第六十話 過酷なるむさくるしいおっさんの修行……!
「だぁぁりゃぁぁ!!」
「まだまだ、思い切り踏み込んでこいや! 殺すつもりで斬りかかれ!」
――修行二日目
おっさんことフェルゼンの修行は順調に進み、体力うんぬんはとりあえず置いて、技術的な部分を教わっていた。
で、昼を過ぎてからは模擬戦と称して『人に攻撃を与える』訓練を行っていたりする。結局対抗戦ではまったく戦わなかったから分からなかったが、対人は思ったよりも難しく、フォレストボアのように分かりやすい動きをする訳ではないので、普通に当たらなかった。
「カケルは力みすぎて『今から攻撃するぞ』ってのが分かりやすいんだ。まあ、今はとりあえずいい、ほら打ってこい」
これが『速』を上げても当たらない理由のようだ。攻撃が来ると分かっていて避けない奴は居ないと言う訳だ。そしてさらに数時間、休みなく攻撃を続けることとなった。
「うおおお……ぉぉぉ……」
ドサリ……。
「お、限界か?」
「とうとう……げ、限界みたいだ……」
俺は前のめりに倒れると、ぜはぜはと息を切らせながら答える。同じくらい動いていたのに、フェルゼンは平気な顔をしている……。
「結構持ったな! もうちょっと早くぶっ倒れるかと思ったんだがな!」
「そ、そう言われると悪い気はしない……が」
ニヤリと笑ったところでフェルゼンがとんでもないことを言いだした。
「ならこのまま素振りといくぞ! ほら、立て」
「ま、マジか!? もう腕が上がらないぞ!?」
「だからいいんだろうが。やれば分かる。50本にまけておいてやるから、な?」
「そう言う問題なのか!?」
しかし、何か意味があるのだろうとは思うので、しぶしぶ剣を振る。
「脇を締めろ、足を踏ん張れ」
木の枝でペチペチと甘い部分を叩きながら指導し、いよいよ本当に腕がきつくなってきた所で50本が終わり、フェルゼンが言う。
「頑張ったな! んじゃ今日、最後のメニューだ!」
「お、おお……」
脳筋。
もう一回俺の頭にその言葉がよぎった。そしてこいつは俺の泣き言は無視するに違いないだろう……最後というなら気合いを入れてみることにする。
「……何をするんだ? また薪割りか?」
「いや、最後はニ、三回俺に斬りかかってくればいいだけだ。構えてみろ」
もう上がりにくくなった腕をもう一度奮い立たせて両手で構え、ザッ、と前へ進む。もうかなり疲れているかため、素早く動けないし、振る力もあまりない。とりあえずニ、三回ならと俺は軽く振ると……。
ヒュン!
「あれ?」
勿論避けられはしたものの、風切り音が先程までと違うことに気付き、俺が困惑しているとフェルゼンがニヤリと笑いながら言った。
「いい音が出るようになったじゃねぇか。今までのおめぇの剣は腕力だけで振るっていたから力が入りすぎてガチガチになってたんだ。でも今は疲れ果てて腕だけじゃ剣を振るえないだろ? 力まなくなって、背中、腰といった全身の力を使って自然と体全部で剣を使ったって訳だ!」
それで腕を疲れさせる訓練ばかりやってたのか!?
確かに、剣を振る感覚が変わった気がする。今までは腕か肩の力で無理矢理動かしていたせいか重さを感じていたけど、今は疲れているのにそれほど苦じゃなくなった。
脳筋って思ってごめんよ!
「これは、確かに楽に振れるようになった気がする!」
「……ほう」
「? とりあえず礼を言うよ、ありがとう!」
目を細めて俺を見るフェルゼンに俺が礼を言うと、目をぱちくりさせて大声で笑った。
「はっはっは! 飯をわせてもらったのは俺だからな、礼を言うのはこっちだ! その感覚を忘れるなよ。それを身につけただけでもかなり変わるはずだ。さ、飯にしようぜ!」
「もうちょっとだけ……!」
新しいおもちゃを手に入れた気分で剣を振るい、腹を完全に空かせたフェルゼンに頭をポカリとやられるまで夢中で振り続けた。これって体幹の問題だから、剣だけじゃなく、槍でも使えると思えば楽しかった。
◆ ◇ ◆
そして迎える最終日。
俺とフェルゼンは最後の模擬戦のため、なるべく平らな地面を選んで木の前に立つ。
「短い間だったが基本的なことは教えた。後は他の剣士なんかを見ながら自分のスタイルを身につけりゃあいい」
「分かった」
「それじゃ、こいつを斬ってみろ」
フェルゼンに言われて俺は一度だけ目を瞑って俺は錆びついた剣を構え、一気に振り降ろす!
ザンッ……!
「……いい一撃だったが、惜しかったな」
「ああ!?」
木の半分くらいまで剣が通ったけど、斬り倒すまでにはいかなかった。どうやらまだまだ修行は必要のようである。
「落ち込むことぁない。短期間でここまでできれば十分だ、俺も切り倒すまでは考えていなかったしな」
元々そう思われていたのが少し悔しいが、事実は事実。修行していつかできるようになればいいと思う。
「オッケーだ。いつか見てろよ? で、最後は……」
「俺と模擬戦だ! なあに殺しはしねぇから安心しろって。俺は剣は使わないしな」
「物騒なこと言うなよ!? 剣無しはちょっと傷つくけど、フェルゼン師匠は強いから仕方ないか……」
「おい、今何て?」
「ん? 強いからな?」
「その前」
「フェルゼン師匠ってやつか? 嫌だったか? 魔法の師匠もいるんだけど、あんたは剣の師匠って感じがするから……」
「……へへ、いやいいぜ。それじゃ……かかってこい」
「……よし!」
ヒュヒュヒュ……!
「当たらねぇ!?」
「はっはっは、まだまだだ、それ!」
「くっ……!」
剣速は最初に比べればかなり良くなったと思うし、無駄な力も抜けている。が、やはり当たらない! かなりのレベル差があるのか、経験の差か……一撃くらいは当てたいと思うが!
<ステータスを切り替えますか?>
「(いや、いい! おっさんの修行に泥を塗ってしまいそうだからこのままいく!)」
<わかりました>
ナルレアが気を利かせてくれたが、俺は断る。何となく、フェルゼンのやったことにケチをつける気がするからだ。
俺が剣を、フェルゼンがパンチを繰り出してくる攻防を繰り返しながら、何か出し抜く方法は無いかと考える……。
そうだ、躱すというなら……!
「たぁぁぁ!」
俺はフェルゼンに反撃の隙を与えず次々と斬りかかっていく。だが、一撃も与えることはできない。
「いい気合いだ、もっと経験を積めば……うお!?」
フェルゼンが俺に喋ろうとしたところで動きが止まった。なぜなら……。
「大木だと!? まさか……!」
「そのまさかだ! 師匠、あんたは確かに避けまくるけど、おかげで誘導しやすかったぜ! くらぇぇぇぇ!」
もうバックで躱すことはできない。俺は踏み込んで横薙ぎによる渾身の一撃を繰り出した……!
ガキィィィン……!!
「くっ……!」
「……俺に剣を抜かせるたあ……本当に驚いたぜ」
腰から素早く剣を抜き、俺の攻撃を見事にガードしていた……! ここまでか……! 剣を降ろして、ため息を吐く。
「ダメだったかぁ……いい手だと思ったんだけどな」
いつもみたいにはっはっは! と笑うと思っていたが、神妙な顔で俺に告げる。
「……そんなことぁねぇ。かなりいい戦いだったぞ、俺は剣を抜くつもりは微塵も無かったからな。それを使わせた時点であの一本はお前の勝ちだ」
「お、おお……サンキュー?」
「まあ、俺の弟子ってんならそれくらいはやってもわないとな!」
何か空気が張りつめていた気がしたが、笑いながら口を開いたらいつものフェルゼンだった。
そして昼を過ぎた頃、俺達は片づけをして山奥を後にした。
それなりに距離を取って潜伏していたので、港町に到着したのは夜になる少し前だった。
「……さて、すんなり入れるといいけどな」
と、警戒していたものの、フェルゼンと一緒だからか、レヴナントが手を回していてくれたからか、特に引き止められたり怪しまれることも無く港町への侵入を果たした。
「さて、宿は……と。あれ? 師匠、そっちは港しかないみたいだぞ? もう迷子か?」
「そんなわけあるか!? 町中で迷う訳ないだろうが」
どうだか、と思っていると、おもむろに手を差し出してきた。
「?」
「フエーゴ行きの船はまだあるからこのままそいつに乗りこむことにすらぁ」
「……ここでお別れってことか」
「死ぬわけじゃねぇから辛気臭ぇ顔をするな。カケル、一緒に行くか? と言いたい所だが、おめぇには何かしたいことがあるみたいだから、そいつは言わないでおく。だが、しばらくフエーゴにいるから用事が終わったらフエーゴに来い。また鍛えてやる」
俺はフェルゼンと握手をしながら頷いた。
「その時は木をこの剣で斬って見せるさ」
「……斬岩閃」
「え?」
「あの技の名前だ。じゃあな、死ぬなよ」
「あ、ああ。ありがとうな! また会おうぜ師匠!」
フェルゼンは振り返ることなく、片手をあげて去っていった。ビーフシチューのお礼にしちゃ、色々貰った気がするな。
そんなことを思いながら俺は宿を探すため、フェルゼン師匠とは逆の方向へと歩き始めた。
◆ ◇ ◆
「く、くく……ははは……!」
船着き場まで歩きながらフェルゼンは込み上げる笑いを抑えることができなかった。
「カケルめ、あの短期間で随分強くなりやがった……もう少し鍛えれば本気で遊べるんだがなあ……」
心底残念、という感じで首を振る。
「まあ生きていればまた会えるだろう。まさか俺に剣を抜かせるとは思わなかったが……。それに師匠、か。悪くねぇ。息子がいたらこんな感じなのかねぇ……マーサよ、おめぇが死んで五十年……何の楽しみも無かったが、まさか楽しみができる日がくるたぁな」
一度だけ振り返り、フェルゼンは口を開く。
「おかしなヤツなら倒すつもりでいたが、あいつは面白い。……死ぬなよ、カケル。新たな魔王よ」
それだけ呟いてフェルゼンは再び歩き出す。
――男の名はフェルゼン。
剣神:フェルゼン=アースエンター
だが、彼にはもう一つ顔があった。
土刻の魔王:フェルゼン
実に130年は生きている魔王なのだ。
魔王同士を感知する力が発動したため、彼は迷い人のフリをしてカケルに近づいたのだった。
害を為す者であれば滅ぼすつもりで。
だが、カケルには悪意は何一つなかったので、鍛える道を選んだのである。
恐らくこの先、何かしらの戦いに巻き込まれるであろうと予見して。
それはまだ、先の話――。
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