世界は僕の家族で守られている

葵 一

世界は僕の家族で守られている

 僕の父は勇者です。

 その類稀な剣の腕前と度胸、機転で幾つもの修羅場を乗り越え、ついには魔王を倒し世界を救いました。


 僕の母は女神です。

 魔王が世界を恐怖に陥れる中、その慈愛と癒しの力で人々に安らぎと希望の雨を降らせ、荒んだ心を洗い流して世界を平和へと導き、崇められています。


 僕の妹は伝説のドラゴンを操る竜騎士です。

 人類だけでは到底勝ちえないであろう巨大な魔物を、伝説のドラゴンに跨り幾度となく撃退し人々に勇気を与えました。


 そんな家族を持つ僕は、

 ニートです。

 特別な力なんて何もありません。

 日々を自堕落に過ごし、家族の栄光や功績の恩恵によって生きている無能のごく潰しです。

 

 今も、僕は家でただ何もせず、買い置きの即席食品を食べているだけ。


 窓が急に大きな音を発てて激しく鳴り始めた。天気の良かったはずの外が暗くなり、雨でも降るのかと思っていると、風は止んだ。代わりに家の扉が勢いよく開いた。

「にいちゃーんっ、毛虫っ、毛虫取ってーっ!!」

 眩い甲冑に身を包んだ妹が飛び込んできて大声で騒ぎ始めた。必死に手を背中へやるが思うようにいかず尻尾を追いかける犬のようにその場をくるくると回る。

「毛虫くらいで騒ぐなよ」

「だってだって毛虫嫌いぃーっ!!」

 仕方ないので飛んだり跳ねたりじたばたする妹の背中に回るが、毛虫などついていない。

「中、中ああぁー!」

 首元から中を覗くと確かに甲冑と服の間を人さし指くらいのが迷惑そうに動いている。その毛虫を箸で摘まんで取り出してやった。

「ほら、取れたぞ」

「ほんと? ほんと? あーよかったぁ……気持ち悪かったよ兄ちゃぁん」

 妹は半べそかいて僕に抱きついた。

 久しぶりに帰ってきたかと思えば、たかが毛虫一匹で大騒ぎだ。

 こんなほとんど害のない毛虫よりもっと恐ろしいのと戦ってきたのに不思議である。

「まさか毛虫を取らせるために帰ってきたのか?」

「だって私は世間じゃ伝説のドラゴンを操る竜騎士なんだよっ、毛虫が怖いなんて絶対バレたくないのっ!!」

 右の頬をぷっ、と膨らませて不満を露にした。

「まぁ、外にドラちゃんがいると思ったら、帰ってきてたのね」

 たくさんの野菜を抱えた母が嬉しそうに帰ってきた。世界を安撫して回っている母さんもかれこれ会っていないが、以前の通りどこも変わりない。

「お母さんドラちゃんの鼻を撫でたら、鼻息で吹き飛ばされちゃいそうだったわ」

「ドラゴン路駐したまんまかよお前。丘にでも待避させとけよ」

「うるさいなぁ兄ちゃん、ちょっとくらい大丈夫だって」

「いやちょっとでもダメだろ、サイズ考えろよ、道をほぼ塞いでんだぞアレ」

「私の可愛いドラゴンをアレ呼ばわりしないでよ!」

「いや可愛くないしっ、厳ついからアレ!」

「はいはい、もうそのへんにして。たくさん野菜や食べ物貰ったから、今日はお母さん、腕によりをかけてご飯作るからね。二人にご飯作るなんて、本当に久しぶりだから張り切る。ご飯作る間に、貴方は片付け、貴女はドラちゃんを動かしてきなさい」

「はーい」

 妹が扉を開けると、そこには父が立っていた。

「おお、珍しい顔が飛び込んできたものだ」

 特に驚いた様子もなく父はドラゴンを移動するために扉を開けた妹を抱き締めた。

「パパ、ちょっと、みんなに見られて恥ずかしいんだけど!」

「いいじゃないか、何年ぶりだと思ってる、こんな風にお前を抱き締めるなんて」

 世界各地に残るに魔物の残党狩りなどをしながら剣術の指南も行う父も、数年ぶりの帰宅だ。

 こうして家族四人が揃うなんていつ以来だろうか。


 父は食事の席で居心地悪そうにする僕を見て何を思っているのか見抜いたらしく、こう言った。

「お前はこうして家を守って家族を繋いでる。だからなにも恥じるな。お前はオレの自慢の息子だ」


 だが世界は残酷だった。

 人々は僕の家族が持つ力を次第に恐怖し始めた。

 世界が平和になった今、その強大な力がいつ身勝手に振る舞われるかと危惧し始めたのだ。


 あんなに強かった父は身に覚えのない罪を着せられ、騙し討ちのような戦いの中で死んだ。


 あんなに優しかった母は市民を惑わす魔女と流布され、捕まって大勢の前で拷問を受けながら死んだ。


 あんなに可愛かった妹は魔物を庇う反逆者として行き場を失い、休むことも儘ならない執拗な追撃に力尽き、ドラゴンと共に谷底へ落ちて行った。


 僕は、一人になった。

 そして僕は、


 魔王になった。


 すでに世界の殆どは壊滅し、人類はその大半が死滅した。


 父さん、早く僕を倒しに来てよ。

 母さん、早くこの世界と人々を癒してよ。

 妹よ、前より凄い魔物が出来たんだよ、早く戦いに来て。


 早くしないと、世界が滅んでしまう。どうして父さんも母さんも妹も出てこないの。

 どこかにいるんでしょ。

 僕が魔王なんだから、勇者が必要なんだよ?

 僕が世界と人の心を破壊するから、女神が必要なんだよ?

 僕が人だけじゃ倒せない魔物を作るから、それを止める力が必要なんだよ?


 早く、みんな、来て。

 僕は、一人じゃ寂しいよ……。

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