第六十四話 タコ料理へ至る道
「――にしても、何だってあんな口車に?」
俺はユーキの母親に向かって失礼だとは思いつつも、機嫌が悪いことを隠さず尋ねる。母親は俯いきながらついてきていたが、顔をあげて俺の言葉に答えてきた。
「……この子のためです。私が不甲斐ないばかりに、苦労ばかりかけてしまっていて……だから少しでも楽になれるよう……」
「母ちゃん……」
聞けば漁師だった旦那が三年ほど前に漁に出て行ったまま海で消えたらしい。母親は身体が弱く、仕事をしているものの日々の生活がギリギリというのが現状だと言う。旦那さんは遺体があがっていないそうだが、三年も経っているし生きてはいないだろうとのことだった。
「どんなに辛くても、悲しくても子供のためだったとしても。それでも、宗教に頼ったらダメだ。あんた一人ならいいけど、家族がいるなら尚のことだな」
すると目をパチクリさせながら俺の前に回り込んでユーキが聞いてきた。
「兄ちゃん、何かあいつらみたいなやつら相手に嫌なことでもあったのか?」
「……どうしてだ?」
「今、めちゃくちゃ怖い顔をしてるよ」
顔に出ていたか……平常心平常心……と、考えていると母親から袖を引っ張られて尋ねられた。
「ところであなたは……? ユーキとどういう関係でしょうか……?」
「あ、ああ。そういや名乗ってなかったな、俺はカケル。ユーキからこいつを売ってもらった客だ」
俺はタコの桶を見せながら言うと、少しだけ怪しいといった視線を浴びせながら自己紹介を始めた。
「……私はユーキの母でのノーラと言います」
「そうだ、母ちゃん兄ちゃんがタコを高額で買ってくれたんだ! ほら見てよ」
「一万セラ……!?」
すると、ユーキを抱きかかえて後ろに隠しながら叫び始めた。
「ユ、ユーキをどうする気ですか!? タコで一万セラなんて……ま、まさか奴隷商人じゃないでしょうね!」
「どうなったらその考えにいたるのか分からないけど、違う。純粋に良いタコを買った料金だよ。で、今は鍛冶屋を案内してもらっているところだ」
「そうだよ、人さらいならとっくに俺はここに居ないよー」
ユーキが両手で後ろ頭を抱えながら俺の横に戻ってきてあっけらかんと言い、母親が歯噛みしているのが分かるくらい俺を睨みつけていた。
「気になるならついてくればいいだろ?」
「……分かりました……ハッ!? そういって暗がりに連れ込むつもり……!」
「するか!? 暗がりどこにもねぇよ! それだけ元気なら仕事できるだろ」
とは思ったが、体が弱いなら寿命が短いのかと思いアレを使ってみる。後、嫌な予感がしたからだ。
『ノーラ 寿命残:42年』
何歳だか分からないが、20代前半でも60歳までは生きる計算だから、少し短いけどまあ許容範囲だと思う。流石にゴタゴタには巻き込まれないとホッとしていると鍛冶屋に到着したようだった。
「おいちゃーん、客! 客を連れて来たよ」
「こんちわーす」
バタバタとユーキが入り、その後を追うと黒い顎髭をもみあげと繋げたおっさんがゆっくりと出てきた。周囲を見渡すと、いかにもな鍛冶場が目に入り、少し心躍る空間だ。
「おう、今日も元気そうだな。で、客だと? 鍋やフライパンなら店で買えばいいだろ?」
「それがさ……」
「そこからは俺が話そう、ちょっと特殊な鉄板が欲しいんだ。作れる、だろ?」
ボア丼を作る時に頼んだ爺さんとのやりとりを思い出し、こういう人には『できるか?』と聞くよりも、作れるだろと煽る方がうまく行く気がすると思い聞き方を変えてみた。すると、おっさんはニヤリと笑い、俺の肩を叩く。
「ほう、面白いヤツだ。そういう言い方をされちゃ、できないとは言えねぇな。どんなが欲しいんだ?」
「ありがたい。えっと……」
俺はできるだけ分かりやすく言い、近くに設計図を書く紙(質は良くない)に、デザインすると、顎に手を当てて口をへの字に曲げて言い放った。
「何に使うんだこれ? 何かを焼くにしちゃ穴が多いんじゃないか?」
「これでいいんだ。これをとりあえず二つ。それとちょっと底が深い鍋を一つ。どれくらいでできる? 後は値段を教えてくれ」
「そうだな、まあこれなら二、三時間もあればできるだろ。鉄しか使わないだろうし、値段は一つ三万セラでいいぞ。」
え、マジで!? 一日は待つつもりだったけど、職人すげぇな!
「二つで六万か、前払い?」
「ユーキの知り合いなら金は後でいい、少し待っててくれ」
そう言ってさっそく取り掛かるおっさんはどこか楽しげだった。となると、出来上がるまでに材料をそろえておく必要が出て来たな。
「よし、次は材料を買いに行くぞ! とりあえず小麦粉と卵がほしい」
「ん? そうなの? じゃあ商店街に行こうぜ、母ちゃんはどうする?」
「……ユーキが行くなら私も行きます」
ついてくるのか……ちゃんと鍛冶屋に来たんだから解放して欲しいのだが、仕方ないか。
「じゃあちょっと出てくるよ、宜しく頼む」
「おう……いや、熱をうまく伝えるならこうした方が……」
ぶつぶつ言いながらおっさんはすでに構想に入っているようで、生返事だけが聞こえてきた。俺は苦笑しながら親子二人と商店街へと向かった。
◆ ◇ ◆
「毎度ー!」
「親子でお買いものは珍しいわね。その人は新しいお父さん?」
などと、色々勘違いをされていたが、都度訂正することで何とか買い物を終えることができた。この世界の小麦粉は向こうの世界と同じくらいの値段で買えた。とりあえず1kgあればお試しには悪くないだろう。それと食パンを一斤に卵を二十個ほど、それと牛乳にレモンを買っておいた。
他には生地に練りこむダシに使うため魚を干して乾燥したものを粉末状にしたダシ、油にハケみたいな毛も買い、俺はホクホク顔で帰路についていた。
スキル『追憶の味』はそのものズバリの食材が無くても、似たような食材を教えてくれるのでかなり便利だと言えるだろう。
「~♪」
「ご機嫌だね兄ちゃん。そんなに美味い物なの?」
「おう! タコがこんなに美味しいものだったんだって、思うぞきっと」
「オクトパスね。それじゃ楽しみにしておこうかな!」
「ああ、今後お前の生活に役立つかもしれんしな……」
「え?」
まあ、それは後で説明すればいい。
「後は……」
後ろでてくてくと追いかけて来るノーラさんをチラリと見て考える。ユーキ一人だと、またあのいじめっ子みたいなのに絡まれると面倒だし、この人にも手伝ってもらう必要はあるか。
「……?」
俺が見ていたのが不審に思ったのか、訝しんだ目を向けながらついてくるノーラさん。まだ時間があると、適当な屋台で飲み物を買って休憩した後に鍛冶屋へと戻る。
「お、戻って来たか! 仕事は終わってるぜ、これでいいか? まずは深い鍋だ」
おっさんが出してきた鍋を見て俺は満足し、これで揚げ物はできるだろうと判断。次にたこ焼きの鉄板を見せてもらう。
「こっちは初めての仕事だったから、要領が難しかった。こんな感じでいいのか?」
「……おお!」
少し底が厚いものの、確かにそれはたこ焼き用の鉄板だった。上が半円であれば後は何とかなるに違いない。鍛冶屋の工房は火が使えるはず……俺はついでとばかりにおっさんに頼み込む。
「ここで料理をしてもいいか? できたらおっさんにも食わせるからさ」
「料理? ……それを使うなら興味があるな、いいぞ」
「話が分かるな、なら準備をしよう」
工房の端で俺は簡易キッチンを作り始めた。
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