第76話 拓海君は羨ましい
今日の学校の行事は全て終わり、帰るだけになった。
教室の黒板の上にある丸い掛け時計を見ると、時刻は午後四時。朝降っていた雨はお昼で上がって今は曇り空。
「さて、帰るか。なぁ——」
気付くと俺は、自分の隣の誰も居ない席に声をかけていた。
は? えっ? どうして俺は隣の席に声を掛けたんだ? 隣は空席で誰も使っていないのに……怖っ!
俺はどうしたんだ? 朝から変だ! 知り合いがいないアパートに行ったり、隣の空席に声を掛けたり……
それに朝の教室、本当に葵ちゃんと毎日二人きりだったのか? 他に誰かいた様な気もするが……
ぐぇぇ、怖い……気持ち悪い……もう深く考えるのは止めよう……俺には仲の良い友達はいない。親友もいないんだ。
俺は深く考えるのを止めた。気のせいだと、錯覚だと思う事にした。しばらくすると、この不思議な違和感は忘れるだろうと思った。
「帰るか……」
俺は鞄を持ち教室を出た。周りに生徒は沢山いる。雑談している生徒。部活に向かっているだろう生徒。下駄箱に向かう生徒。
俺は帰宅部なので下駄箱に一人で直行だ。下駄箱に向かう途中、廊下でイチャイチャしている生徒がいた。羨ましかった。
下駄箱でスリッパから靴に履き替え、傘立てにある自分の傘を持ち、玄関から外に出た。
下校する生徒がチラホラいる。その中に花澤葵ちゃんがいた。
花澤葵ちゃんの隣にはイケメン生徒会長がいる。どうやら一緒に帰る様だ。俺は二人が一緒に帰るところを初めて見た。
俺の周りにいる生徒もザワザワしている。会話を聞くと誰もが初めて見たらしい。
うーむ。美男美女のカップルだねぇ。生徒会長は大企業の御曹司で、容姿端麗、文武両道の完璧超人。
そりゃ葵ちゃんも好きになるよな……あっ、葵ちゃんが笑った。葵ちゃんの笑った顔は初めて見たかも……俺と対応が全然違うな……当たり前か。
恋人と一緒に下校かぁ……良いよなぁ。葵ちゃんがカク●ムに投稿した小説通りなら、葵ちゃんから告白したんだよなー。
くっ、リア充爆発しろ! 俺なんて告白された事ないんだぞ! ……モブの宿命だな。
恋人ならすでに、あんな事やこんな事はしているんだろうな。この後、二人は家に帰ってから……羨ましい! 俺もあんな事やこんな事がしたい!
……ふっ、虚しいな……帰ろ……他人は他人。自分は自分。そのうち良い事があるさ……あるはずさ……って、朝あったな!
うん! 俺もまだまだこれからだ! ふぁいとー!
俺は自分を鼓舞して学校を出た。俺と葵ちゃんカップルとは帰る方向が逆なのがせめてもの救いだね。
俺は通学路をテクテクと一人歩いて家に帰っている。隣に女の子がいたら楽しいだろうな。とか考えながら。
そして今朝の金髪美少女のアパートに到着した。会えるかもと期待したが、そんな偶然は無かった。ちょっぴり切ない。
小説の主人公なら金髪美少女が外で待っているとかありそうだけど、現実はそんな事は起きない。
何事も無くアパートを出発。しばらく歩いてコンビニも通過。そして交通事故に遭った近くに来た。
何事も起こらないと思うが一応用心する。俺の進行方向から、歩いてこちらに来ている人物が一人いる。髪の長い銀髪の女の子だ。
遠くからでも分かる。美少女だ。身長は俺と同じくらいか? 初めて見る。知らない女の子だ。
銀髪の美少女が俺の方に近づいている。美少女はコンビニを見ている。おそらくコンビニに行くのだろう。
俺は銀髪の美少女の遥か後方から来ている軽自動車が気になった。
マズイな……車道には朝からの雨で水たまりが出来ているな。
タイミング的に歩道を歩いている銀髪の美少女が、車道の水たまりの横に来た時に軽自動車が通る。
銀髪の美少女は水しぶきを浴びてビショビショになってしまう。
これは男として助けないといけない! どうやって助ける?
手に持っている傘で水しぶきをガードするか? ダメだ。走らないと間に合わない。傘を広げるヒマがない。
仕方がない。銀髪の美少女を抱きしめて俺が水しぶきの盾になるしかない!
べっ、別に銀髪の美少女を抱きしめたいとかでは無いから! 水しぶきから守る為だから!
そして俺は銀髪の美少女を抱きしめて、水しぶきから守る盾になる為に走りだした。
「——うわっ! ぐはっ!」
俺は走り出して二歩目で、足が絡んで盛大に転んでしまった。自分が運動音痴だった事を忘れていた。
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