ACT.12 狼怪の転生者(Ⅲ)


 身体のベースこそ狼であるものの、眼球は複眼で足は8本。

 神話に登場する悪魔の如き醜悪な姿の生物が、6体馬車の前に立ちはだかっていた。

 無論、こんな生物はこの世界には存在しない。

 つまり、この生物たちは――。


「――転生者が異能で作った人造生物!」


『なるほどねぇ、こんなのが居座っていたら、ソリャ安全からは程遠いわ』


 いつの間にかヘルムを着用したレオーネが、盾と剣を構えるライのとなりに並ぶ。


『本当なら、全部ライ君にまかせる手はずだったんだけどさ、しょっぱなからこれは酷いわね。――だから、ちょっと手伝ってあげる』


 その言葉をライが聞いた途端、傍らにいたレオーネの姿が掻き消える。

 次の瞬間、一番手前にいた人造生物の身体が裂け、派手な血しぶきが上がる。

 悲鳴すら上げられずに絶命したその傍らには、得物である双斧を振り切ったレオーネの姿があった。

 レオーネ・ゴドウェン。

 粛清騎士の紅一点であり、最速の騎士と謳われるその実力の一端であった。

 そして、そのまま流れるような動作で、次々に人造生物たちに刃を振り下ろす。

 無駄のない完璧なその動きは、完成された見事な演舞のようでもあった。


『guuu—!』


 そうやって、3体目に人造生物が仕留められてようやく、奴等もことの重大性がわかったようだ。

 レオーネから距離を取り、大きく雄叫びを上げると一匹が山中へと走り出した。


『ライ君、アレを追って! 多分そこに転生者がいるはず!』


「了解です!」


 そういって走り出すライだが、その行く手を残った2体の人造生物が阻もうとする。

 大きく飛び掛かってきた一体目を、盾を使って上に押し上げるようにして潜り抜けるように躱し、続く2体目を剣を振りぬいて牽制、その隙に全力で走り去る。


『gaaaaaa-!!』

 

 それを逃さぬとばかりに追いかけようとした2匹の目の前に、レオーネが立ちふさがる。


『君たちの相手は私だよ?』


 そういって彼女は、ヘルムの内でにやりと嗤った。



▽▲▽



 そして、レオーネが足止めをして居る隙に、ライは走る。

 山の斜面は森になっており、ただでさえ走りにくい傾斜のついた地面に、木の根などが凹凸を作っており、鎧を纏った並の騎士ならば満足に走る事すらままならないのだろう。

 しかし、ライは平地を走るかの如き速さでその中を駆ける。

 このような、自分に不利な立地での対処対応は、アスランに念入りに仕込まれていたからだ。

 アスラン曰く、「騎士は常に万全の状態を調えるように訓練するのではなく、どのような不利な状態でも戦えるように訓練すべき」。

 大事なのは最善を整えることではなく、最悪を乗りこなすことにある。

 その教育方針のもと、あらゆる不利な環境での特訓を経たライにとって、この程度の足場は、走りづらいという内にすら入らない。

 前を走る人造生物の後ろを一定間隔を開けて、追いかける。

 そして、途中大きな木の真横を通りかかった瞬間、ライは強烈な殺気を感知した。

 咄嗟に殺気を感じた方向――真上に向けて盾を構える。

 するとその直後、強い衝撃に盾が揺れる。

 真上、大樹の中に潜んでいた男が、飛び降りながらその手に持っていた剣で攻撃してきたのだ。


「――っ!」


 奇襲を防がれた男は、そのまま連続攻撃を仕掛けようとはせず、いったん大きく後方に飛びのき、ライの様子をうかがう。

 現れたその男は、狼の皮を頭からかぶった妙ないで立ちをしていた。

 その手には、錆びてボロボロになった片手剣が一つ。

 突如現れたその男を警戒し、盾を構えなおしたライは叫ぶ。


「貴様が、ササキ・カズマか!」


 その声に対し、その男は一瞬のうちに激高する。

 まるでそう、忌まわしいことを思い出したかのように。


「――何故、俺の前の名を!!」


 狼男――転生者ササキ・カズマのその言葉を聞いて、ライは静かに笑った。


「そうか、お前が! お前が、転生者かぁぁぁあああああ!!」


 瞬間、ライは自分で自分の感情を――迸る激情を抑えられなくなった。

 長い間くすぶらせたその憎悪を叩きつけるが如く、その男に突貫していった。







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