第百八十四話 アピール期間中
「改めてみると大きいよな、この町」
「その昔、獣人達がこの大陸に流れ着いたらしいんだけど、人間はほとんど居なかったみたい。で、森も多いから獣人達にとっては天国みたいな場所だし、自然と数が増えて行ったって感じだよ」
ルルカが俺の横でふふんと、人差し指を立てながらウインクしてくる。
「よく知ってるなあ。流石は賢者だ」
俺が感心していると、ルルカが照れくさそうに笑う。
「へへ、宿や船の中で一人になる時は本ばっかり読んでるからね。最初の町でこの国についての本を買って読んでいたんだよ」
「ふうん、やっぱり本が好きなんだな。俺はそういうのに気付かないから助かるよ」
「お安いご用だよ! 本もいいけど、身体を動かすのも好きだけどね」
賢者だけど元気だなルルカは……そんなことを考えていると――
「(ルルカが一歩リードというところかのう……いや、まだ始まったばかり……)」
ゾクリ
「!?」
後ろから寒々しい気配を感じ、刺客かと思い振り返るが、ニコニコしている師匠がいるだけだった。
「……気のせいか?」
「どうしたのじゃ? 汗がすごいぞ? ほれ、見せてみい」
師匠が近づいてきて、ハンカチで汗を拭いてくれる。おお、いい香りがする。
「師匠のハンカチいい匂いがするな」
「い、いきなりどうしたのじゃ!?」
俺が顔を近づけると、珍しく顔を赤くしてうろたえる師匠。だが、すぐに持ち直し俺の顔を拭きながら喋りはじめる。惜しい。
「……貴族がこういうことに疎くてはいかんのじゃ。パーティやお茶会とかでみすぼらしい格好はできんじゃろ?」
「ああ、確かにそうだな。でも、昔はメイドさんとか居ただろうけど、今は居ないじゃないか。自分で洗ってるのか?」
「当然じゃ。料理に洗濯、裁縫。一人で生きていくために必死で覚えたからのう。だから、わしはお得じゃぞ?」
「何がお得なんだよ……まあでも、家庭的なのはいいよな」
「(いよっし!)」
汗を拭くため立ちどまっていたが、再び歩き出す。すると今度はリファが師匠とルルカを押しのけて俺の横に立った。
「(むむむ……メリーヌ殿が全身で喜びを……! こ、ここは私も!)なあカケル、お得と言えば私もそうだぞ」
「……うーん、嫌な予感しかしないが、一応聞いてみようか……」
「嫌な予感ってなんだ!? ……ま、まあ、なんだ、私はこれでもお姫様だ」
「それは聞いたな」
「うん。で、それも第二王女。第一王女と違って、お城にずっと居なくてもいい! でも困った時はお城に頼れる、そんな生活ができるんだ。それに……王族ならここにいる全員を娶ることもできるぞ! どうだ!」
何故かリファがドヤ顔で目を輝かせて言うが――
「いやいや……俺は結婚しないって言ったろ? それにお前のところって親父さんも兄ちゃんもヤバめっぽいじゃないか。俺は血を見たくないぞ……」
「そ、そんな!? くっ……父上、兄上……恨みますよ……」
「(フフフ、リファはお二人がネックだもんね。お城勤めしているボクが恩をあだで返すみたいでアレだけどここは譲れないよ? でも、一夫多妻は面白そうかも……でも正妻はこのボク……!)」
ゾクリ……
「また寒気がした!?」
怪しい気配を感じて振り向くが、そこにはルルカしかおらず、「どうしたの?」と首を傾げるだけで、やはり刺客など影も形も見えなかった。
一体何が起きているんだ……?
ま、まあ、それはともかく、お姫様が遠まわしに結婚したいと言ってくれるのは悪い気はしないけど、この騒動が終わったら恐らく俺は一人でまた旅に出るだろう。
結婚しない理由だが、実のところを言うと母親と姉さんのこともあるけど、本質は寿命がとんでもないところにある。先に嫁さんが死んでいくのを見るのは忍びない……そう考えているというのもあったりするのだ。
<私か芙蓉様くらいですねえ>
お前は人じゃないだろ……と、心の中でナルレアにツッコミを入れていると、いつのまにやら商店街に入ったらしく、段々と騒がしくなってきた。
そういえばティリアと芙蓉は大人しいなと思ってチラ見したところ、二人で仲良く話していたようだ。俺の視線に気づいたのか、ティリアがちょこちょこと俺のところへやってくる。
「? リファはどうしたんですか?」
「ちょっと悲しいことがあったらしい。そっとしておこう」
「だ、大丈夫ですかリファ?」
「だ、大丈夫……まだ戦いはこれから……」
「戦い!?」
ティリアがロッドを構えてキョロキョロするが、もちろんそんなことは無い。
「それより、商店街に来てしまったなあ。まだ朝早いし、どっか公園みたいなところでゆっくりするか?」
「(ハッ! 商店街ということは食材が! ならカケルさんに注文をするチャンス!)い、いえ! 私は商店街大好きですから全然、まったく問題ありません!」
「商店街が好きなのか? あれ、でもお前って箱入り娘じゃなかったっけ?」
「ああああ、あれです! 雰囲気がいいなって思ったんです! さ、さあ、行きましょう! 何か面白いものがあるといいですね!」
「声が裏返ってるぞ、大丈夫か?」
目をぐるぐると回しながら俺の手を引いてずんずん進んでいく。見れば、魚屋に肉屋に八百屋はもちろん、パン屋や食堂に屋台といったすぐに口にできそうな食べ物を売っている店も立ちならんでいた。
となると腹ペコ魔王のティリアはそちらへ行くと思ったが、意外にも魚屋で足を止めていた。
「わ、大きいお魚ですね」
「こりゃブリかな?」
ティリアがブリに似た魚を前にし、まじまじと見つめていたら店頭に立っていた親父さんが話しかけてきた。
「ああ、兄さんの言うとおりこいつはブリだ! ま、ここは山の中だから獲れたてという訳にはいかないが、魔法で凍らせて運んでいるからそれなりに美味しく食べられるぜ」
「あ、冷たい。そういや俺達が降りたシュピーゲルの町の近くは海だな。あの辺まで?」
「おう、そうだぜ。見たところ大所帯だし、夕食にどうだい? 奥さんも友達にごちそう食べさせたいだろ?」
「おおお、奥さん!? い、いえ、私は――」
顔を赤くして手を振り困っていた。
「悪いな、俺達はパーティだけどそういう間柄じゃない。ブリか……向こうの八百屋に大根があるからブリ大根にでもするか? 鶏肉かイカがあれば一緒に……刺身もいいな……」
俺がぶつぶつ言っていると、師匠がひょいっと魚を覗き込みながら聞いてくる。
「イカとはなんじゃ?」
「ん? ああ、そうか。こっちじゃクラーケンか? イカは俺の世界の呼び名だ。あんなに大きくないけど」
「小さいクラーケン……それならクラーケンじゃなくてスクイッドだね。ここには無さそうだけど」
ルルカが持ち前の知識を披露してくれると、芙蓉が補足してくれる。
「この世界のイカは寒い所に多くいてね。『水氷の闘将』……今は水氷の魔王の『極北』というところで良く獲れるわ」
予期せぬところで知らない魔王情報が出て俺は驚いていた。
「へえ、何か南極か北極っぽいけど町はあるのか?」
「もちろんよ。でも、予想通り氷だらけの国だけどね」
「リファ達の国へ行った後に向かうのもアリかな? おじさん、ブリと……ホタテ、でいいんだよな?」
「ああ、ホタテだ」
「そいつをあるだけ頼む」
「マジか!? へへ、毎度! いやあ、店を開けたその日にごっそり売れるなんてついてるぜ!」
捌くのは何とかなるだろう。おじさんから商品を受けとりカバンへとしまう。そういやティリアが大人しいな?
「ティリア?」
「うふふ……ブリ大根……どんな料理でしょうか……刺身も気になります……」
涎を垂らしながらまだ見ぬ料理に想いを馳せていた。こいつはぐいぐい押してこないので気が楽だな。
そしてしばらく商店街を歩いていると、魚屋での一件を見ていた人達から熱烈な売り込みをうけることになった……肉に野菜、果物に調味料など、これでもかと買った。あって困るものではないのが幸いだ。
「ふう……肉料理にデザートまでいけそうだなこりゃ」
「本当ですか! い、いつ作るんですか!」
「今晩、厨房を借りてみるよ。クロウも俺の料理が好きだし、頑張っているから作ってやりたい」
「はふん……! 私いつ帰ってもいいです……!」
「お嬢様ー!?」
光悦した顔でふらりと倒れそうになるティリアをリファが支えていた。そこへ芙蓉が遠くを指差して俺達に言うう。
「向こうに公園があるみたいよ。お茶を飲める店はまだオープンまで時間があるし、少し休憩をしない?」
「お、いいな。ゆっくりできそうだ」
芙蓉の提案にのり、俺達はぞろぞろと移動を始める。だが、俺はまだ気付いていなかった。彼女達はまだ本気ではなかったことを。
「(もちろんゆっくりできるのじゃ。ククク……)では行こうかえ」
「こうやってゆっくりするのも悪くないな(お嬢様は脱落気味……そろそろ動く刻か?)」
俺の背後でまた、ゾクリとする寒気がした。
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