第12話

僕は、僕と怜子と茉莉子の結婚式の前日の朝、家を出た。

これが、僕の計画である。


突然、怜子の前から姿を消す。

復讐のためだ。

僕が、いなくなったことに気が付くのは、今日の夜だろうか。

明日の朝には、結婚式の準備があるから、怜子も茉莉子も、気が気じゃないだろうな。

可哀想で仕方がない。


或いは、事故に巻き込まれたと思うかもしれない。

いや、感のいい怜子なら、理由があって僕が家を出たと気が付くだろう。


そして、怜子がどう思うか、どう考えるか、それを思うと辛い。

でも、これは実行しなければならないことなのである。

仕方がない。

仕方がなかったのである。


僕は、怜子に、僕の気持ちと、何故家を出たのかを、パソコンのデスクトップに残してきた。

それに怜子が、気が付くかどうかは、解らない。

すぐに、見つけるかもしれないし、何年もたってから見つけるかもしれない。


でも、そんな言葉なんて、怜子には意味がないはずだ。

何故なら、僕が出て行ったという事実は、今、目の前に間違いなくあるからだ。

その理由を知ったって、その事実が変わる道理はない。


僕が家を出るのは、怜子に復讐をするためだ。

とはいうものの、家を出ることを実行する今は、復讐なんてしたくない気持ちでいっぱいだ。

怜子を愛しているからだ。

でも、仕方がないのである。


今、僕が家を出なければ、僕が復讐をしなければ、今まで怜子にしてきた罪が、意味をなさなくなるのである。

ただ、怜子が僕に苦しめられたということで、それで終わってしまう。

それじゃ、苦しめられ損じゃないか。


家を出ることによって、復讐が終わり、僕が怜子にしてきた罪が、僕の罪として確定するのである。

その瞬間に、僕は罪人となる。

地獄行きの切符を受け取ることになるのである。


僕に罪があるとしなきゃ、あまりにも怜子が可哀想である。

だから、仕方がないことなのである。

僕は、罰を受けなければならないのである。


南無阿弥陀仏の救いは、法然上人から、親鸞聖人へと発展していき、そこで、阿弥陀仏の救いを信じた全ての人が救われると説かれた。

それから更に、一遍上人は、信じなくても救われると発展させたと知った。

素晴らしい発展だ。

まさに全ての人が救われてしまう。


そうなると、怜子を苦しめた罪深い僕も、救われてしまうことになる。

それで良いのだろうか。

良い訳がない。


僕は、怜子の為にも救われてはならないのだ。

勿論、僕は一遍さんの信者じゃない。

でも、そんな理屈に苦しめられていたのである。


それが、僕が家を出る数日前の事だ、あることを知った。

一遍上人が死んだ後に、それを引き継いだ時宗教団は、往生が約束された人でも、戒を破ったものは、往生が出来ないという解釈に変更をしてしまったそうだ。


それを知った時に、一遍上人の究極の救いが、急に色あせてしまった。

折角、ここまで、発展させた救われる理屈が、またもとのスタートに戻ってしまったようで、悲しかった。


とはいうものの、その逆戻りした考え方に、今は身を委ねよう。

何故なら、それを知った時に、気が楽になったのである。


怜子に復讐をする僕は往生が出来ない。

詰まり、永遠に続く輪廻の中で苦しみ続けることが決まったのである。

そして、地獄行きが決まったのである。


とはいうものの、地獄に落ちることで、ホッとしている僕は、地獄に落ちることで救われたのかもしれない。

いっそ、地獄には落ちずに、極楽で大きな罪悪感を抱えたまま、永遠に苦しみ続けることの方が、僕には必要なのだろうか。


地獄で苦しむことと、極楽で苦しむことは、どちらが苦しいのだろうか。

どちらも苦しいのだから、それは神様の気持ちに任せよう。


家を出て、取り敢えずは山陽本線の新快速に乗り込んだ。

これから、どこへ行くかは、まだ考えていない。


姫路に着いたら、次にどの線に乗るのか、それが、今さしあたっての問題である。

どこかのビジネスホテルにでも泊まるぐらいしか、思い浮かばない。


=================

残された怜子と茉莉子。


「ねえ、ママ。パパの仕事遅くない?」

「、、、そうね。」

「そうねって、ママ。飲み会とか?それだったら電話ぐらいしなきゃね。」

「、、、そうね。」

「もう、明日、結婚式なんだから。ねえ。楽しみにしてるのに。二日酔いで新郎登場なんて、ダメだよね。」

「そうね、、、。」

「もう、さっきから、そうねって、ママおかしいよ。」

「そうね、、、。」

「だからあ、そうねって、、、ねえ、ママどうしたの?」


「、、、パパ。いなくなっちゃった。」

「いなくなっちゃったって、どうして。」

「ママ、解らない。」

「えーっ。なんで。なんで。パパいないのに、解らないの。」

「なんでって、、、、。」

「パパの携帯に電話したんでしょ?」

「つながらないの。」

「留守電は?メールは?ねえ、どうなったの。」

「解んないの。もう、この携帯使われていませんってメッセージが流れるの。」

「えーっ、ママどうしたの。ねえ、大丈夫?」

「あたしも、明日のことで確認したいことあったから、電話したんだけど、全然つながらなくて、メールも返事ないし、どうしようなかって思ってたら、平君から電話があって、仕事のことで携帯に電話したけど、パパと連絡つかないって。」

「えっ、平さんも連絡つかないって?」

「うん。会社の人も、誰も連絡つかないって。」

「ママ、泣かないでよ。きっと何かのトラブルで連絡付かないんだよ。パパ、きっと何かあったんだよ。そうだ、警察に連絡した?」

「連絡してない。」

「何でよ。パパいないんでしょ。警察に連絡しないと、何処かで事故にあってるかもしれないんだよ。」

「ママ、事故じゃないと思う。」

「思うって、思うって、解んないんでしょ。」

「、、、だって、お墓に新しいひまわりが供えてあったから。平君から電話があって、そうだって思って、お墓に行ったの、あたし。」

「お墓?ひまわり?なんなの、それ。」

「解らない。」

「だからさ、解らないって。それに、お墓とか、ひまわりとか、一体、何なの。」

「もう、いい。きっと、いつか戻ってくるよ。だから、茉莉子も待ってて。」

「いや、だから。いつか戻ってくるって、待っててって、どういう意味。ママとパパと、何かあったの。喧嘩でもしたの?」

「してないと思うんだけど、解らない。」

「また、解らない。」

「とにかく、ママと茉莉子で、待ってよ。」

「、、、、、。」

「待ってよね。お願いだからね。」

「、、、お願いだからって、、、、。」

「お願いだからね。」

「待ってるけど、どういうことなのか、落ち着いたら、話してよ。茉莉子は、ママの味方だからね。絶対だからね。」

「うん。だから、待ってるんだもん。」

ただ流れる涙を拭くこともせず、ただじっと窓の外を見ていた。

怜子も茉莉子も、ただソファに座って、そこにいることでしか、お互いに慰め合うことができなかった。


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