第百五十二話 獣人の町へ


 「……で、どういうことなのですか?」


 珍しくジト目で俺を見るティリア。横にはルルカとリファが憮然とした顔で立っている。師匠は別にどこでも良かったらしく、特に気にした風は無く、クロウも封印について確認するならここでもいいと言っていた。


 「い、いや……これはレヴナントが……」


 俺がチラリとレヴナントを見ながら口を開くと、全てを語る前にレヴナントが口に手を当て、ガクリと膝を崩しながら話し出した。


 「うう……カケルさんに進路をこっちにしろって脅されて……逆らったら抱き枕にするって言われて仕方なく……」


 「ふざけんなお前!?」


 「カケルさん! 見損ないましたよ! 女の子を脅して言うことを聞かせようだなんて!」


 ティリアがすごい剣幕で俺の頭をロッドでポカポカ叩いてくる。力が無いのでまったく痛くないが、続いてリファも俺の肩をガクガクと揺すって叫んでくる。


 「本当かカケル!? 何となく協力してくれているあの怪しい覆面に私は負けたのか!? 全然そんな感じは無かったじゃないか!」


 「な、何言ってるんだお前……ぐるじ……」


 「ふう……あれだけモーションをかけているボクを無視して……あの人と……」


 メラメラとバックに炎が見えるルルカ。これは(死なないけど)命の危険がある。


 「待て待て! あいつを見ろ、舌出して笑ってるじゃないか!?」


 見ればレヴナントは両手を頭に組んで俺達の様子を見ていた。それに気づき、ティリアがハッとし、レヴナントへ詰め寄った。


 「そ、そういえばさっき『ティリア君は魔王と交渉するんだよね?』とか言ってましたね! あなたがここに誘導したのですか?」


 するとレヴナントはニヤリと口を歪めてティリアやルルカに謝罪を始めた。


 「その通り。カケルさんには言っていたけど、黙ってもらっていたのさ。だから私とそういう関係にはなっていないよ」


 「ですよねー。カケルが脅迫……ましてえっちなお願いとかしないよね」


 「そうだな、信じていたぞカケル」


 「お前ら……」


 あっさり手の平を返した二人を睨んでいると、師匠がレヴナントへ質問をしていた。


 「どうしてそんなことをしたのじゃ? こやつらならきちんと話せば着いて来てくれたじゃろうに」


 「それは私もそう思うけどね。でも、どっちに行きたいと言えば一旦国へ帰りたかったろう?」


 「まあ……そうだな。父上と兄上はアレだが、この危機的状況を伝えるべきだと思うし……」


 リファがうーんと、首を捻ると、レヴナントは続けて言う。


 「それはユニオン経由で伝えればできることだろう? でも、ゆ……魔王との交渉は魔王が不可欠だ。魔王であるカケルさんがいれば、とも思うけど、ぺーぺーの魔王だけより、ティリア君が居た方がいい。それに一度国へ帰ってこっちへ来るのは手間、というわけさ。黙っていたのは悪かったよ、このとおりだ」


 ぺこりと頭を下げるレヴナントに手を振りながらティリアが慌てる。


 「い、いいえ……目的があるなら……確かに私も他の魔王達にこのことを告げようと思っていましたし……」


 「だよね。それじゃ、行こうか!」


 「……」


 レヴナントはあっけらかんと頭をあげて港から町へ向かって歩き出した。


 「お、おい、待てよ!?」


 俺が背中に声をかけると、立ちどまったままのルルカと師匠が目を細めて同じく、レヴナントの背中を見ながら話しあっていた。


 「……どう思います?」


 「皆目見当もつかん、と言いたいところじゃが、あやつは何かを知っておるようじゃな。アウグゼストの書庫でも動きが怪しかったしのう……」


 「今はのっておくのがいいってことか?」


 俺が話に加わると、師匠が頷く。


 「じゃな。わしに協力してくれていたころからじゃが、わしらに危害を加えるつもりは無いと思っていいじゃろう。言っていることも確かにと思えるしの」


 「……一体何者なんでしょうか……悪い人では無さそうですけど……」


 「真実の水晶を使ってみるのはどうだ……?」


 「いざとなればそれも考えてみましょうか……」


 発動条件は相手に水晶を掲げて、ティリアが念じるとよいらしい。すると水晶の色が変化し、質問をすると様々なことを返してくれるそうだ。


 「そういや俺もそれを求めてお前を探していたんだっけな……アウロラが俺に何をさせたいのか分かるかもしれないな」


 「使いますか?」


 「いいのか?」


 「ええ。結果的に一緒に旅をしていますし、目的も同じ。だからいいですよ!」


 なるほど、ならどこかで一息ついてから試してみようかな? そんなことを言いながら俺達はレヴナントの後を追った。



 ◆ ◇ ◆



 港を出ると、ユーキのいた港町とは違い、町になっておらず、本当にただ停泊するためだけの場所のようで、少しばかり建物があるだけで、人影はまったく見えなかった。


 「で、この国の魔王はどこにいるんだ? えーっと、確か国王だっけ?」


 俺が尋ねるとティリアが頷きながら答えてくれた。


 「そうですね。確か……あの山の中腹あたりにお城があったと思います。小さい頃お父様に連れて来てもらったことがあるので……むむむ……うん、魔王の力も感じます」


 そういやそんな能力があったな。魔王同士なら通じ合え、道も迷わないというのは意外と役に立つ気がする。


 「じゃあその城へ行くのかい?」


 クロウが言うと、今度はレブナントが口を開いた。


 「いや、あの山まで結構歩くよ。途中にある町や村を経由して行くんだ。馬車がないから城まで五日くらいかな?」


 「ま、たまにはええじゃろ」


 「魔物はいないのか?」


 「いるよ。けど、このメンバーなら負けないと思う。カケルさんは折角だしレベル上げをしておいた方がいいかもね」


 「あ? ああ、確かに最近おざなりになってたしいいかも……」


 と、槍を担いで歩き出すと、急にナルレアが声を上げた。


 <そうですそうです! レベルをあげましょう! そして私を……おっと、危ない……>


 「……何だナルレア、今何を言おうとした?」


 <何でもありません>


 「嘘つけ?! お前が何なんだよ!?」


 <黙秘権を執行します>


 くそ、口を割らないか……仕方ない……


 「それじゃ行こう。私は前衛で歩くからな」


 リファが先頭に立ち、町へ向かって歩き出す。



 ――闇に覆われた空の下を歩く。


 街道があるので歩きやすいが、景色は森一面のため、もの寂しい道中だった。途中、魔物に遭遇したが脅威になるほどの魔物はいなかった。

 歩くこと数時間。昼なのか夜なのか分からない道を進み続け、俺達はようやく最初の町の入り口を発見した。


 「ふう……ようやく着いたか……ローブだと歩きにくいから少し疲れたよ」


 クロウが首回りをぱたぱたさせながら呟く。


 「山登りの時は脱いだ方が良さそうだよな。さて、飯と宿探し、どっちがいい?」


 「ご飯!」


 「お嬢様……」


 ティリアが元気よく手をあげ、ルルカが残念なものを見る目でティリアを見ていた。ま、俺も腹は減ったし異論も無さそうだと、町へ入ったら飯屋へ行くことに決定する。町の入り口に差し掛かった時、ヤギの角をつけた男と、羊の角をつけた男に止められた。


 「……町へ入るつもりか?」


 「ん? ああ、そのつもりだけど?」


 羊角の男へそう返すと、今度はヤギ角の男が俺に聞いてくる。


 「あいつらの仲間じゃないだろうな?」


 「あいつら? 誰のことだ?」


 俺が首を傾げていると、羊角が俺達を見渡した後、口を開く。


 「……ふむ、その様子だと本当に知らないようだな。お前以外は女子供か、まあ、いいんじゃないか?」


 「むう……しかし……」


 二人でなにやら言い合っていると、師匠が俺の横に立って二人に尋ねる。


 「何かあったのか? ずいぶん警戒しているようじゃが『本当に知らない』とは一体どういう意味か教えてくれんかのう」


 「そうだね、私も聞きたいかな。獣人達は旅人を歓迎していたと思うんだけど?」


 すると二人は顔を見合わせてからため息交じりに話しだした。


 「……少し前……と言っても、もう二週間近くになるか。どこから来たのか分からないが、騎士の格好をした人間が魔王様を騙して城を乗っ取ったんだ。その後、魔王様は行方不明。城を乗っ取った人間はドラゴンを駆って村や町を襲ってるんだよ。今、この国は獣人以外の人間に対して怒りを覚えていてな、お前達も仲間だと思ったんだ。いつあいつらが来るか……びくびくした日々を送っているよ……」


 やれやれと肩を落としてそんなことを言う獣人達。その話の中でひときわ大きい事件があり、俺とティリアは叫んだ。


 「「魔王が行方不明!?」」


 どうやらこの国も一筋縄ではいかないらしい……俺はそんなことを考えていた。

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