73話.狐人族

クロムとアキナがイチャイチャしていた頃、族長の家では大騒ぎが起きていた。


時間を遡ること数時間、アルテナの母親であるディアナが帰ってきた。

ディアナは現在の狐人族の族長であり、種族内でもっとも容姿端麗でもある。

そのために過去にも度々危険な目に遭遇してきてはいたが、それらをなんとかしのぐことで今日こんにちを迎えているのであった。


そんな彼女に過去最大級の危機が迫っていた。

この集落からほど近い場所に拠点を構えた強者がディアナのことを見初めたみそめたのである。

それ自体は過去にもよくあったことなのだが、今回は相手がかなり厄介であった。

圧倒的なほどの強者であり、ディアナが自分のものになることを拒む場合は狐人族を滅ぼすと言っているのだ。

そしてその返答期限が迫る中、ディアナがアルテナに告げた言葉が大騒ぎの原因となっていたのだった。


「アルテナよ、私は決めたぞ。

 あの男の元に嫁ぐとつぐことをな」


ディアナの自分が犠牲になることで種族を守ろうとするその言動にアルテナは激高したのである。

母親であり、族長でもあるディアナの犠牲の上に成り立つ種族の存続などに意味はないと。

そして、そもそもそんな約束を守る相手とも思えないということを訴えるのであった。

しかし、ディアナは自分を犠牲にしてでも守るべきものがあると言って譲らないのである。


そしてそんな親子の言い争いがヒートアップする中、一人の男が二人の前に姿を現した。

カルロである。

クロムと同じく外の騒がしさに気づいたカルロは、騒がしさの中心であるこの家まで様子を伺いにきたのであった。


「えっと、お取込み中のところ失礼しますよ。

 何やらもめているようですけどどうしたのですか?」


「あなたは……

 アルテナの言っていた客人ですか、お見苦しいところをお見せしました。

 しかし、この件は私の個人的なことですのでお気になさらぬよう」


「カルロさん、おはようございます。

 アキナたちは一緒ではないのですか?」


カルロは一人で様子を見に来ただけであることを告げ、アキナたちはまだ寝ているのではないかと伝えた。

複雑な表情を浮かべたアルテナは族長である母に一度挨拶するために呼んできてほしいとカルロにお願いするのであった。

その願いを快く承諾したカルロは二人に一礼だけするとみんなを呼びに戻った。


「アルテナ、何を考えているのです?」


「何もですよ」


その会話を最後に静かになる二人。

静寂な時が過ぎること20分、クロムとアキナを先頭にして一行が姿を現した。


「ディアナ殿、お初にお目にかかります。

 先日よりお邪魔させていただいておりますクロムです」


「ディアナ様、お久しぶりです」


クロムとアキナが揃って挨拶をするとディアナはニコッリと笑顔で返す。

その笑顔の裏から拒絶の意思を感じとったクロムは早々にこの場から去ろうとしたのだが、何故かアキナがクロムの手を引きこの場に留まることとなった。

アキナはアルテナの視線から何か言いたいことがあるということを察したのであった。


「アルテナ、どうしたの?

 何か言いたいことがありそうな表情してるわよ?」


アルテナはアキナとディアナの顔を交互に見て、言葉に詰まる。

言うべきか、言わぬべきか、それを決めかねている様子であった。

その状況を見かねたクロムは、静かに話を始めたのである。


「アルテナさん、一つお願いがあります。

 俺の故郷では<一宿一飯の恩義いっしゅくいっぱんのおんぎ>という言葉があります。

 簡単に言えば受けた恩はちゃんと返せっていう意味の言葉なんですけど、昨日の食事と宿泊させてもらったことへの恩返しをさせていただきたいのです」


「……」


「見たところ、何かお困りのご様子。

 お話だけでも聞かせてもらえませんか?

 話すだけでも少しは楽になるといいますしね」


アルテナにウィンクをしながらそう言ったクロム。

クロムの意図に気づいたアルテナは感謝と困惑の気持ちを込めた苦笑を浮かべた。


「わかりました、昨日のお返しとして私の愚痴を聞いてもらうこととします。

 よろしいですね」


クロムとアキナから笑顔での返事を受け取るアルテナの背後でディアナが俯きうつむきながら複雑な表情をしていることにクロムたちは気が付かなったのであった。

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