第百八十二話 仲間



 「カ、カケルさんが魔王!? ……って、元々そうだったよね」


 ルルカが大げさにのけぞるがすぐに元に戻る。俺が送り込まれた理由と、刺客について。そして『魔王』という存在について話したところである。


 ルルカが椅子に座りなおすと、すっかり冷めてしまったお茶を口にしながら芙蓉が口を開く。


 「ルルカさん達の感覚だと、魔王はそれぞれの国にいるから仕方ないわ。でも、カケルさんは違う……本物の魔王みたい。それがどう影響してくるかわからないけど……」


 「とりあえず『魔王』については保留でいいんじゃないか? 今まで魔王だって知らなかった訳じゃないし。それより、復讐者が気になるよ」


 「クロウの言う通りじゃ。本物の魔王だからとて、カケル次第なところがあるじゃろ? カケルがわしらに危害を加えるとは思えん」


 クロウと師匠が暗に気にするなと言ってくれる。そしてリファも難しい顔をして言う。


 「そうだな。どちらかと言えば『討伐』されるために送り込まれた、という部分が気になる。復讐者がカケルを狙っているということだろう? カケルには色々してもらっているし、カケルをガードしないといけないな」


 「そうだね。ボク、頑張るよ!」


 「私も」


 ルルカとアニスが手を上げて宣言するが、俺は少し困り顔でみんなに提案をする。


 「……いや、俺が狙われているというならみんなと居ない方がいいと思う。どんなやつか分からないけど、巻き込みたくない」


 俺がそういうと師匠がポカリと俺の頭を殴って耳を引っ張ってきた!? 痛っ!?

 

 「愚か者が! それでお主が死んだらどうするつもりじゃ! 聞けば、母と姉上を亡くしたそうじゃな。残される者の悲しみがわからぬか?」


 「……」


 俺が口をへの字にして黙っていると、爺さんがポツリと呟いた。


 「人は一人では生きて行けん。それに、お前と関わっていたというだけでお前の見ていないところで娘達が殺されたりしたらどう思う? お前は後悔しないか?」


 「う……」


 確かに向こうが俺のことを知っているなら、すでに調べられていると思っていいだろう。俺を狙ってくるということばかり考えていたが、確かに人質にされる可能性はある。


 「そう、かもしれないな……分かったよ」


 「ふん、それでいい。なあに、わしも居る。返り討ちにしてやろうではないか! ふわっはっはっは!」


 高笑いする爺さんを尻目に、芙蓉が俺に耳打ちをしてきた。


 「(フェアレイター、昔、自分の村が盗賊に狙われていた時、先手必勝だ! って、一人アジトに乗り込んだの。でも、それは斥候にばれていて、アジトに向かうフェアレイターと入れ違いに盗賊達は村へ……その時のことを思い出しているのかもしれないわ)」


 「(……そうなのか……)」


 豪快な爺さんだと思ったが、やけに苦い過去を持っていた。もしかすると、エアモルベーゼの力を得た経緯はそんなところにあるのかもしれない。


 「では今後の動きも変わらず、ということでいいですか? 残りの封印を解いて、エアモルベーゼを復活させる。次の目的地はリファの国『エスペランサ』で」


 ティリアが久しぶりに真面目な顔で仕切り、俺を見てニコッと笑う。こいつも気を使ってくれているようだ。ありがたい。すると、黙っていたベアグラートが手をあげて意見を言う。


 「一つだけ。刺客が狙ってくるというのであれば、少しこの国に滞在してはどうだ? 時間が無いのは分かっているが、一週間ほど過ごして何も無ければ旅立つといい」


 「それだと獣人達に迷惑がかかるからなあ」


 「構わぬ。お前達が来なければ事態はもっと悪くなっていたかもしれんのだ。それに匂いの利く獣人はよそ者を見抜く力がある。見ない顔ならなおさらだ。警戒もしやすいだろう」


 「ウプ……!?」


 「ど、どうしたのカケルさん!?」


 まさかこんなところでトラウマを抉られるとは、完全に油断した……! ルルカがえづく俺の背中をさすってくれてなんとか事無きを得た。そんな中、師匠がうんうんとベアグラートと握手していた。


 「うむ、いい案じゃ。怪しい奴は端からぶっ飛ばそうぞ」


 「そのつもりだ。魔王の力が戻ったら、もう少し慎重にならねばならん」


 フッフッフ……と、嫌な笑みを浮かべる二人。一方、一週間と聞いた爺さんはクロウの肩に手を置いてニヤリと笑う。


 「では坊主、クロウと言ったか。その間お主はわしと修行をするぞ!」


 「え!? どうして僕なんだ!? こういうのはだいたいカケルだろ!」


 「勝手に人柱にするな。俺はいい機会だと思うぞ? クロウは体力をつけたほうがいいし、今日の戦いを見る限り、ためらいが無い分チャクラムよりも接近戦の方が向いている気がする」


 「ほう、いいところに目をつけておるのう。わしもそう思う。早速明日から修行じゃ!」


 「ええー……」


 クロウがげんなりしているところにアニスがクロウの腕に抱きついてぼそりと言う。


 「クロウ君の腕が太くなるの見たい。脳筋はダメだけど」


 「アニス……! よ、よし! アニスがそう言うなら――」


 残念ながらクロウは単純だった。この先アニスに操られそうで怖いぞ、俺は。そう思いながら爺さんとサムズアップし合うアニスを見ていた。


 「カケルさんはどうするんですか? やっぱりレベルアップします?」


 「刺客が来るなら、私達も強くなっておかないとな。今回はお爺さんが話のわかる方だったが、いつもそうだとは限らないし」


 「それと私達も一人にならないよう気をつけないといけませんね」


 いつの間にかティリアとルルカ、それとリファが俺の近くに来て話しかけ来た。


 「ちょっとクロウが心配だから様子を見ながら自分の訓練、かな。でも折角だし、城下町を散策するのもいいかもしれない」


 「デートだね」


 「違う」


 「ケチー」


 ルルカが口を尖らせてぽかぽかしてくるのを止めていると、ふと視線に気づく。振り返ると――


 「……」


 芙蓉が複雑そうな顔で俺を見ていた。


 「どうかしたのか?」


 「はにゃ!? う、ううん、何でも無いでござるよ?」


 「日本語おかしいからな……気になることでも?」


 「え? ……うーん、カケルさんは誰を選ぶのかなーって。この世界も奥さんは一人だけだからね?」


 そんなことを考えていたのかこいつは!?


 「……ま、先のことだな」


 「お、『誰も選ばない』って言わなかったよ! 芙蓉さんナイス!」


 ルルカが芙蓉にぐっと親指を立て、芙蓉もそれをウインクしながら返した。やれやれと苦笑しながら見ていたが、一週間ここに居るなら、あいつらにも知らせてやらなければならないことを思い出した。

 

 「ちょっとユニオンまで足を運ばないといけないな。途中経過の報告をしよう」


 

 ◆ ◇ ◆


 

 <エスペランサ王国:アドベンチャラーズ・ユニオン、シュトラールの城下町支店>



 「ここにカケルさんが居るだろうか?」


 「うーん、港町ではち合うと思ったんだけどね。先に進んだのならここで情報が得られるかも」


 と、話しあうのはグランツとエリンだ。


 この国にカケルが行くと聞いていた”燃える瞳”の一行は数日前に、かつてウェスティリア達が盗賊団の襲撃を防衛したフルスの港町へと到着していた。港町ならすぐに見つかるだろうと待っていたが、カケル達が現れることは無く、もしや先に進んだのでは? と、北へ進み城下町まで来ていた。


 「カケル、ここに来るって言ったのに」


 落ち込んだ様子を見せるトレーネ。元気づけようと、ハニワゴーレムのへっくんが足元でぐるぐる回っていた。


 「……! ……!」


 「ありがとう、へっくん。カケルにも事情があると思う。兄貴、ユニオンで聞いてみよう」


 「そうしよう。もしかしたら何か面倒事に巻き込まれているかもしれないし、そうだとしたらセフィロト通信でメッセージが来ているはずだ」


 「うん」


 「……カケルさんなら有り得るからねぇ……厄介事に巻き込まれるのって……」


 三人はユニオンの扉を開け、中へ入る。城下町だけあって、冒険者でにぎわっていた。グランツはわき目もふらず、受付へと足を運んだ。


 「すいません、俺はグランツと言います。燃える瞳というパーティのリーダーをやっています」


 スッとカードを見せながら用件を告げると、受付の女性は軽く頷き口を開く。


 「確認しました。それでは依頼でしょうか? もしくは依頼の完了報告?」


 「いえ、人を探していまして、ここにカケルという冒険者が来ませんでしたか? もしくは何かメッセージなどありませんでしょうか」


 「カケル? ……カケルカケル……」


 女性が考え込み始めたところで、となりに居た女性が肘でつつきながらポソリと言う。


 「あれじゃない? さっきメッセージが来てたわよ。燃える瞳にグランツ。間違いないわ」


 「……! 本当ですか!」


 「ああ、そういえば。では少々お待ちを――」



 そして、メッセージはこうだった。


 『すまん、ちょっとトラブルがあって、今は獣人の国にいるんだ。こっちの用事は解決したんだが、また別の厄介事もあってな……一週間滞在したらすぐにエスペランサ王国へ向かうよ。多分ドラゴンで行くから早いと思う! もう少し待っててくれ、埋め合わせは必ずする!』



 「……厄介事……」


 「それも二つも? 予想通りじゃない……」


 「でもちゃんと解決したカケルはかっこいい。ドラゴン、楽しみ!」


 「~♪」


 疲れた顔をする二人に、へっくんがテーブルの上でくるくる回り、鼓舞していた。カケルと再会するまで、後少し――

 

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