印象に残るアイテムの描写練習
仲仁へび(旧:離久)
01 メガネを重要アイテムっぽく書く
月の光が柔らかく降り注いでくる。
辺りには暗闇が満ちているが、空から降り注ぐ光を受けて、ほんのすこしだけ温もりを感じた。
風は吹かず、草木は静止。
虫も寝静まっている頃合いだ。
音という音が消失したような、静寂に満ちた世界に、異音が紛れ込む。
それは足音だ。
遠くの方から規則正しくこちらに近づいてくるそれは、時に乱れ、時に消失する。
しかし、確実に音の主が近づいてきているのだけは事実で……。
「はぁ……、はぁ……」
状況の変化を読み取った十代半ば頃の女の子が、荒い息をつき始めた。
「ど、どうしよう」
発する声は小声。声に含まれる感情は、動揺、恐怖、悲嘆。
本人と、その近くにいる者にしか読み取れない声量だ。
彼女がいるのは、狭い倉庫。
天井近くについている小さな小窓からは、さらに空高くで煌々と輝いている星月の光が差し込んでくるが、微々たるものだった。
倉庫の中を十分に見渡すほどではない。
彼女は薄暗い倉庫の中で、自分の体を自分で抱く様にしている。
季節は春になったばかりで、夜の冷え込みも馬鹿にはならないが、彼女が震えているのは、冷気に寄って熱を奪われたからではないだろう。
恐怖のあまりに歯を鳴らしそうになったからか、慌て口を手で押さえる。
その瞬間、動かした肘が倉庫内にあった何かに当たったようだ。
金属音を立てて、何かが広くない倉庫の中を転がった。
「――っ!」
突発的なトラブル。
予期しえない出来事。
漏らしかけた悲鳴を、少女は理性で堪えた、
だが、そんな必死の努力は報われなかったようだ。
足音の主は、静かな寄闇の中で発生したたった一つの音を、聞き逃したりはしなかった。
それは、確信を強めたかのように、足早に倉庫の方へと近づいてきた。
そして――、
ドンドンドンドン!
倉庫の扉が勢いよく連続で叩かれた。
扉が開くのか確かめるでも、倉庫の裏側にまわってみるでもなく、いきなりの行為だ。
至近距離で発生したその乱暴な音に、少女はもはや失神寸前だった。
肩を跳ねさせた少女は、できるだけ扉から距離を取ろうとあとずさった。
その影響で、倉庫内にあった道具類をいくつも動かしてしまい、音を立ててしまうが、そんな事を気にする余裕もないようだった。
おそらく無意識だろう。
最悪の事態を想像したらしい少女の目頭から涙が、いくつも零れ落ちていった。
手を、頬を、服をぬらすそれは、止まる気配を見せず、やがてひきつったようなかすれ声とともに嗚咽が混じろうとしたその瞬間……。
「……?」
ふいに気配が離れて行った。
足音の主が、倉庫から遠ざかって行ったのだ。
何が起こったのか分からないといった風に、呆然とする少女は倉庫の扉を見つめ続けるが、どれだけ立っても再び扉が叩かれる事も、足音が近づいてくる事もなかった。
やがて。
「……っ」
危機を脱した、生還したという実感を得てため息をこぼした少女が立ち上がり、声にならないため息を発した。
安堵のままに薄暗い倉庫の中を、ほんの数歩で奥から手前へと移動できてしまえるような狭い距離を移動しきって……、
扉を開けた。
冷たい夜の空気をに吸い込んだ少女は、淡い月の光に照らされながらも、その場から、一歩前へと踏み出すのだが。
「ミィツケタ」
彼女は、気が付いていなかった。
直後、鈍色に光る何かがひらめいた瞬間、彼女は地へと倒れ伏していた。
地面がコンクリートではなく、やわらかみのある土だった事は、何のなぐさめにもならないだろう。
汚れた土の上に体を横たえた彼女の体はぴくりとも動く気配をみせない。
やがて、体の下からあふれ出してきた赤黒い液体が、周囲に広がるまでもなくやわらかな土の中へとしみ込んでいった。
赤く、赤く世界が染まっていく。
抗いようのない、死という現実を突きつけられた世界が、それ以上進行させることができないと、世界にエラーを突きつけるように。
そして、
そして、
全ては巻き戻る。
闇夜に襲いかかって来た誰かの狂人の元に倒れた、いたいけな少女を中心として……、ではなく。
その少女の視界の一部分として機能し、そんな理不尽な世界を映し出していた一つの装備品、メガネを中心として。
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