第百二十二話 聞く耳を持たない者

 「う、う……リファが……リファが……このまま戻らなかったら……」


 「泣くな、まだ戻らないと決まった訳じゃない」


 「ガ」


 リファアヒルを抱っこし、泣きながら歩く。


 「でも……戻らなかったら、王と兄上に何と言われるか……最悪、私のお家と王家で戦争ですよ……」


 「マジか……」


 リファを溺愛しているという王と兄はそんなにアレなのか? 自惚れではないと思うが、俺はリファにはそこそこ好かれていると思っている。リファの国には近づかない方が無難だろうな。


 それはともかく、俺とティリア(と、リファアヒル)は鍾乳洞内の探索を進める。先程リファが池に落ちた後はアリの巣のように分岐が多く、人を近づけたくないという人間の心理が丸わかりな構造となっていた。


 「ふん!」


 ゲェァァァァ!?


 そして魔物がどんどん多くなってきていた。


 もしかするとこの魔物……


 俺はある仮定を考えていると、目の前に扉がランタンの灯りで浮かび上がってきた。


 「カケルさん……」


 「どうやらビンゴのようだな。こんなところに扉があるのはどう考えても怪しい」


 「ごくり……」


 「ガ」


 「お前も魔王なんだし、どんと構えてればいいのに……」


 まだ完全ではないとはいえ、魔王は魔王だし、普通の冒険者よりは確実に強いのだが、どう見ても普通の女性冒険者にしか見えない。まあ、見た目通りといえばそうなのだが。


 「開けるぞ……」


 ティリアの答えを聞く前に、俺は扉を開く。


 まだ部屋が続いているかと思えば、それなりに広い部屋が一つで、奥に黒いローブをまとった人物がカチャカチャと作業をしているのが見えた。


 「ん? ゴブリンか? どうし……う!? な、何だ貴様等は!」


 うむ、悪役らしいセリフをありがとう。声からすると男か? ローブで顔は見えないが、俺は中へと入って男に告げる。


 「よう、こんなところで何をしているんだ?」


 「わ、私の質問に答えろ! どうやってここまで来た、大量のゴブリンや魔物を配備していたのだ、ここまで来れる訳がない!」


 小物臭が凄いな……これは少し脅せば口を割らせられるかもしれないな。


 <『速』に振り分けておきますね>


 俺の意図を汲んでか、ナルレアがサクッと速さへパラメータを振り分けてくれる。


 「いや、そうでもないぞ?」


 「な!?」


 「あれ!? カケルさん? どこですか!」


 スッと俺は移動をする。だが、速すぎてティリアと男には見えなかったようだ。そのまま男の真横に立ち、首を掴むと、フードが頭から外れ、素顔を晒す。


 「……くっ!? は、放せ!」


 「まあそういうなよ『生命の終焉』」


 40年くらい吸い取ってやるかと、俺はスキルを使う。すると、男の目が見開き、叫んだ。


 「あ、赤い眼……!? き、貴様……魔王……!」


 「お、そういやそんな設定があったな。いいのか? このままだと死ぬぞ?」


 「は? え?」


 男はだいたい20代後半といった所だろうか、そこそこついていた筋肉は衰え始め、顔にはしわが増え始めた。体に異変を感じ取ったのか、自分の手を見てさらに叫ぶ。


 「あ、ああ……手、手がしわしわに……な、なんじゃこれは……!?」


 「俺のスキルの一つで、相手の寿命を吸い取るんだ。お前の寿命はこのまま全て頂くとしよう」


 なるべく悪い顔でニヤリと笑うが、男はプrプルと震える手を叩いて何か合図をした。


 「で、出てこいデブリンよ! わ、わしを助けるのじゃ!」


 「デブリンだと!?」


 「カケルさん、後ろです! <光の槍>!」


 ドゴン!


 ドスドス!


 「グォォォン!?」


 「痛!? 相変わらずの馬鹿力だな!?」


 HP:940/1290


 ティリアの光の槍を食らいながらも俺に棍棒の一撃をお見舞いしてきた! ゴロゴロと転がりながらも俺は態勢を立て直して槍を構える。あの時のやつは武器を持っていなかったけど、今回は武器を持っているようだ。


 「げほ……おのれ……! やれデブリン!」


 「こいつは一回倒したことがあるからな、さっさと片付けてやる」


 「ふん! 一体だけだと思うな!」


 パンパン!


 男が手を叩くと、さらに奥から二体、デブリンが現れた! マジか!?


 「グヘヘヘヘ!」


 「ギャギャギャ!」


 すると、二体のデブリンは俺には目もくれず、ティリアを狙い走り出した!


 「はははは! デブリンの性欲は並外れている! 一度捕まったら死ぬまでおもちゃじゃ! わしの研究は最終段階を迎えた……邪魔はさせんぞ!」


 色々考えることが多いことを言うなこいつ! だけどまずはデブリンを片づけるのが先か!


 「ティリア、頭だぞ!」


 「はい! 私をただの冒険者だと思ったら大間違いですよ!」


 ブゥン……と、ティリアの背中に光る羽が6枚展開され、デブリンの攻撃を飛んで躱す。ティリアにとって魔王の力の一つなのだろう、眼は赤く光っていた。


 「な、なんじゃとぅ!? こいつも魔王なのか……!? え、ええい! それでもデブリンには……」


 「ギャアアァァァ!?」


 と、ローブの男が叫ぶが、それよりも早く、ティリアの攻撃でデブリンが一体沈んだ。


 「クラーケンのように大型の魔物ならいざ知らず、頭が弱点と分かっていたら光の雫で十分死滅させることができますよ? さあ、観念してアヒル化した人達を元に戻しなさい!」


 「ぐ、ぐぐ……だが、まだ二体……」


 「二体? 一体の間違いだろ」


 「え?」


 男が俺の方を振り向き、ポカンと口を開けていた。それもそうだろう、俺の足元には槍で頭を貫かれて絶命しているデブリンがいるからだ。


 <バウム様の槍は安物とは違いますからね、『力』を上げればデブリンなどカケル様の前ではナメクジ同然!>


 ナルレアが興奮気味に言う。あの時は槍がひしゃげたからな。まあそれなりに反撃は受けているのでHPは減っているけど。


 「ば、馬鹿な!? 魔王とはこれほど……!? これでは破壊神様が……!」


 何? こいつは今何と言った!? 破壊神だと!?


 「どうやら、おまけに話を聞く必要が出てきたな。ティリア、さっさと倒すぞ」


 「そうですね、終わりにしましょう」


 「グォォォ!」


 デブリンが空中にいるティリアに攻撃を仕掛けるが、当然届かない。このまま不意打ちで頭を潰せばこれで終わりだ。


 だが……!


 「くそ……ん? あのアヒルは……? <#火吐陰__ひとかげ__#>!」


 「あ! リ、リファ!」


 「ガ」


 ゴウ! と、地面の虫を食べていたリファアヒルに男の火魔法が飛びかった。それを見たティリアが慌ててカバーに入り、炎を浴びた! そして直後、デブリンに捕まってしまう。


 「きゃああ!?」


 「ゲヘヘヘヘ……」


 「う、動けない……」


 非力なティリアじゃまず抜け出せないだろう、俺が助けに向かうと男が声を出す。


 「ようし、動くなよ……デブリンは私の命令を聞くよう調整している。魔王といえど頭を潰せば死ぬだろう? 動くんじゃないぞ?」


 「チッ……」


 「ふふふ……どういう魔法かわからんが、まずは寿命とやらを戻してもらわんとな。逆らえば……やれ」


 合図とともに、デブリンがティリアの頭をねじろうとする。


 「う、うう……か、構いません……やってください!」


 「(どうする、一気にデブリンを殺すか?)」

 

 するとナルレアが口を開いた。


 <カケル様、槍の力を使いましょう!>


 え、そんなのあるの!?


 <あります! 声を挙げれば胸がなる……>


 それ色々怒られるやつだから!? いいから早くしろ!!


 <槍を構えて叫んでください! 『空刃』と!>


 何だかよく分からんが……試してみるか!


 「どうした、怖気づいたか? ん? そんな距離で槍を構えて何をする気だ? 諦めて――」


 「『空刃』!」


 男が勝ち誇った顔で喋っていたが、すぐにその口は閉ざされることになった。俺が放った技により、風がカッターのように高速で飛び、デブリンの上半身と下半身がお別れを告げた。


 「グ、グオオオオン!?」


 ズウン……


 「動ける! ……ちょ、放しなさい!?」


 しかし流石はデブリン。上半身だけでもまだ逃げようとしたティリアの足を掴んで引き寄せようとしていた。だが、手の中に無いなら遠慮する必要はない。


 「終わりだ!」


 ドチュ……!


 飛び上がり、槍を真下に向けて頭を串刺しに!


 「おおおおお!」


 そのまま一気に、脳みそを抉り取るように振りぬくと、大量の血を吐きながらデブリンは息絶えた。


 「ありがとうございますカケルさん!」


 「大丈夫か? さて、後は……」


 俺がローブの男に目を向けると、男は俺達が入ってきた扉へと走って逃げているところだった。


 「ま、魔王め……あと一歩という所で……! し、しかし逃げ切れば……!」


 逃がすわけにはいかないし、俺から逃げられるはずもない。『速』をマックスにして追いかけようとしたその時だった。



 「ガ」


 「アヒルゥゥゥゥ!?」


 リファアヒルが男の足元に現れて、男はリファアヒルにつまづいた!


 ズザザザザザ……ガン!


 「う……」


 後一息。救いの一手になるはずだった扉に頭を強打し、男は気を失った。


 「ガ」


 その近くで、若干うつろな目をしたリファアヒルが虫を啄みながら一声鳴いた。 

  

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