死にたがりの地球と太陽の姉妹たち

星海洸

第1話 死にたがりの地球と太陽の姉妹たち

その日、地球わたしは死のうとしていた。

太陽の8人姉妹と過ごした50億年という月日は、長いようでも短いようでもあった。


「なんでこんなことになっちゃったんだろう」

思わず涙ぐむ。

明日は、雷雨になるだろう。でも、今更どうでもいい。


人類が文明を生んでから幾千年、からだを削られ、大気を汚され、放射能にさらされても、自分が耐えれば…と我慢してきた。


だけど、人の野望はそこにとどまらない。

大量破壊兵器を持った人類は、銀河に旅立つ手段をも手に入れようとしていた。


ほかの惑星みんなに迷惑をかけるくらいなら、いっそ自分が消えてしまおう。

――そう、決意した瞬間。


「真面目すぎじゃない?」

彼方から声が響いた。


火星ねえさん?」

思わず、聞き返す。

こうして声を聞くのは何千年ぶりだろう。


「まあ、真面目な惑星ほど、うつになりやすいっていうから、ね」

不思議な安心感を帯びたハスキーボイス。


うつ?」

「気づかなかった?」

「うん」

「ま、それがうつってものだから」


少しだけシリアスな響きを込めて、火星が続ける。

人類のやったこと全てに、あなたが責任を感じる必要はないわ」


…そう言われると。

何もかもが、生みの親わたしの責任だと思っていた。

温暖化も、生態系の破壊も、大量破壊兵器の誕生も。


でもよく考えると、全て人類というたった一つの種が引き起こしている。

意識の芯まで響く絶滅種の悲痛な叫びも、人類彼らには全く聞こえていないようだ。


「もし、地上に住むできるだけ多くの種を守りたいなら、人類だけを滅ぼすという手もある」

「でもそれじゃ…」

あまりに可哀そう…という前に、火星は言葉を重ねる。


「あなたが死ねば、どうせあらゆる種族が死滅する。だったら、人を滅ぼして他の生命を救うというのも一つの方法かもしれない」


-最大多数の最大幸福、っだっけ。

最も多くのを幸せにする行為こそが善、という理論。

だが、純粋に生命体の数だけでいえば、人間は圧倒的な少数派だ。


「でもどうやって?」

「簡単よ。地表温度を50度下げれば、彼らはやがて死ぬ」


…ただ、と彼女は言葉を継ぐ。

「馬鹿な子たちでも、いなければいないで退屈だけどね。だから、殺す前によく考えなさい」

低い声が、更に憂いを帯びた気がする。


彼女は後悔しているのだろうか。

あの時、火星の子どもたちを滅ぼすのを躊躇したことを。

結果として、他の種全てを巻き添えにした大戦で、彼女の肌は荒れ果て、生命の痕跡は既にない。


金星が割って入ってくる。

「滅ぼすなら、そもそも、なんで生んだんだよ」

その声には明らかに非難と嫉妬の棘がある。


地球の双子星とよばれる金星は、環境が比較的地球に近い。

質量も太陽からの距離も、地球とほとんど一緒だ。


ただ、何度挑戦しても、生命は生まれなかった。


かつて海も作った。酸素も大量に吐き出した。…にもかかわらず、原初の生命体が生まれなかったのだ。

無理やり体質改善テラフォーミングした結果、金星は生命を生むのが難しいからだになった。


「頼むよ。滅ぼすくらいなら、あたしに育てさせろよ」

隣で、金星は掠れた声で言う。


「…ごめんね」

自分が生んだとは言え、人類の意思には干渉できない。それが、この銀河のルールだから。


「あきらめなさい」

言葉に詰まったわたしの代わりに、水星が言い放つ。


「たった数億回、子作りに失敗したくらいでめげてんじゃないわよ」

熱くて冷たい二重人格ツンデレ、という言葉が人類にはある。

マイナス180度から430度の地表を持つ水星は、まさにそれだ。


「励みなさい。まだこの銀河の寿命は、50億年半分くらいはあるんだから」

今度は、金星が沈黙する。

太陽から2番目に近いことが誇りの金星も、最前列の水星には頭が上がらない。


「そんなに気長に待ってられないかもよ?」

彼方から木星が突っかかってくる。


「そのうち人類が、あれを生みだしたらどうするの?」

思わず息をのむ。


惑星にとっての最大の恐怖。全て飲み込む虚無の穴ブラックホール

もちろん、この太陽系も例外じゃない。

一度、誕生したら、太陽系ごと深淵に飲み込まれるだろう。


―ただ。

「さすがに無理だと思う、人には」

どんな天才も、100歳生きれば個体がリセットされてしまう、人間には。


死なない知性AIなら?」

確かに寿命などなく、指数関数的に成長するAIになら、いつか可能かもしれない。


気持ちがいっそう沈んでくる。

あらゆる技術を軍事利用してきた人間が、AIだけを例外にする理由はない。


答えられない私に、木星が言葉を重ねる。

―いずれにせよ。

「私が太陽になる邪魔だけはしないでほしいの」


水素とヘリウムという太陽の条件を備えながら、質量が足りず夢果たせなかった木星この星は、まだその望みを捨てていないみたいだ。


「太陽になって、いつか、自分だけの力で輝いて見せるんだから」

この前向きさが少し羨ましい。


「それにしても、たった数百万年足らずで、一つの種が何でここまで進化できたのかしら?」

土星の素朴な疑問が聞こえてくる。幾重もの美しいリングに囲まれたこの星は、どこか優雅なオーラを漂わせている。


「あんなにもひ弱な種が」

貴族のような上から目線も健在だ。


「そうだね……」

わたしは追憶する。


たしかに、かつて地を覆っていた小さすぎて見えないバクテリアや、恐竜のような強靭な肉体を持つ種ならまだ分かる。

どちらにも属さない中途半端な人類が、ここまで繁栄したのは少し意外だった。


「どうやら人は、逆境になればなるほど力を発揮するみたい」

それが、私が長年彼らを観察してきた結論だ。


「でも逆境それは進化の基本条件でしょう?」

土星が素朴な疑問を投げかける。

確かに、逆境をバネに進化するというのは、人類に限らない普遍的なルールだ。


「ただ、人の場合は、

「逆境を生み出す?」

「どう考えても非合理な大量殺戮行為せんそうも、ある種のリーダーにとっては、逆境を作り出すための手段にすぎない。終末論をしきりに唱える宗教家もね」


彼らは、自らの理想に導くため、逆境という幻想を利用する。

犠牲が多ければ多いほど、理想に近づくと考えているところが始末に負えない。


「相当歪んでいるね、その人類ってやつは」

太陽系で最も遠い惑星、海王星が初めて口を開く。


「やっぱり滅ぼしてしまった方が銀河みんなのためかもしれない」

天王星も同調する。

隣り合って育った海王星と天王星は、性格もどこか似通っている。

地表温度がマイナス200度の彼らの言葉は、時に氷柱つららのように鋭く心を貫く。


星間戦争スターウォーズが始まる前に」

もはや伝説でしか聞いたことのないその名前。

太陽系が生まれる遥か前、いくつもの銀河を巻き込んだ大戦が起こり、滅びたらしい。


―やっぱり、被害が私だけで済んでいる今のうちに、滅ぼすしかないんだろうか?

わたしは目を閉じる。頭の奥が痛い。


真空の宇宙そらに沈黙がたゆたう。

その重みに耐えきれなくなって、私は、無意識に光の射す方を見る。

そこに、ほのおの揺らめきが起こった。


「それで、あなたはどうしたいの?」

太陽系全惑星わたしたち全員を震わす力強い声。


30億年ぶりの太陽母さんの声だった。

やがて銀河を揺るがす、八人姉妹の惑星間対話ガールズトークは、こうして幕を開けた。

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