第百四十一話 バトルの前の静けさ
――グランツ達が黒いローブを相手にしているころ
「やれやれ……カケルの野郎、フエーゴには来やがらなかったな。もうヴァントにも居ないみたいだが、どこほっつき歩いてんだろうなあ」
まあ、強くなってくれれば何でもいいか、と、フルスの港町へ戻ってきたのはカケルの師匠であるフェルゼンだった。
「……で、なんだかキナ臭い感じがしやがるな? あっちは破壊神の封印がある場所じゃねぇか。フエーゴでも怪しいのが居たし、まさか解こうとしている馬鹿がいるんじゃねぇだろうな?」
「おっちゃん! たこ焼きできたよ!」
「おう、350セラだ」
「毎度! おっちゃんもカケルを知ってるのか? この前きた冒険者も知ってたんだ。もしかしてカケルって有名人?」
「はっはっは、場合によっちゃそうかもしれねぇな! 王族に喧嘩を売るやつぁそうはいねぇ」
「え!? ……うーん、あいつ危なっかしいからオレが一緒にいないとダメかなやっぱり……」
「見つけたら捕まえとけ、あいつはするりと逃げていくぜ。じゃあな」
「またな! おっちゃん!」
手を振って見送ってくれるユーキに一瞬振り返って笑い、手を上げて山へと向かうフェルゼン。
「(さて、走れば朝には到着するか? 徹夜は年寄にはきついぜ? ……ま、しかたねぇか。しかしうめぇなコレ)」
一人胸中で問答をしながらたこ焼きを平らげると、フェルゼンは駆け出した。封印のある海底洞窟へ向けて。
◆ ◇ ◆
「一度休憩しよう。馬が持たなくなるぞ」
「確かにニドさんの言うとおりか……ありがとう、焦っていたみたいだ」
「ニドでいい。俺もグランツと呼ばせてもらうぞ」
「もちろんだニド!」
暑苦しいグランツがガシッと握手をしていると、エリンとコトハがささっと火の準備をする。
「まったく、久しぶりに熱い感じになっちゃって」
「フフ、でもそういうところがいいんでしょう?」
コトハがエリンにそう言うと、眉を下げながら微笑む。
「まあ、そうですね! 昔からの幼馴染ですけど、グランツは優しいですからね。そういうコトハさんもニドさんといい仲でしょ?」
するとコトハはごほんと咳払いをしながら顔を真っ赤にして答えた。
「わ、分かりますか……? パーティ以外の人には言っていないんですけどね……」
「……分かりやすいですからね。特にコトハは。私もいい人がいないかな……カケルさんはかっこ良かったですけど……」
サンが会話に参加し、そんなことを言うが、エリンが首を振ってサンの肩に手を置いて言った。
「あの人……いえ魔王は、優しいし、強いし、お金も稼げる優良物件だけど、確実に争いになるわ。アンリエッタちゃんとトレーネを見た? あれが基本的に……日常的に起こるのよ?」
「……それは……」
サンが苦い顔をしながらお茶の用意をする。それに聞き耳を立てていたアルとドアールが話し出す。
「サンはああいうのがいいらしいぞ」
「何がだよ」
「ダメだぞアルぅ? ちゃんと気持ちは伝えておかないと」
茶化す様にいうドアールをジト目で見ながら、アルが口を開く。
「……その内な。俺達みたいなのはいつ死ぬか分からない、そう言いたいんだろ?」
「フッ、分かってるならいい! ま、あのデブリンの時死んでいたかもしれんし、破壊神の力に撫でられた時も終わっていたかもしれないがオレ達は生きている。運が良かった、ただそれだけだ」
ドアールは道の先に目を移し、さらに続ける。
「……今回は、どうだろうな」
「生きて帰るさ。逃げるが勝ち、そういう言葉もあるしな」
「だといいが」
フッと笑いながら言うアルとドアールに、サンが声をかけてきた。
「アル、ドアール。お茶、飲みましょう」
「すぐ行くよ」
二人がお茶を飲みに向かっていると、ニドとグランツも馬に水を飲ませて火を熾した場所へ集まる。
「グランツに聞いたが、後数時間で到着するそうだ。それにこのまま真っ直ぐ行けばいいらしいから、みんなは馬車で仮眠を取ってくれ。俺はグランツと交代で走らせる」
「すまないけどよろしく頼むよ。で、予定なんだけど、潮が引くのは明日の深夜だ。それまでは近くに潜んで動向を探ろうと思う。それに封印の鍵を盗まれた、という話もミルコットさんから聞いた。……王子が言うには先王が怪しいということだから、危険を承知で別荘も尋ねてみたいと思っている」
「でも怪しいなら止めといた方がいいんじゃないか? また子供やトレーネちゃんを人質に取られたら面倒だと思う」
グランツが屋敷へいこうというのをアルが止める。アルの言うとおり今のところ真偽は五分だがわざわざ危険を侵すより、洞窟付近で待っていた方がいいかもしれない。
「それもあるか……ペリッティさんと合流できれば……」
「呼んだ?」
「うわ!?」
ガサっと木の上からさかさまになって顔を出してきたのは……グランツが名を呼んだペリッティだった!
「ペリッティさん!? どうしてここに!」
「いや、近くを通りかかっただけよ? 明るいからなんだろうと思って近づいたってわけ。とりあえずそっちのシーフ君が言うとおり、グランツ君達は潮が引くまで待機でいいわ。屋敷へは私が潜入する」
「アルだ。気になっていたんだけど、ペリッティってまさか伝説の暗殺者、じゃないよな……?」
「あら、知ってるの?」
「本物かよ!? 伝説の大盗賊レヴナントとタメを張る闇の支配者……シーフ仲間じゃ憧れなんだぜ?」
「伝説の大安売りだな……」
「ありがと♪ 今はしがないメイドさんよ。それじゃ、私の情報と計画を伝えるわね――」
◆ ◇ ◆
先代の王、ゼントの別荘
――深夜の別荘。そこに黒い影が三つ降り立った。
「戻ったぞ」
「早かったな? 成果は……フフ、良さそうだな」
グランツ達の読み通り、別荘は黒ローブ達のアジトと化していた。ガルド、という名の黒ローブがトレーネを抱えて部屋に入ってくる。
部屋に居た男はローブをまとっているが、フードは取っていた。顔には大きな傷があり、若い顔立ちだが完全な白髪頭をしていた。
「ったく、これで終わりでいいんだろうな?」
「……」
そしてボルド、ゴルヘックスの二人もフードを取り、子供達を床へ降ろしていた。そんな中……
「早く放す、この変態」
「ほう、威勢がいいな」
「何故かわからんが、眠りをレジストされてな。まあ、些細なことだが」
「ん? サビンガはどうした」
「やつはエアモルベーゼ様のところへ逝った」
「……そうか。羨ましいことだ」
「ところでパンドス、そっちの成果は?」
ボルドが尋ねると、チャラりと鍵を見せながらニヤリと笑うパンドス。そして、ソファで虚ろな目をして座っているゼントとジャネイラを見ながら口を開く。
「こいつらはいい仕事をしてくれたよ。不老不死をチラつかせて揺さぶったらまんまと操り人形になってくれた」
「ほう、ガリウス様の技と同じ、か?」
「馬鹿言え。ガリウス様とは比べ物にならんしょぼい術だ。あの方は操られたことすら気づかず心を乱させるのだぞ? まあいずれモノにしてみたいところだが」
そこで疲れたようにパンドスへ言うガルド。
「あんたの術には今はどうでもいい。明日決行か?」
「ああ、神託通り復活だ! ははははは!」
「……破壊神をさせるなんて馬鹿しかいない」
それまで黙っていたトレーネが口を開いた。その言葉にカッと目を見開いて、パンドスがトレーネの髪を引っ張り上げて叫ぶ。
「嬢ちゃん、喜べ! 活きのいいお前を最初に生贄にしてやる! そしてエアモルベーゼ様に命を捧げろ!」
「う……(カケル……たす……ううん、違う。私は自分で何とかしないといけない。そうじゃないといつまでも追いつけない)」
その後、アンリエッタ達と大部屋へ軟禁されたトレーネ。
そこには先に捕まった子供達が倒れていた。お腹が上下しているのを見て、とりあえず生きていることを安堵する。
「(兄貴達は間に合わないかもしれない。私が頑張らないと)」
トレーネは注意深く部屋を観察しだした。
そして、それぞれの思惑が、全ての関係者が、封印へと集結する――
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