第8章 拓海君は二度死ぬ

第64話 ルナのお出迎え

 俺はホテル古代神の湯のロビーから自宅の玄関に転移をした。


「だだいまー」


 俺はリビングに聞こえるくらいの大きな声を出して、『だだいま』と言った。リビングから複数の笑い声がかすかに聞こえる。俺は玄関に並んでる靴に目がいく。


 ルナとリンはまだいるようだ。見慣れない革製の靴が二つ、おそらくルナとリンの父親の靴だろう。


 そして今日の朝、父さんと母さんが履いていった靴がある。ソラはさっき別れたばかりなので、まだホテルにいる。


 たぶんソラは、関係者の人が送るのか、天界経由で帰るのだろうと俺は思った。


 俺が靴を見たり、考え事をしていると、玄関から延びる廊下の壁伝いにある、リビングの扉が動いて開いた。


 リビングの扉を開けたのはルナだった。俺を見るなり、嬉しそうに小走りで俺に近づいて来た。


「拓海君、おかえり」


 ルナは俺の目の前で止まり、笑顔で『おかえり』と言ってくれた。


 俺は幸せ者だと思った。ルナと結婚して、お嫁さんになってくれたら、かわいいルナが毎日出迎えてくれる。


「拓海君。ソラちゃんをお嫁さんにする約束は果たせた?」


 ルナが俺にソラとの事を聞いて来たので、俺は自然と笑顔になり頷いた。


「やったね。大丈夫とは思っていたけど、ちょっぴり心配してたんだよね」


 ルナは俺にウインクをした。俺は鼓動が速くなった。


「さっ、リビングに行こ。パパ達も待っているよ」


 俺の心臓が更に速く動く。


「ルナ……」


 俺は口から大量の血を吐き出した。そしてその場に倒れた。


「たっ、拓海君!」


 体の内側に激痛が走る。俺の中で何が起きているのか分からない。


 だけど、この体の激痛は覚えている。交通事故の痛みと同じものだ。


 俺は死ぬと思った。死んだ時と同じ感覚。徐々に意識が遠のく。


「——君。拓海——」


 ルナが俺の体を揺すり、俺の名前を呼びながら泣いている。ルナの声が聞き取りづらい。


 廊下の振動が体に伝わってくる。異変に気づいて、リビングにいたリンたちが玄関に来ているのだろう。


 周りに人が集っているのが分かる。体は動かない。目は開いているが、ぼやけて見えない。


 ルナが必死に俺の名前を呼んで泣いているのは分かる。ルナの手とは別の、大きな手が俺の体を触っているのも分かる。


 神であるルナの父親だろう。神にしか使えない、神々の奇跡、治癒を使っているのだろうと俺は思った。


 だけど英雄王の俺は、神々の奇跡の無効化が常時発動している。治癒も無効化してしまう。


 英雄王の奇跡にも治癒はある。俺は治癒を発動させたが、なぜか治癒が発動しない。


 体の内側の激痛で意識が飛びそうになる。いや、死ぬ。俺は確実に死ぬ。


 俺は英雄王。死んだらどうなるかは分からない。もしかしたら消滅するのかもしれない。


「ル……ナ……ごめ……ん……お嫁……さんに……でき……そうに……ない」


 俺はありったけの力を振り絞って声を出した。ルナの顔はもう見えない。声も聞こえない。


『ふむ——やはり無理があったのじゃ。すまぬ』


 聞こえたのはコン様の声だった。コン様の声は耳からは聞こえず、俺の頭の中に直接響いた気がした。


 コン……様……ここに……いる……の……か……









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