第六十三話 不穏な空気?
ユーキの後をゆっくりとついていきながらも、俺は周囲に対して目を光らせる。手配書は撤去されたようだが、何かの拍子に通報されるのは面倒だからである。
「一応変装っぽいことをしておくか」
まあそれでもできるのは頭にタオルを巻いてみるくらいだが。
「ぷっ、どうしたのさ。似合ってないからやめたら?」
「そういう気分なんだ」
「兄ちゃんは変な人なんだな」
てくてくと港を離れ歩いていくと、広場へ到着した。天気もいいし、散歩や井戸端会議をしている主婦らしき人がいてとても平和だ……
「アウロラ様を一緒に称えませんか」
「アウロラ様に祈りを捧げて世界の崩壊を食い止めましょう!」
「アウロラ様! ばんざぁぁぁい!」
白いローブを着た一団が募金箱らしきものをもって何やら勧誘をしてるようだ。
正直、フードで顔が隠れているため怪しさ大爆発である。あ、女の人に引っぱたかれた。
それでもめげずに勧誘をしていると、顔色の悪い女性がフラフラとその一団に寄っていくのが見えた。
「……あの、アウロラ様を崇めれば救われますか……?」
「もちろんです! 入信希望ですか? 今なら特別価格1万セラ。特典として『幸せになれる羽毛布団』をおつけしますよ!」
「まあ……いいですね……それじゃ……」
すると、焦ったユーキが大声で叫びながら女性に駆け寄って行った。
「母ちゃんまた! ダメだってそういう胡散臭いのに頼っちゃ! お金は俺が何とかするから」
「ユーキ……?」
「胡散臭い、とは聞き捨て成りませんね。女神アウロラ様を崇める『デヴァイン教』の神官として。いいですか、この世界はアウロラ様がお創りになられたのです。全ての者はアウロラ様に感謝を……」
ずい、っとユーキに顔を近づけくどくどと説教をしだす神官とやら。涙目になってきたユーキを助けるため、俺はユーキを下がらせ、代わりに対応する。
「そこまでにしとけよ。宗教は自由だが、興味の無いヤツにしつこく言うのは迷惑でしかないぞ」
「ふむ、一理ありますね……無理矢理、というのはアウロラ様も望んではおられないと思うのであなたに免じてここはこちらが退き下がりましょう」
「そうしてくれ。俺は宗教ってやつが大嫌いでな」
「それは残念。しかし、話を聞けばきっとあなたのような方でもアウロラ様に感謝をすることになるでしょう」
「ふん……あの女神、あの世でもこの世でも絡んで来るんだな……」
「なんですと?」
俺がふいに呟いた言葉に反応する神官とやら。地獄耳め。
まあ会ったことがあるっていっても信じないだろうが、下手に刺激するのは良くないので適当にしらばっくれておくか。
「何でもない。行こうユーキ」
「う、うん。ほら、母ちゃんも」
「分かったわ……」
俺達が離れようとすると、表情は伺えないが口元をニコリとさせてデヴァイン神官は言う。
「気が向いたらいつでもどうぞ。アウロラ様は全ての人間の味方ですので……」
「へいへ……!?」
頭を下げた神官の首からじゃらりと鎖が垂れ、その先にあったモノを見て俺は胸中で驚いた。
「(あれは……メダリオン!? あれはこいつらの持ち物だったってのか……? しかしアウロラはいけ好かないが女神だ。メリーヌ師匠に渡した邪法を使うとは思えないが……)」
手がかりを偶然見つけた俺だが、今それを追及しても意味が無い。出したとしてもこいつらが知っているとは限らないし、しらばっくれられたらアウト。下手をすると目をつけられかねない。
デヴァイン教ね、覚えておこう。
「兄ちゃん、何してるんだ? 行こうよ!」
「今行く!」
ひとまず俺はこの場を離れることにした。
◆ ◇ ◆
「毎度ー!」
「ふう……美味しかったです……」
「流石におすすめだけのことはありましたね」
結局、ウェスティリア達は船乗りたちに連れられ、お店へと入り、昼食を奢ってもらっていた。船乗りたちは名残惜しそうにしていたが、酒盛りを始めた彼等に付き合うことはできなかった。
「それはいいですけど、魔王様はどうなりました?」
ウェスティリアとリファが満足そうにしていると、ルルカが呆れた声で腰に手を当てながら言うと、ウェスティリアがギクリと体を震わせてからこめかみに指を当てて唸り始めた。
「ムムム……ふう……また少し遠くなっていますね、こちらから感じます」
「船でどこかに行ったわけじゃないなら良かったですね。近いならすぐ会えるでしょう」
ホッとした様子でため息を吐き、ウェスティリアの指す方向へと三人は歩き出した。
「……天気が良いですね、食べた後だと眠くなります……」
「ダメですよ!? もうすぐなんですから! さっきまであんなに必死だったのに!」
「お嬢様、流石に今回は私も庇いきれないですよ。魔王様を探すなら早い方がいいでしょう?」
「……うん……」
リファに手を引っ張られながらてろてろと歩いていると、一時間ほど前にカケルがいた広場へとやってきた。まだ神官たちは勧誘を続けている。
「げ、デヴァイン教……」
「面倒だ、遠回りして行こう」
「アウロラ様を崇めませんか!」
「「ぎゃあああああ!?」」
ルルカとリファが同時に頷いたところで、先程の神官がぬっと目の前に現れた。だが、こちらも負けてはいない。
「出たな悪霊ー」
「ぶべら……!?」
寝ぼけたウェスティリアが杖を大きく振りかぶり、神官の脳天へと直撃させた!
「ぐぬう……」
「だ、ダメですお嬢様。いけ好かないデヴァイン教の人間だからと言って暴力はダメです」
「あんたも大概だよね……」
「ふあ?」
頭をフラフラと揺らしながら曖昧に返事をするウェスティリア。それを見て神官は口をへの字に曲げて呟いた。
「……これはこれは魔王様でしたか……どおりで野蛮な行動だと思いましたよ。まるで『ヘルーガ教』のようですね」
するとルルカが少しムッとして神官に指を突きつけながら言葉を返す。
「あいつらと一緒にされるのは心外ね。確かにお嬢様はちょっと……いえ、かなりアレだけど、犯罪はしていないわよ」
「ふん、我々からしてみれば似たようなものですがね。力を思うがまま振るって民に重圧をかけている自覚はおありではないのでしょうか? それこそ厚顔無恥というものでは?」
ああ言えばフォーユー……もといああいえばこういう。一人ならくだらない説教をして勧誘をしてきて、ウェスティリアという魔王と一緒ならこうやって難癖をつけてくるため関わりたくないと思っていたルルカだったが、ここで空気だったリファが神官に楯突いた。
「貴様、お嬢様を侮辱することは許さんぞ? 出るとこ出ても構わないんだがな、こちらは!」
「そうやって人を脅すということが野蛮だと言っているのです。その胸についたモノを少しは頭にまわせないものですかね? ぺっ!」
「う、うう……」
一秒で負けていた。
「はいはい、そこまでよ。ボク達は急いでるんだ、君達に関わっている暇は無いんでね。ほら行きますよお嬢様」
「うん……」
もう限界のようでがっくんがっくんと首が揺れているのを見て、リファが慌てて体を抑え、そのまま背負った。
「それじゃあせいぜい胡散臭い勧誘でも頑張ってね」
「痛み入ります。その魔王様に愛想をつかしたらいつでも入信を。アウロラ様はどんな者にも慈悲を与えてくれます」
「それはどーも。行くわよリファ」
「あ、ああ……べー」
「子供かあんたは!?」
ルルカがリファを小突きながらその場を離れていく。この調子では探すのは難しいか、と一旦宿屋へと戻る一行。
「というか……え? ボク達宿から出てお昼食べただけじゃない!? ちょっと、やっぱり起きなさいお嬢様! お嬢様ぁぁぁぁ!」
ルルカの叫びが陽気の中響き渡った。
一方、無事に鍛冶屋へと辿り着いたカケル達は――
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