第百五十一話 新しい魔法

 


 ――グランツ達がアウロラの封印を解放した報告を受け、燃える瞳とブルーゲイル宛に俺の居場所をユニオン経由で発信した後、すぐに船を出していた。


 目的はもちろんリファの家がある国……とはならず、レヴナントの目的地へと進んでいた。そんなことを知る由もないティリアやリファ達は久しぶりに家へ帰れるとはしゃいでいた。


 「お父様にアウロラ様の封印について聞かないといけませんね」


 「うう……私は兄上と父上に会うのが怖い……! しかしお嬢様が一緒なら少しは……!」


 「『すまほ』の研究できるかなあ。リファ、ちょっと予算を回せるように頼んでほしいな」


 と、すでに帰った後ことを話しているのを聞いていると、胸が痛むし、不憫である。しかしすでに航海は始まり、航路に疎いみんなには闇狼の魔王がいる″ジェイドス"に向かっていることなど分かるはずもない。


 「どうしたんだいカケル? 船が出てからずいぶん静かじゃないか?」


 娯楽室でわいわいやっているのところにクロウがやってくる。俺はドキッとしつつも、冷静に対応していた。


 「……そんなことはないぞ? さっきティリアとにらめっこをして遊んでいたところだ」


 「いや、いい歳をしてそんなことしてるのが驚きなんだけど……まあいいや。それより、聖女様からもらった本は読んだのかい?」


 「あれな。色々面白いことが書かれていたぞ」


 俺がカバンから本を取り出しながらクロウに言う。日本語で書かれているのでクロウにはさっぱりだが、説明してやる。


 「一つは『転移魔法』のことが書かれていた」


 するとクロウが驚いた顔をし、横で聞いていた三人娘と師匠が寄ってきた。


 「それはすごいのう、見たところ古い本じゃが、そんな昔にあったとは」


 「転移って……本当ですか!?」


 師匠が感慨深く呟き、ティリアが驚いて本を覗き込む。続いてルルカが訪ねてきた。


 「今は短距離なら魔方陣で作れるけど、どういう感じで移動するの? 古い情報は興味があるね」


 「なるほど、一応転移するための理論はあるんだな。この世界に転移魔法があることを今知った訳だが、転移魔法って聞いたらあちこちに行ける……例えば行ったことがある町に行けるみたいなのを想像していたんだが、本を読んでいるとちょっと特殊だった」


 「特殊?」


 リファの言葉に俺は頷き話を続ける。


 「ああ、この魔法は場所じゃなく『物』に依存するらしい」


 「物? 剣とか食べ物とかかい?」


 クロウが手に持ったリンゴを撫でながら聞いてくる。俺はリンゴをクロウから受け取りつつ、その件についての説明を始める。


 「剣はいけそうだな。けど食料はダメらしい。で、使い方だが、対になる道具が必要らしいんだ。剣なら対となる鞘、みたいにな。後は……例えばユーティリアにAという指輪を持ってもらうとする」


 「……指輪……」


 ルルカが眉をあげる。


 「たとえ話だ、気にするな。んで、そのAの指輪と対になる指輪を用意する。婚約指輪とかなら対となるから分かりやすいだろ? 俺がもった指輪をBとしよう。で、起点となるAへ魔法を込めると、AからBへ転移することができる、というものらしい。持ってもらうか、どこかに埋めたりすればポイントとして登録できるわけだな。往復したいならAとB両方に魔法を込める必要がある」


 俺の説明を聞いてティリアがうーんと唸る。


 「なかなか条件が難しいですね。その道具が確実にそこにある、という保証がないと危なくて使えないです。指輪を誰かがつけて移動したらポイントはずれますし、海に捨てられたら海底に移動してドボンになるのでは?」


 「さすがに早いな。その通り、Bが固定されていなければ目的の場所へ到着するのは難しい。それとポイントにするには現地に設置しないといけないから一度はその場所へ行かないとダメなのも面倒なところだし、AとBが一緒になった時点で元の場所に戻るには他にポイントを設置しなければならない」


 俺がそう言うと、ルルカが目を光らせて口を開いた。


 「でも使い方を間違えなければかなり役に立つと思うよ。ダンジョンや深い森に入る時に外で待っている人に持っていてもらえばすぐ脱出できたり、町の宿屋に置いとけばよっぽどのことが無い限り安全に帰れるんじゃないかな? ちょっと気になったんだけど、一方通行でいいなら両方に魔法を込めなくていいの?」


 「だな。起点となる方に魔法を込めれば自動的にBへ取り次ぐみたいだ。食料がダメなのはここが大きいんじゃないかな? とりあえず到着するまでに練習をしておこうかなと思ってるよ」


 「なるほど……でも対になる物ってなかなか無いんじゃないか?」


 「剣なら鞘があるから、そういう対でもいいのではないかの? カケルが『剣ならいけそう』と言ったのはそういうことじゃろう」


 リファがそう言うと、メリーヌ師匠が補足してくれる。流石は師匠。俺が本にはそのように記載されていたことを伝えると、どこで聞いていたのかレヴナントが娯楽室へと入ってきて叫んだ。


 「そういうことなら私に任せて欲しい! すぐ用意しようじゃないか」


 「だいたいこういう時ってあまり期待できないものだが……よろしく頼むよ」


 「それでも頼むのか……」


 クロウが不安だといった感じで目を細めると、特に気にせず意気揚々とレヴナントが出ていく。ほどなくして戻ってきたレヴナントの手にはちょっと大きめの貝殻があった。



 「お、貝か。確かにこれなら対になるな」


 「でしょう? ツィンケルのところのざんぱ……オブジェを拝借してきたんだよ」


 「今、残飯って言いかけなかったか?」


 「気のせいだよ。ほら、使ってみて」


 「相変わらずよく分からない人だよね、レヴナントさん……」


 ルルカがぼやいていたが、それよりも転移魔法が気になるのだろう、俺の横でじっと貝殻を見ていた。さて、早速試してみるとするか……。


 「こっちを起点にしよう。じゃあティリア、これを持って俺の部屋に行ってくれるか?」


 「はい!」


 嬉しそうに俺から貝殻を受けとり、ててて、と、娯楽室から出ていく。距離が離れるとマナの消費も激しいらしいので、まずはこれくらいで試すのが良さそうだ。


 「……よし、やってみるか。≪歪曲転移≫」


 本によると、対となる道具が一つになるイメージをすると跳躍するらしい。となれば貝殻が貝だった状態を思い浮かべれば――


 「あ! カケルが消え――」


 クロウが叫んだと思った瞬間、ちょっとした浮遊感を感じ一瞬目の前が真っ暗になった。しかしその直後、目の間にはティリアの顔があ……った……。


 「!?」


 「うおお!?」


 転移には成功。だが……だが、しかし! 俺はティリアと完全に密着状態で出てきてしまったのだ! ちょうど抱きかかえる形になり、ティリアの顔がみるみる内に真っ赤に染まる。そして間が悪いことに、結果を見ようとみんなが入ってくる。


 「カケルさん成功しま……ああー!?」


 「お、お嬢様にまで手をかけるとは……(私には見向きもしないのに!?)」


 「私は心が広いから許すけど」


 「わしもじゃ。最終的に勝てばええからの」


 <流石カケル様。ラッキースケベですね!>


 「やかましいわ!?」


 「あの……とりあえず離れてもらっていいです、か?」


 「お、おお、すまなかった……」


 おずおずとティリアから離れると、気まずい雰囲気が流れた。ティリアは何故か俺の顔をじっと見ている


 「んんー……? お嬢様……?」


 「ハッ!? な、何でもありません! す、すごいですね! 急にパッと現れました!」


 「とりあえずお嬢様の態度については後で尋問するとして、まずは成功したね」

 

 「はう!?」


 「そうだな、どこかの町で対になる道具を探したいところだな。例えば、同じ道具が六個あって、みんなに持たせれば誰かの元へ即座に救出にいける、とか実験したいしな」


 「僕も使ってみたい気がするな」


 クロウが少しだけ目を輝かせてそんなことを言う。落ち着いたらみんなに教えるのも面白いかもしれないな、などと思いつつ、この日は終わった。





 ――そしてアウグゼストを出発してから約10日。ついに俺達は目的地へ辿り着いた。



 「今度はきちんと港に降りれたんですね。よく港町が許可してくれましたね? レヴナントさんは何かツテでも?」


 「はあ……帰ってきてしまったか……ん? 何かおかしいな……?」


 「久しぶりの故郷……ってあれ? なんか暗くない? 確かまだお昼前くらいの時間だったと思うんだけど……」


 「……ふむ」


 「ここは……?」



 ティリア達が先に上陸し、俺とレヴナントが最後に船から降りる。それぞれ、空を見ながら声をあげていた。無理もない、ルルカの言うとおりまだ時刻はお昼前なのだ。通常の港ならこんなことにはならない。


 そこでレヴナントが声をあげて、してやったりという感じで言う。


 「ようやく辿り着いたね。ここは獣人の国ジェイドス。さ、町へ出ようか。ティリア君は魔王と交渉するんだよね?」


 その言葉を聞いてティリアとルルカ、リファが目を丸くして叫んだ。


 「「「えええー!? なんで『エスペランサ王国』じゃないの!?」」」



 三人娘の声が夜の闇に響いたのだった。

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