第百六十四話 怒髪天を衝く行い



 「起きろクソガキ!」


 バシャ!


 「う……」


 水をかけられ、気絶していたクロウが目を覚ます。視界を動かそうとすると、頭痛がし目の前がチカチカする。だが、イグニスタはクロウの髪を掴んで無理矢理引き起こす。


 「居眠りとはいいご身分だな」


 ガッ!


 「ぐ!?」


 頬を殴られ吹き飛ぶクロウに、アニスが声をかける。


 「クロウ君! おじさん、止めさせてください」


 「おや、アニスは彼を知っているのかね? アニスをたぶらかす悪い男は排除しないといけないね」


 「げほ……き、気にしないでいいよアニス……僕が勝手にしていることだ……」


 「勝手に喋るんじゃねぇ!」


 ドゴ!


 「うぐ!? ぐああ……」


 転がっているところをイグニスタに蹴られ、ゴロゴロと転がる。両手は後ろに拘束されており、立ち上がるのも困難だった。無理矢理立ち上がらせ、殴る、蹴る。クロウの顔は腫れ上がり、血を吐いていた。


 「う、うう……ごほ……」


 「ふう……全然この程度じゃおさまらねぇな」


 「ア、アニス……を、返せ……」


 「返せとは異なことを言う。アニスはお前のものではないぞ」


 「これ以上やったらクロウ君が死んじゃう。お願い、止めさせて」


 アニスがギルドラに懇願すると、イグニスタが自分の手元へ引き寄せる。


 「あ」


 「そうだな、面白いことを思いついた。このガキの前でこいつをやっちまうか。いいかギルドラ?」


 「お任せしますよ。最終的に封印を破るための生贄としていればいいのです。あ、この小僧も一緒に生贄にするので殺さないでください」


 「お、そうだな。このガキはこの巫女殿を追いかけて来たみたいだし一緒に始末するのが人情ってもんだよな……いや、待て。お前等どこで知り合った……?」


 「む、そういえば。 ……! まさかあの村でか? 生き残りがいたとでもいうのか?」


 「し、るもんか……アニスを……はな、せ……」


 ドカ!


 「勝手に喋るなって言ってんだろうが? くそ、今すぐ殺してやるか……」


 「! ダメ、殺すならわたしを殺して」


 「フフフ、アニスは明日生贄になるのだから、心配はいりませんよ」


 「へへ、それじゃ巫女殿、さっきの続きと行こうぜ」


 「クロウ君を治療して、そうでなければわたしは嫌です」


 「うるせえ! 俺に指図するな!」


 ビリビリ!


 「あ!」


 イグニスタが上着を破り、白い肌が露わになる。


 「きれいな肌をしていやがるぜ! ……痛ぇ!?」


 「アニスに……触るな……!」


 手を伸ばしたイグニスタの足をクロウが噛みついた! たまらず足を抑え、立てかけてあった槍を掴む。


 「クソガキが……! もういい、今ここで殺してやる!」


 「クロウ君!」


 「うお!?」


 ドス!


 頭を狙っていたイグニスタの槍がアニスの体当たりでずれ、脳天に刺さる予定だった槍がクロウの顔の前へ突き刺さった。


 ヒュウ


 槍を取り落としたイグニスタが頬に風を感じきょろきょろと見渡す。


 「あん? 何だ? 風か……? それよりギルドラ、巫女殿を抑えておけ!」


 「分かりました。さ、アニス、我儘を言ってはいかん」


 「放して、おじさん。クロウ君が」


 「フフフ、おじさん、か。アニスは本当にいい子だ。両親がお前を捨てるように誘導したのは私なのにな」


 ギルドラがアニスを抑えながら急に、思い出したかのようにそんなことを言いだす。


 「え?」


 「君の母親は私の幼馴染でね。ずっと一緒に、結婚するものだと思っていたのだが……君の父親にある日掻っ攫われてしまった。憎かったよ、あの男もそうだが、あっさり私を捨てたあの女も……!」


 ギリギリとアニスを掴む手に力を込め、ギルドラの独白は続く。


 「そしてアニスが産まれた。青い瞳に白い髪と白い肌。珍しい容姿をしたアニスは神の子かと言われていたよ。だが、私はそれを復讐の材料にした。私の前に現れた教祖から授かった『変心の秘宝』と話術で、お前は呪われた子だと言いふらしたのだ! そして捨てられたお前を引き取ったのだ」


 「嘘……」


 「嘘なものか。まあ、それだけでは飽き足らなかったから、お前の両親は普通に殺してやったがな。よかったな感情が無くて。この話を聞いても心は揺れ動くまい」


 「わたし……わたしは……」


 「お、お前は……絶対に許さない、ぞ……はあ……はあ……」


 「おお、怖い怖い。さ、イグニスタ殿、サクッと殺してあげてください。アニスも絶望してくれたようですし、その子が死ねば生贄としてさらに昇華するでしょう……」


 やりとりを聞いていたイグニスタが名前を呼ばれると、笑いながら答えた。


 「お前も汚いやつだなギルドラ。だが、コンビを組むにはいいかもしれねぇな。それじゃ、とりあえずこいつを、と」


 もう一度槍を構えるイグニスタを、腫れあがった目で睨みつけるクロウ。


 「し、死んだら、ば、化けて出てやる……」


 「減らず口を。死ね!」


 「……!」


 目を瞑るクロウ。だが、槍はまだクロウへは届かない!


 「ご主人の仇……! 今こそ!」


 「ぐあ!? 猫だと!?」


 「フシャー!!」


 「に、逃げろ、チャーさん……カケルにこいつらの、ことを……」


 「できるものか! ご主人を見殺しにして今度は少年をか? それなら死んだ方がマシだ!」


 バリバリと引っ掻く、噛む、蹴ると顔面を中心に攻撃を仕掛けるチャーさん。


 「いてえな! 猫の分際で喋るとは生意気な! 俺の力を見せてやる!」


 猫ごときで力を使うのはどうなのか、とギルドラは思っていたが、グレーだったイグニスタの目が真っ赤に変わる。その瞬間、チャコシルフィドの動きが固まった。


 「な、なんだ……!? う、動けん……」


 「死ね」


 先程までとは違い、冷徹な声でチャコシルフィドへ槍を向け、そしてその身体を貫くため、腕を伸ばした。


 その時だ――


 ビタッ!


 「なんだ? 槍が固まっただと!?」


 イグニスタが押したり引いたりを繰り返すが、空中で固定されたかのように動かない。そして何もない空間から声が聞こえてきた。




 ◆ ◇ ◆




 「なるほどな。『人』とぶつからなければ解除されないのか」


 「な……!? だ、誰だ!?」


 言うが早いか、その瞬間、アニスを掴んでいた男、ギルドラが派手に吹き飛ぶ。


 「ぶへえ……!?」


 「やれやれ、結果的にアニスが無事だったのは良かったのか? あんまり無茶するなよクロウ」


 「あ……」


 アニスの横にスゥッと姿を現したのは――


 「カ、カケル……! げほ……」


 「おう。俺だ。こっぴどくやられたな。よっと」


 唖然としているイグニスタを尻目に、アニスを抱えて俺はチャーさんとクロウを回収して入り口付近へと移動する。『速』を上げているので瞬間移動に見えなくもないか。


 「『還元の光』」


 「あ、ありがとう……助かった……」


 「助かったぞカケル殿」


 「クロウ君。良かった」


 完全に傷を癒すと、アニスがクロウの手を握って心配していた。


 「だ、誰だお前は! 俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ! ピー!」


 口笛を吹いて仲間を呼ぶイグニスタ。


 いくらでも呼べばいい、結末は変わらないのだ。


 「……自業自得とはいえ、ウチのクロウをここまでしてくれたんだ。むしろお前がタダで済むと思うなよ……?」


 アニスの話も聞いていた俺は、久しぶりに、本気で、怒っていたのだった。

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