第11話

「あのさあ。今度の怜子の誕生日なんだけどさ。あるイベントを考えてるんだ。でも、怜ちゃんが、どう思うかなと思って。」

「計画って何なの。」

「実はさ、僕と怜ちゃんは、本当は結婚式の日取りを決めてたけど、実は妊娠してることがわかって、結婚式の月は、シンドイだろうっていうことで、式はキャンセルしたじゃない。その時は、また落ち着いたら結婚式を挙げようって話してたけど、結局式は挙げないまま、今日まで来ちゃったでしょ。だから、今度の2月の23日の怜ちゃんの誕生日に合わせて、小さな結婚式を挙げたいなと思ってるんだ。」


「どうしたのよ、急に。いいよ、いらないよ、そんなの。もう結婚して20年以上経つのよ。今さらじゃない。」怜子は、急な僕の提案に、考えることなく否定した。


「だから、僕たちだけの結婚式にしようと思ってるんだ。僕と怜ちゃんと茉莉子の3人でさ。」

すると、新聞のテレビ欄をチェックしていた手を止めて茉莉子が言った。

「それ、いいじゃん。しようよ、お母さん。記念になるよ。」

「そうだよ、別に披露宴をするわけじゃないんだ。今はね、ホテルでそんなプランをやってるそうなんだ。結婚式を3人で挙げて、ウエディングドレスを着て3人で記念写真を撮って、ホテルで美味しい料理を食べて、そんなプランをやってるらしいんだけど。」

「いいじゃん。あたしはお母さんのウエディングドレス見たいな。」

「だから、嫌だって。恥ずかしいでしょう、そんなの。この年でウエディングドレスなんか着たら、いい笑いもんだよ。絶対に嫌だ。」

「そんなことないよ。きっと可愛いよ。怜ちゃん若く見えるし。」

「そうだよ、お母さんしようよ。」

「ヤダ。」

「分かった。まあ、怜ちゃんが嫌なら、無理してやらなくてもいいよ。喜ぶかなって思って考えただけだし。じゃ、今度のお誕生日は、お誕生日を祝う会にしよう。」

「祝う会にしようって、それってただの普通の誕生日じゃない。でも、見たかったなあ。お母さんのウエディングドレス。」

茉莉子だけは乗り気である。


そんな話があって、結婚式はなしになったのだけれど、茉莉子だけはどうしてもやりたかったようで、というよりも怜子のためにしてあげたかったようで、結婚式はやらないけれど、新しい服をみんなで新調して記念写真を撮るということに怜子を説得したのである。


そんなことがあった次の週。

「ねえ、これなんかいいんじゃない。」

「白のドレスなんて、写真撮った後、着ていくとこないでしょ。」

「だって、ウエディングドレスの代わりなんだからさ。」

怜子と茉莉子は、ドレス選びを楽しんでいるようである。

それだけでも、怜子の誕生日はいつもとは違った特別なものになるだろう。

「あ、あたしも、白いドレスがいいなあ。これ可愛いし。」茉莉子が言った。

「それじゃ、花嫁が2人になるじゃない。」僕が言うと。

「面白ーい。そうしようよ。それだったら、私も恥ずかしくない。」と怜子が言った。

「じゃ、僕も白いスーツにするかな。」

「それだったら、バカ丸出しの家族写真になっちゃうよ。」と茉莉子が笑った。

「じゃ、赤、青、黄色にする?」

「もう、あんなこと言っているよ。お母さん。」

「それいいね。それで漫才しよう。じゅんでーす。長作でーす。」と怜子が言った。

「、、、?」

「もう、ここは、三波春夫でございますでしょ。」と怜子が、お笑い芸人のように、こけながら僕に言った。


「ねえねえ、何それ?」と、茉莉子が、僕と怜子の話に、興味津々な感じで聞く。

「これはねえ。レッツゴー三匹っていう漫才師のネタなのよ。お父さん、ぜんぜん反応しないし。あかんわ。」と怜子が説明をした。

「古すぎるねん。」と僕は笑うしかなかった。


怜子は、お笑いが好きで、特に、昔の漫才や新喜劇を、ネットで探しては、いつもユーチューブなどで見ているのだ。

特に、岡八郎さんと花紀京さんに、今はハマっているようで、普段でも、僕に「クッサー。」なんて、ギャグを言っては、自分1人で笑い転げている。

確かに、あの時代の吉本新喜劇は、面白い。

それは、僕も思うのだけれど、ただ、そのギャグを言ったところで、怜子と同じ年代の友達に通じているのかは、謎である。

一度、彼女の友人に、そんなギャグを言っている場面を、後ろからそっと見てみたいものである。

他の人がどんな反応をするかね。

きっと、みんなポカンと無表情だね。

そんな無表情を目の前に、怜子は、どんなことを言うんだろうね。

考えると、笑ってしまう。


「ねえ、料理は、やっぱりフランス料理だよね。」と茉莉子が言った。

「そうよね、特別な日だもんね。」と怜子も笑う。

「だって、ホテルで写真撮るんでしょ。だったら、ホテルのフランス料理がいいよね。」茉莉子は、自分の結婚式のようにはしゃいている。

「そうね、ドレスだもんね。」怜子も乗り気になってきたようである。


それにしても、フランス料理って、一体にどういうものなのか僕は知らない。

日本でフランス料理として食べられているのは、凝ったソースを使って、1品1品出てくるコース料理の事を言うのだろう。

でも、最近の和食のお店だって、僕は行ったことはないが、1品ずつ提供されるお店も多い。

その内容は、先付が始めにあって、それから、向付や椀物があって、焼き物や炊き合わせがあって、と時系列に運ばれる。

カツオだしで調理された餡かけや汁は、濃厚ではないけれども、ソースだと言えなくはない。

そう考えると、フランス料理と日本料理の違いは、箸で食べるか、ナイフとフォークで食べるかの違いしかないという理屈も成り立つ。

不思議である。

なんて考えていたら、そうだ、ロシア料理もイタリア料理も中華料理も、なんだって、ちょっと高級なお店に行くと、時系列で料理が出てくるし、ソースだって掛かっているから、フランス料理だって言っても非難される理屈はない。

中華料理の餃子の王将だって、餃子は前菜、酢豚は肉のメイン料理として、ナイフとフォークで提供したら、立派なフランス料理になっちゃうじゃないか。

「フランス料理店・餃子の王将」

仕事帰りのサラリーマンや近所の家族がワイワイと食事をする横のテーブルで、僕はスーツを決めて怜子と向かい合う。

「今日は、君と僕の大切な日だからね。フランス料理の餃子の王将にしたよ。」

「まあ、嬉しい。」

油の匂いと、中華鍋とオタマが激しくぶつかりあう音をバックミュージックに、生ビールで乾杯だ。

メイン料理の酢豚をナイフで半分に切る。

そして、おもむろに口に運ぶね。

勿論、この場合は、おちょぼ口でなければならない。

なんてったって、フランス料理だからだ。

「ねえ、あなた。このお肉の周りのソースが美味しい。甘くって―、酸っぱくって―、なんだろう、初恋の味?あは、あたし嬉しいから、ちょっと変でしょ。」

「ははは、仕方ないよ、フランス料理だからね。それにしてもさ、このソースは絶妙な甘辛味だね。たぶん名のあるホテルで修業した料理人に違いないよ。」

「そうね、あたしたちリッチね。」

「そうだね、リッチだよね。ブルジョアだよね。」

「あはは、リッチ。」

「あはは、ブルジョア。」

フランス料理という特別なディナーを前に、周りの怪訝な目に気が付かない2人なのでありました。


「くくくっ。」そんな想像をしていたら笑ってしまった。


「あれ、パパどうしたの?」と茉莉子が不思議そうに聞いた。

「えっ、いや何もない。」

「何もないって、いまパパ笑ってたよ。」

「いや、笑ってない。」

「そんなことないって、笑ってたって。」

「あ、イヤらしいこと考えてたんだ。」と怜子が入ってくる。

「だから、笑ってないし、イヤらしいことも考えていません。」

「きゃはは。イヤらしいことって、何?ねえ、パパ。」

「バカ。だから、イヤらしいことは、考えていません。」

そう言ったら、2人とも、僕の肩を叩いて大笑いした。

ただ、僕は、僕の考えていることが、人には見えないことだということが、どんなに楽な事なのか知った。


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