第二百十二話 そんな話は聞いていない


 ドゴォォォン!!


 「な、なにごとですか!?」


 屋敷の屋根で爆音が響き、影人に回復魔法を使っていたヘルーガ教徒が身を怯ませる。傷が塞がった影人が上着を羽織りながら面倒くさそうに呟く。



 「次から次へと来客が多いな。今度は誰だ?」


 刀を手に立ちあがると、フェアレイター達の襲撃後、屋敷に配備した教徒が駆け込んでくる。


 「た、大変です! 空からドラゴンが降ってきました! そ、それと信じがたいのですが、男が一人……」


 男と聞いてニヤリと笑う影人。もちろんそう言う趣味ではなく――


 「もう少し傷を癒したかったが、あの暴走状態では満足に私の急所を狙うことはできまい。寿命が多いならそれを削りきれば不老不死である私が負けることはまずない」


 城で戦い続けなかった理由は二つ。


 芙蓉を巻き込みたくなかったこと。そして、あれだけのメンバーが揃っていればその内自分の弱点に気付く者が現れる可能性があったからだった。


 そして轟音と共に天井を破ってカケルが降り立った!


 「わ、わあああ!?」


 「ひい!?」


 「下がっていいぞ、こいつは私しか狙ってこない」


 二人の教徒は部屋から飛び出し、逃げ出した。カケルは追うこともなく、影人を見ていた。


 「ガァァァァァ!」


 「フフ……要塞の意味は無くなったが、いい姿だ。私の復讐は……これで終わる! 今度はお前が私に殺される番だ!」


 ダッ!


 先に動いたのはカケル。


 槍も剣も使わず、ただ殴りかかるだけの攻撃。もちろんそれを簡単を受ける影人ではなく、刀で確実に心臓を貫いていた。


 「ゴボ……グオォォォ!」


 寿命:99,999,619→99,999,549


 ガゴ!


 血を吐きながらカケルは影人を殴りつけ、影人は思いきり吹き飛んだ。


 「チッ、食らった端から治っていくのか、しかしいつか必ずこいつは死ぬ。それに私と同じく首を刎ねたらどうなるか見ものだなあ! あの女たちは助からん上に無駄死に! 私の理想通りだ!」


 「グオォォ!!」


 「女たち」と聞いて、カケルはさらに激しさを増し、影人に襲いかかった!


 「馬鹿の一つ覚えでは勝てんぞ? 動きは見切った、死ね」


 不敵に笑う影人が迎撃に走った。


 寿命:99,999,619→




 ◆ ◇ ◆





 「行くぞ! 用意はいいな!」


 グランツが叫ぶと、馬車はさらに速度を増す。そして見えてきたのは黒いローブを纏った門番だった。


 「な、何だお前達は! ここはヘルーガ教エスペランサ支部の教祖様の屋敷である――」


 「長い! 『漆黒の刃』!」


 ズドォン!


 「ぐわああああ!? て、敵襲! 敵襲! ……ガクリ……」


 カケルが到着して一昼夜が経過し、要塞まで辿り着いたクロウ達が入り口へ突撃したところだった。しかしクロウの魔法一発では扉が破壊できなかった。


 「私がやります! ≪煌めきの戦槍≫!」


 ブゥン!


 ウェスティリアの声に合わせ、その手に柱のような光の槍が出現し、それを扉に向かって投げた。


 ゴォォォン!


 「す、すごい威力ね……。 ……! イヨルドさん、案内をお願い! リンデさんは私達の後ろに!」


 エリンがすかさず弓を構えて向かってくるヘルーガ教徒の足を貫く。先頭をウェスティリアとグランツが走り、すぐ後ろをクロウと芙蓉が着いて行く。爆発の音を聞きつけ、何ごとかと集まってきた教徒達はウェスティリア達を見て驚愕していた。


 「な、何……?」


 「敵……? で、でも戦えないぞ……」


 「あ、赤い目だ! 魔王じゃないかあの娘!」


 教徒のほとんどは普通の人なので、クロウ達を止められる者はおらず、進むのは簡単だった。そしてイヨルドが少し山の高台にある屋敷を指差して口を開く。


 「あのでかい屋敷に教祖がいるはずだ。東側の二階左から――」


 「左から三つ目の部屋ね? 権力に固執する癖に、臆病なのは変わっていないわね。なるべく追いつめられにくい部屋を選ぶ」


 芙蓉が忌々しげにその方向を見るが、身体は少し震えていた。


 「大丈夫ですか? 対峙するのは私達だけでも……」


 「ううん、怖いけど今度は私がカケルさんを助ける番だもの、我慢我慢! 攻撃してくる人も居ないし、急ぎましょう」


 そこでクロウが視界の端にあるものを見つけた。


 「あ!? あれはファライディじゃないか!? おい! そいつから離れろ!」


 血だらけのファライディが地面に横たわっており、見ればナイフ片手に皮を剥ごうとしている人がいたので、クロウが慌ててやじ馬を散らす。


 「ああ……こんなになって……」


 「少し鱗が剥がされている……ドラゴンの素材は貴重だから仕方がないとはいえ……」


 ウェスティリアが鼻の頭を撫で、グランツが尻尾の鱗が剥がされているのを見て呟く。クロウがぺちぺちと口を叩きながら声をかけた。


 「お、おい……生きてるか?」


 すると、ファライディがうっすら目を開けて鼻息を出した。


 【ガ、ガウ……(ク、クロウじゃないか……や、やっと来たんだな……)】


 「良かった! 生きてる! もう少し頑張れ! 尻尾もカケルなら元に戻してくれる!」


 【グルル……(あ、あっしのことはいいから、早く旦那のところへ……し、尻尾は病気の子供がいるってんで好きに剥がさせただけだ……って、はは……聞こえないか……)】


 「何か言ってるのか? ごめん、カケルみたいに分かれば良かったんだけど……僕にはわからないよ……」


 クロウが困った顔で鼻の頭を撫でると、ファライディがぶふーと鼻息を漏らした。


 「クロウ君、ファライディには悪いけど、カケルさんの元へ行くわよ。ファライディ、もう少し頑張って」


 芙蓉がファライディにキスをする。


 【ガオオ! (うおお! あっし、頑張る!)】


 「頑張るんだぞ! 死ぬなよ! こいつに何かしたらぶっとばすからな!」


 尻尾をびたんびたんさせながら吠えるのを見て、クロウ達は教徒に釘を刺しながら屋敷を目指す。


 ――だが、屋敷に入ってから違和感を感じていた。それをリンデが口にした。


 「静かじゃないですか? 村で暴れていた、その、カケルさんからすると……」


 「確かに……。 ん? 血の匂いが濃くなってきたな。俺が扉を破って中へ入りますから、ウェスティリアさんとクロウ君はその後に入ってきてくれ」


 「分かりました」


 「師匠達もいるのかな? 僕はいつでもいいよ」


 「……」


 「わたしもいいわ」


 芙蓉は無言で頷き、エリンも深呼吸して応えると、グランツが扉を体当たりで破りそのまま雪崩れ込む。そこでグランツ達が見た光景は――




 ◆ ◇ ◆






 『エアモルベーゼ様、お茶です』


 『ありがとノア』


 目のハイライトが消えたノアがエアモルベーゼ=アウロラへお茶を渡すと、それをコクリと一口飲み、池の様子を伺う。


 『……あら、最後の封印も解かれそうね……フフ、これで確実に終わるわね』



 池の向こうには、赤い髪と赤い瞳をした男と、ニド達”ブルーゲイル”のメンバーだった。






 ◆ ◇ ◆



 

 「どういうこと!? あなたのスキルなら掴めば一瞬で殺せるって言ってたじゃない!」


 「……こいつは、不老不死のようだ。『生命の終焉』では殺すことができない。あくまでも寿命と言う生物のくくりにあるものだけだからだ」


 「なら懸はどうなるのよ!」


 「じわじわと命を削られて、やがて死ぬだろうな」


 「そんな……!? もし死んだら――」


 「安心するがいい、お前も、その男も、子供も。我の一部となって揺蕩うのだ」


 「あははははー」


 <うふふー>


 逢夢が唇を噛んでテーブルを叩く。


 「嫌よ! 懸と私が居て、永遠に暮らせないじゃない!」


 悲鳴に近い声をあげながら頭を抱える逢夢。目的は暴走した状態で、月島を殺し、カケルの精神を取りこんだまま誰も居なくなった世界で引きこもるつもりだった。しかし『生命の終焉』では『不老不死』に対抗はできないということだった。

 

 そのやり取りを見ながら無数の手に掴まれたナルレアが頭の中で考える。



 <……『一部となる』と言いましたね? さっきは『自我が強ければ逆に取りこまれる』と言っていたのにも関わらず。……なるほど、そういうことですか……ならば!>


 ナルレアは意識を集中し、無数にある手の一つを掴んだ!

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