第六十一話 惜しい
「ぬふあ……!? ゆ、夢か……尻からうどんが止まらなくなる夢とか相当疲れてるな……」
フェルゼン師匠と別れた後、宿を即座に見つけて久しぶりのベッドでゆっくり眠ることに決めた。だが、連日の訓練のせいもあり熟睡を通り越して悪夢を見てしまったようだ。思わず尻をさすってしまった。
「……13時……」
首をコキャっと鳴らしながらスマホの時計を見ると、すでに昼を回っており、気付くと同時に腹が鳴る。とりあえず船着き場へ行って出発日時の確認をしないとな。
早速、荷物を片づけて船着き場へと移動する。
しかしここで予想外のことが起きてしまった。
「え!? 船出せないの? ちょっと気合いを入れて何とかならないか?」
「馬鹿言え!? でもまあそんなに休航するわけにもいかんからな……早くて修理は三日ほどかかる。また来てくんな」
「マジかよ……」
俺以外にもブー垂れている人間は多くおり、船長らしき人や船員が謝り倒していた。何でも、こちらに向かってくるとちゅうに海の魔物に襲われ、壊れてしまったらしい。
それでも何とか無事に辿りつけたのは、乗っていた女の子三人組のお客さんのおかげで討伐。そして風魔法で港まで移動を買って出てくれたそうな。
ちなみに船は一週間ずつかけて往復をしているらしく、こういった事態があった時のため、代わりの船があるらしいんだが、今回に限って残る二隻も点検作業が入ってしまい動かせなくなったと、そういうわけだ。
「……まいったな」
一応、犯罪者ではなくなったと言っても、捕まるのは面白くない。グランツ達がどうなったかも気になるけど、悪いようにはされていないと思うし、俺が一緒のせいで厄介なことになるのは避けたいからあいつらとは顔を合わせづらいんだよな。俺はなるべく一人で行動する方がいいのかもしれないな。
「また山奥で修行でもするか?」
ぐ~……
俺がそう思いながら、歩いていると、腹が減ったことに気付く。ふと横を見ればそこは漁港らしく、市場のようになっていた。
「……魚か、いいな。食べ物の店もあるみたいだし、ちょっと行ってみるか」
腹が減っては何とやら。木を隠すには森。俺は市場の人ごみに身を躍らせるのだった。
◆ ◇ ◆
カケルが宿を出発した
「お嬢様、起きませんと……もうお昼を過ぎましたよ」
「ふあ……ありがとうリファ。もう少し早く起こしてくれても良かったのですよ?」
「いや、全力で起こしたけどお嬢様、まったく動きもしませんでしたし、鼻ちょうちんができる勢いでぐっすりでしたよ」
「……」
バツが悪そうにルルカから目を逸らすウェスティリアは、思い出したように手をポンと打ってルルカに言う。
「あれです、疲れていたのです。なんせシップ・キラーと呼ばれるクラーケンと戦ったのですからね! その後も港に着くまで船をケアしましたし。うん」
「いや、クラーケンは確かにトドメはお嬢様が持っていきましたが三人と冒険者さんで蹴散らしましたし、ケアはボクの風魔法がメインだったじゃないですか? ボクの方が疲れていると思いませんか?」
「……」
「……」
「まあまあ、お嬢様は寝起きが悪いのは承知しているだろう? いいじゃないか」
「……!?」
リファの言葉に『裏切り者!?』というニュアンスを含んだ顔でウェスティリアが振り返るが、どう考えても自分が寝坊したことの弁明はできないと諦めて口を開く。
「疲れていたのは本当ですが、調子にのって二度寝しました……すいません」
「潔くてよろしい。さて、お嬢様、色々ありましたけど何とか到着しましたね。近くにいそうですか?」
あっさりと謝罪したので、ルルカはそれ以上寝坊については追及せず、今後の話を持ちかけた。
何故かというと、一応、ここは船で来れる手っ取り早い場所というだけで、この大陸には南西に位置する『ヴァント王国』と、地続きで繋がっていて真南に位置する『イフレシオ国』があり、どっちの国にいるかで大きく行動の幅が変わるからだった。
「結構近くにいると思います。向こうの大陸のときより、『あ、いるな』という感覚が強くなっていますよ」
「曖昧……実際『居る』というのはどうやって分かるんです?」
「それっぽい気配があった時、私が集中して『視れば』分かります。人が多くても魔王は『色』が違いますから。それをしない場合、一番早いのは握手やボディタッチなどをすることで判明しますね」
「じゃあ気配を感じながら歩かないといけないってことですか?」
リファが聞くと、ウェスティリアが頷きその答えを返した。
「そうですね。逐一気配を感じたり、感じられていたりしたら嫌じゃないですか。だから今はその能力は使っていませんよ。ずっと気を張っていると疲れますし」
「逆に消すことは?」
「気配を消すことは条件付きで出来ます。これは弱点になるので詳細は伏せますけど……で、新しい魔王は気配だだ漏れでウロウロしているみたいですから、知らないのかもしれません。今がチャンス」
ぐっと拳を握ってルルカに力説するウェスティリア。その直後、ぐぅ~とお腹が鳴り、顔を赤くする。
「ははは、もうお昼ですしね。とりあえず腹ごなしをしてから新しい魔王様を探しに行きましょう」
「リファはいいことを言いました。食事のあと、人の多い所へ行ってみましょう」
「ちょっと楽しみですねー」
「それは食事が? それとも魔王様か?」
「ふふん、もちろん……両方よ♪ いい男だったら嬉しいと思わない?」
「むう……確かに……」
「あげませんよ!」
何にしても旅の終焉は近いと思えば、早く戻りたいルルカのテンションが上がるのも無理は無かった。そしてウェスティリアの着替えが終わると、一行はチェックアウトし食事へと向かう。
「まだまだお昼時って感じがしますね」
「ええ、やはりお魚料理がいいと思いますがどうでしょう」
商店が集まっている区画に到着すると、屋台もあれば、レストランもあり、旅人が往来する窓口の役割を担っている港町だからか食事の店はそれなりに多く、目移りしていた。
「魚でしたら漁港の市場近くにあるお店に行くといいですよ。新鮮なお魚が食べられますし」
「そうか、ありがとう。引き止めてすまなかった」
どこの店がオススメかをリファが通りすがりの女性に聞いていた。ウェスティリアの要望に応えるには市場のお店がいいだろうと判断した。
「船着き場の近くにあった気がしますね」
「到着したときには気づきませんでした……私としたことが……」
「別にそんなに落ち込まなくても……食べ歩きが目的じゃないんですから」
「え?」
「え?」
「……行きましょう。どうやらあそこ……!?」
そそくさと早歩きになるウェスティリアをジト目で見ていたルルカが、口を開く。
「そうやって誤魔化そうとしてもダメですよ? ボクは甘やかしませんからね」
「ち、違いますよ! 近くにいます!」
「む、魔王様ですか?」
コクリと頷くウェスティリアが興奮気味に頷くと、人ごみをじっと見つめ始めた。
「……ここで見つかってくれたら押し付け……いや、預けられるね」
「あ! もしかしてあれが……!」
と、ウェスティリアが叫んだところで近くにいた男達に声をかけられた。
「おお! 船で大活躍した姉ちゃん達じゃないか!」
「ああ、あの時は世話になった」
すると別の男が苦笑いでリファへ話しかける。
「世話になったのはこっちだっての。あんた達がいなかったら沈んでいたかもしれないからな! なあ、お昼はまだかい?」
「うん。ボク達もお店を探しにきたところなんです」
「そうか! なら、知り合いのやっている店に来ないか? 味も量も保証するぜ! おーい、クラーケンを倒したお嬢さん達がいるぞ!」
仲間を呼ぶと、わらわらと取り囲まれ賞賛の嵐や、ぜひ飯を一緒に、という声が上がっていた。
「あ、いえ……私は……でも味も量もある……ゴクリ……」
そわそわと落ち着かないウェスティリアは人ごみを見ながら考えていると……。
◆ ◇ ◆
「ふう……食った……焼き魚を味わえるとは……」
結構大きい魚で、ほっけみたいな味をしていて、セイユをかけてしっかり味わった。少しお高めだったがご飯の聖なので仕方がない。パンで焼き魚は食べる気にならない。
「ん? ありゃなんだ?」
騒ぎ声がするのでその方向を見ると、船乗り達がわらわらと誰かを取り囲んでいるようだった。喧嘩か? そう思ったけど、聞こえてくる声は賞賛ばかりで、クラーケンを倒したとか何とか言っているのでもしかしたら壊れた船に乗っていた冒険者なのかもしれない。
「ま、関係ないか」
わざわざ首を突っ込むほどでもない。それより、また三日間山で修行をしよう。食料はフェルゼン師匠のせいでかなり使ったから補充しないと……そう思い、俺は市場を向いて呟く。
「カバンに入れておけば腐らないし、魚を調達しておくか」
<じゅるり>
食べられないだろ? 俺は心の中で突っ込みを入れながらあの場を後にした。
すると、さっきの囲いが遠くなってきたあたりで、『あ、あ……どんどん遠くなっていきます!?』と、やけに切羽詰っている声が聞こえたのは一体何だったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます