第百四十五話 石碑の謎

 


 <エリアランド城:謁見の間>



 「遅くなり申し訳ない……少々立てこんでおりましてな」


 「構わん。封印について分かる範囲で調べてきた。ユニオン経由で各国へ伝えて欲しいのだ」


 「おお、流石は風斬りの魔王バウム殿。それで?」


 封印の神殿から出たバウムはフィアムと共に、すぐハインツ国王へ謁見を申し入れた。遅くなったと言っているが、急な対応にも関わらず、執務がある国王としてはかなり早かった。


 「分かったことだが……まず、封印を解くには生贄が必要らしい。これはデヴァイン教の教徒が死にかけたのを見たから納得が行く。方法は様々だが、石碑に触るのが確実と書いてあった」


 「生贄……では、我等を争わせようとしたデヴァイン教徒は自らを生贄にするつもりで?」


 「そこは今となっては分からん。この生贄の話は続きがあってな、石碑に与えた生贄の分だけ復活した時の力が強くなると書かれていた」


 そこでハインツは首を傾げてバウムに問う。


 「……生贄で強くなる? アウロラ様がか?」


 「いや、恐らくは破壊神だろう。しかし石碑には破壊神のことなどどこにも書かれていないのだ。生贄でアウロラ様が復活するように見えた」


 「意図がまったく分かりませんな……復活させたいのかさせたくないのか……」


 「国王の言うとおりだ。で、私達魔王についてだが――」



 ドンドンドン!




 と、バウムが話を続けようとしたところで、慌ただしく扉が叩かれる。


 「何用か。謁見の最中であるぞ!」


 「は、申し訳ありません! ですが、火急にお伝えしたいことが!」


 むう、と渋い顔をしてバウムへと目を向けてから口を開くハインツ。


 「申し訳ない、少しよろしいかな」


 コクリと頷くのを見て中へ入れと促す。


 「失礼します! 謁見の最中、申し訳ありません!」


 「もうよい。で、どうした? 火急なのだろう」


 「は! 逆賊の元副隊長、イグニスタと数名の騎士が……脱走しました」


 ガタン、とハインツが椅子から立ち上がり激昂する。


 「何だと!? 見張りは何をしていた!?」


 「そ、それが、何かの薬か魔法で全員眠らされており、詳細は不明。朦朧としていましたが、意識があった騎士によると黒いローブの人影を見た、と。それとドラゴンが一頭、奪われました。現在、クリューゲル隊長が追っています」


 「何と……ドラゴンまで……」


 あまりの出来事に力が抜けたハインツが椅子に座りなおすと、バウムが口を開いた。


 「慌てて逃げたようだから、こちらに報復をかけてこなかったのは幸いだろう。クリューゲルが戻るまで厳戒態勢を取っておいた方がいい」


 「そうだな……助言、感謝する。聞いたな、クリューゲルが居ない今、お主たちが頼りだ」


 「はは! ありがたきお言葉。残った騎士総動員であたります!」


 そう言って騎士は謁見の間を出て行く。


 「こんな時に……」


 「こんな時だからだろう。ヘルーガ教徒ならそれくらいはする。では、話の続きをさせてくれ長くはならない――」



 ◆ ◇ ◆



 <エリアランド上空>



 「くそ、イグニスタめ。ドラゴンまで眠らせるとは……!」



 騒ぎを聞きつけ、クリューゲルは即座に追跡をかけたが、ドラゴンの厩舎も被害にあい、ドラゴンは全て眠らされていた。仕方なく残ったワイバーンに乗って追うが差は一向に縮まらない。すると振り返ってイグニスタがクリューゲルに怒号を浴びせていた。


 「今は逃げるが必ず復讐してやるからな……! ドラゴン達を殺さなかったのは俺があの国を手に入れて戦力にするためだ。クク、必ずだ! 必ず戻る!」


 「おのれ……しかし何故お前がドラゴンに乗れるのだ!」


 「黒ローブが色々仕込んでくれたおかげよ。ドラゴンを操るなんざお手のものだってことだ。話はここまでだ、ワイバーンじゃこいつの全速力について来れまい! 行け!」


 「グオォォォォン!」


 「くっ! まてぇぇぇ!」


 みるみるうちに小さくなっていくイグニスタを見ながら歯噛みするクリューゲル。ワイバーンも全速力で追ってくれるが疲れが見え始めたため、クリューゲルは減速させる。


 「もういい、すまなかった。これ以上はエリアランドを出てしまうから、一度戻ろう。連れて行かれたドラゴンはファライディか……無事に取り戻せるといいが……」




 ――この後、ハインツはバウムからもらった封印の話と、イグニスタの指名手配をユニオンに報告。ドラゴンが一緒ならすぐ見つかるはず、目撃があれば騎士達を向かわせよう。そう思っていたが、事態は思わぬ形となる。そうイグニスタが向かった先は――

 




 ◆ ◇ ◆





 「まだ奥か……!? 意外と奥行きがあるな」


 「あの斧男、あのケガでよく走れるわね」


 グランツとエリンがトレーネを追い、人工的な通路を走る。ガーゴイルで少し足止めをくったとはいえ、もう追いついてもいいのではないかと思ったその時――




 「んー! いいかげん放す、この変態」


 「……元気のいい娘だ。怯みもしないとは」


 「はあ……はあ……マナもギリギリだし、わ、私は運動が苦手なんだ! む、到着したか!」


 暴れるトレーネを押さえつけながら走るゴルヘックスに、ぶつくさと文句を言うパンドス。そして目の前には神殿の入り口が現れた。まずい、そう思ったグランツが大声で叫んだ!


 「そこを動くな!」


 「兄貴! エリン!」


 「チッ、しつこいヤツだ! ≪岩の牙≫!」


 「危な!?」


 なけなしの魔力を使って地面から岩の棘を出し、足止めをするパンドス。その間にゴルヘックスは神殿へと侵入する!


 「たあ!」


 「慌てないでグランツ、カケルさんなら焦りながらでも考えを巡らせていると思うわよ」


 「……そうだな。よし、ここは魔物の気配が薄い。エリンは神殿に入ったら俺とは別に行動してくれ、会話ができれば引き延ばす。その隙に技を放ってくれ」


 「分かったわ」


 エリンが頷き、神殿へと侵入する二人。グランツがさらに走ると、ほどなくして大広間へと出た。部屋の中央に石碑があり、トレーネが降ろされているところだった。


 「トレーネ!」


 「追いついたか。でももう遅い! うはははは!」


 「う、く……」


 「いつの間に拘束を解いたのか……可哀相だが、これも運命。大人しくエアモルベーゼ様のもとへ召されるのだ」


 「断る……! 私はまだ死ねない」


 ぐぐぐ、と首を絞められながら石碑へ押し付けられようとするのを抵抗するトレーネ。石碑に触れるとどうなるか分からないが、嫌な予感がするとトレーネは考えていた。


 「(片手だけど力が凄い。このままだとダメ。どうする……どうする……)」


 「動くなよ? あ、動いても一緒か! どっちにしろこの娘は死ぬんだからな!」


 トレーネはダガーをチラつかせてグランツを脅迫するパンドスに目をやる。そこでペリッティの言葉を思いだした。


 (いざとなったら使いなさい。殺されるくらいなら、殺しなさい)


 「!」


 ゴルヘックスから手を放し、だらりと腕を下げるトレーネ。


 「……諦めたか、力尽きたか。では……」


 と、ゴルへックスが少し、ほんの少しだけ力を緩めたその瞬間、トレーネは太ももに装備されたダガーを引き抜き…横に立つパンドスの首を切り裂いた!


 「……何!? そんなものを持っていたのか!?」


 「ぎゃああぁぁ!? 血、血が!? し、死ぬぅ!」


 ブシュ! と、パンドスの首から血が噴きだす。簡単に死ぬような傷ではなかったが、真っ赤な血を見てパンドスは動揺し暴れた。


 「やるわねトレーネ! おまけよ!」


 さらに追撃でエリンの矢がパンドスの二の腕に刺さる。


 「うぎゃ!?」



 そして――


 ピチャ……


 パンドスの血が、石碑へと飛び散り、表面を濡らす。




 「グランツ! 無事か!」


 「ニド! ドアール! 俺は大丈夫、でもまだトレーネが……」


 グランツが追ってきたニド達に声をかけた瞬間、石碑が光りはじめた。


 みゅいーん……みゅいーん……


 「この音は……!?」


 ニドがぶわっと冷や汗を噴出させ悲鳴に近い声をあげた。


 そう、エリアランドでグラオザムが復活した時と同じ音だったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る