中間テスト

 LINEが着信する。


〈久しぶり。元気?〉


 珍しい。いとこだ。


《元気》

〈それだけ?〉

《それだけ。用事はそっちでしょ》


 試験勉強の手を止めて相手をする。会話は最小限にとどめたい。


〈真実は元気?〉

《?》

〈今日 会ったから〉


 ああ、そういうことか。


《分からない》


 嘘はついていない。


〈なんで?〉

 ?

《なんで?》

〈お隣でしょ?〉

 そうだよ。

《だから?》

〈篠崎のおじさんは? 帰ったみたいだけど〉


 あれ? 確か、あいつとは約束をしたはずだ。

 この、いとこからのLINEの行間を読むにあいつは、俺には話さないことを、いとこには話したようだ。

 そう言えば、あいつは女だったな。男同士だと約束は結構重いもんだけど、女だと違うのか?


《帰ってるよ。それしか分からない》


 返信が途切れた。終わりか? いや、考えてるんだろ。あ、来た。


〈そっか。何か真実の様子がおかしかったら、教えてね。私からも言ってあるけど、あの子は相談できなくて抱え込むことがあるみたいだから〉


 なんだ、それ。

 あれか。

 年上で、同性だと話せたりするのか、あいつは。

 俺は充分、あいつより大人な自覚があるんだけどな。


〈どうした? 綸?〉


 面倒くさい。


《分かった》

〈お願いね〉


 はいはい。


「兄ちゃん!」


 宣だ。


「……なんだよ」

「スマホ貸せよ」


 外を見る。隣の幼馴染の部屋に灯りがついた。


「……いや」

「は? 嫌じゃねえよ」


 可愛くないガキだ。


「親に借りろよ」

「バカじゃねえの? んなことしたら履歴でバレんだろうが」


 クソガキ。


「何に使うんだよ。これは俺の。嫌なら親に借りろ」


 少し睨まれたくらいで怯むのは、まだ可愛いな。


「クソ兄貴!」


 馬鹿ガキ。

 別にこのスマホ使って履歴消しても、あのエンジニアが本気になったら全部筒抜けになんだよ。それをしない自分の親の有難みを知れ。


 邪魔が入った。勉強、どこまでやったっけな。……あいつは、ちゃんと勉強てきてんのかな。


**


 来週は中間テストだ。

 文化祭が終わって、一週間後だ。

 実に、進学校であるこの高校らしいスケジューリングだ。


 文化祭が終わったら中間テスト。この緊張感が、文化祭で羽目を外し過ぎないためのタガになるそうだ。


 確かに、他の在校生にはその効果が出ていただろう。

 文化祭の準備中も、みんなこの話題を出していた。

 でも真実は、父親の家出のことがあって、それどころではなかった。


 授業では居眠りするし、クラスメイトが傍で中間テストの話をしていていも頭の中は家族の事、家事の事。ここ最近の真実のタスクリスト上位に、テスト対策が食い込むことは無かった。


「おはよう。真実」


 綸だ。はよ、じゃないのか。顔が無表情だ。そのせいか、変に畏まっている感じがする。


「……おはよう。どうしたの? 綸。お腹痛い?」


 珍しく真実が心配したからか、綸がドギマギしている。


「別に。どこも痛くねーよ。今日は、早いんだな」


 変な感じだ。心なしか顔も赤い。


「うん。母さんが元気になったから。ご飯も弁当も作ってくれるから。……綸、本当に大丈夫?」


 真実は心配して、綸のおでこに手を伸ばそうとする。熱があるんじゃないかと思ったからだ。そしたら、綸がのけ反った。


「……なっ。いきなり、何?」


 綸の顔が余計に赤くなる。真実には意味が分からない。


「へ? だって顔赤いから熱かなって。ごめん。最近美奈の面倒見てたから、クセになっちゃってるみたい」


 真実は、綸のおでこに伸ばした手を戻し、もう一方の手でその手を抑える。

 父親が家出していた間、美奈は毎朝ぐずっていた。

 二度目の目覚ましでも起きずに、調子が悪いと言う。

 その度に真実は、美奈のおでこに手を当てて、熱は無いから大丈夫、学校で熱が出たら早引きしておいで、というのが習慣になっていた。


 でももう、今日からその必要は無い。

 綸には悪いことをした。

 あれだ、パーソナルスペースを侵した、てやつだ。


 二人で並んで学校に向かう。

 そういえば、綸と同じ時間帯に家を出て一緒に登校するのは、高校に入学してから初めてだ。

 真実は歩くのが遅いし、いつも考え事で足が止まることがしょっちゅうだったので、遅刻しないためにいつも早く家を出ていたのだ。そんなことより


「中間テストだね……」


 真実はげんなりした声を出す。


「だな。何? 真実また勉強してない?」

「うっさい」


 本当にコイツは。人を茶化せずにはいられないのか。


「ははは」


 綸に笑われる。そうですよ、どうせ私は勉強してないですよ、綸みたく要領できないですよ、そんで今かなり焦ってますよ。真実は心の中で毒づく。


「なんか、戻った?」


 綸に不思議なことを訊かれる。どういう意味だろうか。


「何が?」


 真実がキョトンとして訊き返すと、綸がケタケタと笑った。


「いや。何でもない。忘れて」


 相変わらずヤなやつだ。


「ヤなやつ」


 真実がそう言うと、綸は余計に笑った。




「あ、そうだ」


 しばらく笑うと、綸は何かを思いついたようで、口を開いた。


「テスト終わったらさ、花火大会行かね?」


 花火大会。そういえば、ふじさわ江の島花火大会の季節だ。


「花火? いいね。でも綸って、そういうイベント嫌いじゃなかったっけ。人混み」

「うん? そうだけど、花火じゃん? テストの打ち上げってことで」


 まあ確かに。それもいいかも。


「分かった。いいね。テストの打ち上げ」

「それだけ?」


 それだけとは?


「だから、テストの打ち上げと花火の打ち上げ」

 ???


「だから、かけたんだけど」


 うっわ。真実の目が思わず細くなる。

 綸はとても、楽しそうだ。

 こいつ、こんな奴だったっけ?


「……ジジくさ」

「ヒヒヒ」


 なんだか綸はやっぱり、真実より一足も二足も先に大人になっている気がする。

 でもまあいいか。花火。楽しみではある。だけどその前に


「テストかぁ……」


 真実は深く溜息をつく。


「フフフ」


 綸に笑われる。

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