5/20 雪

1限の授業が大雨のせいで電車が止まって教師が来られなくなったのだろう、休講になってしまっている。これならもう少し寝れたではないかと僕は大きなため息をついた。

「よぉ、雪、どうしたんだため息なんぞついて。んな、休講かよ… もっと寝れたじゃねぇか〜」

僕の後ろにいつのまにか来ていた璃兎は僕の心の声を代弁してくれたようだった。

「おはよう、あきちゃん。そういえば一昨日、あきちゃんの彼女からメールで『璃兎の様子がおかしいけど何かあったの?』って来たんだけど、何があったの?」

「俺も、よくわからないんだ… 気が付いたら、自分が泣いてて…」

璃兎は下を向いて、いつになく力無い声だったが、話してくれた。

僕は今すぐに璃兎を抱きしめたかったが、我慢した、つもりだった。

僕は璃兎の手を握って駅に向かって歩き出していた。耐えられなかった。

僕は、僕の、僕の大好きな人がこんなに弱ってしまっているのが苦しくて仕方がなかった。

「あきちゃん、今日は帰ろう。僕の家の方が近いし、僕の家においでよ。ゲームしたり、話したり、今日は授業なんて受けなくていいよ。」

璃兎は少し驚いたような顔をしていたがすぐに手を握り返してきた。

電車に乗っている間もずっと家に着くまで、僕らは手は繋いだままだった。離し忘れていただけなのかもしれないが、僕はすごく幸せだった。


僕の家も璃兎の家も大学から3駅のところにある。でも僕の家の方が数分、駅に近かった。アパートの1階、手前から数えて2つ目の部屋だ。

鍵を出そうとして自分がまだ璃兎の手を握っていたことに気付く。そっと手を離すと璃兎も少し驚いているようだった。

「雪、ごめん、ずっと、手…」

「いいんだよあきちゃん、僕は嬉しかった。」

僕はもう、隠すのをやめようと思った。鍵を開けて、扉を開いた。

2人でソファに座る。僕はポツポツと自分の思いを話し始めた。今しか、ないと思ったから。

「あきちゃん、僕ね、あきちゃんのことが好きなんだ。ずっと前から。」

璃兎は黙って、僕の方は見ずに、僕の手を握ってきた。僕は続ける。

「小学校のとき、僕とあきちゃんは出会ったでしょ?いつも遊んでいるうちに、どんどん僕はあきちゃんに惹かれていった。いつも元気で、お調子者で、先生に怒られたりしても何食わぬ顔しているのに、後で隠れて泣いてたり、真顔でお菓子食べまくってたりしてたよね。そんなあきちゃんのことを僕は、ずっと側で見ていたいってずっと一緒に居たいって、幼心に思ったんだよ。それから僕はずっと、あきちゃんのことだけが好きなんだ。」

璃兎の耳が赤くなっている気がする。心なしか僕も顔が火照っているように思う。

「雪、実は俺も…」

璃兎の僕の手を握る力が強くなる。

「俺も、お前のことずっと好きだったんだ。」

ずっと俯いていた顔を上げて僕の目をまっすぐ見る璃兎の目には涙が浮かんでいた。でも、笑っていた。

僕は璃兎のことを抱きしめる。璃兎も僕のことを強く抱きしめてくれた。


どれくらい経っただろうか、この位置から時計を確認することは出来なかった。10分くらいだろうか、1時間だろうか、もしくはそれ以上、僕らはお互いを抱きしめ合っていた。

僕が少し力を入れると璃兎も力を入れてくる。璃兎のそれは僕を絞めにかかってるんじゃないかと思うくらい強くて少し痛かったが、とても心地よかった。

僕が頭を撫でると無意識なのかわからないが僕の方に顔を押し付けて擦り付いてくる辺りすごく可愛い。

背中をゆっくり撫で続けていたらいつのまに璃兎は寝てしまったようだった。

僕はスマホを取り出して時間を確認する。ホーム画面の数字はぴったり12:00を示していた。璃兎が起きたら一緒にお昼ご飯を食べることにしよう。

そう決めて僕はスマホの電源を切ってから前にある机の上に置いた。

それから僕は璃兎をもう一度抱きしめて自分も眠る事にした。


僕が目を覚ますのとほぼ同じタイミングで璃兎も目を覚ました。待っていてくれたのかもしれないけど。

すごく近くに璃兎の顔がある。2人の目が合っている。璃兎が顔を赤らめて下を向こうとしたところの顎を捕まえてこちらを向かせてからキスをした。

璃兎はキスが上手かった。それもそうだろう、経験があるのと無いのでは大違いだ。なんせ今のキスは、僕の初キスなのだから。声が出そうになるくらい、体の力が抜けてとろけそうだった。

唇が離れたときすごく寂しかった。それは璃兎も同じだったようで今度は彼の方からキスをしてきた。

舌が絡み合う、声が漏れるのが我慢出来ない。しばらく僕らはそうして、2人だけの時間を味わっていた。


気付いたら2時になっていた。僕は冷蔵庫から適当なものを取り出してご飯と卵と合わせて炒めた。オリジナルチャーハンくらいなら僕でも作れる。

僕が作ってる間璃兎はボーッと壁を見つめていた。疲れさせてしまったのだろうか、だとしたら申し訳ない。


2人で僕の作ったチャーハンを食べているときふと璃兎がニヤケながらこんなことを言ってきた。

「雪、やっぱお前キス下手くそだな。」

「あ、当たり前だよ。仕方ないじゃないか。僕は全部あきちゃんと初めてがいいんだよ。」

僕は何を思ったのかこんなことを口走ってしまっていた。恥ずかし過ぎて穴があったら入りたい気分だ。

それを聞いた璃兎はチャーハンをすくっていたスプーンを取り落とした。そして顔を覆って「うるせぇよ…」といった。真っ赤になった耳は隠せていなかった。


そのあと、2人で発狂しながら格闘系のゲームをしていたら隣の部屋の人が思い切り壁を叩いてきた。その音にびっくりした僕を璃兎はからかってきた。でも僕は音がした瞬間、肩をビクッと震わせた璃兎を見逃してはいなかったが、黙っておいてあげることにした。


僕が夕食を作っているとき、璃兎はたまに首を傾げたり頭を掻いたりしながらスマホに一生懸命何かを打ち込んでいた。

「あきちゃん何してるの?」

「んー、別に、ちょっと、断捨離的な?」

よくわからないがアプリの整理でもしているのだろうか。僕は機械音痴過ぎてスマホに買い替えたもののLINE以外はロクに使えないのだ。

「あきちゃん、今日泊まる?雨もまだ止んでないみたいだし。」

僕は何気なく聞いてみた。別にやましい事は何も考えていない。断じて考えていないぞ。ただ、1人になるのが少し怖いだけだ。

璃兎は少し顔が赤くなっている。

「あきちゃん、エッチな事考えてるんでしょ。今日はそんなことしないから安心してよね。」

「べ、べ、別にっ!そんな事考えてねぇし!でも、その、今日1人になるのは嫌だから、泊まっていいか?」

「ヤリチンの女タラシのくせに何をそんなに焦ってんのさ。」

「ヒドイな、俺だって傷付くんだからな?」

「アハハっ 知ってるよ、ゴメンってば、本気で言ってるわけないじゃないか。」

璃兎はむくれた顔をしてソファに寝転がって、またスマホを弄り始めた。


夕飯を終え、それぞれが風呂に入り、部屋のアナログ時計は10時を指していた。なんだかんだいって、やはりお互いソワソワしていた。

「そろそろ、寝よっか。」

「そうだな。」

「僕の家、敷布団とか無くて、僕のベッドしかなくて、狭いけど、一緒でもいい…?」

璃兎なぜか黙ったまま首を全力で縦に振っている。そんなに構えられても困ってしまうものだ。

2人で布団に入る。窮屈ではあるが、すごく暖かかった。

手が触れて、握る。顔を見合わせてお互いでクスッと笑った。

暖かくて、気恥ずかしくて、溶けてしまいそうなほどの幸せの中でいつのまにか2人とも眠りに落ちてしまっていた。

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