十色インク

 彼女は笑顔で両手を差し出す。全部違う色のマニキュアをしていた。

「綺麗な色でしょ? どれでも使っていいよ」

 僕は彼女を膝に座らせて抱きかかえ、右の人差し指を掴む。小指や親指は短いし、中指や薬指は隣に他の指があって持ちにくいと思ったのだ。それに、その指は紺色の爪だった。大事な書類に署名するのに、ピンクや黄色はないだろう。

 体勢に苦労しながら、細くてやわらかい指で署名する。書きあがってから確かめると、紺色だと思っていたのに紫色だった。

「あ、ごめん。朝、口紅塗ったときに爪に入っちゃってたのかも」

 謝りながら彼女は振り向く。唇から赤いインクがにじみ出ていた。



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テーマ「これはペンですか?」

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