第百四十二話 反撃の手を
――トレーネ達が攫われてから数時間。
夜が明けて人々が活動するころ、ペリッティは別荘へと到着していた。グランツ達は近くの森へ身を隠しており、ペリッティが救出困難と判断すれば封印のある海底洞窟で隙を見て強襲する手はずになっている。
シュ……ササッ……
「(庭に小型の……ゴーレム、かしら? グランツ君達が来なくて正解だったわね。すでにここは黒ローブ達のアジトにされている。先代夫妻も人質確定、と)」
ペリッティは木から木へ渡り、音も無く屋敷の中へと侵入する。さて、トレーネ達が捕まっている部屋は、と探しているところで黒ローブがある部屋から出てくるのを目撃し、サッと通路の角へ身を隠した。
「よく眠っている。あの眼鏡の娘も疲れで寝たようだな。……さて、もう邪魔者は入らんだろう。あとはこの子供達をどうやって連れ出すかだな」
「パンドスの旦那にゴーレムを作ってもらえばいいんじゃないのか? 中型くらいならマナの消費も少ないだろう」
「それが一番いいか……馬車も洞窟までは無理だろうしな」
「案外広かったりしてな。さて、朝飯朝飯っと……」
黒ローブの男が二人、ペリッティとは逆の方へ歩きながら喋っていた。遠ざかっていくのをチラ見しながら考えを巡らせるペリッティ。
「(二人ならここで制圧する? ……夫妻がどこに居るか分からない間はおいしくない、か。何人いるかもわからないしね。で、この部屋は?)」
ギィ……
「……! トレーネちゃん!」
部屋の中には豪華な服を着たトレーネにアンリエッタ。それに――
「何よこの数……どこからさらってきたの……」
部屋は子供達でいっぱいだった。ざっとみて30人はいるとペリッティは思いながら、一人一人状態を確認した。
「(眠っているだけね、外傷は無し。)起きるかしら? 大丈夫、しっかりして」
「……すぅ……お母さん……えへへ……」
ペリッティが揺すっても起きる気配はまるでなかった。恐怖どころか、いい夢を見ている。子供達みんながそんな感じである。何人か試すが反応が同じだったため、トレーネとアンリエッタを起こすことにした。
「トレーネちゃん、トレーネちゃん……アンリエッタちゃん」
「ん……」
「う……」
「目が覚めた?」
ペリッティが顔をほころばせると、虚ろな目をしたトレーネが一言呟いた。
「まだ眠い」
「相変わらず図太いわねー。アンリエッタちゃんは……」
「……お、起きまし、た……何だろう、お父さんの夢を見ていたような……頭がボーっとする……あ、えっと、だ、誰ですか? トレーネの知り合いみたいですけど」
「私はペリッティ。レリクス王子付のメイドよ♪」
「め、メイドさんがどうして!?」
「ペリッティ、この子達を早く助ける」
驚くアンリエッタを無視して、トレーネがもぞもぞと体を動かしながらそんなことを言うが、ペリッティは首を振って答えた。
「……ダメね、数が多すぎるわ。ここは一度撤退して、あなた達が封印の場所まで連れていかれるところを奇襲するわ」
「分かった。でもアンリエッタは連れて行って欲しい。私のせいで連れてこられたから」
「あんた……ううん、私も残るわ。一人減っていたら、怪しまれるでしょ?」
青い顔をして震えるアンリエッタは気丈にもペリッティにそう答え、それに頷くペリッティ。
「あなた達の縄は緩めておくわ。また縛りなおされるかもしれないけど、やらないよりはいいでしょ。それとこれを」
「わわ!? スカートをめくらないでください!?」
「えっち」
「静かに。別に下着が見たいわけじゃないわよ、気休めだけど無いよりはいいでしょう」
ペリッティはトレーネとアンリエッタの太ももに一本ずつダガーをくくりつける。
「いざとなったら使いなさい。アンリエッタちゃんは冒険者じゃないけど……自分が殺されるくらいなら、相手を殺しなさい。ためらわず実行する。それが生き残る秘訣よ」
冷たい声で言われたアンリエッタはゴクリと唾を飲みこみ、ぐっと目を瞑る。思い出しているのは強盗冒険者と村長事件のことだった。
「……大丈夫、一回死にかけたんだもの……お母さんを残して死ぬもんですか!」
「その意気よ。トレーネちゃん、無茶しないでね? 暴れたら子供達が危ないから、大人しくね。でも身に危険が迫ったら迷わず暴れなさい」
「大丈夫。カケルにまた会うまでは死ぬつもりはない」
その言葉に苦笑しながら、ペリッティは窓へと向かう。
「グランツ君達に報告したら、一応屋敷の屋根にでも潜伏しておくから安心してね、それじゃまたね」
こくりと、トレーネが頷くのを見てからペリッティは窓から脱出を図った。
「(まいった。まさかあれほど攫っていたなんて……公になっていない数が多い。金で売った親でもいるんじゃないでしょうね)」
ペリッティはグランツ達の所へ急ぐ。トレーネとアンリエッタ、この二人に会えたことが後に――
◆ ◇ ◆
――そして潮が引く時間。
「よっと……これで全員だな」
黒ローブ達が子供達を別荘の外に運び、一列に寝かせていく。ガルドが最後の一人を寝かせると、汗をぬぐいながら口を開く。
「もう一度嗅がせたからよく眠っているな。では海底洞窟へ運ぶぞ、パンドス頼む」
「任せろ」
むにゃむにゃとパンドスが何か唱えると、地面が盛り上がり人形のずんぐりしたゴーレムがぽこぽこと出てきた。
「そのガキ共を乗せろ」
パンドスが命令すると、ゴーレムはのそのそと子供達を背中や肩にのせ、両脇に抱える。
「ゴーレムには5人までか……チッ、もう5体は要るか……面倒な」
「腐るな、目的達成まで我慢しろ」
「お前等は攫ってくるだけだからいいよなあ? 俺は夫妻を操るのに力を使ってるのによ。今もゴーレム作成だ、嫌になる」
「ならお前も生贄にしてやろう。そうすれば苦痛からも逃れられるし、エアモルベーゼ様の元へ行ける」
悪態をつくパンドスにボルドが楽しそうに言うと、渋い顔をしてフードを被ったままのゴルヘックスの肩に手を置いて文句を言い始める。
「チッ、そんなことをしたら阿鼻叫喚の世界を見れないじゃないか。なあ?」
「……」
「相変わらずだんまりかよ、気持ち悪ぃやつだなお前は。まあいい、それじゃ行くぞ。鍵は?」
「俺が持っている」
ガルドが鍵を見せると、ニヤリと笑いゴーレムたちを先導しはじめるパンドス。
「よぅし! 出発だ! すぐに天国……いや、地獄か? そこに連れて行ってやるからな」
「待て、先代夫妻はどうするのだ?」
「そうだなぁ……そいつらも生贄にするか。干からびているからあんまり足しにはならんだろうけどな! ははは」
「……」
「……」
夫妻がふらふらとゴーレムの後をついていき、その後ろをガルドやボルドがついて行く形になり、別荘を離れていく。
月明かりの美しい夜はまだ始まったばかりだった。
◆ ◇ ◆
「ちくしょうめ、い、意外と遠いじゃねぇか!」
息を切らせて走るフェルゼン。港町から都合一日半、休みなく走り、尚到着できていなかった……。無理もない、通常の人間であれば馬車を使ってもかなりの時間を要するのだ。
「はあー……きばるか……、嫌な予感がしやがるしな……」
ギン!
フェルゼンが一度目を閉じ、次に目を見開いた時。その目は赤く光っていた。
「ちっと疲れるがしかたねぇ! うおおおおお!」
しかし、フェルゼンが到着した時はすでに――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます