第七十七話 危険回避をしたはずなのに
「なあ兄ちゃん、その『オススメ』譲ってくれないか?」
でかい男がビール片手にゆらりと迫ってくる。まだ俺と同じく、入店したてで紙一重で俺が注文したと、といったところか。
とりあえずこの料理に固執する必要はないし、俺は立ち上がって皿を目の前に出して言う。
「構わんぞ、持って行ってくれ。おばちゃん、代わりに美味しいものを頼めるか?」
「最後の一つなのに気前がいいねぇ。なら他の魚を出してあげるよ、マスター!」
おばちゃんが厨房の声をかけると、マスターが「任せとけ」と言って何か仕込み始めた。男は俺から皿を引き取ると、頭を下げて礼を言ってくれた。
「ありがとう。今日の料理は仲間と楽しみにしていたんだが、少し遅くなってな。助かるよ」
「気にしなくていいよ。俺はそれが食べたかった訳じゃないしな」
俺は席につきながら、ひらひらと手を振ると男はフッと笑って自席へと戻って行った。チラリとそちらを見ると、男三人、女二人のパーティのようで賑やかな声をあげていた。
「ま、いざこざを起こすよりはいいしな」
手にしたビールを飲みながら明日は依頼でもあるといいな、と考えていた。
◆ ◇ ◆
そして翌朝。
昨晩はライスにステーキ、そして後から追加してくれた白身魚のムニエルのようなものと貝のバター焼き(あさり?)をいただき、二杯目のビールを飲んだところで切り上げ早々に宿へと戻った。……昼寝をしたのに、一杯目で割と眠気が来たのは内緒だ。
「ふあ……」
<今日は自分で起きましたね>
「まあ昨日は何だかんだで早く寝れたし、ベッドも気持ち良かったし……」
伸びをして、ベッドから降りると即洗面台へ直行して冷たい水で顔を洗うと、すっきり目が覚めた。
「いよっし! 朝飯といくか」
<じゅるり>
お前は食べたそうにする必要ないだろ、とツッコミをしながら部屋をでて階段を降りようとしたところで違和感に気付いた。
「あれ? 昨日の子は……?」
今日はあの赤いくせっ毛をした獣人子はおらず、この宿の経営者かな、という感じの貫録がある女性が受付に立っていた。俺が呟いた声を聞いてから少し不機嫌になりながらぼそりと言う。
「……あの子は辞めたよ。まあ騙された私も悪いんだけど……」
「騙された?」
「何でも無いよ! ほら、朝食が無くなるよ、レストランに行った行った!」
「何なんだ……?」
先ほどまでの不機嫌さはお客さん(俺)相手には不適当だと思ったのか、笑顔で見送ってくれた。逆にその切り替えが奇妙だと思ったけど、それ以上追及する必要はないかとレストランへと降りて食事をし、ユニオンへと向かう。
「まだ朝の8時半か、依頼はどうかねえ……」
<お金はあるのですから、無ければ帰ってゴロゴロすればいいじゃありませんか>
「気が向いたらな」
ダメ人間の見本みたいな休日の過ごし方を提供してくるナルレアをスルーしつつ、ユニオンへと入ると昨日とは違い物々しい雰囲気に包まれていた。
「お、何か冒険者がめちゃくちゃ集まってるな?」
受付に行きながら呟くと、昨日俺の手続きをしてくれた女性が声をかけてくれた。
「おはようございます。何だかゴブリン達の動きが活発だとかで、討伐隊を組むことになったんですよ。昨日、女性冒険者三名が馬車で森へと入って行ったらしいんですけど、それも活気づける要因になったみたいですね」
……馬車……三人……女性……嫌な予感しかしないが、一応聞いてみる。
「その三人、どうにかなった、とか……?」
「いえ、完全に蹴散らして、いわゆるフルボッコだったそうです。女性だけだと狙われやすいし、勝てるとふんだんでしょうがところがどっこいその三人は強かったみたいですね」
ガクッと崩れる俺。なんだ、やっぱり強いんだな、と安心していると女性は話を続けてきた。
「ですが、命からがら逃げたゴブリンが仲間に報告して、復讐のため続々集まっている、ということらしいんですよ。このままだと村はおろか町に侵入するくらいはやってきそうなので先に手を打とう、そういうことです」
うーむ、あいつら歩く疫病神……疫病魔王みたいな感じだな。まあゴブリンが手を出さなければ良かっただけなので、ティリア達が悪いということはないか。
「にしても対応が早いな? 昨日の今日だぞ?」
「森はエルフと共同で見回りをしているんですけど、最近協力をしてくれなくなりまして……冒険者を多く雇って森の見回りをお願いしているような状況なんです……で、その女性三人と出くわした冒険者達が居まして、そこからの報告ですね」
逃がしたゴブリンを追ったところ、結構な数を見かけたとかで緊急依頼に発展したらしい。
「大変なんだなぁ」
とりあえずティリア達が無事だということで安心した俺は、適当な返事をしながら冒険者の一団を横目で見る。すると受付の女性が言ってくる。
「あなたも参加なさいますか?」
「まさか。そんな危なっかしいのを受ける理由がない」
クラーケン退治に貢献した、ということで少々ながらお金をもらい、元々あったお金に口座にもお金がある事が発覚した今、無理してお金を稼ぐ必要はない。俺が欲しいのはレベルと戦闘経験なのだ。
「そうですか、では……」
と、女性が別の依頼書を俺に見せてくれようとしたところで、気の強そう……というか性格の悪そうな男が冒険者達の前に現れた。
「良く集まってくれた、勇敢な冒険者諸君。ユニオンマスターとして礼を言う。これからゴブリン共の拠点を強襲し、叩く。準備はいいな」
冒険者達がそれぞれ威勢のいい声をあげる中、一人の男が手を上げて質問をする。あれは……
「マスター、この人数で不安はありませんが、他に作戦などあるのでしょうか?」
昨日酒場でオススメを譲った男だった。それを聞いたマスターがニヤリと笑い、指をパチンと鳴らすと奥からガラガラと檻が運ばれてきた。
「え!?」
「どうかなさいましたか?」
檻の中には昨日の宿の受付をしてくれた獣人の女の子がいた。みすぼらしい服を着せられ、口にさるぐつわ、腕には手錠をつけられて俯いている。ざわざわと冒険者が騒ぐ中、ユニオンマスターが声を出して静かにさせると話を続けた。
「この半獣人、人間と偽って仕事をしていたのだ。不法にこの国に居たことも分かった。処罰を検討した結果、この娘をゴブリンの巣へ放りこむことに決定。娘にゴブリンが気を取られた所を攻撃する、そういう手筈だ。他に質問は?」
マジか……半獣人って、どういう扱いか気になったので受付に聞いてみる。
「なあ、半獣人ってどういうことだ?」
少し困った顔をしながらも受付の女性が応えてくれる。
「……ご存じないのですか? 半獣人は文字通り獣人と人間のハーフです。この半獣人達は見た目が獣人であれば獣人の国で受け入れてもらえますが、人間の容姿をした半獣人は獣人の国ならまだ扱いはマシですが、人間の中にはハンパものと嫌う傾向にあるのです。お恥ずかしいことですが、ユニオンマスターがそういった方なので……」
町の人間もその傾向が強いってか。そんな話をしていると、檻の中にいた女の子が俺と目が合う。
「……! ……!!」
俺に気が付くと、ガシャガシャと檻に体当たりをして暴れ出した。その目は恨みを込めた目で睨みつけてきている。昨日の愛想が嘘のような感じだ……。
「うるさいぞ!」
ガシャンと、ユニオンマスターが檻を蹴ると女の子は怯えた様子でしゃがみ込む。
「……」
「そ、それじゃ依頼を……」
俺の雰囲気を悟ったのか、慌てて受付が依頼書を出してくるが、俺はそれを押し戻して受付を見ずに言い放つ。
「ゴブリン討伐、まだ枠はあるんだな?」
「え?」
「あるんだな?」
「え、ええ! ……よろしいのですか?」
「ああ。もう出発するんだろ、急いでくれ」
「か、かしこまりました、すぐ手配いたします! マ、マスター」
<はあ……自分から飛びこむのですか?>
受付の女性がその場を離れて、近くに居るユニオンマスターへと話を始めていた。あの子が俺に恨みの目を向けてくる理由は分からないし、本当なら面倒事だとスルーしたかもしれない。
だが……
『???(13) 寿命残:9時間』
このまま俺が行かずに放置すれば、あの子は確実に死んでしまうことだけは分かった。
さて、どれくらいレベルアップできるかねえ?
こちらに歩いてくるユニオンマスターを見ながら俺はそんなことを考えていた。
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