第八十話 国のしがらみ



 視線が痛い。


 ブルーゲイルの面々と会話をしながらも、他の冒険者がこちらを見ているのが嫌というほど分かるくらい視線を浴びていた。


 「……お前さん、戦士って言ってたよな……」


 「ああ、カードもそうなってるぞ」


 ニドが疲れた様に言ってくるので、俺は財布からカードを出して見せると、大げさにため息を吐き、サンがとてとてと俺の横へ来て財布に興味を示した。


 「そのお財布……いいですね……」


 あ、何気なく出したけどこれも向こうの世界のものか……俺は慌ててカードをしまい、ポケットへ戻した。


 「もっと見たかった……」


 「人様の財布をあまりじろじろみるものじゃないわよ。戦士で魔法を使える人も居なくはないけど、ちょっとカケルさんのは強力過ぎるわ。でもレベル7なのよね?」


 「じーっ……」


 「ま、まあ、いいじゃないか俺のことは。あ、あー魔法使いぎて疲れちゃったなー少し休もうっと」


 「あ、そもそもあれだけの魔法を使って回復までしてピンピンしてるのもおかしいのよー!」


 でかい声でその場を離れようとする俺に追撃をしてくるコトハを無視して俺は誰もいない木の下に腰掛けて一息ついた。


 「うーむ、人も多いしあれくらいの魔法なら使えるのがいそうだと思ったけどそうでもなさそうだな……」


 <そうですね、今後はもっと絞った方がいいかもしれません。ジョブも隠しておくのが吉と出ております>


 「占いかよ……そう考えると素性を知っているティリア達と居た方が楽だったかなあ。あいつ自身魔王だから『魔王のお供だったらこれくらいは強いだろう』説で誤魔化せるかもしれん」


 <あの方たちとは目的も合いませんし、あまり関わらないほうがいいのでは? この依頼が終われば大事にもならないでしょうし、この後気をつけましょう>


 何か不機嫌そうな感じで言い捨てるようにナルレアが言った後、俺の頭上に影ができた。


 「やあ、さっきは凄かったな。俺の見立て通りだった」


 「……クリューゲル、さん、だっけ」


 「名乗ったっけ? まあいいや、良くも悪くも有名人は辛いってことにしとこう」


 さわやかに話しかけてくるが、どういうつもりだ?


 「竜の騎士だった、くらいは聞いてるよ。俺に何か用か?」


 「いや、#今は__・__#特に。この後、協力してゴブリン達を倒すんだ、挨拶くらいはしておこうと思ってな」


 「……そうか、まあ見ての通り槍と剣、それと簡単な攻撃魔法に回復魔法だ。ケガしたら治すから言ってくれよ。そういや竜の騎士だったならワイバーンは?」


 俺がそういってゴロンと寝転がると、困った顔をして俺に言う。


 「その話はちょっとここじゃあ難しいな。無事ゴブリンを倒したら宴会だろうし、その時にでも話そうぜ」


 じゃあな、と言って立ち去っていくクリューゲル。


 「何だったんだ?」


 <謎ですね>


 何か言いたいことがありそうだったけど、あいつは何で俺を『強い』と判断したのかが気になるところだ。


 少し休憩したところで再び行軍が始まる。


 俺への視線やクリューゲルの意図も気になるけど、今のところはあの獣人の女の子を注視しておかなければならず、残り時間は3時間まで迫っていた。

 どのタイミングで死んでしまうのかまでは分からないので、そろそろ近づいておいた方がいいかと不自然にならないよう檻の後ろについた。


 そして陽が落ちるかどうか、微妙なラインの時間にゴブリンの巣へと到着した。



 「あれか……」


 「目印があります、間違いないかと」


 イクシルと職員が開けた場所に出来ている天然の洞窟を見ながら話しあっている。ゴブリンには特に見張りもおらず、開けた場所は静かなものだった。


 「では最初の予定通り、この獣人を使っていぶり出す。洞窟から出て、檻に群がった所を叩くぞ」


 「!? ……」


 檻の中でビクッと顔をこわばらせる女の子。俺が近くにいても、もう睨んできたりはせず、諦めている表情だった。いわゆる目のハイライトが消えている状態だ。そこで俺が手を上げてイクシルへと尋ねる。


 「なあ、この檻大丈夫なのか? 壊れたりしたらこの子、死ぬんじゃないか?」


 「……お前か、さっきからその半獣人を気にしているようだが、惚れているのか? ……そんなはずないか……この国で半獣人に居場所は無い。まして罪人となればな」


 「……」


 クリューゲルが険しい顔で腕を組んでいるのを横目に、俺はその罪状とやらを確認する。


 「その子って宿で働いていただけだよな、それがどうして……」


 するとイクシルが凄く不機嫌そうな顔で俺に言い放った。


 「……国の方針だ。半獣人と獣人は入国時に申告が必要。その際『獣人と半獣人にだけ税金』がかかるのだ。獣人は見ればすぐわかるが、そいつは半獣人であることを隠して税金逃れをしようとしたんだ」


 俺がチラリと女の子を見ると、サッと目を逸らした。どうやら本当らしい。


 「それにしても……」


 「おい! いいかげんにしろ! イクシルさんは……」


 「構うな。時間が惜しい、質問はもう終わりだ。檻を広場へ運べ!」


 「は、はい!」


 「まだ話は……」


 「やめとけカケル。ユニオンマスターに喧嘩を売ってもいいことなんざない。言いたいことは分かるが諦めろ」


 俺がイクシルを引き止めようとすると、ニドが俺の肩を抑えて止めてきた。


 「納得いかないんだが……」


 「だとしても止めといた方がいいよカケルさん。別に知り合いってわけじゃないんだろ? 指名手配されたらこんどはカケルさんが犯罪者だ」


 アルが肩をすくめて俺に言う。善意で言ってくれているのは分かるので、俺もこれ以上ここで追及はしないことにし、別のことを尋ねる。


 「例えばあの子の税金とやらを立て替えてやれば助けることはできたりするのか……?」


 「粘りますね……交渉次第、と言っておきましょうか。後は不慮の事故で保護した場合は助けた人の『所有物』になります」


 「奴隷みたいなもんか?」


 「……それに近い、ですね。奴隷と違って強制はできないので、悪い人だとわざと奴隷に落として恩をかさに好きにする人も居ます……」


 同じ女性として思う所があるのか、コトハとサンがそれぞれ答えてくれる。というかペットかよ……。


 いや、半獣人と獣人はこの国のトップからすればそういうものなのかもしれないな。忌み嫌っている、というところか。

 そんな話をしていると、冒険者達が数人がかりで檻を持ち上げて運んでいた。音を立てないようそっと運び、地面に置くと何か煙のようなものを炊きだし、こちらへ逃げてくる。


 まずいな、後20分しかない……ん? 女の子の目がとろんとしてその場にへたりこんだぞ?


 「ありゃ何だ?」


 様子を見るため身を乗り出してみていると、いつの間に横にきていたのかゴウリキが話しかけてくる。


 「猫獣人を発情させる薬らしいぜ。ゴブリンがそれに釣られて集まった所を叩く、そういう作戦だ。へへ、あの嬢ちゃんは勿体ねぇが金にはかえられねぇからな」


 ゲスいお言葉ありがとう。というかそういう目的じゃなくて、万が一逃げられないようにするための措置だろうな。


 「静かに! 出て来たぞ」


 煙に釣られ、洞窟の穴からぞくぞくとゴブリンが出てきて檻を取り囲み始めた。それを見てゴウリキが冷や汗を流す。


 「おいおい、何匹居るんだよ……」


 「これは厄介……ん!?」


 クリューゲルも槍を構えて合図を待っていると、驚いたような声を上げた。その視線の先を追うとそこには……


 「でけぇ!? ゴブリンの中にオークが混じってるぞ!? ああいうことってあるのか?」


 俺がニドに声をかけると、ニドが口を開けたまま固まっていた。視線は勿論あのオークに合わさっていた。


 「おい、ニド!」


 「あ、あれはオークじゃない……何でこんな森にアレがいるんだ?」


 「オークじゃない? どうみても……」


 俺が聞こうとすると、その前にイクシルが答えてくれた。


 「……あれはゴブリンではない……ゴブリンの亜種、デブリンだ」


 「デブリン!?」


 何だそりゃ!? と、聞き返したかったが事態はまずい方向に進んでいた。


 ――デブリンの一撃で檻が破壊されていた。

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