最強の少年聖騎士、転生者を狩る〜研ぎ澄まされた技で、チートを凌駕する〜

宇奈木 ユラ

プロローグー粛清騎士ー


 聖ルバウス王国の東端にある国境、マティウス大渓谷。

 かつて、賢人マティウスが、世を儚み身を投げたといわれるその大渓谷にかかる大橋の前。

 黄昏の黄金に染まるその場所で、一人の騎士が立っていた。

 彼は、夜を固めたような濃紺の甲冑を身にまとい、その鎧に聖十字を刻むことを許された聖騎士――その聖騎士たちの中でも、たったの8人しかいない精鋭たる粛清騎士であった。


『・・・来たか』


 濃紺のヘルムの内から、くぐもった声がもれる。

 零れた声は、威圧感のあるその姿とは対照的な、十代後半の若い少年の声をしていた。

 それもそのはず。

 彼の名は、ライ・コーンウェル。

 歴史ある聖教会の粛清騎士の中では、14歳という最年少で抜擢された傑物である。

 抜擢されたその日から三年が経過した今でも、その記録は破られていない。

 そして粛清騎士ライが見つめるその先には、2頭の馬が牽引する1台の馬車がこちらに向って走ってきていた。

 だが、その様子はいささかおかしい。

 馬車の御者台で馬を操る御者は、遠目でライの姿を確認すると、スピードを落とすどころか、轢き殺さんばかりに加速を始めたのだ。

 その様子に、馬車を待ち構えていたライは方針を変える。

 身を低くし、大地を踏みしめて、勢いをつけて彼はその馬車に向かって走り出した。

 それを見て、一瞬動揺するものの、更に加速を促す御者。

 疾風の如く疾駆するライと、そのライを轢き殺す気でトップスピードで突入する馬車。

 両者が激突する瞬間、一瞬のうちに背中の盾に収められていた黒い刀身の片手半剣を抜き放ち、馬車の右脇に飛びこむライ。

 そして流れるような所作で、横を通過する馬の脚、馬車の片側前輪と後輪に次々と剣を走らせる。

 次の瞬間、脚を切りつけられた馬が大きく嘶き、片側車輪を全て失った馬車が大きく横転。

 派手な土煙をあげ、地面を転がりながら、大橋の目の前でようやく停止した。


「畜生! なんだってんだ!!」


 そういって、横転した馬車の中から4人の男たちがぞろぞろと出てきた。

 転落し、挽肉となった御者を含めた人数は5人、侯爵家の警備兵から報告を受けていた数と一致する。


「いったい何が――って、嘘だろ!?」


 そのうちのリーダー各と思われる男が、土煙の中からゆっくりと現れたライの姿を見て、驚愕に目を見開く。


「兄貴、アイツはなんですかい?」


「知らねえのか、聖教会に所属する聖騎士の中でも、8人しか居ない強者だよ! クソ、普通は異端狩りしかしねぇ死神が! あの侯爵、相当量聖教会に貢いでいたようだな!」


 額に汗を浮かべるリーダーとは対照的に、ヘルムで表情は隠れていても分かる余裕な態度を崩さないライ。


『先日誘拐した、侯爵家の子息を渡してもらおう。そうすれば、貴方たちは見逃そう』


 そういって、剣を左手に持った盾にしまい、攻撃の意志がないことを示しながら、ライはそう誘拐犯たちに告げる。


「はっ、ここであのガキを放しちまったら、俺らの命なんてないも同然! そういう依頼なんでな!」


 リーダーは、緊張した面持ちで仲間たちに目配せをする。

 それを受けた仲間たちは、それぞれがカトラスや手斧などの武器を手に取る。


『無駄な殺しはしたくないのだが、仕方がない。こちらにも使命がある』


「相手は所詮一人だ! 全員でかかりゃ大丈夫だ、掛かれ!!」


 そうして武器を構え、全力で走ってきた三人に対して、ライはゆっくりとした歩調で歩き横転した馬車へ――ひいては彼らの元へ向かう。

 まず、カトラスを振りかぶった髭面の小男の顔面を、カトラスを躱しつつ空いている右拳で勢いよく殴り飛ばす。

 それで三歩ほど後退した隙に、大きく一歩を踏み込みながら左手に持った盾から剣を抜き放つ動作そのままに胴を横なぎに一閃。

 更に軸足に力を入れ、反対の足でその胸を蹴り、後続に控えていた別な男に小男の身体をぶつけ、ソイツの姿勢を大きく崩させる。

 そのまま小男の胸ごと、後ろの男の心臓を的確に貫き、一度に絶命させる。

 串刺しにした二人の身体を肩で押しつつ半歩さがることで、最小限の動きで剣を抜き取り、次の一閃で小男の首を一瞬で跳ね飛ばし、宙に浮いたその首を盾で殴り飛ばす。

 首が飛ばされた先にいた三人目の男は、ライによって仲間が一瞬のうちに殺されたことと、自分の顔めがけて飛ばされた生首に酷く動揺した。

 その動揺と、飛ばした生首に視線を集中させることで生じた死角の中を、ライは素早く移動し、助走をつけた鋭い軌道でその男を袈裟斬りにした。

 僅か数瞬で三人の男を息も荒げず殺したライは、何てことなさそうに剣を払い血を飛ばす。

 そして残るリーダー格の男に切っ先を向ける。


『――後は、お前だ』


 その言葉に、男は静かに両手をあげて降参の意を示した。


「頼む、見逃してくれ」


『わかった、子息は馬車の中か?』


「あぁ、縄と猿ぐつわをさせて拘束して置いてる」


 それを聞いたライは、剣を盾に収めリーダーの横を通り馬車に向かう。

 ライが背中を見せた瞬間、足元に転がっていた壊れた馬車の木材を手にリーダーはライを目掛けて振り上げた。

 そう、リーダーには元々降伏する気などさらさら無く、隙を見て後ろを取って殴りかかろうとしていたのだ。

 元々誘拐の依頼を受けた時点で後戻りはできなかった。

 ならば、卑怯な手を使っても生き残った者が勝ちだと、考えていた。


「死ね――」


 瞬間、ライが振り向きざまに盾の縁で、リーダーの頚を殴りつける。

 遠心力の乗った、硬く鋭いその縁での一撃は、たやすく頚骨をその命ごと砕いた。


『剣を収めたからといって、油断しすぎだ』


 崩れ落ちるその男にそう呟いてから、ライは踵を帰し横転した馬車の中へ入っていく。

 中にあったものがごちゃごちゃと散乱する中、ライは一人の7歳くらいの年齢の、身なりの良い金髪の少年を見つけた。

 あの大事故の中、奇跡的に無傷であった少年はライの姿を見て、猿ぐつわ越しにくぐもった歓声を上げる。

 父である侯爵から助けが来たのだと思ったようだった。

 そんな少年に、ライはこう問うた。


『君が、侯爵家の子息か』


 ライのその言葉に少年は大きく首を縦に振る。

 その所作にライは大きく安堵した。


『そうか、間違いなくて助かった』












『君が、聖女の神託にあった転生者のミスミ・ナガマサだな』


 そのライの言葉に、少年は驚愕に目を見開く。

 何故、その名を――前世での自分の名を知っているのだと。

 何故、そのような、冷え切った恐ろしい声色で言うのかと。


『良かった』


 そういって、ゆっくりとライは盾から漆黒の刀身を抜き放つ。


『君がまだ、何もできない、無力な子供でいてくれて本当に良かった』


 ライは、そのまま異端たる転生者の少年の首に刃をかける。


お前ら転生者は、死んでくれ』


 そうして、粛清騎士ライ・コーンウェルはその首を刎ねた。

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