第百七十九話 効率的な服従方法とは

 


 「えっと、神託は――」


 アニスが話始めたところで、ギルドラがそれを遮って、負けじと語り始めた。


 「それはつい三か月前のことだった、我等ヘルーガ教徒の幹部たちの夢にエアモルベーゼ様が現れたのは。その夢の中で――」


 「夢の中で破壊神が『準備ができた、いざ海水浴の準備を』って――」


 アニスが無表情でまったく関係なさそうなことを言い、ギルドラが焦る。


 「ち、違うぞ!? 『全ての準備が整った。力を完璧なものにするため――』」


 「『力をパンケーキなものにするため、美味しくいただくのだ』」


 「はいはい、アニスちゃん。曖昧な記憶は混乱するからダメよー。こっちにおいで」


 「ぶー」


 「実は知らなかったんだろ……?」


 ギルドラの話をアニスが混ぜっ返し、意味が分からなくなってしまう。そこにルルカがアニスを抱っこして座らせ、クロウが突っ込むと、プイっとそっぽを向いた。図星のようだ。とりあえずアニスが黙ってくれたので、話を聞ける態勢になったと言えるだろう。


 「さ、続きを」


 「今の流れで!? かなりやる気を失くしたけど!?」


 ギルドラがそんなことを言うので俺は仕方なく首を振りながら剣を首筋に置いてわざとらしく言う。


 「あー、手が滑ったら危ないかもしれないな」


 「その剣は錆びておるから傷口に入ると命に係わるかもしれんのう。くわばらくわばら……」


 棒読みで俺と師匠が呟くと、ギルドラが慌てて続きを話しはじめた。


 「くっ……! 私などより貴様等の方がよほど凶悪ではないか! あ、ちょ、ひんやりするからあまり押し付けないでください。ん、んん……! で、私達が聞いた神託はこうだ『全ての準備が整った。力を完璧なものにするため各地の封印を解くのだ。さすれば世界はお前達の望む方向へ進むであろう』と」


 「お前達の望む方向はやはり世界の破滅なのか?」


 一通り話を聞いた後、リファがギルドラの目を見て真面目に尋ねていた。目を逸らし、ギルドラは独り言のように呟いた。


 「……破滅とは少し違う。いや、それは私だけが思っていることであって、他の連中はそうかもしれんな。私は解らせたいのだよ、世界は平等ではないということを……」


 こいつはこいつで忌み嫌われるような出来事や、差別を受けていたことがあるのかもしれない。だけど、と俺が言いかけたところでルルカが片目を瞑ってため息をつく。


 「それで他人を巻き込むのは迷惑ってことに気付いて欲しいものだけどね。あなたの境遇をボクは知らないけど、世界を破滅や混乱に満たす前に、あなたが受けた厄介事を死ぬ気で解決するのが先だと思うけど。それすらしないで破壊神とか怪しいに頼って八つ当たりなんて恥ずかしいと思わない?」


 「……お前達のように平和に幸せに暮らしていた者には分かるまい……」


 「そっちこそボクの境遇を知らないくせに『幸せ』だなんて言って欲しくないかな」


 ルルカが珍しくギルドラを睨みつける仕草をする。明らかな敵意を相手に向けるのは初めてではなかろうか? 俺はルルカを宥めるため一旦手を引いて下げる。


 「こいつらに言ってもあまり効果は無いだろ。ルルカの話は後で聞くとして、ヘルーガ教徒にエアモルベーゼが何らかの形で神託を授け、封印を解けと言った。そして、こいつらはそれを実行に移した、現在進行形でな。他には何か言っていなかったか?」


 「……ふん、これ以上話すと思うか?」


 「あー、やっべ、手が滑った」


 ブシュ


 「あ、あー!? く、首が……!? 血が……!?」


 俺はギルドラの首をシュッと斬り裂くと、血が流れ出す。大した怪我ではないのにギルドラは涙目で大騒ぎし始めたので、即座に回復をしてやる。


 「で、他には?」


 「あ、悪魔か貴様……!? い、いや、魔王だったか……くそ……そうだなそういえば一つ妙なことを言っていたな」


 「妙なこと?」


 今度は芙蓉が尋ねると、ギルドラは頷き、続ける。


 「うむ。『魔王が覚醒する時、私は復活する』と。封印を解けばエアモルベーゼ様は復活するはずでは、と、我等幹部で話し合ったことがあったな」


 「魔王が覚醒する時? どういうことだ? そういえばティリアはまだ完全じゃないと言っていたけど、それか?」


 俺がティリアに目を向けると、手と首をぶんぶん振って、否定する。


 「わわわわ、私がエアモルベーゼを復活させるとかありえないですよ! あ、でも私達って封印を解いているから魔王が復活させるという点ではそうかも?」


 「しかし、俺達魔王の使命は封印を守ることだ。それにウェスティリアは分からんが、俺は『覚醒』など聞いたことが無い」


 「僕も引き継いだ魔王の知識の中にはそういうのはわからないね」


 ベアグラートとクロウがそれぞれ魔王について口にすると、今まで黙って話を聞いていた爺さんことフェアレイターが腕組みをしながら口を開いた。


 「……エアモルベーゼは自分を崇めているとはいえ、人間を手駒に使うような真似はしなかったんじゃがな。よほど切羽詰っているのか、あるいはそうせざるを得ないということか。復活したわしに連絡くらいくれてもよさそうじゃが、それもない。さて、何を考えているのやら……」


 「動きに制限がかかっているとかではないのかのう? 夢に出て神託を出すのが精一杯とは考えられんか?」


 師匠が言う。予測はできるけど、あくまでその範囲でしかない。それなら、話を先に進めるべきだと思う。


 「あまり進展はないけど、魔王の覚醒で復活を遂げるという話は覚えておこう」


 「そうだな。父上とお嬢様のお父様なら何か他にも知っていることがあるかもしれない。芙蓉殿はどうだ?」


 リファが難しい顔をしている芙蓉へ尋ねる。

 

 「……今は何とも、ね。300年ヘルーガ教から封印をそれとなく守って来たけど、神託を受けたという人間は居なかったし」


 「そうなのか。ならやっぱり準備が整ったってことか……サンキュー、ギルドラ。それじゃ、次はお前達の処遇だが……ベアグラート、どうするよ?」


 どうでも良さ気に話を聞いていたイグニスタと騎士達がビクリと体を震わせる。


 「極刑、と言いたい所だが、死んで楽になるのは償うには軽すぎると思う。なので、奴隷として町の復興と全滅させた村人をきちんと供養してもらおうと思う。無論、この国から出ることは叶わん」


 ベアグラートが提案すると、騎士達は死なないことに安堵した様子を見せる。だが、イグニスタは大声で叫び始めた。


 「そ、そんなことなら死んだ方がマシだ! 獣人の奴隷だと? 冗談じゃねぇ!」


 なるほど、以前エリアランドでクロウの異種族を争わせる計画に乗ったのは、利益だけじゃなくこいつ自身が人間至上主義だったって訳か。


 それならこうしたらどうだろう? 俺はイグニスタの腕をカバンから取り出すと、みんながギョッとして凝視する。


 「お、俺の腕、か?」


 イグニスタの言葉には耳を傾けず、俺は『還元の光』を使ってくっつけてやる。


 「う、動く……!? マジか……! こいつ!」


 「カケルさん!」


 案の定、つけた左腕は拘束されていないのでそのまま俺に掴みかかってこようと手を伸ばす。ティリアが心配そうに叫ぶが、俺は掴みかかってきた腕を避け、立ち上がるともう一度、イグニスタの腕を根元から剣で両断した。ギルドラの時とは違い、本気でだ。


 「あ、あがぁぁぁぁぁ!? う、腕……落ちた!? 血が、血がぁぁぁ!?」


 暴れるイグニスタの首を掴み、『生命の終焉』で30年ほど寿命を吸い取ってやるとみるみるうちにやせ細り、しわがれていく。誰かがごくりと唾を飲みこむ音が聞こえてきた。恐らく騎士の誰かだろう。


 「あひゃ、な、なんだ……体が……」


 「俺は相手の寿命を吸い取ることができるんだ。こうやって戻すことも」


 腕をもう一度くっつけ、寿命を戻すと目をパチパチさせながら腕を確かめていた。


 「力が……」


 「お前の生き死には興味ないけど、死んだ村の人達のためにお前を殺すわけにはいかない。このまま五体満足で奴隷になるのと、片腕を失くして寝たきりになるのはどっちがお好みだ?」


 なるべく威圧的に、目を赤くしてじっと見つめるとイグニスタは顔面蒼白になり、ガタガタと震えながら、ドッと冷や汗を流しながら呻くように答えた。


 「こ、このまま奴隷に……なる……」


 「結構だ。それでも死にたかったら誰にも迷惑がかからないよう自分で命を絶つこった。お前は苦しむ必要がある。これでいいか、チャーさん」


 「……カケルに任せる。ご主人もそう言うはずだ」


 ガクリと項垂れるイグニスタはようやく心を折ってくれた。騎士達にどうするか尋ねると「絶対に逆らいません!」と、拘束されながらもビシッと答えた。


 その後、獣人達に連れられ部屋を出て行くギルドラ達を見送ると、師匠が俺の横に来て呆れた顔をして呟いた。


 「お主、恐ろしいのう……魔王だけのことはある……」


 「お、嫌になったか?」


 「うんにゃ。男はそれくらいでいいわい。惚れ直したぞ」


 「さいですか……」


 びびってくれれば離れるかとも考えたが甘かったようで、ルルカ達も特段気にしていなかった。うーん、シビアな世界だ……



 ――そして、城の奪還とベアグラート救出を受け、夕食は豪勢なパーティとなり、色々な人からお礼の言葉をもらったりしていた。



 「では、カケルさん。準備はいいですか?」


 さて、お腹いっぱいになったところで、俺はいよいよ『真実の水晶』とご対面する時が来た!

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