第10話 帰還

 翌日。

 真夜中に起され、ここが何処なのかと混乱した一幕のあと、イリス教官と見張りを交代した。


 迷宮の探索中だったな……。


 正直、疲れは残っているし万全ではないのだけれど、イリス教官はもう休んでしまったので、ひとり魔物の襲来に備えた。

 とはいえ、真っ暗闇の中ではどう警戒すればいいのかわからない。


 しかたなく〈森羅万象〉で周囲の索敵をする。

 どうやら近くには魔物の影はないようだ。


 暇だな。


 魔技の練習や〈森羅万象〉で調べものでもしてみようか?

 しかし、いざというときのことを思えば、魔力の温存はすべきだし魔物の接近を見逃す可能性を考慮すると余計なことはしないほうがいい。

 空の――いや迷宮の天井で輝く幻の星を眺めながら夜を明かした。



 そうして結局は何事も無く朝を迎えた。

 いや、別に何か起きて欲しかったわけじゃないのだが、なにもなさ過ぎるのも、それはそれで精神的には酷く疲労した気分だ。

 せめて話し相手がいてくれたらよかったのだが……。


 空が白みはじめたのでイリス教官を起しにいくと、すでに目を覚ましていたらしく、準備万端で天幕から出てきた。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。問題は無かったようだな」


 イリス教官は軽く伸びをする。


「軽く朝食をとったあと、野営の撤収をして目的の転移門へ向かう。その後、地上へ帰還する。昼ごろには着くはずだ」


 簡潔に今日の予定を述べると、イリス教官は昨日の余りもので朝食を用意した。

 また乾パンか……。

 帰ったら思う存分、美味いものを食べに行こう。


 食後、すみやかに天幕を畳み、後片付けを済ませると転移門へ向けて出発する。

 草で侵食されてはいたが、廃村跡からも街道はしっかり残っていた。

 そこを今日のイリス教官は、魔力を隠さずにずんずん進んでいく。

 ついて行きながら〈森羅万象〉で確認してみると、イリス教官に気がついた魔物は文字通り脱兎のごとく逃げ出していた。

 なるほど、やはり魔物は魔力を感知できるのか。

 僕一人なら、魔物たちが寄ってたかって襲い掛かって来るのだろう。

 そう思うとぞっとしないものがあるな……。

 頭を振って想像を振り払い、イリス教官に置いてかれないよう後を追った。



 道中、探索に役立つ話を聞きながら歩いていると、ほかの冒険者を見かけるようになってきた。

 転移門のある遺跡に近づいてきた証拠らしい。

 徒党を組んで魔物を狩るものもいれば、採取に勤しむものもいる。


 人が増えると気が緩みそうになるが、問題もあるとイリス教官が話してくれた。


 かつて軍隊で迷宮を攻略しようと出兵したことがあったそうだ。

 そうして魔物たちを片っ端から駆逐していると、突如として大量の魔物が、どこからともなく大挙して押し寄せてきたらしい。

 結果、混乱状態に陥った軍隊は壊滅的な被害を受け、撤退することになった。

 その後もなんどか遠征を行ったが、そのたびに似たような出来事が起きたようだ。


 いまでは集団暴走スタンピードや魔物氾濫などと呼称されているそれは、大勢の人間が集結し、魔物の生息地域を脅かしたときに発生しやすいと考えられている。


 そういった理由から人が多いことが安全に繋がるとは限らないということのようだ。

 もっとも軍隊規模の人数と殲滅速度がない限り、そうそう発生はしないらしいのだが。

 それでも現在では大規模な攻略作戦が計画されることはなくなった。


 ちなみに軍隊による攻略が行われなくなった原因はほかにもある。

 対人戦闘と魔物相手の戦闘は勝手が違うこと、階層によっては軍の長所を活かせないなど。

 ほかにも地上の領土が拡大していく時代と重なったため、軍本来の任務である領土防衛や戦争のため迷宮探索は行われなくなった。


 そうして代わりに台頭したのが冒険者というわけだ。

 軍などの公的な組織の代わりに民間組織が活動するというのは歴史的に見ても珍しくはない。

 傭兵や民間軍事会社など。

 ただし冒険者の場合は相手にするのが人ではなく、魔物なので狩人ハンターといったほうが正確かもしれない。

 あるいは迷宮の遺跡を発掘するという意味では、財宝発掘者トレジャーハンターでもいい。

 まあそういった諸々をまとめて冒険者――危険を冒す者ということなのだろう。



 話が一段落ついたときには目的の遺跡が見えてきた。


「かつてこの階層を統治していた領主の居城だ」


 イリス教官の説明に納得する。

 ところどころ崩れかけ、壁には蔦が茂っているが、古城の趣は残されていた。


「いまは転移門以外の利用はされていないんですか?」

「一応、冒険者たちの拠点として使用されているが、それくらいだろう」


 もったいないな。

 せっかく状態がいい遺跡なのに……。

 遺跡の保存などについては考えられていないようだ。

 それでもなんだかワクワクしてくるのは、いかにも冒険している気分に浸れるからだろうか。


 

 辿り着いた城門は開け放たれており、出入りは自由のようだった。

 門をくぐると、中庭にでる。

 その正面に本丸があり、入り口の前には多くの冒険者が屯していた。


「あれはなにをしてるんですか?」

「順番待ちだ」


 順番?

 疑問が顔に出ていたのか、イリス教官が口を開いた。


「転移門は城内の大広間に設置されているのだが、面倒なことに古代の魔術結界のせいで一度に入ることができる人数には限りがあるのだ」

「へー。人数制限はどうやって決まってるんですか?」

「地上の転移門と同じだよ。あと転移魔法陣が暴走しているせいで、使用時に魔物が転移してくるのも問題だ」

「それって大丈夫――なわけないですよね?」

「当然、無力化する必要がある」


 つまり戦闘になるというわけだ。

 転移してくる魔物は階層ごとにある程度、傾向があるらしいが、何が出てくるかは、そのときまでわからないとのこと。

 深層へ進むごとに強力な魔物が現れるが、一階層ならばそこまで強い魔物が出ることはないので心配するなと言われたが……。

 若干不安だ。

 イリス教官の説明を聞きながら、戦闘準備を整えていると、ようやく僕たちの番になった。


 本丸の扉の前には、魔法陣が設置されており、そこから大広間へ移動することになる。

 そして魔物との対面だ。


 転移前に弩の準備を済ませてから、イリス教官と魔法陣に入った。


「行くぞ、〈転移〉」


 イリス教官が古代語で詠唱すると、すぐに眼前の光景が歪み――

 次の瞬間には城の内部に移動していた。

 そこは外から想像していたほどには、朽ちてはおらず、明るい空間だ。


 しかしゆっくりと観察する暇もなく、すこし離れたところの空間が歪んだかと思うと、燃えるように真っ赤な鶏冠とさかをもった鶏が現れた。

 いや――実際に燃えているようだ。

 全身が炭のように真っ黒で、普通の鶏よりも一回り以上大きい体躯に、炎の鶏冠。


「炎鶏が一羽か……落ち着いて相手すれば問題ない魔物だ。ソラ、やってみろ」


 イリス教官が指示を出す。

 はじめて見る魔物ではあるが、やれといわれちゃしょうがない。

 弩で狙いを定めると、炎鶏が火を吹いて威嚇するような声を上げた。

 うわっ――

 びっくりさせるなよ。

 火はこちらまで届かなかったが、思わず弩を取り落としそうになった。

 焦るな。

 大丈夫だ。

 慌てず落ち着いて、弩を構えなおす。

 が、その間に炎鶏は僕に向かって駆け出してきた。

 意外と素早い。

 だけど一角兎と同じように一直線に向かってくるので、そのまま撃ち込んだ。

 バシュッと弦が鳴り、炎鶏の胴体に太矢が突き刺さる。

 良し――

 やったか?


 しかし炎鶏はそのまま駆けてくる。


 な――


 予想外の光景に頭がついてこない。

 弩を再び構えようとして、意味がないことに気がついた。

 連射は無理だ。


 回避も間に合わない――


 きたる衝撃に身を硬くしたのだが。

 影が横切ったかと思うと、次の瞬間には炎鶏の首が落ちていた。


 え…………。


「まだまだだな。魔物の生命力を甘く見すぎだ」


 イリス教官の叱責でようやく理解する。

 助けられたのか。

 すでに剣を鞘へとしまい、まるで戦闘の気配を漂わせていないが、あの一瞬で首を切ったのだ。

 これが上級冒険者の実力か。


「ありがとうございます。助かりました」

「気にするな。弩や弓使いは本来、後衛として運用するものだ。もちろん自分の身は自分で守れるくらいの実力は求められるがな」


 そういってイリス教官は獲物を回収した。

 解体はしないようだ。

 まあ、今日はこの後すぐに地上へ帰還するのだから、そのほうが楽でいいんだけど。


「さて、これで教練は一通り終わったが、最後に聞いておきたいことや、やり残したことはあるか?」


 やり残したことか……。


「それならひとつだけ」

「なんだ?」

「城内の探索をしたいんですが」

「城内の? まあそれくらいならいいが、ここは発掘しつくされてるぞ?」

「すこし気になることがありまして……」

「まあ、いいだろう。好きにしろ」


 良かった。

 無事イリス教官の許可をもらったところで、〈森羅万象〉を発動する。

 転移門について調べれば、なにか元の世界に繋がる手掛かりでも見つかるかもしれない。


 うーん。


 残念ながらここの転移魔法陣を解析しても、異世界に関する情報はないみたいだ。


 そのかわりといっちゃなんだが、面白そうなものを見つけた。

 大広間は魔術結界というもので保護されているらしいのだが、一部だけ反応が違うのだ。

 どうやら隠し部屋があるらしい。

 なにがあるんだろう。

 ちょっとワクワクする。


 どうすれば開くのか――もちろんそれも〈森羅万象〉で調べる。

 ふむ、魔力を流しながら古代語で呪文を唱えればいいのか。

 魔力の扱いなら問題ないし、古代語についても〈森羅万象〉を使えば、理解できる。


「〈開錠〉」


 手順に従い呪文を口にした瞬間、ごごご……と地響きのような音が聞こえ、地下への入り口が開いた。


 おお!


 感動も束の間、イリス教官が絶句した表情でこちらを見ているのに気がついた。

 やってしまった……。

 つい面白そうな隠し部屋を見つけた興奮で後先考えずやってしまったが、はじめてきた場所でいきなりこんなことをすれば怪しいというか、どうして知っているのか詮索されてもおかしくないだろう。

 なんと言い訳すべきか。

〈森羅万象〉について明かすつもりはないが、それ以外で納得させられる説明なんてできるのか?

 いややるしかない。


「あー、あれはなんだろう? イリス教官はなにか知ってますか?」


 作戦その一。

 勝手に開いただけで、僕はなにも知らない作戦。

 思い切り棒読み台詞になってしまったが……。


「私が知るわけないだろ。ソラ、なにをした?」


 イリス教官が冷たく言い放ち、じっとりした目で見つめてくる。

 駄目か。


「いや、僕もほんとになにがあるのかなんて知りませんし……。そう、だから探索してみましょう」


 作戦その二。

 時間稼ぎ。

 もしくはなにか見つけて有耶無耶に作戦。


「遺跡の中には盗人避けの罠や、魔物の危険も多い。私も同行する」


 理由はそれ以外もありそうだが、イリス教官も一緒なのは心強いのもたしかだ。


 二人で地下への入り口を覗き込む。

 お、意外と明るい。

 それに小さい空間のようだ。

 イリス教官は罠の類いを警戒しているが、僕は〈森羅万象〉で危険がないのを確認したので心配はしていない。

 よし、いくか。

 階段を下りると、すぐに小部屋に着いた。

 中央にはいわゆる宝箱が鎮座している。

〈森羅万象〉で鑑定してみると、なかには鞄がひとつ入っているようだが、不思議なことにその鞄の中身が霧がかって見えない。

 これは地上から迷宮内を調査したときに似ている。

 つまり鞄の中が異空間になっている――魔法の鞄のようだ。

 ほう。

 こんなものも存在するのか。

 ぜひとも中身の調査をしてみたいが、残念ながら宝箱は鍵が掛かっており開けることができない。


「これはどうすればいいと思います?」

「組合館へ持って帰れば、錠開けできる職員がなんとかするだろう」

「勝手に持ち帰っていいんですか?」

「所有権は見つけた者にある」


 ふむ。

 盗掘みたいで気が引けるけど、権利があるというのなら、遠慮なく貰っていこうかな。

 その後の扱いは、中身を検めてからでいいだろう。


 宝箱は思ったより軽かったが、両手で抱えないと持ち運べないくらいには大きい。

 炎鶏や一角兎などの戦利品も持ち帰ると、結構な荷物になる。

 こんなときに運び屋がいれば楽なんだろうな。

 言ってもしょうがないので、大広間を出た後はイリス教官にもいくつかの荷物を持ってもらい地上へと帰還した。

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