第七十六話 エル二ーの港町

 さて、とりあえず身バレしないよう町中へと潜りこんだ俺は宿と、この町にもきっとあるアドベンチャラーズ・ユニオンを探しに散策を開始する。


 「……」


 たまに振り返って確認するが、ティリア達が追ってきているということは無かった。どうやら今度こそ目的地へ向かったようだ。このまま別の船に乗って旅立つのも悪くは無いが、俺を探すことができるみたいなので次に会った時何を言われるか分からないのでそれは止めておく。


 「向こうとそんなに変わらないな。おや、あの看板は……」


 シャクっとアンリエッタ産のリンゴを齧りながら適当に町をぶらつくと、ユニオンを発見することができた。宿の前にユニオンに顔を出しておこうか。


 ちなみにユニオンの特徴は、どの町も似たような外観と看板をしているということで、コンビニみたいな没個性だなと思える感じ。


 「さて、流石にこの町まで俺のことは手が回っていないだろうと思いたいが……」


 中へ入るとウェハーの町とは違う配置の内装に戸惑いながら受付へと向かう。


 「いらっしゃませ! エルニー支店へようこそ、今日はどういったご用件でしょうか?」


 「何か魔物の討伐依頼が無いかと思って来たんだ。ここには初めてなんだけど、他の町と何か違うところがあれば教えてもらえるかな?」


 「かしこまりました。ではこの町での登録を行いますので、カードのご提示をお願いします」


 俺は財布からユニオンカードを取り出して受付のお姉さんに渡し、カルモの町でも見た板の上に置くとぼんやりと光り、すぐに消えた。


 「お名前はカケルさんで、レベル7の戦士ですね。受付が終わりました。えーっと……すいません、本日は討伐できる魔物の依頼は残っていないですね」


 ありゃ、そうなのか。まあ、もう夕方に近い時間だし、とりあえず登録できただけでもいいと考えるとしよう。


 「なら明日また来るよ、別に急いでいないから気にしないでいいぞ。じゃあ次は宿へ……」


 「ありがとうございます! 宿でしたら、ユニオンを出て右へ向かうと一階がレストランになっている宿屋”フラワー”がありますよ」


 「そうか、ありがたい。それじゃまた来るよ」


 小麦粉みたいな名前の宿だなと思いながら、俺は水色の髪をしたベリショのお姉さんに挨拶をしてユニオンを後にする。

 とりあえず俺の名前を見ても特に動揺したり、マスターを呼んだりすることはなかったのでここなら気軽に依頼を受けることができそうだ。


 「フラワー、フラワーっと……ここだな」


 一階がレストラン、二階には『宿』の看板があるので間違いなさそうだ。入り口は別になっているので、二階へと足を運ぶ。


 「いらっしゃいませ~何名様ですか?」


 二階のドアを開けると、赤いくせっ毛をしたそばかすのある女の子が出迎えてくれた。


 「一人で、一週間ほど滞在したいんだけど」


 「はいはい~♪ 部屋のランクはどうされますか? お客さん見たところお金無さそうだし、一番安いのにしておく?」


 「失礼だろそれは!?」


 「いやあ、でも結構見た目って重要なんですよ? 人は中身が大事! って言いますけど、初めて会う人ならパッと見の印象で8割くらい決まると思いません?」


 ハッキリ言うなあ。


 「……人を見かけで判断しては良くないぞ! 一番高い部屋より一つ下のランクを頼む」


 「マジですか!? 昨日まできっと野宿してたなって感じのお兄さん!」


 「やかましいわ。で、いくらなんだ?」


 「まあ微妙にヘタレて一つしたのランクというのは好感が持てますね。えーっと、まとめての宿泊になるので、49000セラになります!」


 一日7千セラ……いいお値段か。


 「ちなみに一番安い部屋だと?」


 「17500セラです。今ならまだ引き返せますよ?」


 ニヤニヤと笑いながら聞いてくる女の子に、俺は財布を取り出して5万セラを受け付けに叩きつけた!


 「おおー!? マジですか!?」


 するとくせっ毛の端からぴょこんと耳が飛び出てきた。


 「お、それはねこみみ……?」


 「ハッ!? ……では1000セラのお返しになります。朝食はこのプレートを一階のレストランへ持っていけば食べられますよ」


 何事も無かったかのように営業スマイルで接客に戻る女の子だが、冷や汗が凄い。しかしここで追及すると面倒なことになりそうなフラグが見えるのでここの選択肢はスルーだ。


 「サンキュー、部屋の鍵は?」


 「あ、ああ!? こ、これですこれです! ……怒らないんですか?」


 「? どうしてだ? 口は悪かったけど、別に怒る程のもんじゃないぞ。それじゃ、ゆっくりさせてもらうよ」


 「あ、はい」


 おそらく、学院の授業で聞いた闇狼の魔王がいる大陸の獣人なのだろう。向こうの国には居なかったから珍しいものが見れたな。そんなことを思いながら、俺は部屋へと向かった。



 「流石は一番上より一つ下のランクの部屋……!」


 部屋は四階にあり、セミダブルのベッドに豪華な洗面台、風呂もついていて海が見渡せる絶好のスポット。五階がもうワンランク上みたいだけどこれからどう豪華になるのか気になるレベルである。


 <ソシア様の所を出てからはテントに工房、船の中とロクな寝床に居ませんでしたからね>


 ナルレアがベッドに腰掛けた俺に話しかけてくる。確かにここ最近まともなベッドで寝た覚えがない……。


 「だなあ……久しぶりにベッドで休ませてもらうとするかね……」


 気づけば俺は眠りに落ちていたのだった。



 ◆ ◇ ◆



 <――様、カケル様。起きてください>

 

 「んあ……? 今何時だ……?」


 <20時を回った所です。そろそろご飯を食べないといけないのでは、と思い起こしました>


 「ふあ……それは助かる……」


 宿に着いたのが16時くらいだったから4時間くらい寝たのか。朝食はつかないって言ってたから下のレストランか、他の飯屋に行くしかないか。


 「レストランは朝食に期待するとして、適当に出てみるか」


 <レシピが増えるといいですね>


 「ああ、そういう目的も面白そうだな。最終的に魔王じゃなくてコックになれそうだけど」


 そんなことを話しながら夜の町へと繰り出していく。


 ユーキの居たフルスの港町と違い、漁港としての機能はそれほど大きく無いようで海産物を食べる店は多くないようだ。

 町の外は森と林が広がっており、魔物も出るがエリアランドの王が居る城の辺りは観光に適した開発をしているらしい。まあ、いつか気が向いたらそっちに足を運んでみようと思う。そろそろどこかで飯を食いたいなと思っていると、いい感じの酒場を見つけることができた。


 「一人だけどいいかな?」


 「いらっしゃい! 好きな所に座ってくんな!」


 威勢のいいおじさんがにっかりと笑い席につくよう促してくれる。店内を見ると、冒険者や一般人など様々だ。


 「……エルフが多い気がするな」


 「そりゃこの国はエルフの故郷だからね! いらっしゃい、何にする?」


 三角巾を頭に付けたおばさんが注文を聞いてくる。へえ、森が多いだけあってエルフの故郷ってのは何となく納得がいくな。それはともかく、まずは注文だ。


 「何か腹に溜まるものがいいな。酒はどんなのかある?」


 「酒はビールと果実酒だね。壁にメニューがあるけど、とりあえずマスターのオススメでいいかい?」


 特にこれ、と決めていないので俺はビールとオススメで一旦注文することにした。壁のメニューを見ながら次に何を頼むか考えていると、ふいに別のお客さんの話が聞こえてくる。



 「何か最近ゴブリンが多くないか?」


 「あれ、お前しらねぇの? 国が森を切り開いて土地開発を始めたんだがよ、それをエルフたちが気に入らないってんで抗議しているんだわ。森の魔物はエルフたちが自主的に倒してくれていたけどその件で自分たちが脅威にならない所は無視されているんだ」


 「マジか……エルフの王って風斬の魔王だろ? 国王はどういうつもりなんだ……」


 「分からん。ここ半年くらいで急に人が変わったようにそんな話になったらしいぜ」


 「まあ、俺達が倒せば金にはなるからいいけどな……」


 「女が襲われないことを祈ろうぜ」




 土地開発関連だとよくある話だ。しかし国王が魔王だと思っていたけどエルフの王が魔王だったとは……ゴブリンが多いとなるとティリア達が危ないのか? いや、でも魔王だし剣騎士も賢者もいるし大丈夫だろう……。


 「はいよ! ビールに今日のオススメ『カキのバター焼き』と『ブリのセイユ煮』だよ」


 おお、ぷりぷりのカキにバターの香りが食欲をそそる。ブリのセイユ煮はいわゆる煮つけだな。こちらも味が染み込んでいそうで美味そうだ。


 「今日のオススメはそれが最後だよ、運が良かったね」


 「マジか、ラッキーだな。後、ライスはあるのかい?」


 「ライスかい? あまり頼む人が居ないからそんなに作ってないけど、一応あるよ」


 「なら、ライスにクレイジーバッファローのステーキを追加で頼む」


 「あいよ」


 と、おばちゃんが注文を受け付けてくれたところで、大声が響き渡った。


 「何! オススメが無いだと!?」


 「ああ、さっきそこの兄ちゃんに出したので最後だ」


 「ほう……」


 マスターが肩を竦めて言うと、髪を短めに切りそろえた大きな体躯をした男が俺に向き直ってきた。あ、これ巻き込まれるパターンじゃね?

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