「カ、カケルさん!?」
「嘘……!?」
「う……」
グランツと芙蓉、そしてクロウがそれぞれ口を開く。部屋の中は一面の赤で、その赤は……壁に黒いもやで貼り付けられたカケルが流しているものだったからだ。
全員が部屋に入ると、カケルの心臓に獄潰を刺したまま影人がゆっくりと振り返る。影人も傷だらけであり、壮絶な戦いがあったことが読み取れた。
「おや、芙蓉! やはりこの兄の元へ来てくれたのか! ちょっと待っててくれ、こいつの命が中々削れなくてね、すぐに終わらせるから」
「グ……!? ゴボッ……!?」
ぐりぐりと心臓をねじるように刀を動かし、カケルが血を吐く。カケルも叫びながら全身を動かしているが、まるで動ける様子は無かった。芙蓉は顔を歪めながら声をひねり出す。
「や、止めなさい! (動いて……私の体……!)」
「……やはり気になるのかい、この男が……なら、尚のこと活かしておく訳には――」
「ごちゃごちゃうるさい! 放せって言ってるんだよ!」
「援護しますクロウ君! ≪煌めきの散撃≫!」
影人が言い終わらない間に、ウェスティリアとクロウの二人が飛び出した! クロウは殴りかかり、ウェスティリアは入り口を破壊する時に見せた魔法の改良版で、いくつもの光が影人を攻撃した。
「全方位とは小癪。だが、魔王をも蹂躪した私に勝てると思うな!」
ガガガガガ!
「こいつ……!」
「魔法を受け止めた!?」
「まずは一人目。脳みそを撒いてこんなところまで来たことを悔やむんだな」
クロウの攻撃を片手でいなし、魔法は刀で叩き落とす影人を見て驚愕する二人。そこへ影人の刀がクロウの頭上へと降ろされた。
だが、間一髪、エリンの矢とグランツが割って入る。
「まだだ、こっちにもいるぞ! 」
「クロウ君、離脱を!」
エリンが連続で矢を放ち、その場から離れるよう叫ぶが、クロウはそのまま影人へ肉薄する!
「いや、このまま懐で魔法を使うよ! ≪暗黒の大牙≫ぁ!!」
「む!? ぐおおお!?」
ズブシュ! と、ゼロ距離で放った魔法は影人の腹を抉り取り、大きくのけぞった。すかさずグランツが刀を持つ手を切断しにかかる。
「隙ができた! ”岩石斬” そりゃあああああ!」
ザン!
「ぐおお!? ば、ばかな!? 魔王ですら凌駕したこの私がぁ!?」
「やった! やりましたよ芙蓉さん!」
「え、ええ!」
「よし、カケルを助けるんだ! 黒いもや……あの時の拘束魔法か?」
「グルゥゥゥゥ……!!」
クロウがカケルの手足にくっついている黒いもやを消し飛ばそうと魔法を使う構えを見せた。
だが、その時――
ズド……!
「え……?」
その呟きはウェスティリアか芙蓉か、はたまたリンデだったのか? カケルと共に、クロウが刀によって串刺しにされていた。
「俺は確かに刀を持った腕を切ったはずだ! み、見えなかった!?」
「クロウ君! カケルさん!」
グランツが一瞬怯み、芙蓉がクロウとカケルへ叫ぶ。影人は痛みで顔を歪ませたが、特に問題なく立ち上がり刀を引き寄せた。
「うぐ……」
「ふう……私はこれでも演技派でね? まあ知らなかったのなら無理もないけど、私は不老不死なんだ。腕がもげても心臓を貫かれても死なない。さ、芙蓉こっちにおいで。私と一緒にずっと生きていこう……」
「い、いやよ! あんたと生きるくらいなら戦って死んでやるわ!」
「いけない妹だ。では、これで考え直してくれるかい?」
ザン!
「な!? エリン、リンデさんを連れて逃げろ! ぐぶ……」
一気に間合いを詰めた影人がグランツの腹へ刀を刺す。鎧はあったが、背まで刃が出ていた。血を吐きながら倒れるグランツには目もくれず、次の標的へと向かう。
「次は……そこの裏切り者と村娘あたりがいいかな?」
「!? 逃げろリンデさん!」
「あ、ああ……」
イヨルドがリンデを部屋から連れ出そうとするが、フッと姿を消した影人がイヨルドの背中をばっさり斬った。
「う、うう……や、やめなさい! やめなさいよぉ!」
「なら私を攻撃するといい。ま、できないだろうけどね? 向こうの世界で散々教育してきたんだ、無駄なことは分かっていると思うけど?」
「どういうことですか! ≪光の剣≫!」
ガキン!
ウェスティリアが光る剣を手に宿し、影人を攻撃した。するとニヤリと笑い、口を開く。
「芙蓉に近づく者は全て排除してきたのだよ。男でも女でも……かわいい芙蓉が騙されるかもしれないし、誘拐されるかもしれない……だから、排除したのだ」
芙蓉がそれを聞いて膝をつき、頭を抱えて苦しみだす。
「う、うう……陽子……ともちゃん……ごめん……ごめんなさい……」
「芙蓉さん、しっかりして! あう!?」
「少しは強くなったようだけど、異世界人の力には遠く及ばないね」
鍔迫り合いをしていたウェスティリアが影人に吹き飛ばされ壁に叩きつけられ、影人は芙蓉の近くへ歩いていく。
「さ、これ以上他の人に迷惑をかけてはいけないよ? 私の元へ来るんだ」
「あ、ああ……」
「芙蓉さん、逃げ、て……」
ウェスティリアがふらつきながら影人へ向かう。芙蓉は怯えた目で、その場から動けずにいた。しかし気力を振り絞って、口を開いた。
「わ、私が従えば、みんなは助けてくれるんでしょうね……」
「ああ、いいとも。かわいい妹の頼みだからね」
芙蓉が影人の手を掴もうと伸ばした時、影人の目がニマリと歪んだ。
だが、その手を掴むことはできなかった――
「≪漆黒の刃≫!」
「クッ……!?」
「ダメ、だ! 芙蓉……さん! 気をしっかり持って! ごふ……カケルは何とかするから……! ごほ……ごほ……」
パキ!
左手の枷が取れる。
「は、早く正気に戻れよ……ぼ、僕じゃあいつには勝てない……師匠もここに居ないってことは……ま、負けたんだと思う……」
パキン!
右手の枷が外れた。
「なあ……頼むよ……芙蓉さんを……みんなを助けて、くれ……ごふ……」
パキィン!
左足の枷が砕け散った。
しかし、そこまでがクロウの限界だった。もたれかかるようにカケルの方へ倒れ込み――
◆ ◇ ◆
「何? どういうつもりだ?」
ナルレアが腕を掴むと、黒い何かが声をあげ、訝しむように尋ねる。するとナルレアが、ぐぐっと力を込めて手を外していく。
<あなたは確かに『生命の終焉』というスキル、そうですね?>
「……そうだ、魂の集合体が生きている者を死へと呼ぶためにある力だ」
<では質問ですが『冥界の門』とやらを抜けた時にカケル様のスキルとして中に入った、ということでしょうか?>
ナルレアが頬に指を当てて首を傾げると、苛立ったように黒い何かが声を荒げた。
「それがどうしたと言うのだ! そうだ! 冥界の門でこの男を地上へ落とす時に入った――」
<――のをなぜ覚えているのでしょうか? 魂の集合体であり『生命の終焉』なのは確かにそうかもしれませんが、どうして『あなた』という人格があるのでしょう? もっと、理性のない出鱈目な存在になりそうなものですがね>
「……」
「何? 何の話をしているの……? そ、それよりこのままじゃ懸死んでしまうわ! 黒いの、何とかしなさいよ!」
<後少しだけ、お静かにお願いします。この黒いものの正体、それは――>
ナルレアが拳を突きだすと、黒いもやがぶわっと広がり、声を出す。
「誤算は……お前と言うスキルがこの男に宿った、というところだろうな。外に出て好機と見たが、まさか暴走状態でこの中に戻って来るとは思っていなかった」
<エアモルベーゼ、あなたは最初からカケル様の体を狙っていたのですね?>
「エアモルベーゼですって……?」
『ご名答。だが、私は見ての通り影だがね。この男が放逐される寸前で目を覚ました時、興味を持った本体が冥界の門へ入れたのはその為だ。一つは『生命の終焉』を造るため。そして、いつかこの体を乗っ取れるよう私という影をさし入れたのだよ』
<とんだ差しいれでしたね>
『しかしどこで気付いた……人格が出ているだけなら、そう珍しいことでもあるまい。お前とてそうだろう』
それを聞いてナルレアはフッと笑い、回答を始める。
<最初の違和感はカケル様の姉をここに置いていること。生命の終焉というスキルであれば、無差別に食い散らかすはずでは、と思いましたから。次に『取りこまれる可能性がある』ことを示唆した点ですね。魂の集合体であれば、多数の怨念が一つの魂に対して負ける、などということはまずないと思います。特に意識の無い、怨念であればより強力でしょう>
「……」
<そこで私は『生命の終焉』を操る『何か』だと直感したのです>
『なるほど、怖がらせるつもりだったが、逆効果だったとはな。だが、それが分かったところで、私の優位は変わらんぞ? お前とてスキルの一部。いくら気が強かろうが、そこの姉より取りこむのは簡単だ。それ』
ぞぞぞ……と、無数の手を操り、エアモルベーゼの影がナルレアを拘束する。
『さて、外の連中も影人以外はほぼ全滅したようだ。正体がばれたからには。お前達ゴミを吸収して体を乗っ取らせてもらうとしよう』
黒い何かがナルレアに覆い被さり包み込むと、逢夢が口に手を当てて後ずさる。
「ああ!?」
『次はお前だ。ようやく恐怖してくれたな。すぐ、に、で、も……!? 何だ!?』
<ふ、ふふふ……私がここに居ることが誤算とおっしゃいましたか?>
『な、何故だ!? なぜ生命の終焉に取りこまれない!?』
<あなた、私の名前をご存じありませんか……?>
『なに……!? どういう意味だ!?』
<私の名前は『ナルレア』……そう、
黒い何かがナルレアに吸い込まれるように消えて行く。
『ば、かな!? 破壊神の力ごと吸収するスキルがあるものか!?』
<だから『稀少』なんですよ? 何もない私が、生命の終焉、貰い受けましょう>
ズズズ……
ナルレアに黒い何かや手が取りこまれはじめると、エアモルベーゼの影はナルレアから距離を取り、逢夢へ襲いかかった!
『ならばカケルと姉の精神を取りこんでやればナルレアも私の配下だろう!』
「きゃああああ!?」
<させませんよ!>
その瞬間、この空間にクロウの声が響いた。
(なあ……頼むよ……芙蓉さんを……みんなを助けて、くれ……)
<クロウさん!? まずい、瀕死ですね!?>
『立ちどまるとは愚かな、 ではいただ――』
ボグシャ!
派手な打撃音と共に、エアモルベーゼの影が潰れたような形に変化した。
「お、意外に柔らかいな」
<カケル様!>
「おう、お互い無事みたいだな」
エアモルベーゼの影に一撃を加えたのは、正気に戻ったカケルだった!
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