第百一話 チェルとのお別れ

 「チューズディも速かったけど、こいつも中々だな。どうしたルルカじっと座って」


 「……ボクは大人しくしているよ……」


 「チューズディはバウムさんが乗って行きましたしね。大丈夫なんでしょうか?」


 【ガオオオン!(旦那! 女の子をこんなに乗せてくれるたあ頑張った甲斐がありますよ! チューズのヤツは真面目だから大丈夫でさあ!】


 「……大丈夫みたいだぞ」


 「なんで僕がこんなことを……」


 と、ファライディに背には俺達五人が乗って移動をしていた。そして神殿と封印に心当たりと興味があるということでバウムさんが着いて来てくれることになり、ハインツ国王とクリューゲル、それにバウムさんがまず赤いドラゴンへ騎乗。その後、リファとルルカを回収し、慣れる意味もあってクリューゲルとバウムさんがチューズディに乗ったので俺達はまとめてファライディの背というわけだ。


 「真っ直ぐ行かないのか?」


 「ああ、険しい山みたいだし、準備をしておかないとな。食料とか」


 「食料……」


 ピクっとティリアの耳が動いた気がする。たこ焼きやホットケーキの一件からこいつが食べることが大好きだと言うのは分かっているので、メニューも考えておかないとな。


 「それとチェルを母親の元へ帰さないとだしな。そうだ、クロウ。お前の見立てでは神殿に着いていると思うか?」


 

 「……それをわざわざ言……ぐりぐりの手はやめろ!? 多分まだ着いていない。今朝出たばかりだから、いいところ山の麓だろうね」


 なら先に俺達が神殿を見つけることも可能か。そう思っていると、ルルカがスカートを抑えながらクロウに訪ねる。


 「どうして君だけエルフの襲撃をしたの? それにエルフのフィアムが集落を掌握しようとしていたならこっちにくるのが筋だと思うけど?」


 「こっちはあくまでも囮だったからね。エリアランドに来たメンバーの中じゃ僕が一番強いから、足止めをするには丁度いいという判断さ。自慢ではあるけど、これでもリーダーだからね?」


 「あっさり捕まったくせにな」


 「うるさいな!」


 ふて腐れてクロウが座ると、ちょうど眼下に王都が見えてきた。


 【グルウ(それじゃ、厩舎へ降りますぜ)】


 「頼む。また一仕事あるから休んでおいてくれな」


 【ガウ!(合点でさ!)】


 「本当に会話してるんですねえ」


 ティリアがクスクスと笑いながら背を飛んで降りていた。他の三人は俺が先に降りてから手を引いてやり、地面へと着地を果たした。


 「カケル、今から国王が正気に戻ったことを国民に伝える。ユニオンにも報告をする必要があるから少し時間がかかりそうだ」


 「分かった。ならチェルを母親のところへ返して買い物を済ませてくる。どれくらいで戻ればいい?」


 「今が14時を過ぎたところだから、17時には戻ってきてくれ。あ、それとバウム殿は休戦となった証として国王に立ち会ってもらえることになっている。最後だが、買い物でかかった費用は国王が自分のお金で賄ってくれるそうだから分けて購入をしておいてくれ!


 クリューゲルは早口で捲し立てると、早足で厩舎を後にする。あいつも大隊長に戻るとか何とかで結構忙しいらしい。

 俺達も厩舎を出て城下町を目指していると、身体を縛られた騎士達がぞろぞろと城へ連れて行かれていくのを目撃する。その中にパンツ一丁の男がこちらに気付き、激昂した。


 「……貴様! 俺を唆した貴様が何故そこにいる! 俺がこんな目にあったのは貴様のせいだ! 貴様も罰をうけろ!」


 「……ふん……」


 クロウがそれを見てつまらなさそうに小さく呟くと、目を剥きだして口から泡を出しながら身を乗り出す。


 「ぐ、ぐぐ! 許せん! ええい、離せ! 俺は竜の騎士大隊長イグニスタであるぞ!」


 こいつがクリューゲルの後釜だったやつか……クロウ達が直接的な原因ではあるが、俺はイグニスタとやらの前に出て一言だけ口を開いた。


 「確かに唆したクロウも悪いが、それに乗ったお前はもっと最悪だ。それに乗らなければエルフ達と戦いは無かったし、お前が落ちぶれることも無かったはずだ。自業自得なんだよ、お前は」


 「う、ぐぐ……! な、生意気なガキがぁぁぁ!」


 「大人しくしろ! 連れて行け! ……申し訳ありません、お見苦しい所を。話は聞いています、あなた方の協力のおかげで異種族との争いは免れたと。私の妻は半獣人でしてね……本当にありがとうございました」


 ぺこりとおじぎをして騎士が城へと入っていく。するとクロウが俺に話しかけてきた。


 「僕のせいにしておけばよかったじゃないか。唆したのは間違いなく僕達だ」


 「それは間違いないんだが、話を持って来られた時点で拒否すれば良かったし、お前達をその場で捕まえておけばおおごとにはならなかったんだ。だから、あいつの言い分だとお前だけが責められるいわれもねえさ」


 「……」


 俺がそれだけいうと、口をつぐんで後から着いてくるだけになった。ほどなくしてクリューゲルの屋敷へと到着し、チェルを呼ぶ。


 「おーいチェル! 戻ったぞ!」


 「……ご主人様! おかえりなさい! ど、どうでしたか! 空に竜の騎士がいっぱいいて怖かったです! お部屋で丸まっていました……」


 「はは、この屋敷は広すぎるしな。とりあえず、一つ片付いた。母親の所へ帰れるぞ!」


 「え……ほ、本当ですか!? ……って、この黒いローブの人は悪い人では!?」


 「キーキーうるさいな……これだから猫は……」


 「うるさい!? チェルがこんなことになったのもあなたたちのせいなんでしょ! ご主人様にたっぷりお仕置きしてもらうといいんです! ね、ご主人様?」


 「まあまあ……この子にもまだ聞きたいことがありますから。まずはお家へ帰りましょう?」


 「は、はい……奥様がそうおっしゃられるなら……」


 あ、そういえばまだ解除してなかったな……まあ、チェルが着いてくるとか言いだしかねないからとりあえずは黙っておこう。


 「あはは! 窘められてる!」


 「……ふぎゃああ!」


 「ぎゃああああ!?」


 そろそろ行こうかと俺が声をかけようと思った瞬間、チェルの爪がクロウの顔下半分を斬り裂いていた。



 ◆ ◇ ◆



 ガチャ! バタン!


 「お母さん!」


 「……え!? チェル!? お前チェルかい!? い、今までどこに行っていたんだい……あたしゃ心配で……ユニオンに捜索願いを出したら却下されて途方に暮れていたよ……」


 チェルと同じオレンジの髪をした女性がチェルを抱きしめて泣いた。


 「もう異種族狩りは行われないと思います。だから安心してください」


 俺がそう言うと、母親が俺達を見て慌てて涙を拭き、訪ねてくる。


 「……あなた達は……?」


 「この人はカケルさん。私が奴隷にされて、デブリンの囮にされそうになっていたところを助けてくれたの。私のご主人様よ!」


 「ま、まあ……奴隷だなんて!? 無事なのかい? いやらしいこととかされていないかい?」


 何故か俺の方をチラチラ見ながら言う。うん、まあ、奴隷のご主人様だとそういうことももあるかもしれないからな……。


 「もうお母さん! ご主人様に失礼よ! ……生きてまたお母さんに会えると思っていなかった……ご主人様、本当にありがとう」


 「はは、冗談よ。カケルさん、でしたかしら。本当にありがとうございます……」


 深々とお辞儀をしてお礼を言ってくる母親。俺はチェルに言う。


 「気にするな。ゆっくり休んでお母さんと過ごすんだぞ?」


 「は、はい……今度のことが終わったら、また旅へ……?」


 「もちろんだ。また、この国を出る前には顔を出すよ。時間が無いから、またな! 行こう、みんな」


 「あ……! ま、また必ず来てください! まだお礼をしていませんから!」


 色々言いたいことはありそうだけど、こういうのはあっさり別れた方がダメージを負わずに済む。顔を見せるとは言ったものの、ここに来ることはもう無いだろう。片手をあげて俺はチェルの家を後にした。


 「良かったな、母親の元に帰ることができて。カケルはかっこつけすぎだけどな」


 リファがニコニコしながらそんなことを言うので、俺は適当に答える。


 「たまにはいいだろ? 俺にもかっこつけさせてくれても。さ、次は買い物だ、国王のポケットマネーで買い漁ろうぜ! うへへへ……」


 「はあ、ちょっと褒めたらこれだ」


 「まあ、カケルさんはカケルさんだからねー。あ、ボク、魔法薬につかう草が欲しいかも!」


 「わ、私はお食事が美味しければなんでも……」


 「よし、一人ずつ好きなものを買っていこう。クロウ、お前も何か決めとけよー」


 「はあ!? どうして僕が!? 僕は敵だぞ!」


 「山は険しいみたいだし、防寒具とかあったほうがいいんじゃないか? えーっと……雑貨屋は……」


 「(こ、こいつ、一体どういうやつなんだ……? もう少し様子を見てみるか……)」


 


 ――そして17時。


 時間ピッタリに俺達は王都を飛びたち、ベリーの村へと向かった。

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