第百五十八話 森の熊さん



 ゴガァァァァ!!


 バキバキ……ドドーン……


 「クロウ、下がってろ!」


 デッドリー熊さんの前に立っていたクロウの襟首を引っ掴んで引き寄せると、直後に剛腕が空をきった。あのまま棒立ちだったら首が飛んでいたかもしれない。


 「ぼ、僕の知っているアウグゼストの熊型魔物と全然違う!」


 「フシャァァ!! この国は獣人の国だ、人間よりも獣人や魔物の方が力を持っている。まあ、これほど大きいのは滅多にいないがな」


 チャーさんが毛を逆立ててクロウの肩に乗って説明してくれる。確かに2mちょいはあるこの熊はでかい気がする。北海道にいたらしい伝説のヒグマよりは小さいけど。


 さて、逃げるのも勿体ないし、ちょっと様子見で攻撃してみるか!


 「せい!」


 俺は槍を熊の肩へ攻撃し、見事にヒット。木が邪魔をして避けられないため、確実に当てられる状況だ。だが、熊さんは勢いを殺すことなく俺の頭へ攻撃を仕掛けてきた。


 ゴッ!


 「ぐあ!?」


 「カケル!? ≪漆黒の刃≫!」


 後頭部に鈍器で殴られたような音がしたかと思うと、目の前が揺れた! その瞬間、クロウの魔法が熊さんの顔へ直撃する。


 ゴガァ……!


 浅く額が斬りさかれ、デッドリー熊さんが少し後退する。その間に俺は態勢を整え直していた。


 HP:4090/4300


 <死に至るにはまだまだですよ!>


 「そうかもしれんが、痛いもんは痛いぞ!? サンキュー、助かったぞクロウ」


 「僕だって神官の端くれだ、破壊神の力と戦うならこの程度の魔物に気圧されていられないだろ?」


 とか言いつつ、冷や汗は凄いことになっていて少し震えている。グラオザムまでとはいかないが、デッドリー熊さんもかなりの強敵だと伺える。


 「それじゃ、さっさと片付けるか!」


 肉や素材が手に入るのだから、冒険者で倒せない相手じゃないということ。弱点を探すため俺は手当たり次第に槍で攻撃をする。


 「それ! たあぁ!」


 突きと斬り払いを交互に繰り出す俺。さらに横へ回りこんだクロウが援護をしてくれる。


 「≪黒槍≫だ! くらえ!」


 クロウの放つ黒い短めの槍が背中に突き刺さり、動きが鈍る。


 ゴァァァ!


 「カケル、左が開いているぞ!」


 「サンキュー、チャーさん! ……!? クロウ、気をつけろ!」


 ガオォォォン!


 俺ががら空きの左わき腹を刺そうとしたところで、方向転換をした熊さん。槍は腕に突き刺さるも、振り切ってクロウへと向かった!


 「う、うわ、こっちに来た!? ≪漆黒の刃≫ぁ!!」


 ザン!


 熊さんの腹をざっくり、と思いきや毛が舞い散るだけでそのままクロウへ突っ込んでいく。俺は咄嗟に『速』をあげてクロウと熊さんの間へ潜りこんだ。


 グオォ……!!


 「なんの!」


 ガキン! あわやクロウが受けていたら即死ものの爪を槍で受け止めると、熊さんは俺を押し切ろうと力を込めてくる。

 しかしナルレアに指示をして『力』を上げて逆に押し返すと熊さんが驚いた様に四つん這いになった。 

 なるほど、毛皮はそうとう厚いし力も強い。この毛皮、斬撃はダメージを吸収するが、さっき肩をぶっ刺せたように、突きに対してはそこまで耐性がないらしい。クロウの魔法も有効のようだ。


 「クロウ、さっきの黒い槍、出力を上げて足を貫くことはできないか?」


 「ええ!? 出力をあげるってどうやってやるのさ!?」


 「え? 魔力を集中させて『でかいの』みたいな感じのをイメージして出したらいけるだろ?」


 炎弾や地獄の業火はそういう感じで出して出力を調整しているのだが……


 「魔法にマナを増やせばいいのかな……?」


 「むう、ならこんな感じでどうだ? ≪炎弾≫!」


 俺が出力をそれなりに上げた炎弾をぶっ放す。すると、クロウが目を丸くして驚いていた。


 「やっぱり。理屈は分かるけど、目で見るまで信じがたいね。でも、なるほど、やってみるよ。どうせカケルなら死なないだろうし。チャーさん、マナを集めるから僕の頭の上に乗ってくれ」


 「承知した」


 「それじゃ、頼むぞ!」


 俺はデッドリー熊さんへ走りこむと、熊さんも決着をつけようと立ちあがり、両手を上げて威嚇してくる。俺が槍を突きだすと、熊さんはそれを回避。


 「おっと!? ぐえ!?」


 HP:3739/4300


 そのまま剛腕が俺の身体を打ちつけ、吹き飛ばす。だが、大したダメージではない……! 俺は吹き飛びながらも、太い木の枝に乗る。

 熊さんが俺の方へ視線を移したすぐ後に、クロウが蓄えた魔法槍が熊さんの足を貫いた!


 ドチュ!


 ガォォォォ!?


 急な痛みに驚いたデッドリー熊さんが片膝をついた瞬間、俺は木の枝から脳天目がけて槍を突きだす!


 「もらったぁぁぁ!」


 咄嗟に頭を庇う熊さん。頭がいいなこいつ!? しかし、その隙間を縫って、最初にクロウがつけた額の傷に槍が突き刺さった……!


 ズブリ、と、頭を貫通する手ごたえがあった。俺は槍から手を放してから着地後、熊さんの様子を警戒する。


 ガオォォォ……


 ドズゥゥゥゥン……


 熊さんは後ろに倒れ込み絶命した。


 「ふう、何とかなったな」


 「ちょっと怖かったね。デブリン程じゃないけど、動物系の魔物らしい怖さがあったよ……」


 「あの程度の魔物で怖がるとは、やはり少年だな」


 「僕の肩で威嚇しかしてなかったやつのいうことか!!」


 またクロウとチャーさんが髭をひっぱったり、引っ掻いたりと喧嘩を始めたのを横目に、熊さんから槍を抜いて

いるとナルレアのアナウンスが流れた。


 ピロリン


 <レベルが上がりました>


 「お、レベルが上がったみたいだ」


 「ぐぬぬ……そういえば僕も上がったみたいだ……レベルは16になったよ」


 俺はレベル14だな。ステータスは後で確認するとして、クロウはレベル16なのか。まあ神官とかだとそんなに戦う訳でも無いだろうしそんなものかもしれない。

 グランツやニドみたいな冒険者だったら俺も今頃もっと上がっているはずだ。

 

 「こいつは村へ持ち帰るか。まだ時間もあるし、豚っぽい魔物を探そうぜ」


 「吾輩が見て来よう」


 今の戦闘で役に立たなかったからか、魔物を見つけてくるとチャーさんが森を駆けて行く。しばらく待っていると、チャーさんが真っ黒い猪のような魔物を引き連れて戻ってきた。


 「れ、レア魔物だ! こいつの肉は美味いぞ……!」


 息を切らせながら戻ってくる後ろに真っ黒なイノシシっぽい魔物が突っ込んでくる。大きさはフォレストボアより小さいが、獰猛な顔つきだ。


 「経験値とお肉、いただきます!」





 ◆ ◇ ◆






 「そうですか、城に行けばわかる可能性があると」


 「ええ、アウロラ様は獣を獣人に変えてくださった、というお話が伝わっているくらいなので何かしら書物なりあると思います。……おや、外が騒がしいですな」


 「敵かもしれません! 行きますよリファ、ルルカ!」


 「はい!」


 


 「あ! カケルさん!」


 「お、ティリアか。ルルカとリファも一緒か、どうした?」


 「いや、外が騒がしいから……この人だかりはなんだ? あ、そ、それはもしかして……!」


 リファが俺の足元に置かれているデッドリー熊さんを見て声をあげる。


 「ああ、ちょっと狩りに出たら偶然出会ってな、何とか倒してきたぞ」


 すると村の子供がキラキラした目デッドリー熊さんと、黒いイノシシを見ていた。


 「すっげー! デッドリー熊さんもだけど、ブラックボアールだぜこれ! 凶暴なんだけど、兄ちゃんすげぇな!!」


 「まあまあだったな。すまないが誰か解体できる人は居ないか? 金は払う」


 そこで、毛むくじゃらの犬っぽい獣人が声をかけてきた。


 「わしがやってやる。金は要らんが、少し熊さんの毛皮を分けてくれんか? これだけ立派な毛皮なら冬を越すための服や掛布団が作れる」


 「そうなのか? 熊さんの素材は別に要らないから全部やるよ。こっちの黒ブタの肉だけあればいい」


 「何と欲の無い……くれと言った手前言いにくいが、売ればいい金になるのだぞ」


 毛むくじゃらの獣人は親切に教えてくれるが、それでも俺は手渡すと告げる。


 「必要なら持って行ってくれ。依頼をしていた訳でもないしな。あ、でも一着できたら欲しいかも。興味あるな」


 「あい分かった。では……」


 と、村のみんなが見守る中解体ショーが始まる。見事な手際だと感心しながら見ていると、リファが俺の袖をひっぱりつつ恨み言を言った。


 「私も戦いたかったのに……」


 「き、機会があればな。偶然だったんだよ」


 「偶然という割にはボク達に内緒で狩りに行ってたんだよね? 連れっていってくれてもいいのに……」


 「そうですよ。みんなで戦った方がすぐ終わりますし!」


 ルルカが口を尖らせ、ティリアはサクサクと切り出されたもも肉を凝視しながら俺達に言う。まさかお前達を喜ばせるため黙っていたとは言いにくい。


 「ま、散歩がてらだったんだよ本当に。だから師匠達もいないだろ?」


 「むう」


 リファが若干納得いっていなかったようだが、この後チャーハンを食べれば機嫌も良くなるだろう。そう思いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る