第75話 花澤葵ちゃん

 俺は自分のクラス、2年B組に到着して教室に入った。


 教室には生徒が一人いた。花澤葵ちゃんだ。


 教室には他に生徒はいない。二人きりの朝の教室。偶然ではない。花澤葵ちゃんはこの時間必ずいる。俺はそれを知って毎日この時間に教室に来ている。


 もちろん会話は一切ない。他の生徒が来るまでの短い時間の二人だけの教室。それだけで俺は幸せだった。


 花澤葵ちゃん。身長百五十八センチ、体重四十五キロ。胸は小ぶり。黒髪で肩に触れる程度の長さでストレート。黒目。


 顔立ちは良く、テレビなどに出ているアイドル並みの可愛さ。性格は穏やかで優しい。


 俺の席は廊下側の一番後ろ。花澤葵ちゃんの席は俺の斜め前。


 俺は教室は後ろから入らないで必ず前から入る。理由は花澤葵ちゃんの顔を見る為だ!


 俺は自分の机に向かう。花澤葵ちゃんはスマホを見ている。指で画面をポチポチ、シュシュして文字を打っている。


 俺はあっさりと何事も無く、挨拶も無く花澤葵ちゃんを通り過ぎた。そして自分の机に到着。椅子に座った。


 ……ふっ、いつもの事だから良いけど……葵ちゃんは俺に興味が無いのは分かっているさっ。俺はモブさっ。空気さっ。勉強が出来てもこの程度の存在さっ。


 毎朝、二人だけの教室だけど花澤葵ちゃんと会話は一切無い。『おはよう』の挨拶も毎回無い。


 花澤葵ちゃんは黙々と小説を書いている。斜め後ろの席だから葵ちゃんのスマホ画面が見えてしまう。


 花澤葵ちゃんはカク●ムに投稿している。俺は葵ちゃんのペンネームも知っている。


 花澤葵ちゃんは恋愛小説を書いている。読んでみたが……イケメンの生徒会長に恋する女の子の小説だった。


 ……はぁ。まさか葵ちゃんは恋人との馴れ初めをカク●ムに投稿していたとは……


 ……ん? あれ? 俺はいつイケメン生徒会長と葵ちゃんが付き合っている事を知ったんだ?


 そもそも俺は葵ちゃんを好きだったはずなのに、今は葵ちゃんの事を好きな気持ちがまったく無い。


 どうしてだ? 今、葵ちゃんを見ていているがドキドキしない。ほんの少し前までは後ろ姿を見ているだけでドキドキしていたのに。


 うーむ、謎だ……でも、まぁ、いいか。人の気持ちは変わるものだからな。


 イケメン生徒会長が恋人と知ったのも、誰かが話をしているのを何処かで聞いたのだろう。


 今は登校中に会った金髪美少女の事が気になっているしね。


「葵ちゃんおはよー」


「おはよ……」


 俺が葵ちゃんや金髪美少女の事を考えているとクラスメイトの女の子が一人、教室にやって来た。そして花澤葵ちゃんに挨拶をした。


「獅子王君もおはよー」


「おはようございます」


 俺と花澤葵ちゃんは登校して来た女の子に挨拶をした。花澤葵ちゃんは挨拶のあとに俺の方を見た。


「あ……獅子王君……居たんだ……おはよう……」


「おはようございます」


 ぐはっ! ごぼっ! やはり俺に気づいていなかったか! 葵ちゃんの真横を通ったのに!


 まっ、まぁ、小説を書くのに集中していたから仕方ない……集中していたから気付かなかった……という事にしよう……シクシク。


「ねぇねぇ、葵ちゃん」


「はい」


 花澤葵ちゃんは登校して来たクラスメイトの女の子から声を掛けられ女の子の方を向いた。


「さっき職員室に行ったら来週転校生が三人来るんだって」


「転校生……ですか……」


「うん、それと三人とも女の子らしいの。し、か、も、このクラスに三人とも来るらしいの」


「女の子……」


「これは男子は大騒ぎね。どんな子達が来るんだろ? 楽しみー」


「そうだね……楽しみ……だね」


 俺は二人の会話を聞いて、その中の一人は今朝登校中に会った金髪美少女だったら嬉しいなと思った。


 その日は放課後まで転校生の話題でクラスは賑わっていた。


 転校生の事で賑わって、俺の交通事故の事はクラスの話題には出なかった。ちょっぴり寂しかった。













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